77.『大祭』を終えて
〝依代〟の出身国にて、一年を通して催される、『大祭』。
花綻ぶ春から翌年が明けたばかりの冬に掛けて、大小さまざまな儀式を執り行う。
ほとんどは神殿や王宮の中でしか行われないが、唯一、最後の儀式だけは大衆の目に触れる。
その時は、国中が祝賀の雰囲気に満たされ、数週間にも及ぶ祭りが開かれる。人々の期待が否が応でも高まったところで、本命の『終わりの儀式』が来る。
美しく贅の凝らされた衣装を着た〝依代〟さまのお姿を一目見ようと、儀式には大勢の人間が詰め掛けた。
途中、別の神殿で別の儀式を行なっておられた母御さまと再会を果たし、お二方は共に最後の儀式を終えられた。
ご生家の父君――公爵が急病により倒れられたという事態はあれど、無事に『大祭』は幕を下ろした――
と、このような美談が、民衆の間では囁かれていることだろう。
「つ――かれたぁあ……!」
控え室に入るや否や、テオドアはどっとソファに倒れ込んだ。
身動きを取るのもやっとなくらい、重苦しい衣装だった。金に銀に宝石に魔石に最高級の布に――高価なものをこれでもかと寄せ集めて作り上げられた、テオドアのための衣装だ。
いつもなら、その総額に思いを馳せて震え上がるところだが、今はその元気もない。
綺麗に整えられた髪も、頭からソファに突っ込んだせいで台無しだ。
でも、もう良い。
『大祭』は終わったのだから。
「あれだけ人間が集まると、さしものお前も疲れるか」
と、お付きの精霊に扮した『光の女神』、ルクサリネはいつものように笑って言う。
以前、彼女をおぶって壁登りをしてから、どうも超人のような言われかたをすることが増えた。
壁登りくらい、ある程度の体力がある人間ならできると思うのだが。
「僕は……体力には自信がありますが、これは……」
「気疲れだろう。お前の一挙一動を、数多の人間が見守っていたのだからな」
そう。気疲れだ。
『終わりの儀式』が行われた広場には、収まりきらないほどの人数が来た。
大規模な儀式の場に選ばれるくらいの広さなのだが、当然のように足りず、聞けばかなり離れた住宅街まで人がぎっしり詰めていたとか。
そこまで行けば、『拡張魔法』でテオドアの声を大きくしても、まったく聞き取れないだろう。
ほとんどの人間が、貴賤問わずテオドアを注視していた。死角がない。どんなに隠れて粗末な振る舞いを――もちろん、例えばの話だが――しても、誰かの目が必ずそれを捉える。
まさに、ひとつも間違えられない緊張の中で、息の詰まるような大役をやってのけたのだ。
今だけは、自分を褒めてやりたい。
ぐでぐでとソファに寝そべりながら、テオドアはそんなことを思った。
「衣装が皺になるぞ。せめて上着だけでも脱げ。粗末に扱ってから後悔をする性質だろう、お前は」
「眠いです……おやすみなさい……」
「――脱がせということだな? 分かった。不肖この『ルリネ』、存分に奉仕するぞ」
「起きました! 脱ぎます! ハイ!」
テオドアは跳ね起きた。女神は腹を抱えて大いに笑った。
しかし、外装を脱ぐだけでもひと苦労だ。布であるだけ、まだ良いのだろうが……。甲冑を着る兵士の苦労を偲び、テオドアは勝手に尊敬の念を強めた。
上着を背もたれに掛け、テオドアは再びずるずると座り込んだ。
そうして、遠くを見ながら、感慨深く呟く。
「すごく、遠くに来た気がします……」
「これくらいで何を言う。まだ序の口だ、慣れてもらわなくては困る」
なにせ、あと五年は、天界の〝広告塔〟を務めるんだからな。と、近くに寄ってきた女神は言う。
「仮にも人間の信仰対象となったからには、偶像に成り切ることも重要だ。もちろん、息抜きは必要だが」
考えてみれば、神々は生まれたときから、このような信仰を一身に受けているのか。おこがましくも末席に名を連ねかけている身としては、信仰とは違う崇敬の念を抱いてしまう。
ルクサリネは、テオドアのいるソファの背もたれに肘をつき、「そうだ」と思い出したように言った。
「あの演出はなかなか冴えていたぞ。途中で飛び込んできた、お前の『奥方』たちには、みな度肝を抜かされたことだろう」
「言い訳をさせてください」
「許す」
「あれ……あれは、予定になかったんです。めちゃくちゃに想定外でした」
女神の言う通り。儀式の途中で、怪鳥ネフェクシオスが、テオドアのそばに降り立つ事態が起こった。
もちろん、まったく予定に無いことだ。神官たちは驚き、王族たちは惑い、血気盛んな貴族たちは打って出ようとし。その場に集まった一般人たちはパニックに陥りかけた。
テオドアがさも「予定通りです」という顔をして、彼女の首を撫で、彼女もまた大人しく振る舞っていたので、討伐は免れた。
そも、どうして彼女がやって来たのかと言えば――
「儀式に行く前に、よく言いつけてはいたんですけど。いちばん小さな雛が、僕の姿を見つけて飛び出してしまったようで」
「なるほど? 母親がそれを追って飛び込んだ、というわけだ」
「はい」
彼らは高い知能を有する。きちんと言えば『儀式』のことも理解してくれたし、母鳥と上の雛二羽は事情を汲んでくれたようだった。
しかし、まだ生後一年に満たない下の雛たちは、人間の幼児と同じくらいの無邪気さがあった。
「遠くでこっそり見守ってくれるつもり……らしかったんですが、雛が飛び込んでしまったら追わないわけにもいかないと。人間に討伐されても困りますから」
「そうだな。だが、民衆には良い方に解釈されたようだぞ。なんでも、当代の〝依代〟を祝福するために降り立った『瑞鳥』だと」
「ええ……?」
おそらく、大多数の人は、ネフェクシオスの姿を知らない。
だからこその噂なのだろうが、怪鳥から瑞鳥とは、ずいぶんな出世である。
「あとで報告しなくてはな、きっと面白がるぞ」
「そうでしょうか」
「ああ。お前の『奥方』――なんという名前だったか、そうそう――」
と、女神が怪鳥の名を口にしようとした、そのときである。
突然、控え室の扉が開かれた。
「お疲れですー。手紙のお届けに上がりましたー」
二人の視線を一斉に受けても、なお動じないマイペースな態度。
神出鬼没の謎の少年――リュカは、右手に持った手紙を掲げながら、遠慮なく控え室に踏み込んできた。
それから、テオドアたちが二人きりであることを見るや、大袈裟に「あちゃー」と額を押さえた。
「お邪魔しましたかね、すいません! 手紙置いたら、邪魔者はすぐに退散するんで!」
「さっさとそうしろ。時間を掛けるな」
ルクサリネは冷え切った声で言い切った。
前から思っていたが、この二人、相性が悪い。どちらからともなく相反しているように思う。
リュカは彼女の言葉を軽く無視して、テオドアに手紙を渡してきた。
「早めに読んどいた方が良いっすよ。急ぎみたいなんで」
「ええ? 誰からだろう……」
別の使用人たちならともかく、リュカがわざわざ持ってくるとは。テオドアは、疑問に思いながら起き上がり、手紙の差出人を見た。
美しい装飾が施された封筒には、「ヴェルタ王国 第二王子 ルチアノ・シルヴェローナ」の名があった。




