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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 蒼波季京
第二部 第六章 ヴィンテリオ公爵家騒動記

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74.騒動の後の宣戦布告

 王弟が引き起こした〝王位簒奪未遂〟事件については――特に苦戦することもなく、あっさりと片付けることができた。


 王の寝室に籠っていた王弟は、多少なりとも抵抗したが。今や女神たちや公爵との協力も失われた彼が、魔法を使いこなす〝依代〟に(かな)うはずがなかった。

 そのまま寝室で騒ぎを起こし、訝しんで駆けつけてきた家臣や兵士たちに事情を説明する。

 彼らは一様に驚きながらも、王弟が計画を企てたことについては、さほど意外に思っていないようだった。

 みんな、「王弟はいつか()()()()かもしれない」と思っていた、ということだ。


「お前のような者が〝依代〟などと。終末も近いとみえる」

 

 体格の良い兵士に両脇を固められ、捕縛された王弟が、取り繕うのも忘れて吐き捨てる。

 テオドアは、「まだ娘のほうが悪口のセンスがあったな」と思いつつ、答えた。


「決めたのは僕ではありませんから、恨むなら神々を恨んでください」

「生意気な口を……」

「あ、そうそう」


 今思い出した、と言うように。テオドアは白々しく声を上げた。


「この件を、貴方の娘であるローゼルさまにご報告申し上げました。それはもう、大変に悲しんでいらして」


 王弟は訝しげに眉を寄せる。

 当たり前だ。彼が行動を起こしたのは、娘と孫息子の存在と協力があってこそ。娘は計画のすべて――少なくとも、王弟の知るすべては――知っているはずだ。

 だが、テオドアは続ける。


「ローゼルさまは、悲しみのあまり()()()()()()()()。残念なことです」

「っ、な……!」

「僕の異母兄たる二人も、責任を取ると言って……パウロベルトは自害を試みて昏睡、ツィロは公爵家を守ろうと奔走しています」


 王弟の顔が、みるみるうちに真っ青になっていく。

 テオドアの話は、真っ赤な嘘だ。第一夫人もパウロも、公爵が殺した。ツィロも、公爵家を守ろうなんて言う殊勝な人間ではない。

 あちらはもちろん、嘘に気付いただろう。それを見越して言った。

 お前の計画は、もう根本から崩れ去ったのだ――という、意味を込めて。


「それじゃあ、後のことは任せました」

「は、はい。責任を持って護送、裁きの時まで地下牢に幽閉いたします!」


 この場にいる兵士のうち、取りまとめらしき男性が、背筋を伸ばして答える。

 テオドアはひとつ頷き、「ひと段落したら、この件について話し合いの場を設けます」と、寝室の隅に固まった家臣たちのほうへ視線をやる。

 家臣たちは、こわばらせた顔を、互いに見合わせた。


 そして、渦中の人たる王弟は。

 抵抗する気力すら無くしたか、覇気のない様子で虚空を見つめていた。




 その後は、本当に忙しかった。

 助け出された国王への説明と体調の確認、ヴィンテリオ公爵の自首、混乱する城内を収め、緘口令(かんこうれい)を敷き、『始めの儀式』に合わせて帰ってくるつもりの王妃たちをなんとか説得して、『儀式』の期日を特別にズラして――

 朝起きてから夜眠るまでにやることが多過ぎて、一瞬で過ぎ去った数日間だった。


 しかし、それもだんだんと落ち着きつつある。


 この日のテオドアは、国王たちとの話し合いを早めに切り上げ、王宮内にある〝依代〟の家に帰り着いた。

 リュカや『光の女神』からは、いったん山の上の拠点に帰ることを勧められたが。こちらのほうが通いやすいので、テオドアは一人でここに滞在している。

 いつもはあれこれと世話をしてくれる女神も、今はいない。


(ルクサリネさまも、天界に戻ってお忙しいだろうからなあ……)


 応接間のソファで、確認しなければならない書類と書簡を眺めつつ、女神のことを思う。


 天界にとっても、今回の事件は重大なものだったようだ。


 なんと言っても三柱の女神が一枚噛んでいる。しかも、百年前に死んだ『伴侶』を蘇らせたい一心で。

 ――死者を蘇らせることは、例え神でも禁じられている。しかも、一柱は『冥界の神』の娘だ。

 天界は大騒ぎになったらしい。

 ルクサリネは、「あいつらは相応の罰を受けるだろうな」と言って、天界に呼び戻されて行った。

 一度、受肉体を捨て、天界に昇るというのだから、かなり大掛かりだ。「戻ってくる時はまた受肉する」と笑ってもいた。

 今ごろは、神々の集う会議に参加していることだろう。


 リュカは――どこにいるか分からない。以前の言動から察するに、天界には行っていないと思う。そもそも、呼び出されないかもしれない。

 ネフェクシオスと雛と卵は、一時避難場所だった例の洞窟に残り、たまにテオドアを呼びつけては団欒(だんらん)を楽しんでいる。呼びにくるのは雛のどちらかだ。

 クレイグとハンナは、ルネリーゼを連れて公爵家に戻った。治安はまだ心配だそうだが、クレイグの手も空いたので戻る決心がついた、とか。


(そうだ。ルネリーゼには、ちゃんとした後見人を付けてあげないと)


