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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 蒼波季京
第二部 第六章 ヴィンテリオ公爵家騒動記

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75.光の女神の帰還

「今、戻った」


 三ヶ月ぶりに見る『光の女神』は、少し疲れた顔をしていた。

 腰まで短くした髪を一つにまとめ、質素な白い古代風の服を着た彼女は、手で顔を仰ぎながら居間に入ってくる。

 テオドアは、長椅子から立ち上がって出迎えた。


「お疲れさまです。……暑いんですか?」

「いや、なに。王城前にハンナが待ち構えていてな。いろいろと熱く語られた。釣られて、こちらまで熱くなってしまった」

「えっと、どのようなことを……?」


 事件の直後、「ルリネに宣戦布告をする!」と息巻いていたハンナを思い出し、ひやりと肝が冷える。

 まさか、ただの精霊だと思って、ものすごく失礼なことを言ってしまったのでは? いや、ハンナさんは礼儀正しい女性だとは思うけれど。

 恐る恐る問うと、ルクサリネはふっと微笑んだ。


「お前には言えない。女同士の約束だ」

「あ、はい」

「安心しろ。私にもお前にも、不利益は何もない。ただ、そうだな――」


 ルクサリネは、言葉を切り、なぜかテオドアをじっと見下ろした。


「? あの、何か……」

「……なんでもない。経験がない私でも、男を見る目はあったな、と思っただけだ」


 よく分からないが、ご納得なされているなら何よりだ。

 テオドアは頷き、女神に促されるまま長椅子に戻った。

 そして、他にも椅子があるというのに、なぜか真隣に座ってきた女神に――困惑する。


「あ、あの、ルクサリネさま。ちょっと、その、近過ぎるかと……」

「いけないか? ひとつの寝台を共にした仲だろう」

「語弊があります! あ、あの時は添い寝だけだったはずです!」

「添い寝だけでも結構なことだと思うが、まあ良い」


 互いの足と肩が触れ合い、布越しに温もりが届く。テオドアは、必死に意識を逸らし、上擦った声で話題を切り替えた。


「そ、それより! 天界での会議は、どうなりましたか? 僕が聞いても差し支えなければ……」

「ああ、お前にも話せる範囲のことを言おう。あの三人は、やはり罰を受けることに決まった」


 話は、公爵を倒し、王弟を打倒しに行く途中まで巻き戻る。

 『楽園』から追ってきた女神・ペレミアナは、テオドアの提案を飲み込んでくれた。

 彼女たちが欲するのは、あくまでも魂。このままテオドアが〝依代〟として天界に昇れば、魂ごと抹殺されてしまうことから、暴挙に出た。


 テオドアだって、あと一年に満たない命は惜しい。だが、なにも、数千年の命を望むわけでもない。

 ゆえに、百年後に〝依代〟が代替わりするまで、生かして欲しいと。それと引き換えに、代替わりを果たした後の魂は好きにして良いと、契約を持ちかけた。


 彼女たちにとって、魅力的な提案だったのだろう。ペレミアナはすぐに『楽園』に帰った。

 そして、三柱の間で、どんな話し合いが行われたかは定かでないが――

 三柱は、自ら天界の神々に申し出て、すべての行いを明らかにした。


 ――テオドアが知っているのは、ここまでだ。


「死者を蘇らせるために禁を犯した。……未遂ではあるがな。一国を脅かしたことよりも、そこがまず論点となった」

「まあ、神の一存で国は滅ぶものだと聞きますしね。神話の時代だと特に」


 有象無象の人間たちが被害を(こうむ)ったことより、仲間内で掟破りが出たことのほうが重要だろう。神々にとっては。

 光の女神は、顔にかかる髪を耳にかけ、「派閥は真っ二つに分かれた」と言った。


「比較的おおらかだったのは、私を含む千年来の神だ。昔、同じようなやんちゃをさんざんやらかしてきたからな。どの口が責められるのか、という罪悪感もあっただろう」

「なるほど……」

「厳しい処断を下したがったのは、『大戦』後に生まれた若い者たちだった。いわゆる、〝(あわ)せ名〟持ちの」


 耳慣れない言葉に、テオドアは首を傾げた。

 

