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ある魔導士の帰還  作者: 勝 ・ 仁
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寂寞の名・魔王の名



「我が名はリリカ・グリムドール、黒の魔導士、父の仇だ尋常に勝負しろ!」


いきなり俺の前に立塞がった、真っ赤な髪に真っ赤な甲冑を着込んだ女は

グリムドール子爵の娘と名乗った。

父親の仇だと一方的に罵っている女は身長と自尊心は高い様だが、どう考

えても指揮官の器では無いだろう。

そう考えて、敵陣を見まわしたが、銀色の甲冑を着け、見た目だけは華麗

に仕上がった役立たずの若い騎士が数十名とゴブリンの集団しかいない。

どうも目端の利く指揮官クラスは、自分の私兵を連れて既に逃げ出した後

のようだ。

トラディス公爵が逃げ出せば、その下に居る指揮官たちが職務を全うする

はずが無い。

おおかた、この女をおだてて、指揮権と義務を押し付けたのだろうが、確

かに身勝手な職務放棄だが自己防衛の点から言えば良い策だ。

これから追いかけても恐らく捕まえる事はできないだろう、早々に諦める

しか無いだろう事は明らかだ。

腹立たしいが、仕方がない。


リリカ「神兵である我が父をしいするなど、万死に値する」

   「あ~、お前の父親もそんな事抜かしてたな」

聖騎士「不敬であるぞ、魔導士が、口の利き方を改めろ」

   「へえ~、お前らもその神兵なのか?」

聖騎士「我らは神兵であるリリカ様を御守りする聖騎士である」

   「守る?お前らが?そのへっぴり腰とお飾りの剣で?笑わせるな」

聖騎士「なんだと、貴様!」

   「戦じゃあ、ゴブリンの後ろで震えてたんだろう、腰抜け」

聖騎士「こ奴らは、我らの下僕よ、奴隷を使って何が悪い!」

聖騎士「兵法も知らぬ平民が偉そうに」

リリカ「その通りじゃ、こいつらは我らの力、大人しく降伏せよ」

   「お前らこそ、ゴブリン共に喰われておしまいだろう」

聖騎士「愚か者め、こいつらを操るなど、造作もない」

聖騎士「あの白いガキ共の指示でしか動かんわ」

リリカ「すべては、我らが神より授かった力」


今、はっきり判ったが、こいつら底なしの馬鹿だ。

ちょっと突けば、頭の中身を全部さらけ出してくれるだろう。

なら、いくらか延命させてやるのも悪くない。


   「あんな子供にこんな数のゴブリンが従う訳が無いだろう」

聖騎士「間抜け、従えているのは、所々にいるホブゴブリンよ」

聖騎士「ゴブリンはホブゴブリンには逆らえん。知らんのか、無知め」

   「では、何故あの子供はホブゴブリンを操れる?」

リリカ「それこそが、聖王様が神に頂いた聖なる力よ」

聖騎士「あいつらは、信徒でも無いのに魔法を発現させた罪人なのだ」

聖騎士「聖王様は、その神の聖なるお力で、邪な魔力を浄化されたのだ」

聖騎士「命令には絶対に逆らわん、もっとも命令せんと水も飲まんがな」

   「なら、あれは洗脳された白魔導士なのか?」

リリカ「ええ、そう公爵様に聞いたわ、でも洗脳では無いわ」

聖騎士「あれは、我らが神に帰依した姿なのだ」

   「ならば、どうやって帰依させた?」

聖騎士「聖王様のお力と言ったではないか」

   「だから、その場を見てないのかと聞いてるんだ」

リリカ「そんな不敬な事、する訳なかろう、愚か者が」

聖騎士「我らは聖王様より与えられたこの力で異教徒を滅ぼすのだ」

   「なら、何処から来たんだこいつらは?」

リリカ「知らん!いつも赤いローブの男が連れて来る」

   「その赤ローブは何処に行った?」

リリカ「知らん!」

   「他の貴族共と一緒に逃げ出したのか?」

リリカ「知らんと言っておる!それに逃げたのでは無い、此処にいる必要

    が無くなっただけだ」

   「はあ?」

リリカ「有難くも、公爵様は私に、父の仇討ちの機会と、お家再興の為の

    手柄を譲って下さったのだ」

   「それで、まんまと臆病者のトラディスに騙されて此処に居る訳か」

リリカ「きっ貴様」

   「挙句に、盗賊の父親の敵討ちだと、寝言は寝て言え、迷惑だ」

リリカ「とっ、盗賊だと?」

   「当たり前だ、他人の家に勝手に上がり込んで金品を強奪した上に

    人殺しまでしたんだ、紛れもない盗賊だ」

リリカ「父は盗賊では無い!」

   「盗賊で無いのなら、罪の無い一般市民をいきなり襲う奴を聖王国

    では何と言うんだ?」

リリカ「ぐっ………うるさい!」

   「そうか、子爵が盗賊なら、なら男爵は強盗で公爵は海賊か?」

リリカ「おのれ、許さんぞ……」

   「さしずめ、聖王は野盗の親玉か?」

リリカ「死ね――――!」

   「おっと~、おらっ!」

リリカ「げふっ」


さんざん煽られて我慢出来なくなった女騎士が、いきなり切掛ってきたが

少しだけ半身になってから、その腹を思いっ切り蹴り上げてやった。

いくら俺が魔導士だからと言って、こんなお茶会剣術に斬られる訳が無い。

ゴロゴロ転がって行った先で聖騎士に助け起こされるのを見ながら、両手を

水平に広げてその両手に魔法を展開させた。

厳密に言えば、これは魔法の一種ではあるが、どちらかと言えばスキルに

近い物で、発現したスキルを魔法で変形して固定させたものだ。


両手から放たれた髪の毛よりも更に細い青銀色の光は、極僅かに明滅しな

がら、馬車ぐらいの大きさの網篭を二つ作り始めた。

そして、ゆっくり縦回転する網篭と横回転する網篭が出来上がると、魔法

を、発動させた。

          

