#36 クイックセーブはありません
本音を言えば一番目がいい。この際贅沢言わないから何かにしがみつきたい。だけどかろうじて理性というか「ジアンナ」としてのプライドが勝った。ひとさまの前でそんなはしたない真似はできません。
「ぶふっ」
アレクくんだった。
アレクくんだけじゃない、お兄さんまで吹きだしている。状況がのみこめず、わたしは首をかしげた。
「ごめん、……ちょっと、その」
「そんな涙目で震えながら強がられても全然説得力ないよねえ」
依然肩をふるわせながらアレクくんとお兄さんが言う。わたしはといえば、恥ずかしさで死ねそうだった。穴があったら入りたい。
「ジアンナさん」
そっと手にアレクくんの手が重なった。
「俺も雷苦手なんだ。怖いから、こうしていてもいいかな?」
アレクくんの胸元をキラキラと金色の光がのぼっていく。彼が嘘を言っていることにはすぐに気づいたけれど、それがわたしのためであることは明らかだった。小さくうなずくと、「ありがとう」とアレクくんが笑む。
「近寄りがたいなって最初は思ったけど、ずいぶんかわいい子だね。ジアンナちゃんって言うのかい?」
お兄さんが微笑ましそうに言った。それから「あれ?」と記憶を探るようにつぶやく。
「そういえば、最近どこかで同じ名前を聞いたような気がするけど、どこだったかな…」
洞窟内に風が雨水と一緒に吹きこんできてたき火を消してしまった。雨をよけるためとはいえ天井のそれほど高くない洞窟だ。煙がこもるのを防ぐには火の場所はどうしても入り口から近くなってしまう。「こりゃあだめだな」とお兄さんが言った。
「そういえば二人とも、月を見たかい? 前は魔物なんてこっちから探しに行かなきゃお目にかかれなかったのに、まるでずっと前からそうしてたみたいにあちこち闊歩してやがる。それもずいぶん凶暴そうなツラでだ。予言っていうのは本当だったんだな……」
わたしの手に添えられたままのアレクくんの手がこわばるのを感じる。火が消えてお互いの表情が見えないことはさいわいだった。
(わたしを、静暁の魔女だって――)
勇者たちよと呼びかけた花村祥子の声を覚えている。静暁の魔女を討つべく予言された勇者たち。アレクくんは平気みたいだけど、もしも彼らがやってきたら。
また雷鳴。そのとき滝のようになっている入り口に、影絵のように複数の人影が映るのをわたしは見る。
「『静暁の魔女』」
そして影はたしかにそうわたしを呼んだのだった。
*
「よう、予言の通り、倒しにきたぜ」
「……下がって」
アレクくんが言う。
雨水のカーテンを割るようにして入ってきたのは五名の冒険者風の男女だった。まさにイラストレーターさんがデザインしたみたいなかっこいいアーマーやローブ、宝飾品を思わせる各部装身具を装備している。
コスプレではない、本物である。わたしは内心歓声をあげてしまった。だってほら、アレクくんや冒険者のお兄さんもそうだけど、わたしがこれまで見てきた冒険者って比較的カジュアルなんだよね。軽装というか最小限というか。
テイラーで金額の桁が違う武器防具を見て納得した。そういえばRPGゲームでも性能のいいお高い装備ってそこそこ経験値の溜まってくるストーリー後半じゃないと買えなかったなって。だいたい所持金って経験値に比例して増えていくものだし。
ということは。
わたしは改めて出入り口をふさぐ人物たちに視線を戻した。もしかしなくても、とてもまずい状況なのでは?
