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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 蒼波季京
第二部 第四章 愛によって狂うもの

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65.自覚のある執着

 ティアディケは、後ろからテオドアの襟首を()()()掴んだ。


「矢張り、目を離してはならなかった。意に沿わない事を強要された人間は、そこから逃げ出そうと躍起になる。分かっていたはずだった」


 声音はいつも通りだ。触れる手も、あくまで優しい。

 だが、この、静かに這い上がってくるような威圧感はなんだろう。

 テオドアは、感じたことのない恐怖に、知らず唾を飲み込んだ。


「何が不満だ。何が(なれ)を駆り立てる? ここには危険が何も無い。何人(なんぴと)たりとも許可無く立ち入る事はできない。(われ)らは楽園を創り上げた。汝の母親も居る。不自由など無いはずだ。何故、逆らおうとする」


 どうして、逃げようとしたことがバレたのか。魔法は当然のように失敗したはずだ。発動していない魔法を察知できるほど、『戦と正義の女神』は気配に敏いのだろうか?

 ――そんなことを考えている場合ではなかった。


 テオドアは、真っ白になりかける頭をなんとか働かせて、言葉を絞り出した。


「お、お三方に不満はありません。あるわけがない。ここに危険がないというのも、分かります。母もいますから、現実世界にほとんど心残りはありません」

「……」


 じわじわと這い寄る命の危機に、冷や汗を流しながら、テオドアは言い募る。

 しかし、同時に、「嘘を吐いてはいけない」ということも、強く感じ取っていた。


 少しでも不誠実な受け答えをすれば、彼女は容赦をしないだろう。殺される――よりも、もっと取り返しのつかない事態にだって、陥るかもしれない。

 具体的に何が、とは言えないが。本能が強く訴えるのである。


「本当だったら、こちらからお願いしてでも、この世界に住み続けていたい。僕なんかにはもったいないくらい、たくさんご厚意をいただきました」


 でも。

 ――でも、それは、テオドアの本意にはそぐわない。


 テオドアは、心にもない美辞麗句が飛び出しそうになった口を、一度ぎゅっと閉じた。

 そうして、一瞬のためらいの後、口を開く。


僭越(せんえつ)ながら、お伺いします――ティアディケさま。先ほど、貴女さまは、『楽園を創った』とおっしゃいました。でも、それは()()()()()()()()()()()()()?」

 

 確かに、ここは楽園だ。

 テオドアは何もする必要がない。過剰に持ち上げられることも、貶められることもない。〝依代〟という身分もない。魔力があってもなくても何も言われない。心配だった母も近くにいる。

 なにより、テオドアの「魂」をこの上なく好いてくれる、美しい女神が三柱もいる。

 喜ぶべきだろう。耽溺するべきだろう。


 ――だが、そこに、テオドアの意思はひとつもない。


 勝手に環境を全て整えて、「快適だろう」「望んでいたんだろう」と押し付けられる。放り込まれる。

 彼女たちの目に、「テオドア」はいない。はるか昔に喪われた男の残滓を求めて、代替品のように扱われるだけ。

 ここは、彼女たちのとっての、楽園。死んだ男の記憶を追いかけ、保存し、飼い続けるための檻。

 

