過去と未来と
本編完結後のお話です
“久しぶりに皆で集まってバーベキューでもしない?”
そう提案したのは竜也だった。
子供が生まれ慌ただしく変わる日常にもやっと慣れた頃のことだ。
皆それぞれに家庭を持ちそれぞれの道を歩むようになってからというもの、個別に会うことはあれど皆で集まる機会は自然に無くなっていった。竜也はどうやらそれをずっと気にしていたらしい。
竜也にとっても千依にとっても人生において一番の転機を共に過ごした大事な人達。
簡単に切りたくない大事な縁。
だからこそその提案に千依は即座に頷いた。
皆仕事が多忙なこともあり日程調整に苦労したが、その計画が実行されたのはおよそ半年後のことだ。
「うわ、シュンじゃん!まじで久しぶりだな、かれこれ5年ぶりくらいか?お前変わんないなあ」
「……老けたな、芳樹」
「え、パパ本当に知り合いなの!?うそ、すごい!ちょっと見直したっ」
「パパすごい!“シュン”に名前で呼ばれてる!」
「こら、2人共失礼でしょ。すみませんシュンさん」
「いえ、構いません。芳樹さんの奥さんですか?初めまして、友人の佐山駿です」
「こちらこそ初めまして。妻の前園恋と申します。話はよく夫から聞いています、お会いするのを楽しみにしていました」
貸し切ったバーベキュー会場に足を踏み入れると、さっそくそんな話が飛び交っていた。
懐かしさを感じさせる会話と新鮮な会話が混ざっていて、ふふっと思わず笑ってしまう千依。
そんな千依の元にもドンッと勢いよく抱きついてくる存在がいた。
「ちーちゃん!やっと来た!」
「琴ちゃん、こんにちは。遅くなってごめんね」
「こんにちは、琴。はは、今日も元気だな」
「タツおじさんも!こんにちは!」
嬉しそうに駆けよって来たのは姪である琴子だ。
母によく似た琴子はいつでも元気いっぱいで、父である千歳から「危なっかしい」と常々言われている。
ついこの間まで歩くのもやっとだったのに、ここまで元気に走り回って言葉を話せるようになるとは子供の成長は早いと妙に感動する千依。
琴子の両親が疲れた顔をしながら駆けよってくるのももう見慣れた風景だった。
「琴、いきなり突っ込んだら危ないだろ?一体誰に似たんだか……100%真夏だけど」
「ちょっと千歳、ひどくない?私こんなに危なっかしくないよ!」
「あはは、本気で言ってるのがすごいよね。おかげで俺は毎日心配が絶えないよ」
「あ、千歳くん。真夏ちゃん。それに紡くんも!こんにちは」
「千依、やっほー。ついでにおっさんも。ほら紡、こんにちはは?」
「こんにちは」
「こんにちは紡、しっかり挨拶できて偉いな」
琴子より2歳下の甥である紡は特に竜也に懐いている。
真夏の腕に抱かれながらチラチラ竜也を見つめる紡。
竜也がたまらないといった風に笑って頭を撫でると紡は嬉しそうに二カッと笑った。
素晴らしい癒し効果に頬を緩めて眺める千依。
するとグイグイ琴子にズボンを引っ張られた。
「ちーちゃん、ちーちゃん!コウちゃんは!」
「え?あ、ごめんね、コウちゃんは今ちょっとお休み中なの。あとで遊んであげてね」
「うん、分かった!あ、なかばくんだ!なかばくーん、もえちゃーん!!」
「って、また!?ごめん、ちー外すね。真夏も紡のこと頼んだ。こら琴!」
「琴ちゃん元気だなあ」
「……本当パワフルすぎて毎日体力との戦いだよ。紡と琴、性別逆転してんじゃないかと思うくらい」
立派に母をやっている真夏はぐったりしたように苦笑して琴子と千歳を眺めている。
心底疲れた様子なのに幸せそうに見えるのは、きっと日々が充実しているからなのだろう。
視線の先では、娘に振り回されながらも優しく見守っている千歳の姿が見えた。
千依もしっかりと腕に息子を抱きかかえながら、微笑ましく見守る。
「おじさん、だっこ」
「ん?ああ、はは、高いとこ好きだなあ紡は。真夏ちゃん、紡ちょっと借りて大丈夫?」
「あー、ごめんねおっさん。お世話かけます」
「いやいや。ついでにちょっとそこら辺歩いてくるよ。久しぶりに3人で少し話したら?」
竜也はそう言って紡を抱き上げると、たった今到着したらしい央や萌のもとに歩いていく。
楽しそうに声を上げる紡に早々に反応したのは央で、央大好きな琴子は一緒になって紡を見てきゃっきゃと笑っている。千歳は何やら拗ねた顔で竜也に言葉をかけながら、紡の頬をつついていた。
やがて竜也が萌の方に何かを告げると、数秒しない間に萌が千依と真夏の元にやってくる。
「千依、真夏、久しぶり。幸太くん……は寝てるか」