だってそのお高い装備品をフル装備してるってことはさ、それに応じた経験値と実績があるわけで、つまりゲーム的に言うとそこそこレベルが高いってことですよね? それが、五人。
「えっ静暁の魔女って、――あ!」
冒険者のお兄さんがわたしに指をさした。青ざめた表情に、わたしは「敵」カウントを修正する。五人プラス一人だ。
落雷の音。耳をふさいで丸くなりたい気持ちを我慢して、わたしは必死に狩人たちを睨みつける。どうする。スキルレジストリを開きながら考えた。さっきの選択肢分だろう、好感度ポイントが増えている。
この場ですぐ習得できそうな『コンボ』スキルだ。セット扱いなのか三連になっていて、とりあえずポイントは足りてる。足りてるけど、はたして窮地を救ってくれるのかどうか。
(スキルの振り直しができれば躊躇しないんだけどなー)
ところでわたしが死ぬ、つまり「ゲームオーバー」になるとオートセーブ機能が働いてやり直しがきくけど、それ以外のひとが死んじゃった場合はどうなるんだろうか。たとえばスキルの取得選択を誤って、アレクくんが死亡した場合だ。まあそのときは100%わたしも死ぬし現状起こりえないことではあるけれども。
(ともかくここを切り抜けてからにしよう)
わたしはかぶりを振って雑念を払った。
「アレクくん、いくよ」
声をかけてからアレクくんへの入力回路を開く。先制攻撃は五人パーティのリーダー格らしい青年。たぶんこの人がこのパーティの『勇者』なんだろう。
「死ね、静暁の魔女!」
「!」
柄に宝石のはめこまれた剣が振り上げられる。そして天井の、つきでた岩にひっかかった。カキーン、と純度の高い氷を打ったような非常に玲瓏たる音が洞内に響く。
(高さ制限にご注意ください)
笑ってはいけない。たき火は消えてしまったし、わたしたちの誰も彼にそれを教えなかった。なるべくしてというやつだ。
「このっ!」
仕切り直そうとして再度勇者が剣を振り回すけれど、今度は横の壁に当たる。特別製だろうしそう簡単には欠けないんだろうけど、ちょっと剣がかわいそうだ。
思いながら、『ゴスペル』で魔法を封じておく。パーティに魔法使いがいたようで、「なんだこれ!?」という動揺の声が聞こえた。そのまま解除呪文を使ってこないところを見るに、魔法封じの呪文というのは一般的な魔法ではないのかもしれない。
「貴様、『勇者』だな!?」
勇者のお兄さんがアレクくんを睨んだ。真っ赤アンド涙目になってるのは見ないふりをしておくね。
「なぜ『勇者』が静暁を魔女を守るような真似を!」
「決まってる。彼女が静暁の魔女じゃないからだ」
アレクくんの言葉に涙が出そうになった。おのれ、と勇者のお兄さんが言い、にわかに黒い邪気のようなものを発し始める。碧色だった目が赤味を帯びて、なんだかやばい雰囲気だ。
「『ウウウ……』」
見ると勇者のお兄さんのほかのパーティたちまで様子がおかしくなっている。冒険者のお兄さんがおろおろするのに構わず、勇者のお兄さんが再度剣を振り上げた。が、今度は天井にひっかからない。なぜならひっかかった岩盤ごと振り下ろしてきたからである。
「ちょっ……マジか!?」
冒険者のお兄さんが悲鳴をあげる。わたしはわたしで、壁に水の流れのようなものを見つけてしまった。もしかしなくてもこれって、崩落の前兆なのでは?
「おい、早く出ないとやばいぞ!」
冒険者のお兄さんが言った。そんなの言われるまでもない。さりとて洞窟にはこれ以上の奥行きはないし、入り口は勇者パーティがふさいでいる。何がなんでも正面突破するしかないのだ。
わたしは覚悟を決めた。
呪文で強化したはずのアレクくんが、勇者のお兄さんの攻撃を防ぐのでいっぱいいっぱいになっている。腹をくくるしかないのだ。
「『二爪』!」
なんと、アレクくんの剣が二本になった。ジャンくんを思わせるすばやい剣さばきが勇者のお兄さんを怯ませ、後退させる。さらにアレクくんが踏み込んで、勇者のお兄さんをパーティメンバー位置までさがらせた。ジアンナさん、と呼ばれ、わたしは揚々と次の呪文を発する。ほい来たあ!
「『インパクト』!」
「やったー!」
勇者のお兄さん含む全員が、フルショットされたゴルフボールのごとく洞窟の外に弾き飛ばされた。ナイスショットー! 出るぞ、と冒険者のお兄さんが号令し、わたしたちは一気に地面を蹴る。と、直後、ぐしゃっと洞窟が潰れた。
「た、助かった……」
雨の打つ地面にへなへなとしゃがみこんで、わたしは呟く。あともう少しでもおそかったら、今ごろぺしゃんこになってたね……。
ありがとう、と同じように地面に座りこみながら、冒険者のお兄さんが言った。
「ありがとう、助かったよ。変なこと言って悪かったな、ジアンナちゃん」
「いいえ」
わたしもお兄さんと戦うことを一瞬頭に描いたからおあいこだ。きっと今回は運がよかったのだろう。わたしは崩れて肌にはりつく髪をかきあげる。
(このままだと風邪ひいちゃうな)
すでにくしゃみが出始めて、寒気がある。危機を脱して気が抜けたのもあるんだろうけれど。
「ジアンナさん!」
アレクくんの声が、雷鳴の音が、まるでぶ厚い壁を挟んだみたいに遠くに聞こえる。こんなところで倒れてる場合じゃないって思った。勇者のこととか、考えなきゃいけないことだっていっぱいある。
なのに、体が言うことを聞かない。アレクくんに大丈夫だよって言いたいのに。
ずぶずぶと沈んでいくような重みに抗う気力はもうなくて、そのままわたしは意識を手放した。




