84.寝室の扉の向こう側
少年たちの支離滅裂な証言を総合すると、こういうことらしい。
昨日は街中で暴れていた不良三人組は、今日は学院入学希望者に絡むことに決めた。気弱そうなのを見つけて因縁をつけたが、どうにもしぶとく反抗してくる。
そのうちに、騒ぎを聞きつけた学院の生徒たちがすっ飛んできて、大揉めに揉めているうちに――
不良の一人ががむしゃらに放った魔術が、森の木のひとつに当たった。木は折れなかったが、大きく揺れた。
そのせいで、枝に引っ掛かっていたものが落ちてきた。
それが死体。男物の服を着た、干からびた人間。当然、息もない。
戦に駆り出された経験が無く――とは言え、ほとんどの人間が無いだろう――貧困からの死も縁遠い裕福な家系の少年たちは、一時混乱状態に陥った。
異様な死体であるから、なおさらだ。
ちょっとした騒ぎとなり、学院の講師たちが駆り出され、試験は延期になった。
簡単な経緯を聞かされたテオドアは、大人しく宿屋に帰るところを、ジュディッタに引き留められた。
「仮にも賓客をそこらの宿屋に泊めるのはな。どうせ寮に入るのだから、今のうちに慣れておくと良い」
「……部屋の用意まで済んでいるんですか?」
「言っただろう、きみを粗雑に扱うと不敬罪になりかねないとな。学院上層部は確実に入学させる気だとも」
それから、片頬を持ち上げ、皮肉げに笑う。
「そういった慣習に、わたしも思うところが無いではない。が、きみが諦めるほうが早いだろう。この学院で上手くやるつもりなら慣れておきたまえ、迎合はせずにな」
なんだかんだと言いくるめられ、テオドアは預けられた鍵を片手に、学院近くの寮にやって来た。
しかも、普通の生徒が入る寮ではなく、王族専用の、小さな城と見紛う建物である。
寮の周辺には、当然、在学生がたくさんいる。
しかも、『専用』と普通の寮は、柵で隔てられているとは言え、すぐ近くだ。正直なところ目線が痛かった。
テオドアの服装が下級貴族のものだから、尚更である。
(特別扱いをしたがる人は、こういう弊害も分かった上でごり押しするのかなあ……)
分かっていないだろうな。ごり押しされた側は、いらない気苦労をかけられるのだが。
好奇の入り混じった視線から逃れるように、鍵を使って中に入る。扉を開いた途端、光の筋が建物の壁と近くの地面にさっと走り、複雑な模様を描いて消えた。
決められた鍵以外では開かない魔術とかだろうか。仕組みはよく分からない。
外観とは裏腹に、内装は質素なものだった。
普通の生徒の寮がどんなものかは知らないが、豪華絢爛なものを覚悟していただけに、少し安心する。
もともと、豪華な生活に慣れていないのだ。丁重な扱いをしてくれるのはありがたいけれど、どことなく身の置き場がない気分になる。
安心ついでに、荷物を抱えなおして、探索をすることにした。
寮は二階まであって、貴族の屋敷に備わっていそうな部屋は、おおむね揃っていた。
唯一、厨房と食堂だけは無い。学院内で食べるところがあるのだろうか?
