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千依と結婚・前

本編番外「千依と竜也5」の直前頃のお話。

全3話になります。


『タツと結婚は、したい。けれど、もう少し時間を下さい。ちゃんと結婚に目が向けられるようになるまで。100%の気持ちでタツのお嫁さんになりたいの』



タツにその言葉を伝えてから早いものでもう2年以上も経った。

その答えを告げる日が近づいているんだと思う。

最近やたらとあの時の光景が頭に浮かぶ。


家族になるということ。

一緒に同じ屋根の下で家族を増やしながら生きていくということ。

思い浮かべればいつだってタツの顔が浮かんできて、それだけで幸せで涙すら出そうになるんだ。

そんな風に、少しずつ心の準備が整ってきたのを私自身感じていた。



それでもあと一歩、本当にあと少しの踏ん切りがつかない。

私は壊滅的に不器用で、2つ以上のことを一緒にやるのがとても難しい。

自覚があるからこそ、すぐに付き纏うのはいつだって未来への不安。


仕事と結婚。

私に両立ができるのだろうか。

例えば家族が増えるとなった時、子供を育てるとなった時、私にちゃんとできるのかな。

迷惑をかけないなんてことはまず無理で、ひとつのことだけでも大変なことで。

普通という言葉からほど遠い私は、世の中の働く主婦達と同じ様に出来るのだろうかとそんなことばかり心配してしまう。


昔に比べてずいぶんと私は欲張りになった。

そしてそれは結婚というものが自分にとって身近になったからこそ抱えるようになった悩み。




「んじゃ、俺そろそろ帰るな」


「あ……、う、うん」



今日もそんな感じであと一言が言えないままにタイムオーバーになってしまう。

タツも私も仕事が多忙で、一般的な恋人同士ほど会える時間は多くはないんだと思う。

週に1度会えたら良い方で、下手すると1カ月会えないこともあるくらいだ。

それでも時間を作ってタツはよく会いに来てくれていた。


相変わらず寛容で、いつまでもペースの遅い私に合わせてくれる。

タツの口から私を急かすような言葉なんて聞いたことがない。

大事にされているのだと鈍い私でも迷いなく言えるくらいだ。

だからこそこんなに愛しくて大事に思える存在をこれ以上待たせたくなんてない。

そんな気持ちは日に日に強まって、家族という言葉が自分の中でも日に日に重みを増していた。


そこまで気持ちが強くなっているのにこうやってなにも言えないまま、そのことを後悔するのは何度目だろう。

中々すっぱりしてくれない自分の性格がいい加減嫌になってくる。




「千依?どうした」


「え、え!?」


「いや、そんな思い詰めた顔して。何かあったんなら話聞くぞ?」


「う、ううん、ううん!ちが、違うの。その、ぐるぐるしちゃってて、でもこれは私の問題で」


「うん、大丈夫だから落ち着け?どうした」




聡く私の様子に気付いたタツは帰り支度を中断して私の横に座ってくれた。

私を落ち着かせるように頭を優しく撫でてくれて、そっと肩を抱いてくれる。


付き合って10年、こんな穏やかな触れ合いにホッと一息をつけるほど私はタツの傍に慣れていた。

こうやって気持ちが通じ合っているのは奇跡で、ずっと憧れてきた人が私を求めてくれているなんてさらに奇跡で、これ以上ないほどの幸せ。


……考え過ぎなのかもしれない、頭でっかちになっているのかもしれない。

けれど考えなしに突き進んで、大事な仕事仲間やずっと一緒にいたいと思えるほど好きなタツに大きな負担を背負わすことが私は怖い。


この期に及んでまだ踏みとどまる私を知られたら、呆れてしまうだろうか。

それでも大事なことだからこそ、臆病になってしまう。




「あのね、心配してくれてありがとうタツ。その、私にはまだ覚悟が足りてないみたいでね」


「覚悟?」


「うん。気持ちは決まっているのに、不安ばっかりで二の足踏んじゃって」




まさか結婚のことでぐるぐる悩んでいるだなんて、ずっと心を決めて待ち続けてくれているタツには言えない。

だからただそれだけを告げて、しっかりしなきゃと自分に言い聞かせる私。

タツはそれ以上事情を聞いてくることなく、肩に置いた手を優しく叩きながら口を開いた。




「千依のそういう一生懸命頑張る所が好きだけどさ、焦り過ぎは禁物だからな。何に悩んでいるのか分からないけど、自信や覚悟って持とうと思って簡単に持てるもんじゃないし」


