再びのプロポーズ
今回で完結です!
あの火事から約二週間後。
私は朝から街の大通りにある公園に佇んでいた。今日は、これからヴァージル様とデートの予定なのだ。
行先は、以前にも行こうとした植物園。あの時は、人身売買事件に巻き込まれて行けなかったけれど、今日こそ楽しみたい。
私は、以前と同じように噴水の前で服装のチェックをする。今日の私は、ピンク色のワンピースを着て、ライトブラウンのハイヒールを履いている。
……ヴァージル様、可愛いって言ってくれると良いな。
そんな事を思っていると、不意に背後から声を掛けられた。
「おい、お前……もしかして、リリアンか?」
私が振り返ると、そこには狼の獣人がいた。ヴァージル様じゃない。ダークブラウンの髪を後ろで縛った狼獣人。その姿に、かつての面影を感じた。
私は、震える声で聞く。
「……もしかして、ブラッドリー様……?」
ブラッドリーは、パアっと目を輝かせると、こちらに駆け寄って来た。
「そうだよ! よくお前に声を掛けてやっていた、ブラッドリー・カートライトだよ!!」
私はその場で固まった。「声を掛けてやった」? よく言うわよ。幼い頃、私を散々虐めてきた癖に。私が狼獣人を苦手になったのだって、コイツが原因なのに。
私の表情が硬い事にも気付かない様子で、ブラッドリーは言葉を続ける。
「お前、こんな所で何してるんだ? オシャレしてるみたいだけど、まさかデートじゃ無いよな? お前がモテるわけ無いもんな。……暇なら、俺が博物館かどこかに連れて行ってやるよ。お前の相手をしてやるのなんて、俺くらいしかいないからな」
フフンと笑うブラッドリーを醒めた目で見ながら、私は言った。
「お構いなく。私はこれから婚約者とデートをする予定ですので……」
「……こ、婚約者あ!?」
ブラッドリーが素っ頓狂な声を上げる。私は、嘘は言っていない。ヴァージル様からプロポーズされたのは本当だし、私は火事の時にヴァージル様に愛してると伝えている。
実質婚約者のようなものだろう……多分。
ブラッドリーは、顔に汗を浮かべて言う。
「う……嘘だろ。お前に婚約者が出来たなんて……」
「嘘じゃないです。もうすぐここに来ると思います」
すると、ブラッドリーはギリッと唇を噛み締めた後声を絞り出した。
「何だよ、それ……! そ、そうだ。お前、騙されてるんだよ! お前の事を愛してるとか言って、お前から金を巻き上げようとしてるんだよ!」
「残念ながら、私には詐欺師に目を付けられるような財産はありません」
私が冷静に答えると、ブラッドリーは私を指さして言った。
「と、とにかく! その婚約者とやらとは早く別れろ! どうせ平民だろ!? その点俺は子爵家の跡取りだ。だから、だから……お前、俺と結婚しろ!!」
「……はい?」
私は今、途轍もなくマヌケな顔をしているだろう。でも、考えてみて欲しい。昔自分を虐めていた相手にプロポーズされるなんて、誰が思うだろうか。
私は、わけが分からないながらも質問する。
「あの……どうして私に求婚を? ブラッドリー様は、私の事嫌いですよね? だから昔私の事を虐めてたんですよね?」
すると、ブラッドリーは首を傾げて質問を返す。
「ん? なんで俺がお前の事を虐めた事になってるんだ? お前に構った記憶はあるけど、虐めた記憶なんて無いぞ?」
「へ?」
よくよく聞くと、ブラッドリーは私を虐めているつもりは無かったらしい。昔虫を括り付けた木の棒を持って私を追い回したのは、一緒に虫で遊びたかったから。泥団子を投げつけたのも、私と一緒に泥遊びをしたかったから。
私が借りた本を破ったのも、「本を読むのはやめて俺と遊ぼうぜ」という意思表示だったらしい。
私は、溜め息を吐いて言う。
「あのですね……私は、あんな事されて本当に嫌だったんです。当時はあなたより随分小さかったし、子供ながらに身分の違いは分かっていたので、反抗したりはしませんでしたけど……」
「そんな……。俺は、たまたま孤児院の前を通った時にお前を見かけてから、お前の事が好きで……」
「ありがとうございます。でも、先程も言いましたが、私には婚約者がいます。どうぞ私より素敵な女性をお探し下さい」
すると、ブラッドリーはいきなり私の手首を掴んだ。
「と、とにかく俺と一緒に来い! 婚約者とは別れろ!」
「い、いやっ!!」
私がギュッと目を瞑った時、第三者の低い声が聞こえた。
「私の番に何をしている」
振り向くと、そこにいたのは今にも人を殺しそうな表情をしたヴァージル様だった。
「ひっ!!」
ブラッドリーが短い悲鳴を上げる。まあそうだろう。ヴァージル様は怖い表情をしている上に、ブラッドリーより身長が高く体格が良い。
ヴァージル様は、静かに、しかし怒りを込めて言う。
「もう一度聞く。貴様、私の番に何をしている?」
ブラッドリーは、ギギギと音を立てるようにして私の方に視線を向けて聞いてきた。
「リリアン……まさか、お前の婚約者って……」
私は、ニッコリと笑って答える。
「ええ、この方よ。副団長を務める、ヴァージル・マクノートン様」
すると、ブラッドリーは私の手を離し、全速力で走って逃げて行く。辺りには、ブラッドリーの謝る声が響き渡った。
「す、すみませんでしたあああああ!!」
◆ ◆ ◆
ブラッドリーの姿が見えなくなると、ヴァージル様は心配そうに私の顔を覗き込んで言う。
「大丈夫か、リリアン。あの男に何かされなかったか?」
「はい、大丈夫です。子供の頃の知り合いに少し絡まれていただけなので」
「そうか……すまない。私が遅れて来たばかりに」
私は、時計台に視線を向けて言う。
「二分しか遅れてないじゃないですか。私は無事ですし、謝る事ないですよ」
ヴァージル様は、少し考え込むような表情をした後、着ていた灰色のジャケットの内側から何かを取り出した。そして、片膝を突いて私にそれを差し出す。
「リリアン。本当は、今日のデートが終わってから言う予定だったんだが、今言わせてくれ。私の愛しい人。愛しい番。――どうか、私と結婚してほしい」
ヴァージル様が差し出したのは、木製の小さな箱。それを受け取った私は、震える手で蓋を開ける。中に納まっていたのは、黄色い宝石の嵌った銀色の指輪だった。
「これ……婚約指輪ですか……!?」
私が聞くと、ヴァージル様は、照れたように顔を背けて答える。
「ああ。最初に会った時は、何の準備も無く求婚してしまったからな。今日改めてプロポーズしようと思ったんだ。君を養子にしても良いと言ってくれている貴族も数人いる事だしな」
話を聞くと、ヴァージル様はここ数日、私を養子にしてくれる貴族を探し回っていたらしい。
……ああ、私はこんなに愛されてるんだ。
私は、目に涙を浮かべながら微笑んで言った。
「ありがとうございます、ヴァージル様。これからも宜しくお願い致します!!」
すると、ヴァージル様は満面の笑みを浮かべて私をギュッと抱き締める。
「……ありがとう、リリアン。大切にする」
私は、ヴァージル様の温もりに包まれながら、幸せを感じていた。
二人の距離が離れた事もあったけれど、これからはずっとヴァージル様と一緒にいられるような気がした。
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