激昂の魔導士
俺の操る馬車は、押し寄せた民衆で埋め尽くされた、赤茶色の石畳も見え
なくなりそうな公都の大通りを、近衛騎士達に先導されながら、ゆっくり
と進んでいた。
先に帰都した第2公子達に戦勝報告を受けた王宮と公都は、一気にお祭り
騒ぎになっていた。
そして先ぶれが、俺の公都到着を声高に予告しながら、王宮へ向かうと、
それまでの押しつぶされそうな、淀んだ空気を塗りつぶさんとばかりに
民衆は歓声を上る。
後から後から降ってくる、色とりどりの花びらが通りを埋め尽くした。
「結婚式じゃないんだから………………」
近衛騎士「申し訳有りません、ですが、皆、嬉しくて仕方がないんです」
近衛騎士「それ程、感謝してるんです」
「はあ、まあいいか、実害が有る訳じゃないし…」
近衛騎士「ご配慮、感謝します」
そして王宮の正面に着いた俺は馬車と馬具を異空庫に仕舞い込むと、広い
玄関ホールの横に有る控えの間に通された。
公王からの褒賞の授与まで暫し休息を取って身だしなみを整えて欲しいと、
言われた。
ここは、謁見が行われる大ホールに繋がっており、移動時間は無いに等し
いし、言われてみれば、確かに少し埃っぽい気もした。
公王も貴族連中に対する面子も有るだろうし、面倒だからと言って、強行
するほどの事でも無い。
手と顔を洗って、椅子に腰掛けながら、明日はサナ達と公都見物でもして
過ごそうかと考えていると、不意にドアをノックする音が聞こえ、了承の
返事をする間も無く、数人の女性と小姓らしき男が3人、入って来た。
「俺はお前達に入室を許可した覚えはないぞ」
そう、誰何すると一番高価で装飾過多な若い女性の横に立っていた身分の
高そうな、50歳ぐらいの婦人がもったいぶって答えてきた。
セレナ「こちらは、第一公女のカティ様です、私は侍女頭のセレナ」
侍女頭だと名乗ったその背の高い女の醸し出す、平民を見下す視線に嫌悪
感が溢れ出す。
見れば公女の方も似たり寄ったり、まるで物語に出て来る悪役令嬢を現実
世界に再現した様な高慢な態度が鼻についた。
そもそも誰が名乗れといった。
「で?一体何の用だ」
カティ「貴方を私の伴侶に選んで差し上げますので光栄に思いなさい」
「はあ?」
セレナ「見た目は最悪ですが、救国の英雄なら仕方がありません」
カティ「下賤の生まれだとしても、その肩書で我慢してあげるわ」
セレナ「ああ、なんて寛大なお心を、お持ちなのでしょう」
カティ「この後の祝賀会で宣言してもらうわ」
セレナ「まあ、平民でも公女様のエスコートぐらいはできるでしょう」
カティ「あっ、わたくしの体には指一本触れる事は許しませんから」
セレナ「平民如きが公女様の伴侶に成れるのです、それだけでも望外の
喜びでしょう、当然の事です」
小姓1「お前は、遊女か奴隷女とでも盛っていればよい」
小姓2「公女さまのお相手は我ら高貴な者が務めて差し上げている」
小姓3「本当はお前を視界に入れるのも不快なのだぞ」
とにかくこいつらの見た目が受け付けない。
特に、この小姓らしき連中が駄目だ。
何だ、この顔だけが整った金髪で高身長の男達は?とうもろこしか?
何だ、その舞台俳優の様な仕草は?そうしなければ、喋れないのか?
何だ、その真っ白な肌は?深海魚の生まれ変わりか?
何だ、その華奢な指は?刺繍でも趣味なのか?
