86.後悔はしない、していない
懇願した甲斐もあり、テオドアは午後からの実技試験を、つつがなく受けることができた。
不良たちを撃退することが「代わり」とされたので、本試験も肉弾戦なのかと思いきや。――紙を一枚渡されて、「街をすべて使った宝探し」をしろと言われたので、またもや拍子抜けした。
おそらく、学院側としては、どれだけ魔術に適応できる頭脳があるかを見たいのだと思う。
街にいくつか隠された『宝玉』を見つけ、持ち帰る。もちろん、魔法は使って良い。ただし、他者や建物に傷をつけることは絶対に許されない。
はっきり言って、『試練』をいくつも乗り越えたテオドアには、児戯にも等しい試験だった。
命の危機が伴う妨害が無いだけで、なんと心安らかなものか。
しかし、すぐに終わらせてしまっては、また悪目立ちすることは必須。
テオドアは街中を歩き回り、早い段階で宝玉をすべて見つけておいた。そして、他の少年たちがあらかた探し終えたところで、さも苦心して見つけ出したように宝玉を持ち帰る。
……真剣に試験に挑んでいる少年たちには、とても顔向けできないほど舐めた態度ではあるが。
そも、テオドアの目的は『目立たずに学院内の問題を探る』こと。
これも調査に必要なことだ。と、痛む良心に言い聞かせた。
しかし、その努力も虚しく――
初めに集められた訓練場に戻り、「試験結果は三日後に通知する」と通告されたあと。
テオドアは、実技試験を監督した講師に、名指しで呼び出された。
「カヴァルロさん! 第二王子からお手紙が届いています!」
まだ受験者が多く残るところで叫ばれては、注目を集めるのも必至だ。
年若い講師は、あらゆる視線を受けていることにも気付かずに、手紙を大切に掲げて目を潤ませている。きっと、王子からの手紙を受け渡せることを、光栄に思っているのだろう。
それは分かる。分かるのだが――
(こんなことなら、実技試験を受けないほうが良かったのでは……?)
テオドアは、今までの努力が水の泡になったことを感じつつ、講師から手紙を受け取った。
寮に帰り、誰もいない書斎で手紙を開く。
内容は簡潔で、無事にヴェルタ王国に入国したことを喜び、妙な死体を目撃させてしまったことを詫びていた。
万が一、覗き見られても平気なようにだろう。当たり障りのないことばかり書かれていたが、例の『干からびた死体』に関しては、調査結果まで触れられていた。
「行方不明だった貴族学校の生徒……服装や持ち物からして間違いない……か」
テオドアがここへ来る発端となった、貴族学校の生徒の行方不明事件。
帝国の関与が疑われているが、今のところは確固たる証拠がない。行方不明者たちがみな、貴族社会で粗末に扱われる存在のため、充分な調査がなされていないのもある。
十五人のうち、五体満足で帰還したのが一人、今回で死亡が確定したのが一人。あとの十三人は、どこでどうなっているか分からない。
――正直なところ、生存は絶望的なように思う。
(生還した人に話を聞きたいけど、貴族学校の生徒だし、精神的におかしくなっているらしいし……今は保留にしておこう)
なにか、別の切り口から調査を進める必要がある。
死体には激しい損傷は見られなかった。遠目から見ただけだが、手足も揃っていたし、顔が潰れているわけでもない。
数ヶ月前に殺されたとして、あそこまで綺麗に干からびさせるには、相当な手間が掛かるだろう。
魔法か魔術か――しかし、乾かす理由が分からない。
目的は?
わざわざ木の上に隠していた意味は?
被害者は貴族学校の生徒でなくてはならなかったのか?