「でもタツは男前ですっぱりものを決められる人だからすごいと思うの」


「そうでもないぞ?俺だって悩む時はグダグダして酷いもんだし。それに千依だって時間はかかるけどちゃんと答えを見つけられるだろ。そういうとこすごいと思うけど」


「う、うう……タツは私を甘やかし過ぎだと思う」


「それを言うなら俺の台詞。毎日千依に甘やかされすぎたおかげで俺はつけ上がってんだから」


「え、ええ?う、うそだよそんな」


「はは、千歳かシュンあたりにでも聞いてみな。きっと俺を甘やかすなって説教受けると思うから」



カラカラを笑って私の気持ちを浮上させてくれるタツ。

やっぱり傍にいるといるだけ温かい気持ちになれる。

大事にしたい、傍にいたい。

そんな気持ちは自然と膨れていて。



「話聞いてくれてありがとう、タツ。私もうちょっとだけ悩んでみるね」


「ん、無理しない程度にな」


私はタツの手をそっと握り締めながら、笑った。






「そんな難しく考える必要ないと思うけどなあ。結婚ってけっこう勢い大事だよ」


「……と、勢い先行でゴールインした真夏が言ってるよ、千依」


「い、勢い……」



久しぶりに3人揃って会えそうだと連絡が来たのはタツとそんな話をしたすぐ後のことだった。

お互いの近況報告をしながら辿りついた私の悩みに真夏ちゃんはけろりと答える。

私の義姉になってから、真夏ちゃんはすごく精神的にも落ちついて私の面倒をみてくれる。




「私さあ、就活失敗したじゃん?いや、失敗っていうか就職前に内定先が潰れちゃっただけなんだけどさ」


「う、うん」


「その時心底思ったんだよね。ああ、私が本当にやりたいことって何だろうって。私は千依や千歳、宮下みたいに夢なんてなかったしさ、萌みたく人生の指標があってそのためにどういう仕事をしようっていうモノも持ってなかった。だからあんな苦労して勝ち取った内定が潰れた時、私って本当空っぽだななんて思っちゃってさ」



そんな真夏ちゃんの言葉に私は息をのんだ。

萌ちゃんも黙ったままジッと真夏ちゃんを見つめている。

そんなことを考えていたなんて知らなかったとばかりに。


言葉は続く。



「時間無いはずなのに情熱も持てなくて、どうしようどうしようってそればかりで焦っちゃって追い詰められて。そもそも自分なんて誰にも必要とされてないんじゃないかってまで思ってたんだよね」


「……言いなさいよ、そういうことはその時に」


「ご、めん……全然気付けなかった。辛かったんだね、真夏ちゃん」


「やだ、良いんだって私も言いにくかったしさ。でも、そんな時に千歳がね“俺には必要だから”って言ってくれたんだよ。“将来が見つからなくて不安ならウチにおいで”って、“落ち着いた環境でゆっくり考えれば良いから”って。そうやってプロポーズしてくれたんだよね」



照れくさそうに真夏ちゃんが言う。

そう、2人が結婚したのは確かに真夏ちゃんが大学卒業した直後のことだった。

あまりに突然のことに本人達より私達を含む周りがびっくりして、そこからは準備とかで慌ただしかったからこうして詳しい事情を知るのは実は初めてだったりする。




「すっごい嬉しかったんだよ、私。あの時あのタイミングでそう言ってくれた千歳に本当何度感謝したか分からない。気持ちがすっごく強くなってさ、そのままその勢いで結婚しちゃったんだけど」


「そう、だったんだ」


「うん。でも結婚して良かったと思うよ。結果オーライって事なんだと思う、私は今が一番自分の将来見据えられてる気がするからさ」


「それが主婦、ね。なんか高校時代知ってると、あんたのイメージとちょっと合わなくて不思議な感じ」


「あはは、私も!まさか自分が家庭に入るって選択をするとは思ってなかった。当たり前のように共働きで嫌味上司とガンガン闘う母ちゃんになると思ってたからさ」



からからと笑う真夏ちゃん。

きっとそうやって自分の道を定めるまでたくさん悩んだんだろう。

吹っ切れたような清々しいその笑顔は、どこかタツと重なるものがあった。


まぶしく思って真夏ちゃんを眺めれば、真夏ちゃんはポンポンと私の肩を叩いて頷く。



「私はさ、この先中島家の家族と一緒に生きていこうって決めたんだよ千依。千歳もそうだしお義父さんやお義母さんや千依、生まれてくる子供を見守って生きていきたいって。色んな不安とか取っ払って何が外せないか考えたら、それが残ったの」


「……うん、ありがとう真夏ちゃん」


「千依は?たっくさん考えてるその頭の中で、一番強い気持ちは何?」


「私。私は……」



そう問われてしまえば、私の中にある答えなんてひとつしか残っていない。

ずっとずっと、自分の中で願い続けているもの。

自分が掴みたいと思っている未来。


悩みも不安も、掴みたいと願うからこそ湧いてくるものだ。




「タツと家族になりたい。タツと音楽だけは、離したくない」


「ほら、答え出てんじゃん」



簡単でしょ?と真夏ちゃんが笑う。

ジッと私達の会話を聞いていた萌ちゃんが苦笑いしながら話しかけてきた。




「千依の場合は好きなものはっきりしてるのが良いよね。自分にとって何が大事なのかずっと見失わずに生きている。それってすごいことだと思うよ」


「そ、そんな……っ、でも、私両立できるかが不安で」


「そういうことは、相談すればいいと思うよ。おっさんや千歳さんと。全部自分で頑張ろうとしなくて良いの、一緒に背負って良いと思う」



そうして私の不安をすくい上げてアドバイスをしてくれる萌ちゃんは昔から変わらず優しい。

明るくパワフルな真夏ちゃんと、穏やかでとことん聞き役に回ってくれる萌ちゃん。

この2人と友達になれて本当に良かった。

10年経っても変わらず続くこの絆がとても誇らしい。



「ありがとう、真夏ちゃん、萌ちゃん。私、前に進んでみる」


「その調子!任せといて、私達の結婚の時たくさんフォローしてもらった分今度はこっちが支えるから」


「あのおっさんすっごい喜ぶんだろうな……」




そんな会話をして、私達は笑い合った。








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