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アンバー・ナウシカノ

 けっきょく今日一日、シャルナは学校に登校してこなかった。こういう日が時々あるので、ユキはシャルナが欠席してもなにも思わなくなっていた。感覚麻痺というやつだ。

 感覚麻痺といえば、ユキは女子生徒たちと接してもあまり緊張しなくなっていた。それは神との約束でうしなった子をつくれない身体――つまり恋愛感情というものの欠如のせいかもしれないが、しかしそうではない部分もすくなからず存在しているんじゃないかな、とユキはかんがえていた。

 いまの学校の生徒たちはみんな、ユキのことを同等の人間であるかのように接してくれる。ユキにとってはそれがいちばんありがたいことだった。どんな人間も、みんなおなじだ。市民も、王も。人間としてちがうのは、その地位だけだ。ほかの生徒たちはそのことをよく理解しているんだろう、と思う。

 しかし、まあ、体育の時間のせいで、ユキはちょっとした有名人になってしまったので、その地位という部分に関してはかなりゆるぎはじめてしまっていた。

 学校にいると、べつのクラスの女子生徒たちからも声をかけられるようになったし、戦闘好きの男子たちから話しかけられることもおおくなった。それはある意味ではありがたいことかもしれないが、ユキはみんなと同等の対話をおこないたいのであの体育の時間は失敗してしまったかもという気持ちだった。


 放課後、ユキは帰りの支度をはじめた。すると、すぐにほかの生徒たちが群がってきて一緒に帰ろうと誘ってくる。こういう場面では、シャルナがいれば、いつもそこで「シャルナといっしょに帰るんだ、ごめんね」と言って逃げるように帰ってくるのだが今日はそうはいかなかった。

 シャルナがいないからだ。

 それから、今日はめずらしく男子たちもユキを誘ってきて、ユキは大勢にかこまれるかたちとなった。椅子を立ちあがることすらもできなくなった。

 男子たちは、魔法の練習をおこなうらしい。それに付き合ってほしいのだという。校庭にあつまって攻撃魔法の練習をするのだろう。ユキはそれならまざってもいいかなと思った。

 けれど、

 そこに、

「あんた、なにやってんのよ!」

 と、見知らぬ私服の少女が乱入してきてユキの首を引っつかんでくる。

 まわりにいた生徒たちは何事かとおどろいてすこし空間をひろげる。

「だ、だれ……?」

 ユキは少女に引っ張られるように椅子を立ちあがらせられた。ユキは少女の方向に振りかえった。いや、無理やり振りかえらせられたと言ったほうがいいだろう。

 ユキは少女の顔を見た。知らない人だった。そもそもここの学校の生徒でもないだろう。私服だし。

 赤い髪をしていた。顔は日本人に近かった。はじめ少女のその顔を見たときにエルファド人ではないと思ったが、耳のとがり具合や目のつりあがり具合はエルファド人のそれだった。

 ひと言であらわすならば、少女の顔はキツイ性格の猫といったところだった。

 一方で、学校を無断欠席したシャルナのほうは、世界のことなどどうでもいいと思っていそうな自由な子猫といったところだ。

 ふたりとも猫のような顔をしているので(ユキはエルファド人のことを猫のようなエルフたちだと思っている)そんな表現をユキはつかった。

「あんた、あれほど能力は使っちゃ駄目って言ったのに、どうして使ったのよ!」

「……え?」

 ユキは少女の発した「能力」という言葉に引っかかった。

「魔法」ではなく「能力」と少女は言ったのだ。

 それはいったいどういうことだろう。

 少女が眉をひそめた。

「あれ、あんた、もしかしてユキじゃないわけ……?」

「え、ぼくはユキだけど……」

「そうよね?」

 あれ、とユキもおなじように思った。

 この少女、自分をだれかと勘違いしていないだろうか。

「勘違い、してない……?」

「勘違い?」

 少女は腕を組んでうーんとかんがえこみはじめた。

「一年くらい会ってなかったから、あたし勘違いしちゃったのかしら……」

 少女がぼそぼそとなにかをつぶやいているそのあいだに、シャルナが教室にやってきてユキの腕を引っつかんで歩き出す。

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

 少女が追いかけてきた。

 シャルナが足を速めた。

「どうして急ぐの……?」

 ユキはシャルナにたずねた。だがシャルナはなにも答えてくれなかった。

「まさか、あの子、王の兵士とか……!?」

「ちがう」

「そ、そっか……」

 え、じゃあ、ちょっと待ってよシャルナ。

 それなら、なおさら立ち止まらないと!

