44.ヴィンテリオ公爵のご乱心
「〝依代〟さまは、山にこもっていてご存知ないですよね。私の、ヴィンテリオに嫁いだ娘は、今、社交界で爪弾きに遭っているんですよ」
フィラットは、少し表情を引き締めて、切り出した。
「ま、自業自得ではあります。なにしろ、公の場で、女神さまの御意向に楯突いたんですからね。孫たちも、あんなに不良に育ってしまって」
そのあとに彼が言ったことをまとめると、こうだ。
第一夫人とその息子二人は、選定の儀式で、選び出された〝依代〟候補に文句を言った。
自分や自分の息子が選ばれなかった悔しさなのだろうが、その様子を、その場に集まった多くの貴族や王族が目撃していた。
神の決定は絶対的なもの。加えて、公爵家第二夫人の子どもである候補者を罵った、という事実が、あっという間に社交界に広まり――
彼らは、「候補者になれるほどの逸材を、自分たちの尊厳のためだけに放置して迫害していた」と、あらゆる場面で軽蔑されるようになったという。
ひどいところでは、「嫉妬から第二夫人たちを貶めていた馬鹿な女と愚かな息子」と、嘲笑されているとか。
「噂によると、貴方を〝魔力無し〟と言って蔑んでいたとか? まったく、杜撰な魔力検査を信じ切っていたなんて、愚かとしか言いようがありません。それが、自分の娘だなんて!」
そう言って、フィラットは少し大袈裟に嘆いてみせた。
はあ、と溜め息をつき、首を振る。疲れたようにこめかみを揉んで、それから深々と頭を下げた。
「この度は、本当に申し訳ありませんでした。私が謝って許されることではないと思いますが……」
王弟が自分に頭を下げている。
その事実になにより慌てて、テオドアは、「顔を上げてください」と言った。
「ここで謝られても困ります。これは、僕とあの人たちの問題です」
「しかし……」
「失礼ですが、貴方が謝罪しても、僕は許せません。彼らが仮に謝ってきても、どうなるか分かりませんが」
フィラットは渋々、顔を上げた。
謝罪を止められたからか、それとも、謝罪を受け入れてもらえなかったからか。ここに至っても、彼の感情がいまいち掴めなかった。
ちょっと不服そうな声色で、フィラットは再び口を開く。
「あの子たちの荒れようはひどいものでしたよ。特にパウロベルト――パウロは、暴れて公爵家の屋敷を壊しまして。使用人が何人も辞めたと聞きます。社交界に蔓延る噂のほとんどは、辞めた使用人が出どころでしょうね」
テオドアは、心の中で、「彼らも同罪だけど」と付け加えた。
第一夫人におもねり、彼女の息子の威を借りて、好き勝手に侮辱してきた使用人たちのことを、忘れるわけがない。
きっと、公爵家を辞め、噂を流した彼らは、さも「ひどいと思っていたけど止められなかった」という顔で喋ったのだろう。
……それを責めはしないが、ただ、こちらに擦り寄ろうという目的なら、逆効果である。
テオドアは、第一夫人たちが爪弾きに遭っていると聞いても、なに一つすっきりしていないからだ。
「――そこで! 提案なのですが、一度、私の屋敷に来ていただけませんか?」
フィラットは、背後の公爵をちらと見上げてから、話を続ける。
「ヴィンテリオの屋敷が半壊したのは、先ほど話した通りです。今、行く当てのない娘と孫たちを預かってましてね。馬鹿にして罵りに行くなら今のうちですよ」
「罵りはしませんが……」
「ええ? 良いんですか? ご自身をさんざん馬鹿にした奴らですよ? ここはガッと行っちゃいましょう! 殴ったりするのも良いですね!」
「復讐を推奨しないでください」
仮にも、自分の娘と孫だろうに。どうにも他人事というか、言い表せない冷たさを感じる。
なんだろう? と、考える暇もなく、フィラットは畳み掛けてきた。
「大丈夫です! 〝依代〟さまならあの子たちにも負けないでしょうし、なにより公爵も同席すると言っていますからね!」
「あの、『公爵がいるから安心!』のように言われてもですね。僕、あまり公爵と顔を合わせたことがなくて……」
これくらいは言っても構わないだろう。物心ついたときから会ったことがなくて、今が実質的な初対面だと思います、とまでは言わないでおいた。
すると、フィラットは「え?」と意外そうな顔をした。
「そうなんですか? おかしいなあ、ベルンドって、国に帰ってくるたび必ず第二夫人と息子の話をするから、愛妻家だし子煩悩なんだ――って兄上が言ってたんですが」
「えっ? いやあの、どなたかとお間違えではないですか?」
「いや、ここに来る時も、赤ん坊だった〝依代〟さまがいかに可愛かったかって聞かされ続けましたよ?」
「そこに無表情で突っ立ってる人が!?」
驚きで、思わず立ち上がって叫んでしまった。
いやいや。なにかの冗談では?
