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(30)痛々しい天使リターンズ

DATE : H27.1.25

TIME : 10:15

STID : 00941724


「ふいー、やっと終わった…」


大講義室のチャイムが鳴り、木曜日の1時限目、証券法がつつがなく終了した。

今日の2限目は空き時間だが、午後から簿記論と仏語が入っており、下宿に帰ったら恵方海苔巻きのお願いに行って、夜10時から朝までバイト。 大学生は忙しいぜ。


「これから、どうすっかな…」


空き時間である2限目は、できればデジ研でゆっくり休みたかったが、今のあそこに行くのはなんか危険な感じがして、距離を取った方が良いように思えていた。


「ねぇ、貴方」


さりとて、生協で小腹を満たす余分な金がある訳でもなく、行き先を無くしていた俺は、経済棟の駐輪場でチャリを押しながら、どうしようかと考えていたのだが…。


「ねぇ、そこの貴方」


コンビニにでも行って、時間潰そうかな。


「ちょっと! 人が呼んでるのに、無視しないでよ!」

「え、俺? …げっ」

「何よ、その『げっ』ってリアクション」


ぼっちの俺に話しかけてきたのは、昨日の厨二妄想ノート女、茅原琴莉だった。

可愛い見た目とは裏腹に、いきなり敵意剥き出しだ。


「いや、だって…」


まさか、俺を探してるとは思わなかったし。


「だって何よ」

「いえ、何でもないです…。 って、何の用?」


すると、茅原さんは右手を差しだし、「携帯貸して」と言ってきた。


「…どうかしたの? 携帯忘れてきたとか? どこか連絡したい所があるの?」


と、俺が携帯…スマートタブレットを取り出すと、茅原さんは


「違うわよ! いいからさっさと貸しなさい!」


それをいきなりひったくった。

…うえに、俺に背を向けて速攻逃げ出した。


「おい、待てよ! 何でいきなり携帯パクってんだよ、お前!」


何なんだ、この女!?


