表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 青波希京
第一部 第六章 最高神の〝依代〟

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/251

40.〝依代〟は、ここに決した

 前世で関わりのあった存在と、今世で出会ったことは一度もない。

 それは、前世ではほとんど他者との繋がりがなく、関わりのあった者はそうそうお目にかかれない存在――女神や魔獣――であったことが、要因である。


 生まれ変わり、候補者として選ばれ、分不相応(ぶんふそうおう)な立場に引き上げられて。

 三女神に会うことがあるかも――という可能性を、考えなかったわけではない。


 だとしても、こんなに唐突に。なんの覚悟もできぬまま、対面することになろうとは。


 彼女の姿かたちは、まったく変わりなく、百年の時の隔たりなど感じられない。

 立ち止まっているテオドアと、歩いてくる女神。距離が近づくのは必然だった。

 そうして、自らへ釘付けとなった視線に、彼女も気がついたのだろう。

 

 ふと、目が合う――


 

 ――次の瞬間、テオドアの視界は、薄灰色に埋め尽くされた。


 薄灰色は薄灰色でも、『知恵と魔法の女神』の瞳ではない。

 文字通り、視界いっぱいに広がる羽毛。喉の奥でくるくると鳴きながら、これでもかと甘えて擦りつけてくる。


「わ、ちょ、ちょっと……」


 忘れていた。テオドアとルチアノの後ろから、怪鳥ネフェクシオスも着いてきていたのだ。彼女は長い首と大きな翼で後ろからテオドアを囲い込み、外界と一切を遮断してしまった。

 人間で言う、「抱き締める」ような行為だろうか。


 嫌悪はないが、ぎゅうぎゅうと圧迫されてちょっと苦しい。隙間を作ろうともがいたところで、頭上から可愛らしい声が聞こえてきた。


『パパ、おかえり! おかえり!』

『パパ、ぎゅーして! ぎゅーして!』


 もがいてできた隙間から見上げると、ネフェクシオスの雛たちが、遥か頭上をくるくると飛び回っていた。

 さすがに、母鳥の翼の中に突っ込むつもりはないらしい。


「おお、君たちが噂の雛か!」

『だれ? だれ?』

『しってる! オージ! メガミ、いってた!』

『オージ!』

「ううむ、王子か。まあ、間違ってはいないのだが……」


 翼の向こうで、なにやらルチアノと雛が、親交を深め始めた。


「君たちの父君は、今、母君といちゃついておられる。愛を育んでいるのだ。邪魔をしてはいけないぞ」

「いいいいちゃついてはいないよ!?」

『ヤダ! パパと、あそぶ!』

『でも、メガミ、アイをハグクムのは、フーフのダイジなシゴトって、いってた!』

『そうなの? そうなの?』

『パパたちが、ヨルにくっついてるとき、なにもみなかったフリで、そっとしておきなさい、って!』

「光の女神さまも雛たちになにを吹き込んでるんですか!?」


 突っ込みを入れながらも、もがき、頼み込み、なんとかすぐに解放される。

 怪鳥は心なしか満足げに顔を上げたが、テオドアは全身に抜けた羽をくっつけたまま、よれよれと歩み出た。


「ど、どうしていきなり……」

「君が、先ほどの女性に見惚れていたからじゃないか?」


 ルチアノが、両肩に雛を留まらせたまま、非難するような瞳でこちらを見た。


「奥方としては、夫の浮気は見過ごせないだろうに。なあ?」

『やっぱり、うわき!』

『パパ、うわきもの!』

「嫉妬だけで許していただいたのを、感謝するべきだぞ、君は」

「うう……! どんどん事実無根が積み重なっていく……!」


 そもそも、怪鳥と夫婦になった覚えがない。外堀が爆速で埋まっているだけだ。

 ……もう手遅れかもしれないが、結婚は両者の同意あってこそ。地道に否定していくしかない。


「……しかし、見惚れたのも分からなくはないぞ。あの女性は、ことに美しかった。女神であらせられたのかもしれん」

「そう――かもしれないね」


 この騒ぎの最中(さなか)で、『知恵と魔法の女神』はとっくに、どこかへ行ってしまっていた。


 あの一瞬、目が合ったけれど。

 考えてみれば、前世と今世で、テオドアは姿も形も変わっている。別人に生まれ変わったからだ。

 前世の姿を、それほどよく覚えているわけではない。が、どうも今世は、ヴィンテリオ公爵に似ているらしいので、顔も姿も違っていると見做(みな)していいだろう。


(気づかれるわけがない、か。『ほとんどの神は、魂を区別することができない』って、光の女神さまもおっしゃっていたし……)


