愚かな公子・愚かな公妃
目の前が真っ白に染まり、すべての音が世界から、消えた。
ガットはどうして動かない?どうして目を開けてくれない?周りに広がる
赤い血は、いったい誰の物だ?ガットの物なのか?
膝をつきガットの頬に触れた。
冷たい、冷たいじゃないか、どうしたんだ?どうして冷たいんだ?なあ
いつもみたいに笑ってくれよ、もう一度、声を聴かせてくれ、ガット…
――――ドサッ――――!
ガットに触れて飛びかけていた意識が戻り、音が戻った途端、デクシスが
倒れた。
「デクシス!」
デクシス「ごめ…ん…なさ…ぃ…ま…もれ…な…った」
「いいんだ!がんばった!よくがんばった!」
デクシス「で…も…でも…」
「後は任せろ」
デクシス「…う…ん」
「サラ、モルナ、大丈夫か?」
サナ・モルナ「「あ゙ぃ」」
「サナ、ポーションだ、飲ませてやってくれ」
サナ「あ゙ぃ」
モルナ「あ゙だじが、のばぜる」
「ああ、たのむ」
モルナ「あ゙ぃ…」
泣きじゃくる子供達が一斉にしがみついて来た。
ひとりひとり名前を呼びながら、頭を優しく撫でて行くと皆、落ち着きを
取り戻し始めた。
既に、悲しみを心に仕舞い込んで、顔を上げ、前を向き始めたのだ。
その事を、単純に凄い、と感心する事は、到底出来ない。
それは、この子達が余りにも多くの死を見続けて来た為に身に着けた感情
を抑制する術なのだから。
無理矢理押し付けられた、そんな耐性を子供達が受け入れたのならば、俺
のやる事は決まっている。
魔力切れなのか、いつのまにかブザー音は消えていた。
「サナ、ガットを殺したのは奴らか?」
サナ「はい」
「わかった、下がっててくれ」
サナ「はい」
俺は立ち上がると即座に魔法を展開した。
「《《《《燃焼*圧縮:::弾》》》》」
真紅に輝く小さな魔法陣が幾つも浮かび上がると、その中心から炎の弾丸が
まるで、ガトリング銃の様に放たれた。
だが、着弾の寸前に2人の女騎士が全裸の男を抱えて窓から飛び出した。
吹き飛んで、役割を果たさなくなった壁の向うに無事な姿がみえる。
男の護衛か、それなりの腕なのだろう。
「デクシス、立てるか?」
デクシス「うん、何とか」
「モルナ、支えてやってくれ」
モルナ「任せて下さい」
「サナ、リリ達の手を離さない様にな」
サナ「はい」
「さあ、みんな、帰ろう」
事切れたガットを、左腕で抱き上げて俺達はその空いた穴から建物に出た。
ずっしりとした重さが左うでにのしかかる。
始めて会った頃は、あんなに痩せてたのに、しっかり成長してたんだな。
もう、二度と変わる事のない、この重みを俺は一生忘れてはならない。
その連中は、俺達の行く手を阻むように待ち構えたいた。
あの裸の男と護衛の女2人の後ろには、あの見慣れない服装の兵士が今も
増え続けている。
数を頼めば、俺が止まるとでも、思っているのか、随分と軽く見られた物
だが、その思い上がりのツケは自らの命で払ってもらおうか。
「《《《氷晶::雷槍》》》」
掲げた右手の上に展開した魔法陣から現れた雷の槍は、黄金色の小さな雷を
撒き散らしながら、ゆっくりと、回転し始めた。
この世界の雷魔法とは一線を画す、その禍々しさに、兵士達は、じりじりと
後ずさりし始めた。
あんな物を喰らったら、骨さえ残らないのは、明らかだ。
兵士達の心に恐怖の波が押し寄せ、飲み込んでいった。
女騎士「リオン様、お逃げ下さい、あの魔法は危険です」
リオン「俺は公子だぞ、奴は何故、頭を下げん」
女騎士「あれは魔導士、不可能です」
リオン「許さん!奴の首を取れ!あの娘を連れて来い!」
「ほぉ、俺の首が欲しいのか、丸出し小僧」
リオン「うるさい!うるさい!うるさい!」
「この子を殺した罪は償ってもらうぞ」
リオン「たかが、獣人ではないか、何の問題がある、ふざけるな!」
「…………聞くに堪えん、地獄におちて悔い改めろ」
公妃「お待ちください‼」
リオン「は、母上!」
女騎士「公妃様…」
公妃「どうか、どうか」
いきなり割り込んできたのは、この国の公妃ヘレナ・F・アルギスだった。
まるで懇願するように丸出し小僧の前で両手を広た。
余程、必死に走って来たのだろう、髪は乱れ、息は上がり、流れる汗が顎
から滴りおちた。
