38.悪竜騒動の後始末と辞退
結局、ライルイン伯爵自治領には、一ヶ月ほど滞在することになった。
セラがヴェルタ王国へ持って行った手紙は、ルチアノの父王に直接届けられた。
普通なら、どこの者とも分からぬ少女の手紙など、門前払いされるのがオチだが。
神獣であるペガサスに乗っているのもあり、速やかに王のもとへ手紙が届いた、というわけらしい。
「手紙におまえの名前がかいてあったことと、第二王子のブローチをもっていったことも、効果的だった」
と、草を食むペガサスの背を撫でながら、セラはいつも通り淡々と言った。
「第二王子で、〝依代〟候補者だ。これほど権威ある名前は、いまのところ、この世界にそんざいしない」
「それはもう、慌てて王さまにお届けしますよね……」
ヴェルタ王国での門番の様子を思い出しながら、テオドアは苦笑した。
その横で、当の王子であるルチアノは、なんとなく納得がいかなそうな顔をしている。
あの「悪竜騒動」から、一ヶ月。
解決の目処が立ったのは二日程度だったが、その後の後処理に多くの時間が取られた。
まず、ライルインに蔓延っていた、聖ロムエラ公国の手の者を捕まえること。
市井に溶け込んで生活をしている場合、他と見分けがつかないために手間取ったが、地道に聞き込みを続けていくうちに、なんとか全員捕縛することができた。
国民を洗脳、とひと口に言っても、都合の悪いことを考えられないようじっくりと思考を汚染していっただけだ。
個人の後ろめたい事情などは、むしろ『洗脳』のせいで汲んではくれず、どの人もロムエラから越してきた人間の情報をぺらぺらと喋ってくれた。
あとは、ライルインとヴェルタが繋がる関門を、ヴェルタ王国軍が押さえていてくれたのが大きい。
必然、ロムエラの人間たちが逃げるには、ロムエラに繋がる関門を使わなければならない。そこをテオドアとルチアノとセラが持ち回りで監視して、怪しい者を捕まえていった。
地道な努力ではあったが、すべて、とはいかないまでも、大部分の者は捕まえられたと思う。
「逃げ延びているとしたら、情報と足が早い人間でしょうね」
テオドアはそう言って、背後の木の幹に背中を預ける。
ここは、ライルイン伯爵家の屋敷に近い、森の中だ。
あらゆることに一区切りついたため、各々で動いていた三人が集まって会話をしつつ、情報の擦り合わせをしているところだった。
「あの執事が捕まって、ヴェルタ側の門が封鎖されるわずかな間に、情報を察知して、すぐにロムエラのほうへ離脱する……僕たちをずっと監視していないとできない芸当です」
「事実、湖の半神さまに呪いを掛けるなど、あの男一人でできるとは思えん。魔法に長けた協力者がいたとて、不思議ではないな」
ルチアノは、そう言って、疲れたように息を吐いた。
彼は、主に捕縛した者を尋問し、事件の全容をまとめる作業を担ってくれていた。
街で聞き込みをするテオドアが、手土産のごとく縛って持ち帰る人間を、一人一人面談して深掘りしていくのである。
最後の方は捕縛も落ち着いたため、テオドアも手伝ったが、彼には大きな負担を強いてしまった。
とは言え、ルチアノは、「これも『試練』の一環だ」と笑っていたのだけど。
「だが調べた限り、あの男以外に、魔法を使える者はいなかった。魔道具を使えるほどの魔力がある者はいたがな。――あれほどの呪いは、複数人で行うのが普通だ」
「そういうものなんだね……」
魔法と呪いの違いがいまいち分かっていないテオドアは、深くは聞かず、同意するに留めた。
『試練』が終わったら、魔法とか魔術とかの勉強を、本格的に始めよう。と、こっそり心に誓いながら。
「……そういえば。テオドア、伯爵夫妻の容体はどうだ?」
「うーん……あんまり、良くはないよ。あの人たちは、街の人たちと違って、薬で操られていたから……」
「呪いを解いても、彼らの『洗脳』は残る、か」
執事を捕まえたおかげで、湖の呪いは解かれた。
正確には、湖に座す『尊いお方』の呪いが解かれ、湖から流れる水は少しずつ、正常に戻っていた。
『尊いお方』は、元の人の形に戻られたようだが、テオドアとルチアノはお目見えしていない。
弱った『尊いお方』をフィナリラが付きっきりで介抱している関係上、たまに連絡係としてセラが様子を見に行ってくれる程度だった。
密教は、最後まで、神秘を守ってこそだろう。
水が綺麗に戻ったおかげで、人々に掛けられた『洗脳』も、自然と効力が弱まっていった。多少の混乱はあれど、今のところ、深刻な問題が起きているという事例はない。
だが、ライルイン伯爵夫妻は、話が別だった。
彼らは、呪いではなく、薬で『洗脳』されていた。しかも、国民より長い間、強い支配を受けていたのである。
ヴェルタ王国から派遣されてきた医術師によれば、薬が抜けるまで一年。抜けたとしても、元のような判断力を取り戻すまで、数年単位の時間を要するのだという。
それも、腕の良い、治癒魔法をよく扱える医術師がついていての話だ。道のりは、気が遠くなるほど長い。
