(29)穏やかならぬ日常
DATE : H27.1.24
TIME : 20:57
STID : 00941724、00914582
ウチのコンビニは、北部バイパスと宇園城の間、下村アーケードから少し離れた雑踏にある。
繁華街からは多少距離があるが、近くに学校や新興住宅地もあるため、多様なお客さんが、割と途切れずに来店する、という恵まれた立地だ。
日中を除けばそれなりに忙しく、一人では手が回らない事も多いため、常時2~3人体制でのシフトになっている。
夕方の部活帰りの高校生の束を捌き、人影がまばらになった所で、俺は保科に小声で話しかけた。
「保科、恵方海苔巻きはどうだ? 何件くらい行けた?」
「順調ですよ。 今のところ、15本くらい注文ありましたね。 明日もまたお願いに行くつもりですけど」
と、保科はドヤ顔を輝かせつつそう言った。
「で、礼雄くんは? 自分は注文取れてるんですか?」
「えっと、今のところ、予約は2本くらいかな…」
まだ例のグループホーム分はカウントできないから、素直に今の状況を伝えたのだが、保科は鼻で笑いながら言う。
「2本って…。 大丈夫ですか? そもそも、やる気あるんですか? 友達居なくても、親兄弟に頼めば、もっと行けるでしょ」
「あ、ああ、そうだな」
「もうちょっと気合い入れましょうよ、礼雄くん。 結果がどうであれ、真剣にやらなきゃ、店長も怒りだしますよ」
「わ、分かってるよ…」
でも、両親や兄妹には頼めない。
皆、俺の事が好きじゃないからな。
まして、そんなノルマを伝えたら、なんて反撃されるか…。
だが、そこでお客さんの入店を知らせるチャイムが鳴ると、ぎゃははは、という笑い声と共に、ニッカを穿いた作業服の集団が入ってきた。
「ねぇマサキくん、その女、俺にも紹介して下さいよぉ!」
「でもなぁ、ガッバガバだったぞ? 胸もタレ気味だし、正直、あんまり抱きごこち良くないぜ」
「それでも良いですから! 自分ばっかりモテモテでズルいじゃないですか! お願いしますよ! 女紹介して下さいよぉ!」
「でも俺、お前と穴兄弟になりたくねぇーし!」
そんな品性下劣極まる連中が、我が物顔で大声をあげながら店内を闊歩し、買い物かごの中に弁当、焼き鳥、つまみ、ケースのビールを次々と山のように入れていく。
「じゃあ、どうやったらマサキくんみたいにモテるようになるんスかぁ?」
「ですよー、超羨ましいっすよ。 一人くらい分けて下さいよ」
「まずは大人の余裕だよ。 お前等は、とりあえずそのガツガツした態度を止めろ」
そんな事を仲間うちで言い合いながら、連中のリーダー…マサキと呼ばれた、金髪色黒の男はドスンと乱暴にカゴをレジに置いた。
…思っていたより全然若い。 案外、年も近いかもしれない。
俺がその酒盛り用品をレジに通そうとしたら、
「マルヴォロ」
唐突にそんな事を言われた。
え? え?
