85.拍子抜けの実技試験
眠れた気がしない。
昨日はさまざまなことが起こった。面接して、死体騒ぎに巻き込まれて、寮に着いて、寝室の扉が『光の女神』のいる謎の空間に繋がって――今は罰を受けているはずの三女神も現れた。
疲れ過ぎていたために、畏れ多くも歓談を断った。その後、寝所に辿り着いた後の記憶がない。
夢も見なかったのだが、全身がなんとなく重怠い気がする。疲れが取れていない証拠だ。
(帰ったら、いろいろと事情を聞かないとな……)
そんなことを考えながら、テオドアは朝早くから、試験会場に指定された場所へ足を運んだ。
面接を受けた建物の裏にある、広い訓練場だ。
試験といっても、学力を試すほうは午前に行われるらしく、『贔屓』で免除されたテオドアには時間的な余裕があった。
午後にゆっくり来ても良かったのだが、四柱の女神と同じ空間を共にするのが落ち着かず、逃げるように寮を飛び出してきたのである。
もちろん、まだ試験までには時間がある。
整備された訓練場を見ながら、休める場所がないかを探す。街へ繰り出しても良いが、今は静かに考える時間が欲しかった。
しかし、いくばくも歩かないうちに、背後から声が掛かった。
「おいテメエ。待てやコラ」
テオドアは静かに歩き続けた。決して後ろは振り返らず、ちょうど良い木陰が無いかを探していく。
「おい!! 無視すんじゃねえ!!」
テオドアは腕を組み、立ち止まった。
訓練場のそばにある小屋を睨み、あの中に勝手に入って良いものか……それとも日影で座るだけに留めておくか……と真剣に考える。
「ナメんじゃねえぞ!! 待てっつってんだろボケが!!」
「……おはようございます。お元気そうですね」
ついに肩を掴まれたので、テオドアは渋々振り向く。
背後にいたのは、この学院街でなにかと縁のある、不良少年三人組だ。未だに名前も知らない。
テオドアは、リーダー格の手をやんわりと跳ね除けて、「何かご用ですか?」と問うた。
するとリーダーは、なぜか勝ち誇ったような顔をして、こちらに指を突きつける。
「テオ・カヴァルロだな? クソゴミ底辺貴族の!」
「はあ……よくご存知で……」
本当に、どこで聞いたのだろう。
昨日の死体騒ぎの現場に彼らもいたが、テオドアはまったく顔を合わせなかった。面接を受けた部屋でずっと待機していたのだ。
『賓客』を妙な面倒ごとに巻き込みたくない、講師たちの配慮であるらしかった。
若干引いていると、取り巻きの二人が口々に言い募る。
「言葉に気をつけろよ! アニキはヴェルタで一、二を争う大領地持ちの公爵家! その嫡男なんだからな!」
「テメエなんぞが気軽に口答えしていいお人じゃねえんだ!」
「公爵家の嫡男ってみんなこんな……あ、いえ、こっちの話です」
交友が広くないので、公爵家嫡男のことを二人しか知らないが。異母兄といい、目の前の彼といい、驕り高ぶるのが普通なのか? と疑ってしまう。
リーダーは気分良さげに顎を上げ、自信たっぷりに続ける。
「ま、テメエが無知なのは仕方ねえよな。アルカノスティアの弱小貴族じゃあなあ。今後の振る舞い次第では、この前の無礼を許してやらねえこともねえぞ?」
「許していただかなくても大丈夫ですが……」
「ああ? コネ入学の分際でよ、選べると思ってんのかよ!」
正直なところ、非常に面倒くさい。
テオドアは、げんなりとした気分になりつつ、落とし所を考えた。
彼らが因縁をつける理由は明白だ。テオドアが公衆の面前で負かしてしまったから。それに尽きる。
おそらく、その屈辱を晴らすまで、彼らはテオドアに絡み続けるだろう。
――もしくは、再起不能になるまでめちゃくちゃに負かせば、そんな気力もなくなるだろうか。
