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(31)朱琴荘にて

DATE : H27.1.25

TIME : 17:35

STID : 00941724



その日の午後、無事に大学の講義が終わると、俺はまた速攻で下宿へと帰宅し、あかり姉と共に早めの夕食を取った。

それはもちろん、小夜子叔母さんの知人が営むグループホームに、恵方海苔巻きの営業に向かうためだ。

なお、俺は自動車の免許を持っていないので、あかり姉に運転をお願いしている。


「あかりちゃん、これが地図ね。 北バイパスからちょっと離れた所にある『朱琴荘』って所がそうよ」

「えっ、これどこだろ…。 礼雄、分かる?」


俺も分からないが、スマートタブレットの「マップ」アプリを起動して、「朱琴荘」で検索すると、ぐいん、と画面が移動して、マーカーが北バイパスの一部を指し示す。


「ここ」

「えー、これだけで、分かるかなぁ…」

「大丈夫だよ、あかり姉。 スマートタブレットには、カーナビも付いてるから」

「へー」

「ホント? タブレットって便利だね」

「最近の技術の進歩は凄いねぇ」


小夜子叔母さんと、あかり姉は未だに旧世代の携帯…カチパカケータイなのだ。


「じゃあ叔母さん、すいません、車お借りします」

「くれぐれも、運転は気をつけてね!」

「分かってます! それじゃ行ってきまーす」


あかり姉が運転席、俺が助手席に乗り込むと、俺はカーナビアプリを起動して、フロントボードと缶ホルダーの隙間に携帯を差し込む。


「音声案内を開始します。 目的地までは、現地の標識に従って下さい…」


ぽーん、という効果音と共に、道案内が始まる。


「それじゃよろしくな、あかり姉」

「うん、ちゃんとシートベルト締めててね」

「分かってるって」


…なんせ、あかり姉の運転、案外怖いからな。

焦るとパニックになる人だから。


あかり姉はエンジンを始動させると、そろそろと感触を確かめるような感じで、ゆっくり車を運転し始めた。


うわ、ホントにゆっくり。

ちょっと俺まで緊張してくるじゃん。


ぽーん。


「目的地まで、後7キロです。 その道、直進です」

「あ、直進ね。 はーい」


律儀にカーナビにお返事しながら、あかり姉は制限規則ピッタリの速度で、ソロソロと運転していく。


「100m先、右折です。 …右折です」

「はいはい、右折ね」


しばらくして、あかり姉も運転とナビに慣れてきたのか、運転がなめらかになってきた。


「ねぇ礼雄、これ凄いね、スマートタブレットって。 何でも出来るんだね」

「そうだよ、何でもできるんだぜ? ちょっとしたパソコンみたいなもんさ」

「…パソコン?」


だが、そう例えると、あかり姉の表情が少し曇った。


「…だったら、ゲームも出来たりするの?」


いきなりそう言われて、俺は言葉に窮した。

まさか、この場でそんな事を言われるなんて。

そりゃ、確かにゲームは出来る。


「いや、別に入れてないよ。 そりゃゲームはできるのもあるけど、それだって有料なんだぜ? そんな余裕ないよ」


でも今は運転中だし、余計な一言を言ってはマズイ。

ここは嘘でも、無難な答えを選択すべきだ。


「じゃあ、礼雄は…。 ゲームしてないって事だよね」

「あったり前だろ? そう言ったじゃん」

「だよね。 ちゃんと約束したもんね」


それを言われると、胸が痛む。

確かに、あかり姉とその約束はした。

だけど、それは…。


「あ、あかり姉! 前見て、前! 信号、赤!」

「きゃっ!?」


流石のカーナビでも、信号の色までは教えてくれない。

あかり姉は急ブレーキを踏み、俺たちは慣性で前方にガクンと投げ出されそうになる。


「…あかり姉、危ないよ。 今は運転に集中しようぜ」

「そうだね、ごめん、礼雄。 変な事言って」



DATE : H27.1.25

TIME : 17:49

STID : 00941724


北部バイパスにある俺たちの目的地、「朱琴荘」は、ここ高級ホテル?と思わせるほどの立派な建物だった。

見渡すような巨大な施設、かつ5階建て。

駐車場も広々としていたので、あかり姉も戸惑う事なく、スムーズに駐車できた。


車を降りた俺たちは、チラシを手に、入り口から受付窓口へと向かう。

中には、年輩の女性事務員さんが2人ほど居た。


「あのー、すいませーん」

「はい、何でしょう? 入居者のご家族の方ですか?」

「いえ、こちらに佐伯敬子さま、いらっしゃるでしょうか?」

「理事長を? 貴方達、どなた様?」

「あっ、えーと…。 森小夜子の使いのものです」

「ちょっとお待ち下さいね、今確認します…。 あっ、すいません理事長、森小夜子さまの使いという方が…はい、分かりました」


すると、その事務員さんは事務室を出て、


「こちらにどうぞ、理事長室でお待ちです」


と、俺たちを案内してくれた。

理事長室は、3階の廊下の一番奥にあった。


「失礼します理事長、お客様です」


そう言って、事務員さんはノックしつつ、そっとドアを開ける。


「失礼しまーす…」


理事長室の中、巨大な革張りの椅子に埋もれていたのは、アメリカのカトゥーン映画に出てくるような、でっぷり太ったおばちゃんだった。


紫色の髪をアップにし、たぷたぷの二重アゴにドギツい化粧。

ピアス、ネックレス、指輪や腕輪など、大量の貴金属を身につけ、白衣の下には胸元と足元が大きく開いた派手な服、というちょっと信じられない格好に、俺とあかり姉はしばし固まる。