「マルヴォロだよ、そこにあんだろが」
あ、タバコの銘柄の事か。
俺は慌てて後ろの棚から、赤いパッケージのマルヴォロを持って来る。
「バカかお前、メントールだよ」
「え」
そう言われ、俺は何のことかと思ったが、そういやそんな種類のもあったな、と思いだし、緑色のパッケージのマルヴォロを一つ選んで持ってくる。
「あのな、メントールったらライトの100に決まってるだろうが! 誰がミントとか吸うかッ!」
「あ、す、すいません…」
と、速攻キレられた。
俺の醜態を見かねたのか、保科がフォローに入ってくる。
「すいません、失礼いたしました。 マルヴォロのメントールライトですね? 一箱でよろしいですか?」
「ああ、さっさとしろよ!」
「はい、申し訳ございません。 …ほら!」
そう言って、保科は俺の足をかなり強めに蹴ってきた。
タバコの銘柄を覚えてないなら、さっさとレジやってろと言う意味だと思ったが、蹴らなくても良いだろ。
「アイスブラスト」
「はい、ネビウスですね。1ですか? それとも5か8ですか?」
「5で」
「かしこまりましたー」
「サンダーを箱」
「はい、ウィングストーム1ダースですねー」
と、保科はタバコの銘柄を的確に仕訳け、注文のタバコをレジに置いていく。
「皆様、ご注文は別々ですか?」
「タバコは別々で」
もうホント、タバコの銘柄って訳わかんねー。
サンダーとかアイスブラストって何だよ、魔法の呪文かよ、と思いながら俺はレジを通し続けた。
「ありがとうございましたー」
「…りがとうござっしたー」
俺がそうぞんざいに挨拶すると、作業服の連中が見えなくなってから、保科が俺の脇腹をつついてくる。
「礼雄くん、何ですか今の挨拶。 もうちょっと真面目にやって下さいよ」
「だってよ、たかがタバコくらいで、あそこまでキレなくても良いと思わねぇ?」
「たかが、じゃないですよ。 それが僕らの仕事でしょ? てか、三ヶ月も経つのに、タバコの銘柄すら覚えられないんですか? マジ大学生?」
いや、大まかには覚えてるよ…。
ただ、ああいう細かい好みや、略称で言われたら分からないだろ。
「そこは自分が先んじて聞けば良いだけの話ですよ」
うは、面倒くせぇ。
何で土方とかにそんな事しなくちゃいけないんだよ。
だが、そんな事を軽く言ったら、保科は俺の胸ぐらを掴んできた。
「…何様のつもりですか、アンタ」
唐突なその行動に動揺し、固まる俺。
保科の目つきと口調は厳しいものに豹変し、俺にそう問いかけてきた。
「アンタって、お前…」
「土方だからって、見くびってるんですか!?」
「いや、その…どうしたんだよ、お前」
だが、俺たちが口論になろうかと言うところで、再びお客さんの来店を知らせるチャイムが鳴り、その人物がつかつかとレジに直行してきたため、保科は手を離した。
「あのあのっ!」
と、その人物は、ドン、とレジに小さな箱を置く。
「このフィギュア、カード抜かれてるから、代えてほしいんだけどっ! けどっ!」
「…はぁ」
保科が絶句したのもさもありなん。
そのレジに直行してきた人物は、短いくせ毛に度の強い眼鏡と無精髭、ベルトインしたチェックのYシャツにベージュのスラックス、そして汚れたスニーカーと肩掛けの鞄、そしてやや丸っこい体型。
残念ながら、どこからどう見ても、粘度100%のフレッシュキモオタだった。
「…お客様、申し訳ありませんが、もう一度お話をよろしいですか?」
「カノンたんの! キャンペーンの! カードがないの、のっ!」
「申し込み用紙か何かの事ですか?」
「違うーっ! カードったらカードに決まってるじゃん! じゃんじゃん!」
そのフレッシュキモオタさんの強烈なキャラに、再び絶句する保科だったが、俺には彼が何を言いたいのか分かった。
彼が持って来た箱は、このコンビニで最近までチョコ菓子とコラボしてた「響希カノン」の製品で、最近よくある「お菓子よりも玩具がデカい食玩」だ。