 例え、テオドアが前世の記憶を持っていて、うまく迎合できるかもしれなくても――テオドアはもう、「死んだ番人」ではない。

 死んだ番人の記憶を持つだけの、違う人間。「テオドア・ヴィンテリオ」に過ぎないのだ。


 テオドアは、恐怖を抑え込み、震える声で続けた。


「ここに、僕の居場所はありません。無いように思えてしまいます。お三方が欲しいのは、僕ではなくて、僕の肉体に入っている魂だけ。……違い、ますか?」

「……」


 背後の女神は、微動だにせず、呼気を乱した様子もなく、しばしの沈黙を保った。

 だが、首からそっと手を外されたかと思うと、肩をものすごい力で掴まれる。


「!!」


 驚く暇もなく、テオドアは無理やり、ティアディケに向き直させられた。

 急に身体を反転させられたせいで、視界がくらくらする。


 ティアディケは、ことここに至っても、ほとんど無表情のままだった。


「……承知している。吾らが欲するのは、汝そのものではない。死体を生かし続け、目の前の真実から目を逸らし、過去にしがみついている。吾らは狂っているのだろう」


 彼女は、片手に持っていた槍を放り捨てた。絨毯が敷かれているため、音はほとんどない。

 しかし、転がった槍に目を向けたまま、ティアディケは淡々と続ける。


「汝は、誰かを愛したことはあるか。恋という意味で、だ」

「……僕は、今のところ……」

「そうか。それは、(しあわ)せなことだ」


 ――吾らは、今も囚われ続けている。


「恋に理由を求めるのは野暮だ。然し、吾らが惹かれた理由は分かっている。初めは興味、次いで単純接触による好意、そして人柄を好ましく思うが故の愛情だ」

「人柄……」

「吾らを、女神、という括りで見ない人間は、あの男しか居なかった」


 神や女神は、常に「尊いもの」として、人間の視線に晒され続ける。

 加えて、「女神を手に入れた」という成果が欲しいだけの、自尊心が高い人間も集まってくる。

 三柱は、百年前に地上に降りて、初めてそれを自覚した。

 翻って、天界の神々はどうかと問われれば――


「天界にいる男は、良くも悪くも自身が〝神聖な存在〟であることに拘る。そして、そんな神聖な己には、女神だけが相応しいと考える。(しか)も、まだ己らが手を出したことのない、若い女神を欲する」

「……」

「断り続けるのにも面倒がある。そんな天界に()んでいた。変わり映えのしない環境にも。故に地上へ降りたが、地上も似たようなものだった。そこへ――現れたのが、あの男だった」


 初恋。そうだな、初恋だ。

 ティアディケは、今初めて気が付いたかのように、真剣な口調でそう呟いた。


「あの男は、他と比べる事をしなかった。新鮮な驚きを(もたら)した。他のどの女でもなく、他の二人と優劣を付けるでもなく、真っ直ぐ吾ら一人一人に向き合った。無理に己を大きく見せる事も、卑屈になる事もなかった」

「でも……そんな男性は、他にもいるでしょう。探せば、いくらでも」

「ああ、居るだろうな」


 テオドアがおずおずと口を挟むと、ティアディケはあっさり肯定した。


「何も、全ての男が嫌だと言うつもりは無い。ああ、居るだろうとも。吾らを尊重し、吾らと対等に接し、平等に愛する事の出来る男が」

「でしたら、」

「――だが。其れは、()()()()()()()


 そう言い切られ、テオドアは息を呑んだ。

 ティアディケの赤い瞳が、ようやくこちらを向く。クリーム色の短い髪が少し乱れているのを、気にする素振りもない。

 彼女はこちらに歩み寄り、わずかな距離を一気に詰めた。


「この感情は、最早執着に近い。他の二人は分からないが、吾は自覚している。純愛などと誤魔化す積りはない」

「ティアディケさま――」

「――安心すると良い。()()()は閉じ込められて不服だろうが、じきにそういう感情も失せる」


 不穏なものを感じて、テオドアは一歩、また一歩と後退(あとずさ)る。

 だが、すぐに、背後の書物机に行き当たって止まった。


「テオドア、もう少しの辛抱だ。全ての準備が整えば、汝は幸せな人間に生まれ変わる。汝を慕う三人の処女(おんな)と、優しい母親と、汝を想う父親と――」


 ゆっくりと顔が近づいてくる。あくまで自然な仕草だった。

 美しい尊顔がすぐそこまで迫っている。逃げ場はない。

 彼女は目を閉じ、テオドアに口付けを――



「ちょっと待った。悪いんすけど、それだけの理由では渡せないっすね」



 急に横から腕を引っ張られ、テオドアは体勢を崩して倒れた。

 唇は触れる直前で、掠めることもなかった。ティアディケは目を見開き、あっという間に槍を手にして「闖入(ちんにゅう)者」に突きつける。


 それを、いとも容易く掴んで止め、()()()()姿()()()()()()()は、してやったりというふうに笑った。


「生憎、現実の世界には、坊ちゃん本人を好きってヤツもいるんですよ。――オレが姿を借りてる、この()とか!」

 

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