        「《転:周》」


一言、俺が唱えた魔法はたったこれだけ。

そして、ほぼ不可視のその網篭は、まるで惑星を回る月の様に動きだした。

高速で周回を始めたその網篭は、最初に一番近くにいた聖騎士を捉えると

そのまま、何の抵抗も音も無く、まるで空を飛ぶ鳥が落とした影の様に通

り過ぎた。

そして瞬きをする間も無く、一言も悲鳴を上げる事も無く、その聖騎士は

細切れとなって地面に散らばった。


             「ひっ」

             「なっ」

             「うっ」

「うああああああああああああああああああああああああああああああ」


いきなり現れた地獄に悲鳴を上げる事しか出来ない聖騎士達は、その場に

立ち尽くしたまま、迫りくる死を押し付けられて、絶命していった。

更に、真っ先に逃げようとしたリリカは、誰かが発した突撃命令に従った

ゴブリンの波によって押し戻された。


「お前達の狂った信仰のせいで死んだ多くの人達に懺悔しながら、死ね!」

「たっ、たすけ…」


彼女は恐怖で歪んだ顔に流れる涙を貼り付けたまま許しを請おうとした。

しかし、助命の言葉を、最後までつぶやく事もできないまま、通り過ぎた

網篭に鎧ごとバラバラにされて、この世から消えた。


「何が助けてだ!痛みを感じる暇も無かった事に感謝しろ!」


この魔法の原理は、異空庫を使う時に出来る異空間に繋がる入り口を、極細

の溝の様に固定して出来ている。

だから、相手がどんなに硬くても意味がない。

切断しているのは、物質では無く空間なのだから、当然抵抗などといった

物は存在しないし、質量も無いので移動速度に制限が無い。


だが、万能に見えるこの魔法は、以外にも欠点だらけだ。


まず一つ目、最初の作成段階で魔力を喰う、途轍もなく喰う。

そもそも異空庫とは過剰な魔力総量が引き起こす空間断層を固定する事で

発動するスキルの一種である。

そのスキルが起こす空間断層を魔力のごり押しで固定して変形させるのだ

一瞬だが注ぎ込む魔力は膨大になる。


二つ目が複雑な動きが出来ない事。

要は網篭と俺が一本の紐で繋がっているハンマー投げ状態だ。

だから俺を中心に円形状に広がる殲滅範囲に入ったものは、敵も味方も、

岩も木も建物も、等しく細切れになる。

おかげで、一人でしか戦えない。


三つ目は簡単には止まらない事。

そもそも空間断裂なのだから、それを修復する必要が有り、これに少なく

無い魔力が必要になる。

一気に消し去るには残る魔力が足りない為、自然回復する魔力量と相談し

ながら時間を掛けるしかないのだ。

おかげで暫くの間は強力な魔法が使えない。


四つ目はこの魔法が発動中は殆んど視界が効かない。

無理矢理歪められた空間は透過する光にまで影響を与え、もし魔法の効果

範囲の外から敵が来ていても俺には判らない。


五つ目は一旦広がり切った効果範囲は俺が動く速さでしか動かない。

もし、人間の軍隊なら、我先に逃げ出して、此処までの圧倒的効果は出せ無

いだろうが、魔獣は逆に何が起こっているのか理解出来ずに襲って来るので

ほぼ殲滅する事ができる。

つまり対人では、効果が著しく効果が落ちる。


そして最後の六つ目は四大魔法の火・水・風・土には効果が殆んど無い事。

特に火と風に至っては、ほぼ素通りしてしまう。

つまり魔法を扱う相手に敵対した場合は、ほぼ無抵抗で一方的にタコ殴りさ

れるのだ。

これは絶対に秘密にするべき弱点だ。

註釈:判明した理由は火竜に戦いを挑んで死にかけたから。


以上がこの魔法もどきの弱点だが、今回はそれらを考慮しなくて済むのが

有難い。


殲滅範囲が広がり切った事を感じて、真っ直ぐ前に向かって歩き始めた。