引っかかるところは多々あるが、ひとつひとつ潰していくほかはない。頭の中で疑問点をまとめ、よくよく記憶しておくことにした。
……さて。
テオドアは重い腰を上げる。書斎を出て、気乗りのしない足取りで寝室に向かう。
入学の前に、こちらのほうも、ひと段落つけなくてはならなかった。
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「おかえりなさい、テオドアさん!」
テオドアが寝室の扉を開けるや否や、満面の笑みの『知恵と魔法の女神』が駆け寄ってきた。
「ただいま戻りました。――ええと、『知恵と魔法の女神』さま」
「今のわたしは女神じゃありません。お気軽に、ペレミアナと呼んでください!」
「あ……はい。分かりました」
女神じゃない。とは、三女神が神としての立場を剥奪されたことを指すのだろう。テオドアにとっては、尊きお方に変わりはないのだが。
テオドアは、ペレミアナの肩越しに部屋の中を窺った。『光の女神』はおろか、ロムナや他の二柱の女神の姿もない。
視線の意図に気付いたからだろうか。ペレミアナは、不服そうに唇を尖らせながらも、「皆さんはオアシスで遊んでます」と補足してくれた。
「そういえば、オアシスとは何なんですか?」
「乾燥地域で発生する、豊かな水源と植物がある場所です。テオドアさんには、あまり馴染みがないと思います」
「はい。見覚えのない植物が多いなとは思いましたが……」
昨日は、そこまで詳しく観察できるほど、落ち着いていなかった。入学試験を終えた今、少しは余裕を持って周りを見ることができるだろう。
すると、なにを思ったか。ペレミアナはテオドアの右手を優しく握った。
以前、彼女に誘拐された時のような苛烈さはなく。無理に誘おうとする強引さもない。ただ控え目に、手を握るだけだ。
それが、『前世』で親しんでいた彼女の姿を思い起こさせる。すべてが狂う前の彼女に。
「皆さんのところにご案内しますから……そ、それまで、お話しませんか? 二人だけ、で」
ゆえに。テオドアは、頷いて手を握り返した。
「僕も、お伺いしたいことがあったんです。ぜひ、お話ししましょう」
乾燥地域を模している、と聞いたので、どれほど暑いのかと身構えていたが――意外にも、外はひんやりとした空気に満ちていた。
二人は、しばらく黙って歩を進める。耳を澄ませば、遠くの川のせせらぎが聞こえるほどだった。
口火を切ったのは、ペレミアナである。
「わたしたちは……禁を犯した罪によって、五年の罰が与えられました。ご存知ですよね」
「はい」
「あれから一年が経ちます。わたしたちは、神としての身分を一時的に剥奪されて、あらゆる神殿に仕えたり、貴族の夫人のもとで働いたりしていました」
彼女の声には、悔しそうな響きが一切なかった。神たる自分が人間ごときに仕えるなんて――というプライドが、無いのかもしれない。
ペレミアナは前を向いたまま、淡々と事実を語る。
「こんなことを言うのは、不謹慎ですけど。わたしは、地界で人間に混じって暮らすのは、嫌ではないです。むしろ楽しくもありました」
「……」
「わたしはあの行いを後悔していません。他の二人も同じ思いでしょう」
そうでないと、こうしてあなたの前に出てくることなんて、恥ずかしくてできませんよ。
「そういう、最低な存在なんです。わたしたちは」
「……僕としては、なんとも言えません」
「それはそうですよ。あなたは被害者ですから」
ペレミアナは、ようやくこちらに目を向けた。柔らかく微笑み、ずれかけた眼鏡をそっと押し上げる。
「わたし――今でも、あの人が好きです。愛しています。きっと生き返るって信じてます。あなたが、例え百年も経たずに死んでしまっても、魂だけは必ず捕まえます」
「『前世』の僕の身体は、今どこに?」
テオドアが聞きたかったのはそれだった。
三女神に捕まったとき、「前世のテオドアの身体は修復して保存している」という説明を受けた。それは――詳しい仕組みは分からないが――『夢と眠りの女神』によって成されていたと聞く。
女神たちの立場が剥奪された以上、その空っぽの肉体も、タダでは済まなかったと思うのだが。
「誰も辿りつけないところに、埋めました。『保存』の魔法を施して」
ペレミアナは、あっさりと答えた。
「埋葬したんですか?」
「……少なくとも、わたしたちはそのつもりです。『保存』はしましたが、それが解ければ、順当に土へと還っていくでしょう」
「しかし、僕が死んだあとは、記憶を塗り替えて『前世の僕』に戻すのでは? そのための器を土に還して……」
「良いんです。あの人を取り戻す方法は、他にもあるって分かりましたから」
「……そうですか」
よく分からないが、聡い彼女たちのことだ。テオドアの想像を遥かに超えた、未知の方法を見つけたのだろう。
テオドアが一人で納得していると、ペレミアナはふと、握る手に力を込めた。
「――あなたにはもう、正妻がいらっしゃるんですよね。でも、『光』が第二夫人の座に収まるのは、ちょっと許せません」
「ん? 正妻? ――第二夫人?」
「あなたが百年を生きられるように、頑張ります。そうしたら、わたしたちにも、勝ち目がありますから」
「あの、それってどういう――」
「ペレミアナ! こっちよ!」
テオドアが聞き返そうとした瞬間。
木々が鬱蒼と茂っていた景色が急に開け、澄んだ巨川が姿を現した。
一人ではどうにも泳ぎきれなさそうな向こう岸に、見覚えのある女性が立って、こちらに手を振っている。
あれは、『夢と眠りの女神』――だろうか。
「行きましょう、テオドアさん!」
「は、はい」
ペレミアナは、今までが嘘のように明るい声で言い、繋いだ手を強く引いて走り出した。
それに取り紛れて、テオドアはついに、彼女の言葉の真意を聞くことができなかった。