「萌、この間は美味しいお菓子どうも。そうなんだよ、コウちゃん寝ちゃってて残念」
「萌ちゃん久しぶり……!えへへ、来る前にはしゃぎ疲れたみたい」
「それにしても、やっぱりタツにそっくりね幸太くん」
「でも中身は千依そっくりだよ?将来は引く手数多だね、こりゃ」
こうして親友3人で会うのも何だかんだで久しぶりだ。
家事育児で家に追われる真夏に、仕事と育児の両立で慌ただしい千依、そして未だ現役で公務員をしている萌といったそれぞれの忙しさを持つ3人では集まるのももはや難しい。
こういう機会がなければ中々会えなくなっていた。電話などの連絡はよくするけれど、久しぶりに顔を合わせて千依もほっと一息つく。
「おー、お前ら集まったな」
「あら、賑やかだね!楽しいバーベキューになりそうで良かったよ」
「……というか、俺まで来て良かったのかケンさん」
「……それを言うなら私もだ大塚。私こそ場違いだろう」
「うるせえぞ、そこ2人。人数多いと男手必要なんだよ、料理食わせてやるかわりにしっかり働け」
大量の食材を持ってケンと雅が現れたのは一通り顔合わせと挨拶が終わった頃だった。
後ろにはケンに召集されたらしい大塚と松田の姿。
本当に全員勢ぞろいだと笑ったのはタツだ。
やがて鉄板に肉や野菜、ケンと雅のお手製料理が並べられると子供達がわあっと集まりはしゃぎ出す。
子供達の世話に追われながらも終始賑やかな空気で時間は流れた。
いつの間にやら仲良くなった子供達は、目を覚ました幸太も合わせ5人で何やら楽しそうに遊んでいる。
傍での見守り役に竜也と千歳がつき、他の面々はゆっくりと昔話に花を咲かせていた。
その時偶然千依の横にいたのはケンだ。
どうやら皆一通り食べるものを食べ終えたから手が空いたらしい。
ふと視線が合うと、彼はニヤリと笑った。
「久しぶりだな、チエ。立派に母親やってるみたいで何よりだよ」
「お久しぶりです。あはは……その、なんというか、全然まだまだです」
「タツの野郎から聞いてるぞ。ずいぶんのんびりした子供みたいだな」
「う……ど、どうにも私に似てしまったみたいで。その、外から見ると、こんな感じでハラハラなんだなあって」
「ははっ、皆そんなもんだよ。自分のことじゃなくなるとじれったくなるもんだ」
目を細めて子供達を眺めるケン。
普段の言動とは裏腹に、彼の視線はいつも優しい。
心底面倒見がよく温かな人だということをもう知っている千依は、ケンの言葉にゆるく笑って一緒に子供達を眺めた。
「それにしても幸太、ね。てっきり音にちなんだ名前かと思ってたが」
「えへへ、それも考えました。タツと2人ですっごく悩んだんですけど、でもあの子の人生はあの子のものだから。太く幸せな人生ならそれが一番だねって」
「はは、違いないな。さてどういう人生歩むかね、あいつは」
そう笑ったケン。
人生というものは不思議で、奇跡や偶然が折り重なって今がある。
自分達にたくさんの奇跡があったように、あの子の元にも幸運が舞い込んでくれるだろうか。
たとえば自分が竜也に出会えたように。竜也がこのオーナーと出会いシュンとも出会えたように。
そんなことを思った時、千依の脳裏にひとつの疑問が浮かんだ。
「そういえば、オーナーさんは何故居酒屋の店主に?」
「今さらだなあ、おい」
「あ、ご、ごめんなさい。無神経なこと」
「別にそうでもねえよ。まあ、良い機会か」
口に出して問えば、ケンは面白そうに笑って空を見た。
かつて第一線でギタリストをやっていたケン。
ずば抜けた技術を持ちいつでもどこでも需要はあったがある時ポンと辞めたと大塚から聞いたことがあった。しかし思えばその理由を千依は一切知らない。
ケンは懐かしむように笑っていた。
「雅のな、夢だったんだよ。飲食店を開くっていうのが」
「奥さんの、ですか?」
「ああ、料理すんのも人と話すのも好きな奴だからな」
その言葉に反応して雅を見つめれば、確かに皆の世話を焼きながら料理をする雅の目は生き生きしている。ケンの言葉は続いた。
「俺がギタリストやってる間は忙しくて家のことほとんどあいつに押し付けてたからな。自分の夢をしまいこんで俺に合わせてくれていたんだろうな。今のあいつ見てればそう思うよ」
「それでギタリストを。でもオーナーさんにとってもギタリストは夢だったんじゃ」
「ま、確かにな。好きで始めた仕事だし、今でもギターや音楽は好きだよ。でもな、てっぺんが見えちまったんだ」
「……てっぺん?」
「そう、てっぺん。というより自分の限界か」
笑いながらそんなことをケンは言う。