すると、おばちゃんは分厚いファイルから目を離し、椅子をきしませながら立ちあがった。


「…あんたらが、小夜子の姪っ子なの?」

「あ、はい。 私の母の神崎美晴が、小夜子叔母さんの妹なんです」

「あー、そう言われればちょっと似てるね、美人の妹さんだったって評判だったもんねー」


と言って、そのおばちゃんは、巨体を震わしながら、カッカッカと笑う。


「で、そっちの坊やは?」


いや、坊やって。 そりゃ確かに背は低いけど…。


「こちらは、私の父の妹、桐嶋恵美叔母さんの次男で、桐嶋礼雄って言います。 宇園大学の2年生で、バイトしてるんです」

「桐嶋です、よろしくお願いします」

「はーん、じゃあアンタが、海苔巻きを買ってほしいっていう坊やなのね?」

「は、はい!」

「で、どんなもんなの? 恵方海苔巻きって」

「こんな感じです」


そう言って、俺はチラシを手渡した。


「ふーん…。 普通ので400円、豪華な海苔巻きで500円、という所かね」

「あ、でも、普通のだと、本当にただの海苔巻きですよ」


だが、理事長は何も言わず席を立つと、俺たちを連れてきてくれた事務員さんに対し、


「おい、これ皆さんに見せて、意見募って。 食べたい人が多いってんなら考えな。 坊や、チラシは他にあるの?」

「あ、はい!」


俺はそのまま全部のチラシを理事長に渡そうとしたが、


「私じゃなくて、アイツに渡して。 おい」

「はい、理事長」


理事長に指示された事務員さんが、俺の方に手を差し出したので、俺はそちらにチラシを渡した。


俺たちは理事長室を出ると、再び1階に戻り、ホテルのロビーみたいなラウンジに向かう。

そこには、多数の老人と、女性スタッフさんがテレビを見ながら談笑していた。


事務員の女性は、介護を担当しているスタッフさんにチラシを見せて、耳元に口を寄せて何事かささやく。

頷いたスタッフさんは、両手をぶんぶんと振って、大声を上げた。


「はーい、皆さん注目ー!」

「…ほえ?」

「ふわ?」


「あのですねー、今度の節分は、海苔巻きにしたいと思いまーす! しかも、食べたらその日1年、幸せになれるっていう海苔巻きらしいですよー!」


はぁ、へぇ、どんなのじゃ、というお年寄りのか細いリアクションを待たず、スタッフさんはチラシをテーブルの上に広げて置いた。


「これがその海苔巻きです! 『恵方海苔巻き』って言ってですね、しっかり1つ食べ終えたら、その年一年幸せになれるらしいですよ!」

「…あほうのりまき?」

「恵方です! もう、中村のおじいちゃん、しっかりして下さいよー」


と、スタッフさんはにこやか、かつフレンドリーに接していく。

うわ、すげぇな、よくできるなぁ。

俺、あんな事言われたら、笑顔浮かべるより先に呆れ顔しちゃうよ、絶対。


「ほほー」

「はぁ」

「美味しそうだねぇ」

「海苔巻きとか、もう何年も食うてないなぁ」


「どうですか、みなさーん?」


女性スタッフの方が呼びかけるが、イマイチ反応は薄い。

っていうか、「海苔巻きは、子供の頃はぁ、ごちそうじゃったのう」と雑談を始める人も居たりして、全く話が通じてる様子がない。


「礼雄、ほら」


と、俺はあかり姉に背中を押される。


「すいません皆様! よろしかったら、恵方海苔巻き、お食べになられませんか? 節分の日に持ってきますので、よろしくお願いします!」


と、俺より先にあかり姉がアピールしてくれた。


あ、そういう事か。

当事者の俺がボーッとしててどうする。


「よろしくお願いします! 美味しいですので、是非ご検討下さい!」


と、あかり姉のアピールに便乗して、俺もお願いさせてもらった。


「みなさん、どうですかー?」

「美味しそうでしょ、みなさーん?」


あかり姉とスタッフさん…介護士さんって言うのかな?

