??.企みを持つ者の逢瀬
女は、煌びやかなステンドグラスから差し込む光に、目を細めた。
大きな神殿の『祈りの間』には、女以外に誰もいない。常ならば信心深い参拝者で溢れるここも、今は静寂に満ちている。
不躾にも供物台に寄りかかって、色鮮やかなガラスを眺めていた彼女は、ふと何かに気付いて振り返った。
「遅い」
「申し訳ございません。神官との打ち合わせが長引きまして」
「それって、わたくしを待たせるほど重要なことなの?」
「いいえ、とんでもない」
白を基調とした、豪奢な神官服を着た初老の男が、微笑みを湛えて歩み寄る。女の威圧は相当なものだったが、彼の態度はまったく揺らがない。
女は、ふんと鼻を鳴らして顔を逸らした。その豊かな萌黄の髪が、勢いよく宙に散る。
「……計画は順調に進んでおります。どうぞお気をお鎮めください」
「順調? 〝依代〟候補に紛れ込ませた『器』は、どちらも使い物にならなくなったと聞いたのだけど?」
「帝国のほうは関知しておりませんが、こちらの――大司祭、セブラシト・フラメリネスは、身体だけは動きます。万が一の備えにはできるかと」
「ふーん。そんな名前だったのね、その子」
と、さして興味も無さそうに、女は言った。
「でも、却って良かったわ。修正した計画のほうが、より理想に近づけるはずだもの」
「左様ですか」
「それで言うなら、こちらも順調ね。今日は、天界で罪人の罰が決定したところなんだけど――」
言葉を切り、女は再び男を見遣る。
男は、美しい女の視線にも動揺ひとつせず、貼り付けたような微笑みを浮かべ続けていた。
「どさくさに紛れて、〝依代〟を天界に召し上げるのを保留させたのよ。他にも――そう、『光』が熱心に〝依代〟を庇っていたわね。恋人なのかしら」
「『光』――〝依代〟候補を選び出す女神さまでしょうか?」
「ええ。あの子にも遂に春が来たの。もっとも、自分で選んだ〝依代〟に惚れるなんて、悲劇的なことだけど」
「では、こちら側に引き込む手もあるのでは?」
男は、控えめに、しかし芯のある声音で口を挟んだ。
「〝依代〟たる少年を消耗させずに済む、と分かれば、あちらにも一考の余地はあるでしょう。少なくとも、悪い話ではないはずです」
その提案を、女は軽く笑って一蹴する。
「ダメよ。あの子は、あのお方に近過ぎるもの。奔放に見せかけて規範に囚われているし、そう大それたことはできない。それに――」
「それに?」
「あの〝依代〟は、計画の邪魔になりかねない素質がある。早めに殺しておくのが良いわ」
そう言われて、男は深々と頭を下げる。
「差し出がましいことを申しました」
「差し出がましくないお前なんて、ゾッとするわね」
女は冗談めかして肩を竦ませてから、男のほうへ一歩、足を踏み出した。
「国の運営はどう?」
「滞りなく。貴女さまを始めとした、皆さまのお力とご威光あればこそです」
「変な世辞だけ上手いのよね。ほんと、胡散臭い男」
一歩、また一歩。
二人の距離は近づく。
「帝国は変な動きをしていないでしょうね?」
「今のところ、特に怪しい動きは確認されておりません」
「皇帝は、いつも余計なことしかしないもの。しっかり見張っておきなさい」
「仰せのままに」
女は、男が手を伸ばせば触れられそうな、ギリギリの距離で立ち止まった。
腕を組み、頭を下げたままの彼を、冷たく睥睨する。
「――お前にも言ってるのよ。余計なことをしたら、分かっているわね?」
「無論、皆さまのお気に召さなければ、即座に我が命を捧げます」
「お前が素直に死ぬとも思えないのだけど、まあ良いわ。今のところは信用してあげる」
「我らの目的は、世界を在るべき姿へ戻すこと。それを忘れたことなどございません」
女は、その言葉には答えなかった。
関心を無くしたかのように目を逸らし、すっと男の横をすり抜ける。
そのまま、『祈りの間』を立ち去った。
男は、足音が聞こえなくなったのを確認して、ようやく顔を上げた。
女が消えたほうを振り返り、呟く。
「……裏切りなどするものか。〝世界を救う〟などと、そうできるものではないからな」