「伴侶にもならん、祝賀会も出ん、このナメクジ男達を連れて帰れ」
カティ「なんですってえ!」
セレナ「そんな事、私は許しませんよ!」
「なあ、侍女頭さんよ、公王でさえ俺に命令出来ないんだが、お前
は公王より偉いのか?」
セレナ「いえ、そんな事は………」
「公王に挨拶したら、子供達を迎えに行くんだ、邪魔をするな」
カティ「なあんだ、そうですの、安心して。あの獣人共は処分したから」
「な、んだ、と?なんだと貴様!」
俺は公女の襟首をつかむとそのまま締め上げた。
「もう一遍行ってみろ!子供達をどうした!」
カティ「くっ苦し」
セレナ「離しなさい!」
小姓1「おのれ、離さぬか!」
「うるさい!どけ!」
掴みかかろうとした侍女頭を殴りつけ、小姓を蹴り飛ばし、即座に魔法を
展開させた。
「子供達をどうした!」
カティ「ひいっ、リオン兄さまが…」
「そいつがなんだ!」
カティ「いたぶって遊ぶからって寄こせって」
「そいつは、どこだ!どこにいる!」
カティ「こ、後宮の手前にある」
「いったいどっちだ」
カティ「広間の向うの…」
聞いた瞬間に広間へと続く扉に向かって発動していた氷剣を叩き込むと、
その前で剣を構えて斬りかかろうとしていた小姓ごと吹き飛ばした。
カティ「いっ、いやああああああ!りスターぁ!」
泣き叫ぶ王女の髪を掴んだまま、粉々に吹き飛ばした扉から、大広間に足を
踏み入れた。
いきなりの爆発と乱入に全員が硬直した。
正に祝賀式典の開催を公王が宣言する直前、貴族や官僚が勢ぞろいしている
その場所に悲鳴を上げる公女を引きずっていったのだから当たり前だ。
だが、正気を取り戻し、駆け付けた近衛騎士も我に返った参列している貴族
達もその場から一歩も動こうとしなかった、動けなかった。
当然だ。
俺の周りを30本を優に超える氷剣が、青白い光を放ちながら高速で周って
いるのだ、近づける訳が無い。
「どっちだ!」
カティ「いやああああ」
「どっちだと聞いている!」
何度聞いてもても、要領をえない、躊躇している暇が惜しい、いっそ王宮
ごと吹き飛ばそうしてやろうか、と思った時この世界では聴く事の無い音
が、王宮の外から鳴り響いた。
間違いなく防犯ブザーの音だ、それも次々と。
この音のなる方に子供達が居る。
俺は公女をその場に放り投げると、音の鳴る方に向かって全力で駆けた。
「どけえぇぇぇぇぇ!」
立ち塞がる者も、邪魔になる物も、人も、椅子も、テーブルも、その全てを
粉砕しながら走った。
扉を開ける手間が惜しい。
混乱する頭は、もう正常な思考が出来ない、ただ、感情で動いた。
急げ!急げ!急げ!急げ!急げ!
こんなに焦っているのに何でだ、なんで俺の足はこんなに遅い、何で俺は
空を飛べない、くそ、くそ、くそ、何でだ!
宰相「近衛は動くな!誰も行く手を遮ってはならん!」
近衛「しかし、宰相様」
宰相「もう誰にも止められん!死にたいのか、馬鹿者!」
近衛「は、はい」
誰かが後ろで、叫んでいる、何処かで聞いた気がするが、誰だろう、誰で
もいい、ああ誰でも構わない、邪魔するなら殺す。
広間から出て中庭の植え込みや、花壇を無視して進むと、真新しい、白い
小さな建物と、こちらに剣を向ける見た事もない服装をした兵士の集団が
いた。
ブザー音は間違いなく、この建物から聞こえる。
ここだ、あの子達は此処に居る。
間髪を入れず、その兵士達に向かって氷剣を叩き込んだ。
もう、警告もしない、声も荒げない、玄関ごと排除した。
小さな建物に反して、その殆んどを占めると思われる寝室らしき部屋の扉を
破壊して踏み込んだ。
そこに居たのは、細剣を手にした上半身裸の騎士らしき女が2人と、その女
に守られる様に蹲まる、右手から血を流す若い全裸の男。
そしてその連中に相対しているのは、服を半分ほど破かれ、半裸になって
しまっているサラとモルナ、泣き叫んでいる3人組とクリッカ、それを守る
様に、大きすぎる剣を構えている血だらけのデクシス。
………そして………
そこで目にしたのは、血の海に横たわってピクリとも動かない、遠目からも
事斬れている事がはっきりとわかる。
ガットの亡骸だった。