「併せ名?」

「千年の昔、一人の神が司るのは一つの権能と決まっていた。支配する分野や領域が重なることはあったが、行使できる権能も、神を表す名もひとつだけ」


 だが、『大戦』の後、消滅した神々が多数いたことで、変わってしまった。

 もともと、神々が交際した結果から生まれるにせよ、自然発生のように生まれるにせよ、神の「出生率」はさほど高くない。〝依代〟制度が作られた後も、それは変わらなかった。

 その歪みを正すかのように、『大戦』後に生まれてきた神は、みな二つの権能を持っていた。

 ゆえに、神の名を聞けば、それが『大戦』の前に生まれたか後に生まれたか、はっきり分かるのだという。


「併せ名の者は、少々()()()()()()きらいがある。決まりを守り、清廉潔白であることを至上とする風潮もある。〝依代〟制度も、生まれた時から存在しているものだから、無条件に良いものだと信じがちでな」

「ああ……その方々にしてみれば、お三方はとんでもない悪神ですね」


 彼女たちの行いは、〝依代〟制度を根本から覆しかねないものだ。

 若い神々は何よりも、そこに反発を覚えたらしい。


「神さまの中でも、世代間による価値観の違いがあるんですね……驚きました」

「我々も、人間と変わらない生き物、ということだ」


 ルクサリネはこちらを振り向き、ふと自嘲気味に笑った。

 そして、すぐに表情を戻し、話を続ける。


「結局、厳罰を求める声は、古参の神々が退けた。だが、咎めがないのも示しがつかない」


 そういうわけで、三柱は、これから五年間、神としての地位を剥奪されて地界に降りることになったそうだ。


「三人の一途さには、私も目を見張ったよ。〝依代〟たるお前を殺すなら、自分たちも後を追って消滅するとまで言い出した」

「それは……」

「まさか、本当に死ぬつもりはないだろう。三人の神を失うのは天界としても打撃だと、それを分かった上での発言だ」


 テオドアは、別れ際の『知恵と魔法の女神』――ペレミアナのことを思い返した。

 〝百年生かせ〟などと、無茶なことを言った自覚はある。それでも、彼女たちは応えてくれた。こちらの要望通り、()()()()()使()()()()()、テオドアの助命を嘆願してくれたのか。

 

「……加えて、事情を知った()()()()の口添えもあり、〝依代〟が天界に上がるまでの期間を五年ほど猶予できた」

「えっ」


 テオドアが驚いて立ち上がりかけたのを、ルクサリネは優しく制し、話を続ける。


「もともと、代替わりには五年を要する。別に今すぐ殺さなくとも、使いようはある。地界で〝依代〟として威光を撒き散らさせれば、次回の〝依代〟の質も高くなる……ひいては、天界の権威も上がる、というわけだ」

「つまり……」

「つまり、お前の寿命は五年に伸びた。正確には――『大祭』の一年が終わった後だから、五年と半年だな」


 まだ、生きられる。

 望んだ百年ではないにしても、五年という年月は、人間にとっては貴重な長さだ。

 ――目の前が急に開けたような感覚に陥る。テオドアは、自分でも分かるくらい情けない声で、「ありがとうございます……」と呟いた。

 ルクサリネは、そんなテオドアの手を握って、言う。


「……交渉次第では、お前を代替わりのときまで生かすことができるだろう。まだ、終わっていない。次の手を講じなければ」

「はい」

「テオドア……こちらを向いてくれ」


 言われるがままに顔を向ける。予想に反して、彼女は真顔だった。

 空いた片手でテオドアの頬に触れ、髪を撫でる。慈しむような――母が子に触れるような手つきだ。


「私は、お前に謝らなくてはならない。〝依代〟になればすぐに死ぬと知っていて、お前に何も言わなかったことを。そのくせ、自分勝手な罪悪感に振り回されて、とんでもないことを口走ったな」

「ああ……ええと、僕も勝手に暴走しましたし、お互いさまですよ」

「そうかもしれない。だが、それでは私の気が済まない。やり直しをさせてほしい」


 ルクサリネは、緑がかった瞳で、真っ直ぐにこちらを見据える。

 そうして、両手を胸の前で組んだ。何かを願うように。


「テオドア。お前にその気がないのは分かっている。しかし、もしも私のことを()()()と思ってくれるのなら――、一夜限りでも良い。慈悲をくれないか?」

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