その意味がいまいち掴み切れなくて千依は首を傾げる。
一流の実力を持ち、誰からも一目置かれていたようなケンとはどうにも結びつかない言葉に思えたからだ。その理由を説明するようにケンは声をあげた。
「“こんなもんかな”って妥協する自分がいたんだよ。上を目指すとかじゃなく、現状に満足しちまう自分がな」
「それは」
「芸能界っていう皆が皆高みを目指して成長し続ける世界にいるとどうにもそんな考え方の自分が堕落してるように感じてよ。それこそ本物の一流がどうやって音を作っていくか見てきたから尚更な。で、由希……娘が自立して金の心配もそう無くなった時にふと思ったんだよ。ああ、もう良いかって」
自然とそういう気持ちに動いたんだよと、ケンは千依を見てフッと笑う。
「俺にはお前やタツのような情熱がなかったってことだ。技術だけ磨いたところで先が知れてたんだよ」
「情熱」
「たとえばお前のような音楽がなければ生きてけないってほどの気持ちも、タツのようなどんなに辛くとも音楽にのめりこんで離れられないって感覚も、シュンのような音楽から離れても気になって仕方ないっていう執念も俺にはなかった。そしてそれは創造性を求められるこの世界じゃ致命的な欠陥だ」
「そう、でしょうか。私は、ギタリストを辞めてもなおギターを弾き続けられるオーナーさんに欠陥があるようには」
「いいや、あるよ。良いか、チエ。どの世界でもそうだが、最後に生き残るのは人の心だ。強い気持ちがあるからこそ人の心は動く。一流だと呼ばれ長く愛され続ける奴等っていうのは、必ずこれというものを持っている。お前や、タツのように」
「……オーナーさん」
「俺にはそれがなかった。それならそんな自分よりよっぽど強い気持ちで夢を抱き続けている雅に付き合った方が良いんじゃねえかと思ってよ。散々俺の我儘に付き合わせたから、今度はってな」
ケンの表情には暗さもなにも一切ない。
心の底から納得してそういう結論に至ったのだというのはそれだけで明白だった。
だから千依もそれ以上何かを告げることはしない。
そこでケンは何かを思い出すように小さく笑った。
「でもこうして転職して色んな奴の人生に触れてみると案外楽しいもんだぞ?色んな考えの奴がいて、色んな想いを抱えて、色んな道を歩いてる。人生っていうのは奥が深くて面白い、見ていて飽きねえな」
楽しそうにケンは言う。
その言葉に思わず千依もふふっと笑った。
ケンの希望に溢れた言葉を聞くと、何だか千依までもが楽しいと思えてしまったから。
「ママ、マンマ」
「千依、幸太が食べれそうなものあるか?腹減ったみたい」
少し経って息子を抱えて戻ってきた竜也を見れば、幸せな気持ちが膨れ上がる。
隣に座った竜也に取り分けておいた幸太の分のおにぎりを差し出すと、竜也の手を借りて幸太が一生懸命それを頬張った。
「おーおー、お前らももうすっかり家族だな」
「なんだよケンさん急に。って、コウ。あわてて食べなくてもおにぎりは逃げないぞ?」
「ふふ、コウちゃんおいしい?」
「んまー」
「はは、幸せそうで何よりだよ」
満足そうに見つめるケンに千依も幸せな気分のまま笑う。
「お前達の言うとおり太く幸せに生きるのが一番だよ。心の向くまま生きてきゃ何か見えることもあるさ。音楽も、人生も」
そうきっぱりと告げてケンは笑った。
自分達が必死に悩んで掴み取ってきた今があるように、きっとケンの中にもそれがあって、そしてそれは今腕の中にいる大事な息子にもこの先現れるもの。
雅のもとへ手伝いに向かったケンを見つめ、千依は彼からもらった言葉をもう一度噛みしめた。
「なに、ケンさんと何話してたんだ?」
「人生について、かな」
「え?はは、そりゃまた深いね」
「うん。でもタツ、楽しみだね。この先も」
心に思うままそんなことを言えば竜也は一瞬きょとんと目を丸くさせてから、フワッと笑う。
出会った頃には見ることの出来なかった、竜也の気を許してくれた温かな笑み。
過去と今と未来を繋ぎ合わせてくれる存在は今竜也の腕の中で必死に生きている。
この子がいつか壁にぶつかった時には、ちゃんと自分の心でもって道を切り開いてくれるだろうか。
……切り開けるよう、自分達もしっかり心を持って毎日を過ごしたい。
幸せを噛みしめると共に、そんなことを密かに決意する千依だった。
これにてぼたん小話の方を一度完結設定とさせていただきます。
最後の最後までお読み下さった皆様、本当にありがとうございました!
ここまで書くことができてとても幸せでした。