 公爵が国家反逆罪で捕まり、母たる第一夫人は死に、長兄は未だ昏睡状態。次兄は家のことでてんてこ舞いで、そこまで手が回らないだろう。

 紙面の文字を目で追いながら、深く考えに沈む。


(どこかの貴族に嫁いだ異母姉に頼もうか。でも、たぶん今回のことで、相当な迷惑を被っているだろうし……)


 第一夫人の子は四人だ。パウロより五つ年上の長女がいる。

 彼女は、性格のきつい母や弟たちに比べて、格段に静かで大人しく……影が薄かった。四年ほど前に縁談のあった貴族の妻となり、今は公爵家とは関係ない家に入っている。

 よく思い返してみても、加害してくるわけでもなく母たちを諌めるでもなく、ひたすら俯いて端のほうにいた女性、という記憶しかない。


 まだ四つのルネリーゼが、他者から「〝依代〟の血縁」という価値を見出されていた。――子を産める年齢の異母姉への期待と重圧は、いかばかりか。


「……今度ご挨拶に行っても良いかな……」

「あの」

「うわあっ!?」


 突然掛けられた声に、テオドアは驚いて仰け反った。

 手元の紙束はなんとか撒き散らさずに済んだが、思考が急に引き戻されたせいで、少し混乱が残っている。

 テオドアは、戸惑って、目の前に立つ女性を見上げた。


「えっと、すみません。あたし、何度かお呼びしたつもりだったんですけど、聞こえてませんでしたよね。驚かせるつもりはなかったんです」


 公爵家の使用人服に身を包んだハンナは、ちょっと落ち込んだ様子でそう言った。

 やっと我に返ったテオドアは、慌てて首を振る。


「い、いえ、その。誰もいないと思い込んでいたので……油断していました。公爵家の屋敷に戻っていたのでは?」

「戻ってました。でも、ルリネさんに言いたいことがあって、入らせてもらったんです」

「そう、なんですか」


 彼女は、ルリネ――『光の女神』の偽名だ――を捜しているのか、きょろきょろと辺りを見渡した。


「テオドアさまの近くになら、いらっしゃると思ったんですけど」

「そんなにいつも一緒にはいませんよ。あの方にだって予定がありますから」

「いえ、いつも一緒ですよ。あたし、見ただけで分かりますもん」


 ハンナはなぜか、腕を上げ、力強く拳を握り締める。そのまま堂々と言い切った。


「あの精霊さんは、あたしの好敵手(ライバル)です! 女の勘は鋭いんですから! 『憎からず思っていると本人は思い込んでいて、でも実際はベタ惚れ』とか、分かりやす過ぎます!」

「べ、ベタ惚れ……?」

「あ、テオドアさまは分からなくて大丈夫です。むしろ分からないでください。忘れてください」

「う、うん……」


 なんだかよく分からないが、彼女の強い圧に気押されて、テオドアは引き気味に頷いた。

 ハンナは照れたように笑い、腕を下ろす。


「……あたし、けっこう惚れっぽかったんです。クレイグの言うとおり、顔がかっこいいとかの理由で、色んな人に憧れました。でも……」


 そこで言葉を切り、俯き加減になる。心なしか、頬が赤く染まっていた。


「覚えてはないと思うんですけど。テオドアさまがあの街で、クレイグのいる家具屋で働く前。あたし、あなたをお見掛けしてるんです」

「え?」

「ほら、赤い髪って、目立つから。クレイグの働く店に行ったとき、あなたにお会いして……すぐに、お見掛けしていたあの人だって、分かりました」


 テオドアは、すぐに記憶を掘り返した。が、ハンナの言うとおり。彼女らしき人を、街中で見掛けた記憶がない。

 しばらく考えたが、やはり覚えていない。若干、申し訳ない気持ちになりつつ、「すみません」と謝ることしかできなかった。

 しかし、ハンナは顔を上げ、むしろ嬉しそうに笑った。


「大丈夫です。ホントに一方的だったので。それに、そのほうが頑張りがいがあります!」


 だからあたしは、ルリネさんに〝宣戦布告〟しに来たんですよ!

 ――どっちが早く振り向かせられるか、って。


「だから、テオドアさまも覚悟しててくださいね!」

 

 彼女は、とびっきりの笑顔で高らかに宣言してから、一転して膝を折り、うやうやしく挨拶をする。


「お邪魔しました、テオドアさま。ルリネさんがお戻りになったら、また立ち寄らせていただきます」

「うん……分かりました……」

「じゃあ、失礼します」


 と言って、ハンナは応接間を後にした。

 ……いきなり現れて、嵐のごとく去っていった。


 テオドアは、ただただ呆気に取られたまま、ハンナの消えた扉を見つめていた。

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