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千依と結婚・中


真夏ちゃんと千歳くんが暮らす家で会っていた私達3人。

千歳くんが単独仕事から家に帰ってきたのは、一通りの話を終えた後だった。



「そっか、受けるんだプロポーズ」


「うん。2年以上も待たせちゃったけど。でも真夏ちゃんと萌ちゃんが背中押してくれたの」




千歳くんにもちゃんと話しなさいと肩を叩いてくれた親友達にお礼を言って、私達は千歳くんの仕事部屋でそんな会話をする。


なんだかこうして部屋に2人きりでいると昔を思い出して懐かしくなる。

20歳を過ぎてから「もう大丈夫」と笑って1人暮らしを始めた千歳くん。

それから何年か経って真夏ちゃんと暮らすようになって、私達双子の距離はほんの少し開いた。

いつだって一緒だった私の大事な片割れは、こうして新しい家庭を築いて私とはほんの少し違う道を歩いている。


当時は我儘なことに少しの寂しさがあったものだけれど、今はもうそうは思わない。

今思えば共依存にも近かった関係は、周りの手も借りながらちゃんとした信頼関係へと変わったのだと感じる。

だからこそ生まれた距離感が今はとても心地いい。




「それでね、千歳くん」


「うん?」


「タツと結婚してね、この先家族が増えた時たぶん千歳くんや大塚さん達にはとても迷惑をかけることになると思うの。私はこの通り相変わらず音楽以外は駄目駄目で、両立できるか不安なことだらけで。あ、もちろん頑張るよ!でも」


「ちー、大丈夫だってそんな必死にならなくて。それに、迷惑かけるなんて思わなくて良いよ。ちーには俺や真夏のことで山ほど世話になってるじゃん。お互い様だよ」


「え?世話なんて」


「あんな突然結婚発表して大騒ぎになったのに、いつもカメラの前でも俺達の前でも嬉しそうに笑ってくれたじゃん。俺の結婚がトークの話題になった時も笑顔で対応してくれた。あれのおかげで俺達がどれだけ救われたことか」


「だって、それは本当に嬉しくて」


「うん。それは俺だって同じ。タツには正直色々複雑な思いがあるけど、ちーを幸せにしてくれるってことは分かるからさ。一緒に考えよう、これからの俺達のこと。家族のこと」


「千歳くん……ありがとう。ありがとう、本当に」


「いいってば。それより俺の方だってフォロー頼むことになるだろうし、父親になるからね」




穏やかに、けれどほんの少し悪戯っぽく笑う千歳くん。

真夏ちゃんのお腹に新しい命が宿っていると聞いたのはかなり最近の話だ。

2人にとっての初めての子供。

家族になるということ、新しい命を紡いでいくということ、自分の未来について真剣に考える大きなきっかけになった出来事なのは間違いない。


千歳くんは結婚してからぐんと落ち着いて、そして父親になると分かった時からはなおさら穏やかな笑みを浮かべるようになった。

幸せに向かって兄がこんな風に変わっていく姿は、私の心も温かくさせてくれる。




「おめでとう、ちー。ちゃんと幸せになりなよ。不幸になったらタツぶっとばすから」


「う、あはは、だ、大丈夫、きっと」



がっちり握手をした後「これからもよろしく」という言葉は、ほとんど同時に出てきた。

20年同じ屋根の下で過ごしてきた私達の繋がりはこんなところでもまた認識できる。

思わずお互い顔を見合わせ笑う。


ひとしきり笑った後、千歳くんがぽつりと言った。



「ちゃんと笑えるようになったな、お互い」


「うん?」


「いや、何か少し昔を思い出して。ちーも俺もあの時は1人じゃ抱えきれなかった問題を今ではちゃんと乗り越えてこうして笑えてる。大勢の人の手を借りたけど、ちゃんとここまで歩いて来れたなって」


「……うん、そうだね。人がこんなに温かくて幸せを運んでくれるものだって知らなかった」


「恩返ししなきゃな、俺達は音で」


「うん!」



しみじみとそんなことを語る私達。

今までを思い返してみると、頭によぎるのは見事に温かな記憶ばかり。

必死にやっても実にならないことは山ほどあったけれど、そんな自分の周りにはいつだって優しい人達がいてくれた。

あの時の自分がいたから今があるのだと心から思わせてくれる人達が私達にはたくさんいる。


上手く出来なくても無駄になることなんてなかった。

それを私はここでやっと思い出す。

大事な人達の笑顔を思い浮かべれば思い浮かべるだけ、温かな気持ちになれる。



……うん、ちゃんと進んでいこう。

すごく前向きな気持ちでそう思った。


感謝の心と、自分の中にある想いを大事に生きていきたい。

不器用でも良いから、大事な人達の笑顔を守れるよう自分に素直に誠実に生きていこう。

神様が私に与えてくれた音をこれからも大事に紡いで、皆に返せるように。



そんなことを思って目を閉ざす。

その瞬間に浮かんできたのは、やっぱりタツのあの笑顔。




「千歳くん、また明日ね。今から、行ってきます」


「ん、頑張れ。あ、タツに“ちー泣かせたら埋めるか潰す”って言っといて」


「う、埋めるか潰……っ、ど、どうかお手柔らかに」


「えー?これでもお手柔らかだよ?」


「え、えー……?」


「あはは、半分冗談だよ。言いたいことしっかり言っておいで、ちー」


「……うん!ありがとう、千歳くん」



ポンッと少し強めに肩を叩いてくれる千歳くん。

笑い返して、私は千歳くんと一緒に部屋を出る。




「……そんなにかかるの、結婚式やるのって」


「萌の気持ちすごいよく分かるよ。私頭痛くなったもん、千歳がポンってお金出しちゃうから失神するかと思った」


「まあ、あれだけ売れてるんだし有り得ない額稼いでても不思議ないよね。千依や千歳さん普通に私達に馴染んでるから忘れがちだけど」


「ね、私も結婚してから初めて気付いたよ。おまけに千歳ってああ見えて超堅実でさ。しっかり生涯貯金してんの」


「旦那としては理想形だね。しかしそうか……貯金額増やそうかな」


「30になるまでまだ時間あるんだし、大丈夫でしょ。宮下だって仕事順調なんだし」


「うん、でもあんまり央に頼りっきりにすんのも嫌だから」


「萌らしい。しっかりしてんね、そういうとこ」




リビングで真夏ちゃんと萌ちゃんは何やらすごく現実的な会話をしていた。

2人らしい会話に、千歳くんと顔を見合わせ笑う。




「あ、千依!話できたの?」


「うん、今から行ってきます」


「そう、いよいよね。行ってらっしゃい」



どこまでも私の味方として傍にいてくれる3人。

だから素直に「ありがとう!」とお礼を言って、家を後にする。




『もしもし、千依?どうした?珍しいな、電話くれるなんて』


「う、うん!その、タツ今日仕事終わりに会えないかな?」


『少し遅くなって良いなら大丈夫だけど。何かあったか、大丈夫?』


「大丈夫!あのね、話したいことがあるの」


『話したいこと?』


「うん。大事な、大事なこと」


『……分かった、仕事終わったら真っ直ぐ帰るから。悪いけど俺の部屋で待っててくれるか?』


「ありがとう」


『ん。じゃあ後で』




手を強く握って、大きく深呼吸をして、私は一歩ずつ足を進める。

ちゃんと受け入れてくれるだろうか。

こんなに待たせて、あんなに悩んだ私を呆れたりしないだろうか。

私に両立できるかな。

そんな不安はどうしたって残ってしまうけれど、伝えたいという気持ちはそれを上回るほどの大きさに膨れ上がっていた。





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