こう、一回ズタズタに切り刻んで、治癒をかけて元通りにすれば――
疲れと面倒くささから、過激な思想にまで至る。魔法という力を手にしてしまったので、なおさら、心的な抵抗は薄れていた。
未だにぎゃあぎゃあ言い続ける三人を前に、「誰も見ていないなら」と決意を固めようとしたとき。
「――やめろ、見苦しい。それでも栄誉ある学院の生徒かね?」
助け舟が入ったため、テオドアは蛮行に及ばずに済んだ。
「ンだよ馬鹿デカ乳女! テメエには関係ねえだろうが!!」
「関係はある。彼は学院の入学希望者だからな」
「はあ? 王族サマがゴリ押しで入学させんだろ!? 実力もねえくせに!」
どこから見ていたのか――学院講師・ジュディッタは、冷静な面持ちのまま、こちらへ歩み寄ってくる。
「……苦労を掛ける。彼らはわたしの受け持ちの中でも、ひときわ面倒な部類に入る」
「なるほど……」
昨日言っていた、「厄介な生徒」というのは、彼らのことも指していたらしい。
ジュディッタは両者を見比べ、不良のほうへ視線を向けた。
「彼の実力が怪しいと?」
「当たり前だろうが!!」
「では、三人がかりで負かしてみるといい。わたしが許可をする」
「え?」
なにか今、重要なことがさらりと決められてしまった気がする。
戸惑うテオドアに顔を向け、ジュディッタは当たり前のように言い放った。
「実力不足の者を入学させたと吹聴されても困る。悪いが手伝って欲しい。その代わり、この勝負を、きみの実技試験としよう」
「僕は良いですけど……独断で決めてしまって良いんですか……?」
「こう見えて、それなりに地位があるのでね」
言い切られてしまうと、それ以上返す言葉もなく。テオドアは、「クソ野郎をボコボコにする」と息巻く三人組のほうへ、改めて向き直った。
「……いつ始めれば?」
「いつでも」
「分かりました。では……」
仕方なしに、テオドアは駆け出す――木のあるほうへ。見ようによれば、不良三人組を無視して、見当違いの方向へ逃げたとも取れるだろう。
案の定、三人は口々に喚き立てた。
「逃げんじゃねえッッ!! カス!!」
「卑怯だぞ!!」
「戻ってこいや腰抜けがあ!!」
「――はい、戻りました」
手ごろな木の枝を拾って逆戻り。一足飛びに駆け戻ったテオドアは、右手の細い枝に電流をまとわせ、彼らを一閃のうちに叩きのめした。
三人が魔術を使う前に、短期で決着をつけたいと思ったのである。
不良たちは、綺麗に吹き飛ばされてひっくり返り、地面に倒れたまま動かなくなった。
二日前にも見た光景だ。三人揃っているのは、ある種、壮観なものである。
時おり痙攣しているのは感電のせいか。出力をものすごく気をつけたので、黒焦げになっていないとは思うのだが――。
ジュディッタは、あっさりと終わった勝負に拍手を送ってくれた。
「わたしの目に狂いはなかった、素晴らしい。合格だ。きみは四年生に編入させよう」
「いや、ですから、そんなにすぐ決めて良いんですか……?」
ともあれ、面倒ごとは去った。テオドアはほっと安堵しかけて、はたと思い至る。
周囲には、テオドアたち以外に人の目がない。不良三人組を負かしたことも、それを実技試験の代わりとしてもらったのも、誰も知らない。
つまり、他の入学希望者たちから見れば――テオドアは、『まったく試験を受けていない下級貴族のくせに、コネで入学できたヤツ』というように映るだろう。
もう手遅れかもしれないが。これ以上、変なふうに注目を集めるのは、勘弁願いたい。
テオドアは、ジュディッタに言う。
「あの、やっぱり……形だけでも良いので、本来の実技試験を受けさせてください……」