「待つ気はない、どいてもらおう」
公妃「この子にはきちんと罰を与えます、ですから命だけは!」
「罰なら俺が与えてやる、今すぐにな」
公妃「必ず罪を償わせます、お願いします」
「………そいつの年は幾つだ?」
公妃「じゅ、十六になります」
「十六…どれだけ甘やかしたら、こんな馬鹿が出来上がるんだ?」
公妃「申し訳ありません、ですがどうか」
「もういい、邪魔するな、どけ」
公妃「……退きません…」
「…なら、息子ともども、死んでもらおうか」
宰相「それは困ります、アルセニオス殿」
「いきなり誰かと思えば、今度は宰相か、邪魔をするな」
宰相「いいえ、ここは引いて頂く」
「以前、この子達の安全を確約しな、もし破ればどうなるかも」
宰相「覚えております、それでも此処は引いて頂く」
「聞けんな」
宰相「なら、力づくで、排除させて頂きます」
「貴様ら如きに、俺が殺せるとでも?なめられたもんだ」
宰相「いいえ、貴方には傷一つ付けられないでしょう、ですが」
「ですが、なんだ」
宰相「後ろの子供は、別でしょう、周りを見て頂きたい」
視線を公妃達からはずして周囲を見回すと、二階の窓や屋根の上、そして
宰相の周りにも、数え切れない程の弓兵がいた。
騎士では無く弓兵、その為に駆け付けるのが遅れたのか、忌々しい爺だ。
宰相「もちろん私も公妃も死ぬでしょう、ですが子供達も死ぬでしょう」
「その馬鹿に助ける価値が有るのか?」
宰相「有りません!」
「はっきり言ったな、それでも俺と敵対すると?」
宰相「それでもです」
「自分達が約束を違えておいて、一方的に譲歩を要求するのか?」
宰相「恥知らずなのは、わかっています」
「このままで済むと思わない事だ、お前達もこの国も」
宰相「…………………申し訳なく」
今の状況では子供達を人質に取られたも同然だ。
もう、誰も失いたく無い。
本当は怒りで王宮ごと更地にしたい程なのだが、この子達を危険にさらす
訳にはいかない。
だから、一旦引く事に決めた。
復讐の機会など、これから幾つも有るだろうし、もし無ければ、無理やり
にでも作るだけだ。
「いいだろう、俺達はこのまま出て行く」
宰相「ありがとうございます」
「それと、この子達の持ち物は、返してもらうぞ」
宰相「もちろんです」
リオン「ふざけるな!あれは俺が召上げたんだ、俺の物だ!」
公妃「おやめなさい!リオン!」
「今、あの庵はどうなっている?」
宰相「誰もおりません、立ち入り禁止にしてあります」
「好都合だ」
わずかに植え込みの後方に見えていた庵に向けて、雷槍を放った。
途中にある生垣や東屋などの障害物を、尽く消し炭に変えながら、目で追
えない程の速度で通過した雷槍は、庵に到達した途端にその力を解放した。
――――― ドンッ ―――――
地響きするような着弾音と共に、雷波が建物をくまなく包み、庵は一瞬で
炎に飲み込まれて崩れ落ちた。
ここに居る全ての者が、今、初めてアルの魔法を目の当たりにした。
普通の魔術師とは全く別次元の破壊力に、これが黒の魔導士その第一席の
力なのかと、恐怖した。
そして、その事実は兵士にとっては切実な問題だった。
金縛りにあったように指一本、動かせなかった兵士達は皆、宰相に非難の
目を向けた。
なんて所に引っ張り出してくれてんだ!と。
そして、その目は公子や女騎士に対しても向けられた。
こんな化け物と敵対しやがって、この馬鹿が!と。
挙句に、この騒ぎの当事者である、公子と言えば、その場にへたり込むと
失禁した、漏らしたのだ。
その事が更に兵士達からの怒りを買った。
俺達はこんな情けない奴の為に、命の危険にさらされたのか?と。
それから、俺達は、まるで海の潮が引くように、行く手を開ける兵士達を
尻目に、厩で異空庫から出した馬車に、馬を繋ぐと王宮を後に
した。
「次は公子ではなく、国を守ってみるか、ブルーレ・パーガンディ」
宰相「…………ご勘弁下さい」
「必ず負債は回収させてもらう、必ず」
宰相「…………わかっております…………」
「言っておくが、お前の命など、銅貨1枚の価値もない、覚えておけ」
宰相「……………………」
もう宰相はなにも答えなかった。
自らの命を代償にした和解の道が閉ざされたのだ。