で、この玩具…ミニフィギュアの中には別にカードが付いてて、他の菓子シリーズも含める事で初めてコンプリートできるのだが、どういう訳か彼の買ったチョコには、フィギュアはあれどカードが無かったのだろう。
その事実に開封してから気づき、憤慨した彼は、フィギュアを買ったこの店舗に持ってきた、という事だ。
でも問題は、このコラボキャンペーンはちょうど昨日に終わってるのだ。
俺はその経緯を、動揺している保科に小声で伝えた。
「あの、お客様、申し訳ありませんが、既にキャンペーン期間は終了しております。 商品に欠陥があれば別の品と交換したいと思いますが、レシートがないと…」
「じゃあこれ返品する!る! カノンたんは被ってるからもう要らないお!お!」
「ですから、レシートがないと…」
「僕はここでしかお菓子買わないし!し! 金の無駄だお! いいからさっさと金返すお!すお!」
だが、保科はそこで一息つくと、声を張り上げた。
「レシートがなければ、返品には応じかねます!」
「な…」
「それでも、金を出せとおっしゃいますか!」
そう言いながら、フレッシュさんを睨みつけた。
すると、店内が騒然となり、客が何事かと、俺たちの様子をのぞき込んでくる。
「あ…あうぅ、はわぁ…」
だが、店内の人間は、俺たちよりも、フレッシュさんの様子に怪訝な視線を送っていた。
それに気づいたからか、フレッシュさんはたちまち涙目になり、「ぼ、僕のエルタん…」そんな事を言いながら店を出ていった。
「…なんだアイツ。 意味わかんねー」
フレッシュさんが出ていった後に、保科は小さく呟いた。
ちなみに彼の捨て台詞、「エルタん」ってのは、カノンちゃんと同じポップロイドの「漣波エルタ」の事だ。
保科は、ちょっと疲れた表情で俺を見る。
「…礼雄くん、今のはありがとうございました。 助かりました」
「お前でも、知らない事あるんだな」
「正直、キャンペーンの細かい内容までは把握してなかったです」
「じゃあ、タバコの細かい銘柄まで覚えてなくても文句は言えねーな」
「いや、それとこれとは…」
と保科は何か言いかけたが、何故か押し黙る。
「…さっきは、胸ぐら掴むような真似して、すいませんでした」
「いや、別に良いけど…。 何か気に障るような事言ったのか、俺」
保科はそれを聞くと、またもため息をつきながら返事をくれた。
「礼雄くんには、はっきり言った方が良いみたいですから言いますけど…。 土方の人をバカにしちゃ、ダメですよ」
…たかがそんな事であんなに怒ったのかよ。
でも、ネットでは「土方は底辺職」ってよく言われるじゃん。
「職業に貴賤はない、って言うでしょ。 もしも、職業に貴賤があるのなら、彼らの方が遙かに『人の役に立って』ますよ。 少なくとも、さっきのキモオタなんかより、ずっとね」
礼雄くんはネットに毒されすぎでしょ、と保科は付け足した。
「…。」
いくら何でもバカにされ過ぎな気がしたが、まぁ…確かに、職業で人に偏見を持つのは、確かに良くないな。
もしもコンビニバイトが底辺って言われたら、俺もいい気分しないだろうしな。
「でしょ。 分かってくれましたか」
「ああ、すまん。 正直言いすぎた。 でも、お前も言い過ぎじゃないのか?」
「ああ、さっきの客ですか」
レジ前は防犯カメラの撮影範囲になっている。
それを知っているから、保科は少し強めに挑発したのだろうが、あのフレッシュさんは驚くほど弱々しかった。
「正直、僕、ああいう連中嫌いなんで。 オタクとか、見てるだけで虫酸が走ります」
「おい、さっき職業に貴賤なし、って言っただろ」
「無職は例外でしょ」
保科は、俺の言葉をまたずに続けた。
「僕、オタクの考え方が分からないんですよね。 そりゃ、子供のうちはゲームとかマンガって楽しかったですよ。 けど、大人になってもそれを続けるのって、異常だと思いませんか?」
…異常?