「ねえ、シャルナ!?」

「いいから、走って!」

「そんなひどいことできないって!」

 ユキは、シャルナの腕を振り払り立ち止まった。うしろを振りかえり赤髪の少女に言った。

「ねえ、ぼくの友達なの!?」

「友達もなにも」

 少女はユキのまえで足をとめた。すこし胸を上下させ、早い呼吸を繰りかえしながら、

「幼馴染じゃない、あたしたち……!」

 と言った。

 ユキは目をまるくした。

「幼馴染……?」

「そういうことだったんだ」

 とシャルナが横でつぶやいた。

「え、ウソでしょ?」

「そんなはず……」

 ユキと少女はたがいに困惑した。

「まさか、あんた、あたしのことわすれちゃったわけ!?」

「人違いだよ!」

 ユキはつい先日、この世界にやってきたのだ。だからこの世界に幼馴染など存在するはずがない。だが、

「どうやらユキのその肉体はこの世界で生まれて育ったみたい」

 シャルナが言った。

「え、どういうこと?」

 ユキはそれが疑問で仕方なかった。

 シャルナが推測で説明してくれた。

「つまり、ある点でユキはこっちに転生されてきたんだけど、記憶という情報だけは後出しで送られてきたということだと思う。だから、ユキに幼馴染がいてもなにも不思議なことじゃないというわけなの」

 ユキと赤髪の少女は目を点にして沈黙していた。

「「ちょっと意味が……」」

 とふたりは声をそろえて言った。

 シャルナがもう一度、説明してくれる。

「ユキは、転生されて、この世界にやってきた。でも、最初のユキはいまのユキじゃなかった。ということ」

「なるほど……」

 少女のほうは理解したらしかった。だが、ユキはまだ納得していなかった。

「でも、ぼくはエルファド人じゃないよ……?」

「ああ、あんたはずっとそんな感じだったわよ」

 だが、少女がそう言う。

「あんたはずっとあんたの外見のままよ」

「そ、そうだったんだ……」

「これで、つながった。やっぱり、人間そのものがワープしてこっちの世界にやってくることはできないんだ。ゼロからイチにしなければ、世界を移動することは適わないというわけだね」

 シャルナは腕組みして片手をあごにそえて自分だけで納得する。

「アンバーは、ほんとうにユキの幼馴染だったの。でも、ユキが馬鹿だからそれをわすれちゃったわけ。わかった?」

「あ、ちょ、ちょっと待って」

 ユキはまぶたを閉じていま言ったシャルナの言葉をよくかんがえてみる。

「ぼくが馬鹿だからわすれていたわけじゃないよね?」

「まあね」

「そこ大事だよ、そこ!」

「まあ、いいわ」

 と、アンバーと呼ばれた少女は言った。

 ユキが馬鹿呼ばわりされたことをアンバーと呼ばれた少女は無視して、

「べつに、ユキがあたしのことをわすれていようがいまいがそんなのどっちでもいいわ。あんたが能力を使わないように監視だけさせてもらう。いまは、それだけでじゅうぶんよ」

「……え?」

「つまり?」

 シャルナもいまのアンバーの言葉には疑問をいだいたらしい。めずらしくシャルナが動揺しているようにユキには映る。

「いままでどおり、ユキの家で暮らす。それしかないわ。能力をおさえこむには」

「ダメ!」

 シャルナがおおきな声で拒否した。ユキはそれにおどろいた。そんなふうに反応するシャルナをユキは初めて見たからだ。

「ど、どうしたのシャルナ……?」

「それだけはぜったいダメ……!」

「あんたも上級魔法使いならちゃんとわかってんでしょ、だったらそんなこと言うのはおかしいわよね?」

「わかってるけど、わかってるけど……」

 シャルナがひどく動揺しはじめていた。ユキはどうにかしてそんなシャルナを落ち着かせたいと思った。だがいまのユキにはどうすることもできなかった。

「どんな状況であろうと、他人を殺すことはゆるされない。あんたがユキになにをさせようとしていたのかは知らないけど、とにかくユキには能力をつかわせない。ユキのちからは、あまりに危険すぎる」