王弟や王が言う公爵と、長年テオドアと母を放置してきた公爵が、どうしても一致しない。
そんなに愛妻家で子煩悩ならば、仕事で帰れないのはまあ分かるとしても、なにかしらの接触があって然るべきだろう。
まさか、母には会っていたのか? それとも手紙を送っていた? それを母がテオドアに言わなかっただけで?
――状況がまったく分からない!
「ヴィンテリオ公爵も、なんとか言ってください! 僕たち、ほとんど会ったことありませんよね!? 誤解なら誤解を解かないと!」
勢いのまま、話を振る。顔を向けると、やはり公爵は無表情に、こちらを見返した。
そして、彼は、薄く唇を動かす。
「……い……」
「なんですか?」
「……パパって……呼んでくれないんだ……」
どういう意味?
ぽかんと呆気に取られるテオドアをよそに、ヴィンテリオ公爵は、表情は一切変えずに目を閉じた。
そのまま、頬に伝う――涙?
泣いた?
え?
どうして?
「て……テオくんが……パパって呼んでくれないっ……」
「……えっ……と? すみません、意味がよく……」
「は、反抗期ってやつだ! うわああああん!」
公爵はとうとう、顔を覆って泣き崩れてしまった。
どうすればいいか分からずに眺めていると、隣の女神が一歩退がった気配がした。
顔は見ていないが、若干、引いているのだろう。仕草で分かる。
こちら側が公爵の振る舞いに引き、公爵が子どものように泣いているという混沌とした状況の中、王弟だけはまったく変わらなかった。
「ほらほら、いきなり泣くんじゃない。君の息子が困っているだろう」
「だって……」
「先が思いやられるなあ。やっぱり、私の家には、君一人で来る?」
「テオくんと一緒じゃないと行かないからな!」
不遜にも王弟の座る椅子にしがみついて、おいおい泣いていた公爵は、涙に濡れた顔をようやく上げた。
この後に及んで無表情である。泣き顔といえば、もっとこう、悲しみが滲み出るものではないのか。
公爵をなだめたフィラットは、眉を下げてこちらを見た。
「ね? 公爵もこう言ってますし。ちょっと顔を出していただけるだけでいいので……」
テオドアはほとほと困り果てた。
行きます、と即答して差し上げたくなってしまったから、余計に。
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「お前の父親は……こう……すさまじかったな」
女神は、気まずそうに言葉を選んで、二人の消えていった扉のほうを見ていた。
テオドアも、ぐったりしつつ、頷いて答える。
「まさか、父があんな感じの人だったとは、思いませんでした」
結局、王弟の屋敷に行く話には答えを出さずに、お帰りいただいた。
いろいろと、考えたいことが多すぎる。
「お前が、公爵家であまり良い扱いを受けていなかったのは、なんとなく分かっていたが」
光の女神ことルクサリネには、三つの『試練』の前に、候補者に選ばれるまでのことを少し話している。
実家については深い事情を話さなかったが、貴族が〝魔力無し〟として生きていた時点で、ろくな扱いは受けていないと察してくださったのだろう。
「主謀の女の父親が、王弟か。……ただ、身内の不始末を拭いに来ただけならば良いがな」
「やっぱり、怪しいですよね?」
「ああ。謝ってみたり、会わせようとしたり、殴れと言ったり……裏があるとしか思えないが」
お前の判断に任せよう。
ルクサリネは、先ほどまで王弟が座っていた椅子に座り、言った。
「どう断っても角が立つなら、私から言おう。だが、行くと言うなら、着いて行く」
「……僕がいない隙に、街を観光してきても良いんですよ」
「主人が危なそうな時に、呑気に観光する精霊がいるものか」
あはは、と笑い声を立てる女神に、テオドアも微笑み返す。
どう考えても怪しい王弟。
挙動が不安定すぎる公爵。
おそらく、テオドアに恨みを募らせているだろう、第一夫人と異母兄たち。
王弟フィラットの屋敷に行けば、これらが一気に押し寄せてくるのだろうが――
(公爵と、きちんと話せる好機かもしれない)
あとは、公爵家に残してきた遺恨と、きちんと向き合うためにも。
行ったほうが良いのだろうな、と、思い始めていた。