「いや、ゲームもマンガもさ、今ではちゃんとした趣味の一つだろ? 車とか、ファッションとか、そういうもののと同じ」
「…ゲームやマンガがですか?」
「そう。 逆にさ、車好きな人や、ファッション好きな人から、その趣味を取ったら、まともな人になるのか?」
「そういう趣味の人は、元々ちゃんと節度を守ってるでしょ。 節度を守れないから、オタクって言われるんですよ」
「…うぐ」
節度を守れない、という点に関しては、俺もネトゲで1年間近くを無為に潰してるだけに、非常に悔しいが、全く反論できなかった。
確かに…オタクは、自分の欲望に関しては、徹底して忠実だからなぁ…。
「連中は甘えてるんですよ。 自分の事しか考えてない、周囲に迷惑を振りまく豚です。 でも、食料になるだけ、本当の豚の方がまだマシですよ」
…それは、どう考えてもただの悪口だったが、経験上、この手の感性の人間には何言っても無駄だって事は分かっていたので、俺は聞き流す事にした。
DATE : H27.1.24
TIME : 22:08
STID : 00941724
バイトが終わると、俺はバックルームに備えてあるホワイトボード…来週のシフト希望表にはほとんど記入せず、代わりに「試験があるので、2月17日くらいまで、なるべく休みを頂きたいです」と書き込み、引継で入った小野田さんと小松さん(30代女性)に挨拶してから、チャリで速攻で下宿へと駆け戻った。
「ふう…」
今日も疲れた。
さっさと風呂に入って寝たい気分だが、まだやる事はある。
今日の講義、越智教授の環境経済論のテーマである「カーボンニュートラル」について勉強しなくてはならない。
そう思った俺は、環境経済の教科書を流し読みするが…。
…やられた。
教科書には、カーボンニュートラルの事が書いてない。
これも、授業の中でちょこちょこ挙げた話題なのだろう。
その内容をきちんと把握しているかどうかで、普段の出欠も確認するという構造の極悪レポートだ。
「くっそ!」
俺は机のデスクトップパソコンを起動、ネットに繋ぎ、wiziで「カーボンニュートラル」を検索する。
…ほどなくして、内容は理解できた。
化石燃料である、石炭や石油を燃やすと二酸化炭素…温室効果ガスが増え、地球温暖化に繋がる。
だが、二酸化炭素は植物の成長に伴い、再び炭素として大気中から地上に戻るので、結果的に地球上にある二酸化炭素の総量は変わりませんよ、という概念が「カーボンニュートラル」における俺の理解だ。
ただ、問題なのは「化石燃料の消費に伴う二酸化炭素の放出量」の方が、「植物の成長に伴う二酸化炭素の固定量」よりも圧倒的であるため、全然ニュートラルになってない、って現状だ。
これをレポートにまとめるには、そもそも越智教授が何を言いたいのかがポイントだ。
全然ニュートラルじゃないと指摘するのか、それともニュートラルにする方法を提示して補強するのか。
越智の主張がどっちだったかによってアプローチが全然違う。
…くそ、分からん。
やっぱノートがないと、どうにもならない。
後回しだ後回し、と思った俺は、次に伊庭教授の「福祉経済総論」のレポートに取りかかった。
だが、課題で言われた「在宅医療」や「認知症サポーター」などなど、それぞれの語句の意味をwiziで調べたら、また意味不明な言葉が出てきて、さらにwizi頼みとなってしまい…。
「やべぇ…これ、マジで来週までに終わるのか…」
伊庭のテーマは、かなり多層構造的なものらしい。
語句を調べるだけでも一苦労なのに、それをまとめて、将来の展望…財政削減策について書かなければならない。
が、そんなの当然浮かんでこない。
ううん、ううん、と唸りながら頭を捻っていたら…。
「礼雄ー、お風呂どうするのー? 叔母さん、もう掃除するってよ」
「あかり姉と…おフロ入る…むにゃむにゃ…」
「何言ってるの!? もう寝てるなら、明日シャワー浴びてね! お休み!」
日中の疲労も重なってか、俺はいつの間にか寝オチしていた。
<続く>




