(96)独夢
「うぉおおっ!」
そう叫びながら、俺は飛び起きた。
「夢…だったのか、今の」
俊郎叔父さんの工場で、1日の間、何も考えずに延々とライン作業をしている夢。
「でも……夢じゃない」
その夢は、悪ければ一週間後には現実になってしまう。
それどころか、兄貴から電話がかかってきて、明日にでも実家に連れ戻される可能性だってある。
俺はその現実に、心底怯えている。
だから、こんな夢を……。
「どうしたら良いんだ……?」
本当、どうしたら良いんだよ。
こんな窮地からの……一発逆転なんてありえるのか。
リヴァイアサンじゃなくても良い、お金を稼ぐ方法がありさえすれば良いんだ。
俺は一社会人としてやっていけるって、兄貴に証明できれば、なんとかなるんだ。
でも俺に……。
こんな、仕事もできない、人つきあいもできない、社会不適合者の俺に、どんな方法があるっていうんだ……。
クズだから。
底辺だから。
搾取されるだけなんだ、俺は。
社会の奴隷として生まれたんだ。
「助けて……」
ヤバい。
今、全く意識してなかったのに、口をついてそんな言葉が出てきた。
やっぱり独りだと、考えがどんどんネガティブな方向に突き進んでいく。
今、俺が考えるべきは、生き残りの策を考える事。
自己被害のマイナス妄想に耽ってる場合じゃないんだ。
「琴莉さん……」
そうだ、病院に行こう。 お見舞いに。
* *
「茅原さん? まだ意識は戻ってないのよ……」
その日の昼過ぎ、俺は琴莉さんが眠っている病院へと赴き、看護師に彼女の様態を訪ねた。
「後頭部の手術は上手く行ったと先生は仰ってるし、今のところ様態は安定してるから、大丈夫だと思うんだけど」
「意識がいつ戻るかは……」
「それは分からないわね、本人次第」
「そ……そうですか……」
俺はICU手前の、重傷患者用の病室で眠り続けている琴莉さんを見つめる。
俺が最初に見た時と変わらず、全身から延びるケーブルと点滴、心電図計が彼女の生命をモニターしている。
違うのは、人工呼吸器が外れたことくらいだ。
……植物人間。
そんな、最悪の事態を示す言葉が、俺の脳裏を通り抜けていった。
同時に、俺の両目から、涙があふれ出た。
「(……俺が、ふがいないばっかりに)」
自分の情けなさに、涙が出た。
仕事ができないだけならまだしも、人にまでこんな迷惑をかけてしまう。
琴莉さんは、俺の試験を手伝おうとしてくれた。
一緒に遊ぼうとしてくれた。
そんな素敵な人だったのに。
俺のせいで襲われ、意識を失い、人として死の危機に瀕している。
「礼雄の事を見てると、いつも心配になるんだよ」
これが普段から言われる、あかり姉からの評価。
「周囲に害を巻き散らす毒虫」
これが保科の言う、俺の評価。
「お前は周囲に流され過ぎなんだよ」
これがムラサメの評価。
俺は、琴莉さんを、これ以上ないほどに傷つけた。
そして、周囲の俺に対する評価は、おそらく正しい。
俺は……多分、正真正銘の底辺。
ありていに言えば、ただのクソムシだ。
何故なら。
俺はまだ、諦めていないからだ。
自分の限界を冷静に見極め、自分に出来る事で、人のために尽くす。
身内である俊郎叔父さんの所で、何も考えずに、あるがままを受け入れて働けば、いっそ楽になるのかもしれない。
そしてそれは、ある意味、人間……いや、社会人として正しい生き方じゃないのかと思う。
だけど……。
俺がこんなに苦しんでいるのは。
俺がそんな生き方を、拒否しているからだ。
俺はまだ、諦めていないからだ。
俺の人生には、まだ可能性があると……そう信じているから……。
あまりに利己的だが、この絶望的な現状を自力でどうにかしようと、内心思っているからだ。
だから今、こうして苦しんでいる。
俺は、琴莉さんとの楽しい一時……。
カツ丼を一緒に食べたり、ゲームして遊んだ事を思い出す。
「琴莉さん」
「早く、目を覚ましてくれよ……。 水墨画展、見たいって行ってたじゃん。 一緒に見に行こうよ」
「俺、絶対に、この街に残る。 必ず、残ってみせるからさ」
そう、俺は本物のクソムシだ。
自分の事しか考えていないクソムシだ。
だけど……。
「くっ……!!」
そうしてでも、生きていたいんだ!!
生きていたい!!
幸福になりたいと願うことの、何が悪いんだ!!
「琴莉さん……!!」
再び、俺の目から涙が溢れる。
だけど、その意味を知るのは、この世界で俺だけ。
今この瞬間、自分の本質は悪人なのだと知った。
その贖罪の涙なのだと。
俺をここまで優しく見守ってくれた、まわりの人たちへの、裏切り……。
「くっ……ううっ……ああ……」
俺はガラス窓ごしに、嗚咽を繰り返す。
そうして、どれだけの時間が経ったろうか。
いや、そんなに時間は経っていなかったのかもしれない。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい!!」
「琴莉! 琴莉は、どこなんだッ!! 急いで案内しろっ!!」
そんな怒鳴り声が、廊下の先から聞こえたかと思うと、慌てた様子の看護師さんと、怒れる長身の男がこちらに向かって走り込んで来たのだ。
「琴莉ーーッッ!!」
そして、その長身の男は、俺と同様にガラスに張り付き、そう叫んだ。
「(誰だ、これ……? あ、もしかして、琴莉さんのお兄さ……)」
俺の思考は、そこで中断した。
「お前は、誰だーーッッ!?」
俺は、その長身の男から、訳も分からず、いきなり殴り飛ばされたからだ。