皆がチラシを見せてアピールしてくれているが、プルプル震えてチラシを見るばかりのご老人たちからは、相変わらずリアクションが帰ってこない。


「どうかね、ダメかなこりゃ」

「どうでしょう…」


後ろで、佐伯理事長と事務員さんが、小さい声でそんな事を言ってる。 

うわ、どうしようこれ。

もっと強引にお願いすべきなのか。


「…あんたが売りに来るのけ?」


「…え?」


「そこの姉ちゃんが、この海苔巻きを売りに来るのけ?」


さっきの爺ちゃん…車いすに乗った、中村のおじいちゃんと呼ばれた老人が、あかり姉を指さしてそう言った。


「そこの、チチとシリのデカい姉ちゃんが、手ずから食べさせてくれるなら、ワシは食うぞ」


すると、周囲がドッと爆笑する。


「まーた始まった! 中村のおじいちゃんって、まだまだ元気ねー、それなら100歳まで大丈夫ね!」

「そんな事言っちゃダメでしょー、あの娘さん困ってるじゃない」

「デカいもんをデカいと言って何が悪い! あの姉ちゃんの胸は素晴らしいぞっ、なぁ!」


「あ、あはは…」


あかり姉は、思わぬセクハラ発言に固まっていた。


「で、どうなんじゃ」

「もちろん売りにきます! あかり姉が!」

「ちょっと、礼雄!」

「よし、買うぞ! みんな買え! 決めたぞ!」

「もー、しょうがないわね、中村のお爺ちゃんはー」


中村というお爺さんの目は爛々と輝き、その視線は発言と違うことなく、あかり姉の胸と尻に注がれまくっていた。

…うーん、こんな年になっても、性欲ってあるんだな。


「私はこの海苔巻きにしてみようかねぇ」

「焼き肉のも美味しそうだねぇ」


そして、中村のお爺さんの号令一下、その場の雰囲気は恵方海苔巻きを買う雰囲気へと流れていった。


「…んー、意外と悪くないようだね」

「そうですね、海苔巻きって、お年寄りには馴染んだ味かもしれませんしね」

「よし、じゃあ決定。 行事イベントに組み込むから、恵方とか言うの調べときな」

「了解しました」


そして、佐伯理事長は俺の肩を叩く。


「坊や、買ったよ。 恵方海苔巻き。 普通の20人前、豪華な奴30人前貰おうか」


…おおっ!? 一気に50人前!?


「あの、理事長。 それだと、入居者の皆さんと数が合わないんですが…」

「一人に一本まるごと食わせる気かい? 喉に詰まらせないよう切り分けて、オードブルみたいにして出しな」

「いえ、そのつもりですが、それだと逆に数が多いなと思って」

「あんたらが食う分だよ。 ちゃんと作り方覚えとくんだよ! 来年からは自分で作るからね!」

「は、はいぃ…」


うわ、じゃあもう来年はダメだな。

っていうか、どこの職場でも、上司と部下ってこんな感じなのかな…。


「チチの姉ちゃん、あんた名前なんていうんじゃ?」

「あ、あかりです…。 神崎、あかり」

「あかりちゃんかー! 光り輝いとって、ええ名前じゃなー!」

「あ、ど、どうも…」


横目で様子を伺うと、あかり姉は中村老人にしっかりと手を握られ、受難の真っ最中だった。


「注文はこの用紙に書けばいいのかい?」

「あ、すいません、よろしくお願いします」


こうして、一気に50人前のノルマが達成されてしまった。


…スゲェ。 これがいわゆる大口契約、って奴なんだろうか。

保科がちまちま契約を取ろうが、絶対に追いつかない。

やった、これで店長の1万円ゲットだぜ!


「じゃあ、すいません、失礼します。 本当にどうもありがとうございましたー」

「ありがとね、節分の前の日にはよろしく」

「はい、分かりました!」


「ほら、中村のお爺ちゃん! このお姉さん、もう帰るって! いい加減手を離してあげて!」

「また来いよ、あかりちゃん! 絶対来るんじゃぞ!」

「は、はい…」


俺は絶賛受難中だったあかり姉の手を引き、皆さんに礼を言って、車に乗り込み施設を後にした。


「…今日は大変だったね、いろいろと」


車中で、あかり姉はため息をつきながら言う。

うん、まぁそりゃそうだろうな。


「でも、マジで助かったよあかり姉。 あかり姉が居なかったら、これ決まってなかったかも」

「…あはは、そうだね」

「あのエロ爺ちゃんに気に入られてたみたいだし」

「ちょっとー、やめてよー」


あの中村という爺ちゃんは、どうもあの入居者たちのリーダーみたいな、そんな感じだったしな。

買う雰囲気を作ってくれたのはありがたかった。


「それで、節分の前の日は、また一緒に行ってくれるよな? 車ないと困るし」

「それは礼雄の態度次第かなぁ」

「えー、なんだよそれ! マジ困るから、協力してくれよあかり姉!」

「ふふふ、考えとくよ、礼雄」


車の中で、そんな和やかな雑談をしながら、俺たちは下宿までの道を走り続けた。


<続く>

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