群れて来るゴブリンはもとより、岩や立ち木、馬車や備蓄天幕までもが

薄く地表にばら撒かれた。

ちなみに何かを感じ取った馬達は最初の段階で全部逃げだした。


暫くして、全ての魔法を解除して、振り返った時には俺の視界を遮る物は

何一つ残っていなかった。

ただ、重く曇り始めた空と遮る相手を探す風だけが残っただけだった。



橋の上で、この戦闘を観戦していた公国の兵達はどれだけ自分達の認識が

甘かったのか、どれ程自分の世界が狭かったのか、いかに噂というものが

当てにならない物のなのかを、恐怖と共に心に刻み込まれた。

此処に居る者達は、これから一生涯、例え王命であっても、この黒魔導士

に敵対する事は出来ないだろう。

それはじぶんの心臓が動いている事さえ、感じ取れない様に硬直した公国

の兵士と途中で立っていられなくなり、座り込んで震えている第2公子の

姿が証明していた。



スレイ「ひっ、ひっ、ひっ」

ベック「これが、お前が軽口を叩いていた男の真の姿だ、スレイ」

スレイ「あにゅ、あに…う…え……」

ベック「これに懲りたら、その力に任せて他人を見下すのを控えろ…」

スレイ「ひゃい」

ガッツ「スレイ様には、些か刺激が強かった様ですな」

ベック「今、自分がドラゴンの口の中で昼寝をしていた事に気づいたのさ」

ガッツ「他の若い騎士や兵士にも腰を抜かした者がおるようで…情けない」

ベック「仕方ないさ、俺だって立っているので精一杯だ」

ガッツ「しかし、噂以上に恐ろしい御仁ですな……」


彼らが目を向けた先には、何もかも擂り潰した一人の男が、ゆっくりと振

り向いた所だった。

空を飛ぶ小鳥さえ呑み込みそうな程、垂れ込み始めた雲は、すべての光を

遮るほど、暗い色をして、いつの間にか男の背後を埋め尽くし、僅かに空

いた雲の隙間から降り注ぐ光が、淡く、弱く、その頭上に落ちていた。

その光景は、地獄の様に恐ろしくも、何故か、神々しい程美しかった。


ガッツ「公子は、あの方の二つ名をご存じですか?」

ベック「〝寂寞”だろ、有名だからな、俺でも知っている」

ガッツ「私も知っていたのですが、どうにも、その二つ名が不似合いに思

    えてしまって……」

ベック「どういう事だ?」

ガッツ「どうしても、他の名前が浮かんで来るのですよ」

ベック「それは?」

ガッツ「…………魔王…」

ベック「馬鹿を言うな!魔王などお伽噺の中だけで十分だ!」

ガッツ「ですが、振り払っても振り払っても、浮かんで来るのです」

ベック「…………ガッツ、お前」

ガッツ「どうしても浮かんできてしまうのですよ」


その後、スレイに戦況報告と言う名の事の顛末を報告させる為に、数名の

騎士を共回りにして、先に公都へ帰らせた。

此処に居ても役に立たないだろうし、本人も怖くて顔を合わせ辛いのは、

わかり切っていたからだ。

例えどれ程、恐ろしくても、間違いなく大勝利であり、公国の救世主で、

大恩人だ。

王宮の連中が、もし失礼な態度を取ったりしたら目も当てられない、その

為、先にスレイを説明に向かわせたのだ。

そして残る敵兵の有無を確認する為、1個中隊に近い人数を各方面に走らせ

た結果、聖王国の連中の姿が、この近辺から消えている事がわかった。

ゴブリンが主体とは言え、旅団に匹敵する戦力が、此処で消え失せたのだ、

それ以上の戦力があるとも思えないし、その気力が残っているとは、到底

思えないが、まさか確認義務を放棄する事も出来ない。

申し訳ないが、その間、彼には待ってもらっていた。



3日後、報告を受けたその日の内に、アルは公都へ向かって馬車を走らせた。


 

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