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宇宙船

「宇宙船に乗って、銀河を飛び回るんだ。すごいだろう、それがおれの仕事なんだ?」

 子どものころ、そんなことを語る近所の大人がいた。だが、それがウソだとわかったとき絶望した。

 タイロは、その大人の男を殺害した。殺すのは簡単だった。ただ後悔をした。もっとウソでもいいからその宇宙船の話を聞いていたかったな、と思ったのだ。殺したことへの後悔はいっさいなかった。

 宇宙飛行士になるのはむずかしい夢だった。タイロは大人になったときに宇宙飛行士を目指したが、自分にはその才能がないと悟りすぐに断念した。その後、タイロはマフィア組織の一員となった。

 タイロには魔法の才能があった。それはタイロにはじつにどうでもいい才能だった。タイロにとってほしかったのは宇宙飛行士としての才能だけだった。

「綺麗な花には毒があるってよく言うよな」

 同僚が言った。

 夜、

 タイロは同僚とふたりでとあるゾルガ人のマフィアのアジトに向かっていた。

 アジトはちいさなマンションの一室だった。

 タイロと同僚はそのマンションの部屋の見られる向かいのマンションのひと部屋に無断で入りこんだ。ドアのカギは同僚がサブレッサー付きの拳銃で撃って壊した。

 部屋の電気は当然、つけなかった。タイロは、レースのカーテンの隙間を覗きこんだ。ゾルガ人たちが(ゾルガ人は身体がおおきいのでそれ専用の部屋を用意されているマンションが存在するのだ)テーブルについてなにかを話していた。同僚が言った。

「ここで花を咲かせるんじゃあねえぜ」

「ああ」

 タイロは木の魔法使いだった。そしてタイロは空間に自在に花を咲かせることができた。タイロのみに咲かせることのできる花を。

「タイロの花にも毒がある、ってか」

 同僚が冗談を言ってひとりで笑った。

 タイロはそんなこと気にする様子もなくさっさと仕事をはじめる。

 ゾルガ人たちの一室内に真っ赤な花を咲かせていく。ゾルガ人たちは初め、それを警戒する。だが、ただの花だと判断し、やがてむしり取るのもやめて無視する。

 部屋の窓が、かすかに開かれている。花粉が充満するのにはそれなりに時間がかかるだろう。だがそれも時間の問題だ。

 ゾルガ人たちに、異変がおこりはじめる。椅子に座ったまま動かなくなる。死んだわけではない。タイロの花で睡眠に入ったのである。

「よし、あとはおれがやってくる」

 同僚が真剣な口調でそう言った。

 自分の仕事はこれにて終了だ。

 タイロは自宅に帰ることにする。

 夜道を歩いていると、空を宇宙船が飛んでいくのが見えた。

 反重力の宇宙船が低い音を夜空にひびかせながらこの惑星外へと出ていこうとしている。カタツムリが、星空という殻の外へ顔を出すみたいに。

 惑星外には夢がひろがっている。それはまるでおもちゃ箱を開くみたいな感動だ。

 タイロはもうそれを悔しむことはないが、いつもなんだか悲しくなる。

 やはりあのウソをついていた大人の男のことがいまでも気になって仕方がないのかもしれない。

 タイロはそんな気がしてならない。

 がちゃん。

 AIロボットが夜道にあらわれた。

 タイロは足をとめた。

「治安活動家か」

 ロボットはタイロの花が効かない。

 逃げるしかない。

「やはり潜んでいるものだな」

 男の声がする。

 ロボットたちの後方を、黒の長髪の男が歩いてくる。

「敵は排除しなければならない。おれが敵だと判断した者たちは」

 男が、手のなかに火を生んだ。

 タイロは一歩、後退した。

「火の魔法使い……!?」

「火は苦手か?」

「くそ……」

 タイロは逃げ出した。

 道にタイロの花を咲かせながら。

「毒……?」

 男がつぶやいた。

 男がうしろを追いかけてきているのがわかった。

 マンションを同僚が出てきた。

 同僚はタイロのピンチに気がつくと男に向けて引き金を引いた。

 男は標的をタイロではなく同僚に変えた。そのおかげでタイロは逃げ切った。一時間後、タイロは同僚のディテクタに電話をかけた。だが同僚は電話を出なかった。おそらく同僚は男に始末されたのだ。タイロは悲しみに打ちのめされた。みずからが殺人者でありながら、同僚の死には涙が流れた。まったく不思議なものだ。

「良い魔法だな」

 翌日の昼間、マスクをかぶった男が話しかけてきた。タイロがラップ人の多いカフェテリアでコーヒーを飲んでいたときだ。タイロもラップ人なので青い顔の人間たちの多い空間はやはり落ち着くのだ。

「王を始末するのを手伝ってくれないか?」

「王の始末……?」

 タイロはおどろいた。

「ああ、そうだ」

 と男は言った。

「馬鹿げた話を……」

「ウソではない、本当だ」

 ウソではない、という言葉にタイロは引っかかった。

 タイロは「そうか」と目を閉じて思った。

 自分はウソに引っかかりたかったのかもしれない。

「わかった」

「やる気になったか」

「ああ、その仕事、引き受けた」


 それは謎の少年のあらわれる一週間前の話である。



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