俺は動揺しつつ、サークル会館前に逃亡する茅原さんを追いかける。

幸いにして、相手の厚底の靴では極めて走りにくいらしく、すぐ追いつく事が出来た。

そして、彼女の腕をひっ掴む。


「捕まえたぞ! 携帯返せよ!」

「やだ! アンタ、あの時、私のノートをカメラに撮ったでしょ!?」

「撮ってねぇよ!」

「嘘付かないで! 携帯持ってたって、それしかないでしょ!」


俺たちはぐぐぐ、と携帯を互いに両手で奪い合う形になったが、茅原さんはメチャ非力で、そんなに力を入れてないのに、こちらにズルズルとひきずられる。


「…お願いだから、写真を消させて! 人の秘密を勝手に撮るなんて卑怯よ! エッチバカ変態!」

「わ、分かった! だから大声上げるのは止めてくれよ!」


茅原さんの声で、周囲の皆が俺たちの方を見る。

誤解されるのが怖くて、俺は手を離した。


「ひゃっ!?」


が、急に手を離したのが悪かったのか、茅原さんはヨロヨロとよろけて、後ろに大きく倒れ込みそうになる。


「危ない!」


俺はそれを見て、即座に彼女に近づき、肩を掴んで抱きかかえた。

が、体勢が悪く、俺たちは二人して転んでしまう。


「…あいたた」

「悪い、大丈夫か」


何とか、俺が下になる形で倒れ込む事ができ、茅原さんは、俺に覆い被さるような格好になった。

良かった、これなら怪我はない…だろうけど…。


女の子の体って、超柔らかい…。

それに、ふわふわの髪の毛からメチャ良い匂いする。


「大丈夫よッ!」

「はぶっ!?」


だが、茅原さんは俺の上から一瞬で離れると、起き上がりざまに格闘ゲームさながらの追い打ち攻撃で、俺の腹にストンピングを喰らわしてきた。 厚底の靴で。


俺が悶絶している間にも、茅原さんは必死に携帯を操作している。


「ああ、もうこれ、写真のアルバムどこにあるのよっ! …あら?」

「げほっ、ちょっと待てよ、話聞いてくれよ、ぐへっ、俺、別に君のノートを写真に撮ったりしてないって…」


だが、茅原さんの目は、携帯のある部分を凝視し、それから俺を正面から見据えて、言った。


「…貴方、『リヴァイアサン』のプレイヤーなの?」



DATE : H27.1.25

TIME : 11:11

STID : 00941724、A0000021


「じゃあ、茅原さんも、リヴァイアサンのプレイヤーなの?」

「琴莉って呼んで。 名字は嫌いだから」

「琴莉…」


だが、そこで俺は思いっきりほっぺたをつねられた。


「『さん』は!?」

「すいません琴莉さん!」

「よし」


そう言いながら、彼女は再び、俺の携帯をイジり回す。

あの後、彼女は何がなんでもノートの映像データが残ってないかを確認したいみたいだったので、渋々と大講堂前のベンチに移動し、そこで好きにさせていたのだ。


「…ねぇ、電話の着信履歴が凄く少ないんだけど」

「どこ見てんだよ! そこ、写真と関係ねーだろ!」

「それに、メールも業者からのばっかりじゃない」

「ほっとけよ! だから、それも写真と関係ねーだろ!」


だけど、これほどまでに念入りに、執拗に、徹底的に携帯の中身を見られるとは想像もしてなかった。


「…ねぇ、貴方、もしかして友達いないの?」


遂にそれを言われて、俺は力が抜けた。


「ま、あんまりね」

「RUBYとかポートボイスも入れてないの?」

「SNSは苦手なんだよ」

「なんで? ポートボイスとか、もうマレット使いには必須じゃない」

「いや…俺、あんまりそういうの、好きじゃないんだ」


俺、あんまり人に対して、胸を張ってられる人間じゃないから。


「ふーん、私と一緒ね」

「…え?」

「何でもない」


そう言って、彼女はその後もずーっと…10分以上も、俺の携帯をいじり回していた。


「…ねぇ」

「何だよ」

「面倒臭いから、この携帯もう壊して良い?」

「何言ってんだバカ! 冗談言うなっての!」


俺は彼女の手から携帯をひったくると、鞄の中にしまい込んだ。


「ね、君、名前なんて言うの?」

「礼雄。 桐嶋礼雄」

「…もしかして、8月生まれ?」

「そうだよ。 礼儀の礼と、雄々しいの雄で、礼雄」

「もしかして、A型?」

「そうだけど…」

「ふーん、そっかそっか。 獅子座のAね」

「もしかして、占いか何か?」

「別に」


そこで、茅原…いや、琴莉さんは、勝手に話を切ってしまった。

まぁ、写真の疑いは晴れたみたいだし、いいか。


「…そういやさ、琴莉さんも、リヴァイアサンをやってるんだよね?」

「時々ね」

「どんだけ進んでるの? もうネージュは卒業した?」

「ネージュ…? 何それ?」


え?

…宇園市の人間は、ネージュ村から始まるんじゃなかったのか?


「あ、それ、村の名前だったの? …うん、ごめん、ド忘れしてた。 それに、私は別の場所に居るから」

「へー、そうなんだ。 それ、なんて街?」


だが、彼女はその質問には沈黙して答えなかった。


「…? どうしたの?」

「ね、礼雄くん。 貴方は、このゲーム、好き?」

「え?」

「このゲームの世界。 好き?」


…なんだこの質問? ま、いいけど。


「素敵な世界だよ。 俺は好きだな」

「本当?」

「うん」

「本当の本当に?」

「いや、本当の本当に」

「本当の本当の本当に好き?」

「いや、本当に本当だって! 好きだよ!」


「でも、プレイヤーはヒドい人たちが多いじゃない。 それでも良いの?」


…ん?

もしかして、琴莉さんもPKとかセクハラとか、そういう被害に逢ってるんだろうか。


「そりゃ、ヒドい人には俺も結構出会ったよ。 でもそれは、ゲームシステムに影響されてるからであって、皆が全員ヒドい人、って訳でもないと思うな」

「礼雄くんは、システムが悪いって思ってるの?」

「ああ。 なんというか、プレイヤーに課金と競争を強いるような…あのせいで、皆マジになり過ぎてるんじゃないか、って思う。 実際、他のゲームでは、そんな事なかったし」

「それなのに、嫌になったりしないの?」

「分からない。 でも、今は正直、結構引き込まれてる」

「どうして?」

「それも分からない。 でも、フィーリングなんだ。 好きになれそうだ、って予感がしてるんだ」

「そうかぁ…」


なんだか、さっきとうって変わって、琴莉さんの雰囲気は大分見た目どおりの穏やかな感じになってる。


「ねぇ、礼雄くんは、誰とプレイしてるの?」


それになんだか、急に慣れ慣れしくなったような…。


「えっと、友達と」

「電話の履歴にあった、藤宮くん?」


…本当しっかり見てたんだな、こいつ!