 あそこまで緊張しなくても、良かったのかもしれない。

 テオドアは少し安堵して、胸に飛び込んできたふわふわの雛たちを、優しく抱き止めた。




------




「ああ、『知恵と魔法の女神』か? いたぞ。会議の帰りに、話が弾んでな」


 その日の夜。

 ルチアノと別れ、怪鳥の親子と戯れ、屋敷に帰り、のんびりしてから寝支度を整えたテオドアは。

 なぜか、光の女神に呼び出されていた。


 いつもの応接間は、カーテンも閉め切られ、女神以外は誰もいない。

 女神と会う時、誰もいないのは良くあることなのだが、なにか――言い表すのが難しいが――ピリついた雰囲気を感じる。


 しかし、女神も、目に見えて怒っているわけではない。いつも通りの振る舞いである。


 彼女は席につかず、窓辺に立っていた。カーテンの隙間から、月光がちらちらと差し込み、彼女の足元を照らした。


「なんでも、夫に愛を捧げたいが、どう言って良いか分からないと……まあ、恋愛相談だな。他の二人は、わりと情熱的なことを平気で言うから、負けたくないらしい」


 テオドアは、なんと言っていいか分からず、ただ黙って立っていた。

 まさか、女神が座っていないのに、自分だけ座るわけにもいかない。少し距離を空けて、閉め切った窓辺の女神を、眺めている。


 女神は、こちらが困っていることを聡く気づいたのだろう。「詳細は野暮だな」と言って、こちらに向き直った。


「安心しろ。お前についてはひと言も話していない。現に、すれ違っても話しかけられなかっただろう?」

「はい」


 仮にこちらの存在を悟られていたとしても、あのドタバタの最中(さなか)に話しかけてくるのは、相当の猛者だろう。

 ……とは言わず、テオドアは頷いた。

 別に聞きたいことがあったからだ。


「その、会議とはなんでしょうか? お聞きして良いものなのですか?」

「決まっている。〝依代〟を決めるための会議だ」


 候補者を選別するのは、光の女神の役割。

 しかし、さすがに、〝依代〟を選ぶときは独断ができない。『第三の試練』が終わった時点で、彼女は天界に戻り、さまざまな神々を集めて話し合うのだとか。

 来ない神も女神もいるがな、と、光の女神は心底面倒くさそうに吐き捨てた。


「決まった〝依代〟は、どうやって通知を?」

「初めは本人に知らせる。次は、その者の出身国に。そのあと、残りのすべての国に。……出身国では一年ほど大祭が開かれる」

「い、一年……」

「次の〝依代〟が決まったとしても、引き継ぎで五年は掛かる。驚くほどのことではない」


 その間、前の〝依代〟の残滓と、神々のもたらす神気が、世界を維持し続けるらしい。

 ゆえに、世界の情勢も不安定になりやすい、とも。


「テオドア」

「は、はいっ」


 急に名前を呼ばれて、どきりとする。

 今までは、「お前」や、家名も含めたフルネーム(省略なしの名前)でしか、呼ばれていなかったのに。

 いよいよ、本題に入るらしい。テオドアは背筋を伸ばした。

 反対に、女神は目を伏せる。


「……『試練』の前、お前は言ったな。〝自分には相応しくない〟と。その気持ちは、今も変わりはないか」

「ええと、はい。僕が、〝依代〟の候補者に選ばれるなんて、不相応だったと思います」

「そうか。……私は、お前を、他の候補者たちを焚きつけるために利用した。生き残るだけで良いと、そう言って」

「そうでしたね……」


 光の女神は、いったい、なにを言おうとしているのだろう?

 彼女の顔を、失礼を承知でまじまじと眺めて、気がついた。

 このピリついた雰囲気は――なにも、女神が怒っているからではない。


 彼女は、ひどく()()している。そして、とても、()()()()()思っているのだ、と。


「すまない、テオドア。お前を守りきれなかった」

「それは、どういう……」


 疑問に、答えはなかった。

 ただ、女神は歩んでくる。テオドアの近くまでやってくると、そのまま、足元に両膝をついた。


「えっ――」


 長い銀の髪が絨毯に広がり、肩からさらさらとこぼれ落ち、膝立ちになった女神の姿を美しく彩る。

 彼女は、服の裾をきちんと整え、胸に手を当て、頭を下げて言った。


「ここに、〝依代〟は決定いたしました。アルカノスティア王国候補者、テオドア・ヴィンテリオ。あなたこそ、千年前に身罷られた最高神を継ぐ者に相応しい」


 呆然と見下ろすテオドアに向かい、女神は顔を上げる。

 女神らしく微笑む彼女が――なぜか、悲しんでいるように見えてしまった。



「宣言しましょう。最高神の〝依代〟は、テオドア――あなたである、と」

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