 シャルナは返答できなかった。下唇を噛みしめていた。

「あんたに守れるの?」

「……守る」

 アンバーはすこしのあいだかんがえた。

「わかったわ。じゃあユキの世話をしてもいいわ」

 とアンバーは言った。

 世話というのがユキにはちょっとだけ引っかかるけれど。

 まあそこはエルファド人たち特有のものなのでユキはだまって聞いていた。


 アンバー・ナウシカノは、レジ・トルニコスタ国の北のとある村の出身者だった。ユキとはそこで育ち、いつも一緒にいたという。アンバーは火の魔法使いだが、ユキは魔法使いではなかった。故郷の人たちはそのことを悔やんでいたそうだ。やはり魔法使いではない子どもが生まれるのは災難なことだったらしい。いまの時代ではもうなくなったことなのだが、むかしの時代では魔法使いではない子どもが生まれるとその子どもはその日のうちに殺したりしていたという。

 そしてある日のことだった。アンバーがユキと森であそんでいたときにそれはおこった。ずっと魔法使いではないと思っていたユキが突然、姿を消したのである。つまりユキの身にテレポーテーションがおこったのだ。原因はユキの家族にあった。アンバーが村に駆け戻ったときにはすでに、ユキの家族は全員、殺されていた。理由はいまでも不明のままだという。あたりまえだが、ユキはそんなこといっさい知らない。

「それで、あんたは魔法使いじゃないけど、ある特殊な能力者だということは判明したわけ。ま、魔法使いじゃないから、村人の一部は軽視し続けていたけど」

「そっか」

「けど、まあ、まだなにもおこってないみたいだし。よかったわよ、無事でいて」

「なんだか、ごめんなさい……」

「複雑ね、あやまってほしいけど、あんたからじゃないっていうのは……」

「うん、そうだね……」

「アンバーは本当にユキのマンションで暮らすつもりなの?」

「ええ、それ以外に方法はないわ。あたしあんまりお金持ってないし、それに都会に慣れてないのよね」

 それを聞いてシャルナがだまりこむ。普段、ユキがどんな人間といようとも平気な顔をしているシャルナであるが、アンバーといるとちょっと様子がちがってくるようだ。

「あれ、あんたもついてくるわけ?」

 ユキのマンションのエンテランスにシャルナも入ってこようとする。

「わたしも一緒に暮らすことに決めたから」

 とシャルナが言った。

 その目つきは闘志に燃えているようだ。

「な、なにを言い出すのよ、いきなり……!?」

 アンバーが動揺した。

「アンバーひとりに世話させたりしない!」

 シャルナはまるでアンバーに牙を剥くように言った。

「そういうつもりだったのね、あんたも!」

 ふたりが睨みあいをはじめた。

 これはいったいぜんたいどういうことなんだ、とユキは混乱した。

 そこに、

「よ」

 と、ライトが暢気に歩いてくる。片手をズボンのポケットに入れながら。

「あ、どうも」

「なにやってるんだ?」

「どっちがぼくの世話するかで揉めていて……」

「まーた、モテ話か。ま、そんなおれも今日はただ、あそびに来ただけなんだが」

 みんな、とユキは思った。みんな、いったいなにをするためにぼくの部屋をおとずれようとしているんだ?

 このレジ街には、いろんな問題があるっていうのに。

 マフィアもいるし、なにより王の暴走があるっていうのに。

 あ、ちょっと待てよ。

 王の暴走について、ぼくはまだよく知らないかも……。

 いや、いまはそんなことどうでもいいよ。

 いまは、この三人のほうが問題だ!

「あのさ、もっと真剣な話をしたりしようと思わないわけ!?」

「真剣に、喧嘩してるの!」

「あんた、しつこいわよ!?」

「わたしは、アンバーよりもユキとさきに出会ったんだよ、それをわすれないでほしいな!」

「くっ、そこは否定できない……」

「ふふふ、わたしのほうが上だから!」

「上か下かは、いまから決まることよ!」

「わたし、自信あるから!」

「あんたには、ぜーったい負けないわよ!」

「わたしだって、負けないから!」


 ……こうしてユキはアンバー・ナウシカノという少女と出会った。いや、再会した。

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