「そう、高校の友人なんだよ。 そいつと一緒にやってるんだ」

「大学の友人は?」


それ、聞くのぉお!?


「…」


「ごめん、本格的にぼっちなんだね。 ってか、何でそんなに友達居ないの?」


いや、完全に居ないって訳じゃないというか、むしろデジ研には一杯仲間居るんだよ!?

ただ、リヴァイアサンを一緒にやる相手が居ない、というだけで!


「ふーん…」

「じゃあさ、琴莉さんは、誰とプレイしてるの?」

「内緒。 でも、そんなに言うほどプレイしてないよ」

「え、でもネージュ村より先に進んでるんだよね?」

「うん。 でも、私あのゲーム、あまり好きじゃないんだ」

「あ、そうなんだ…」


よかったら一緒に「リヴァイアサン」をプレイしない?

と申し出ようという試みは、口に出す前にかき消えた。

そもそもゲームがそんな好きじゃないんなら、どうしようもないし。


…でも、それなら、彼女はどういう理由で「リヴァイアサン」を始めたんだろうか?


俺がそう疑問に思ったところで、2限目の終了を知らせるチャイムが、大講堂の方から小さく聞こえてきた。


「っと、琴莉さんは時間良いの? そろそろお昼になるけど」

「…そうね、じゃあまた今度ね。 あ、それと、最後に聞きたいんだけど」

「何?」


すると、琴莉さんは眉を鋭く逆立てて言った。


「…あのノート見て、どう思った?」

「…え?」

「見たんでしょ? しっかりと。 中身」

「え、えと、あの、その…」


どういう答えをすりゃええねん、と一瞬テンパりかけるが、その時反射的に、あかり姉の声が響いてきた。

女の子はとにかく褒めろ、と…。


「絵、案外上手だよね」

「もしかして、キャラのページまで見てたのッ!?」


一瞬、琴莉さんの顔に般若の面が重なった気がした。


「い、いやでも、俺、アニメやマンガ、よく見るから…。 ああいうの結構慣れてるっていうか、素直に良いな、って思った」

「…それ、本当!? というか、貴方アニメオタクだったの?」

「そ、そうです…。 時々、設定資料集も買うし」

「ふーん…。 じゃ、最近は何買ったの?」

「『Words Worlds Swords』のキャラクターブック」

「なるほど…。 まぁ妥当ね」


何が妥当なのか分からないが、琴莉さんは、腕組みしながら何事かを考えている様子を見せた。

ってか、「WWS」の話題が普通に通じたという事は、この娘もアニオタなのか。


「ま、良いわ、許してあげる。 でも、あのノートの内容は、忘れてね。 絶対よ」

「わ、分かったよ…」


俺が内心で胸を撫で下ろすと、


「それじゃ、礼雄くん、またね」

「あ、ああ…」


そう言って、彼女は少し微笑むと、手を振り去っていった。 


「(礼雄くん、またね、か…)」


いろいろあったけど、携帯をガン見されて素性を知られてからは、わりと打ち解けて話せた気がする。

もしかして、これ、人生初のモテ期到来なのか。

それとも、女性に優しくされたら、誰でもうっかり惚れてしまう、童貞病の初期症状か。


…間違いなく後者だろうな、とは自覚しつつも、淡い期待に胸が高揚するのは、どうしても止められなかった。


「…あ」


彼女の姿が、完全に見えなくなってから、俺は自分の失態に気づいた。

彼女は、確か福祉経済総論の講義を取ってたはず。

もしもノートを借りることができれば、伊庭のレポートで単位を取れる可能性は、飛躍的に高まったのに。


「しまった!」


そう思った俺は、慌てて駆け出すが、もう彼女の姿は、どこにも見えなかった。


<続く>

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