学院に通うような年ごろの王族は、もうヴェルタ王国にはいないらしい。次に使うとすれば、他国の王族が留学してくるか、今の王族の子どもたちが年ごろになるか、だとか。
(綺麗に保たれてはいるけど、ちょっと空気が澱んでいる気がする)
誰も使わない建物は、手入れがあっても朽ちていくものらしい。
空気の入れ替えをしようと、できる限り窓を開けてまわりながら、薄暗い階段を上る。二階はいわゆる私的な部屋が集まる階で、書斎や娯楽室があった。
いちばん奥の、おそらく寝室であろう扉を、何の気無しに開く。
「ああ、テオドア。遅かったな。待ち侘びたぞ」
光の女神がいた。
安楽椅子に座り、氷菓子を食べながら、優雅に足を組んでいらっしゃった。
無言のうちに扉を閉める。
「……?」
目を擦り、周囲を見渡す。先ほどまで探索していた寮の様相だ。知らないうちに山の上の屋敷に帰っていたわけでもない。
幻覚かな、疲れが溜まってるな……と思いつつ、再度開いた。
「光の女神さま、やはり、テオドアさまに事前の許可を取っていたほうが……」
「こうでもしないと、間違いなく断るだろう、こいつは。潜入前に揉めるのは面倒だ。それに、私には前科がある。この状況を想定していた可能性もあるぞ?」
「いえ、あのお顔は、間違いなく想定外と思われます……」
上機嫌で氷菓子を口にする光の女神に加えて、ロムナまで現れた。こちらに向かって、申し訳なさそうに膝を折る。
「お帰りなさいませ、テオドアさま。お疲れのところを、大変申し訳ございません」
「……??」
テオドアは、扉を開けたまま、廊下と部屋の中とを見比べた。
人は混乱の極みに達すると、言葉など出てこなくなるのである。
「戸惑っているな。まあ座れ」
女神に促され、ロムナがうやうやしく扉を閉めて付き添ってくれたので、用意されていた長椅子になんとか座った。
寝室だと思って入った扉は、とんでもなく天井が高い、どう考えても寮より広い部屋に繋がっていた。
山の上にいた時でも、こんな部屋は見たことがない。扉の向かい側の壁は全面がガラス窓になっていて、外には豊かな自然が広がっていた。
女神は、豪奢な調度品や壁の絵画に囲まれて、堂々たる風格で言った。
「お前を送り出したは良いものの、やはり不安でな。万が一、正体がバレては面倒なことになる。バレかけるだけでも、すぐに対処できなければ危険だ」
「はあ……」
「そこで、お前を案ずる者全員で、お前についていくことがいちばん妥当だろう、という結論に至った」
「どうしてそうなるんですか?」
テオドアが住むはずの寮は、だいたい把握していた。あとはテオドアの寮の寝室と、女神が作ったこの部屋を魔法で繋げて、すぐに行き来できるようにした、と。そういうことらしい。
外を見てみろ、オアシスだぞ、と笑う女神に、テオドアは一気に脱力した。
「……孤立無援を覚悟した僕の立場は……?」
「申し訳ございません、お止めすることができず……」
「ああうん、大丈夫。怒ってるわけじゃないよ」
それに――ロムナを侮るわけではないが。下級精霊が女神に意見するなど、どうしても畏れ多すぎて、強くは出られないだろう。
テオドアは気持ちを切り替え、荷物を絨毯の上に置くと、「僕の眠る場所はどこですか?」と女神に尋ねた。
「お前の寝室は、外の庭園に用意してある。水浴び場に近いところに建てた。寝室に行くついでに覗いてもいいが、気分じゃないなら、ここにある『空間移動』の陣を使え。一瞬で辿り着ける」
「ええと……待ってください。頭が追いつかないです」
女神は何でもないふうに、部屋の隅にある青い魔法陣を指差した。
が、テオドアが引っ掛かったのは、そこではない。
「水浴び場……? 女神さまがお使いに? 絶対に覗きはしませんけど、どうして寝室――寝所? の近くに?」
「なんだ。お前なら歓迎するぞ。私も、あいつらも」
あいつら――?
テオドアは思わず立ち上がった。
同時に、数人が駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。
「あら、もう帰ってるみたいよ」
「『光』に抜け駆けされる前に、わ、わたしたちも、ご挨拶しないと!」
「此処で焦ったところで、吾らの方が遅い事に変わりは無い」
聞き覚えのある声と姿。光の女神がオアシスと言った窓の向こうから、女性が三人、姿を現す。
いや、三柱――と言うべきか。
「安心しろ。お前の第一夫人も、じき子どもを連れてやって来る。我々は二番手の身であることも弁えている。お前が浮気男の称号をいただくことは無いだろう」
……短時間にいろいろ起きすぎな気がする。
テオドアは再び椅子に座り込み、顔を覆って、「とりあえず、整理する時間をください……」と呟いた。