「当分の間、伯爵の座は空位になるが、フィナリラ嬢が成人を迎えてからは彼女が女伯爵となるんだったか」
「そう。もともと、ライルインが完全な独立国だったとき、女性も王位を受け継ぐ権利があったらしいからね」
まあ、継承権のある男性がいればそちらが優先されるし、そもそも王族時代の慣習を持ち出すなど、無理やりにもほどがあるが。
しかし、「女が継いではいけない」という決まりも存在しないようなので、そこはテオドアとフィナリラがごり押した。
もっともらしい公的文書を作成してしまえば、こっちのものだ。
「いやしかし、君が、その……夜這い、をかけられたあと、伯爵夫人を部屋に匿ってくれていて良かった」
「人質が二人に増えてたところだったね」
「可能性は充分にあるな」
「匿っている」とはまた、綺麗に言い換えられている。実際は強制的に眠らせて、騒動が終わるまで部屋に閉じ込めていた。
【催眠】を提案し、実行したのはフィナリラだが、承知したのはテオドアである。起きていれば確実に脱走するので、仕方がなかったとは言え、少し良心が痛んだのも事実だ。
「けっきょく、この国にいたロムエラの人間は、切りすてられたようだな」
セラの言葉に、ルチアノが頷く。
「そうですね。……我が国も、肝心なところでは手出しできません。兵士ではない人間は派遣できますが、この国はどうしても、未だに聖ロムエラ公国の庇護下にある。もどかしいところです」
そう。
ロムエラの者たちの陰謀は暴かれたが、それによって、聖ロムエラ公国が痛手を負ったわけではない。
ヴェルタ王国から抗議の手紙が――例によってセラの手で――届けられたあと、聖ロムエラ公国は迅速に、「自分は被害者」という姿勢を打ち出した。
つまり、「善意が裏目に出た」という言い分である。
自分たちが派遣した者の中に、悪心を抱く者がいて。その者が勝手に暴走したため、このような事態に陥ってしまった。
我々は、まったく関与していないし、予測できなかった。
――と、こういう具合である。
むしろ、「事件の原因究明のために調査をしたい、なにかできることを」との申し出をしてきたが、それはテオドアとルチアノの両名が強く拒否した。
かと言って、他国の問題に、ヴェルタ王国もそう首を突っ込めない。
ゆえに、ヴェルタから派遣された最低限の非戦闘員を除けば、テオドアたち三人だけで、この国のさまざまな問題解決に奔走し続けたのである。
時間もかかろうというものだ。
「セラさま、ご協力をありがとうございました」
「私からも、ありがとうございました」
テオドアとルチアノは、並んで礼を言い、頭を下げる。
セラは、無感動な声で返した。
「こきつかわれたのは久しぶりだった。だが、違反ではない。きにするな」
二人が顔を上げると、なんの感情もこもらない瞳が、ちらりと伯爵家の屋敷のほうを向く。
「……国どうしの仲をとりもつのは、初めてではない。昔も……」
言いかけて、口ごもる。それからしばらく黙り込んでいたが、やがて彼女は、なにごともなかったかのようにこちらに向き直った。
「ほんとうに、『空間移動』も、ペガサスも、つかわない気か。一瞬でかえれるぞ」
「ええ。ルチアノとも、話し合いました」
三日後。『第三の試練』は正式に終わり、テオドアとルチアノは、ライルイン伯爵自治領を後にする。
一瞬で帰っても良いのだが、なんとなく、今回は、来た時と同じように帰りたくなったのだ。
ルチアノとも意見が一致したので、二人はまた、半日かけてヴェルタ王国を横断することになる。
「『境界の森』も、頑張れば二日で踏破できる距離だしな!」
「いや、やっぱり、ヴェルタで越境馬車を雇おうよ。報酬は、候補者への〝献上品〟が山の上の屋敷にたくさんあるから、それで払うとして」
国境を越えて他国に渡りたいが、『空間移動魔法』が使えず、羽のある魔物を従えてもいない場合。
そして、金をたくさん持っている場合。
活躍するのが、「越境馬車」である。
武装した用心棒と、鍛え上げられた馬、訓練された御者。魔力を通さぬ特殊な木材で作られた車体により、『境界の森』を比較的安全に通ることが可能となる。
前世のテオドアも、森の中で、このような馬車に何度も出くわした覚えがある。
――この馬車を雇えること自体、相当なお金持ちの証なので、蔑まれて追っ払われたことしかないが。
「そうか。おまえたちがいいなら、それでいい。好きなようにしろ」
セラはそう言うと、草を食べ終えたペガサスにひらりと跨った。
「山のうえへ報告にいく。今晩、またもどる」
「はい。お気をつけて」
「……おまえたちもな」
セラはふいと顔を背け、金の手綱を握った。
ペガサスは、心得たとばかりに浮き上がり、木々を抜けて空へ羽ばたき、あっという間に見えなくなる。
それを二人は、揃って眺めていた。
「……テオドア」
「なに? あ、そういえば、僕たちが帰ったあとだけど、心配しなくて良いよ。昨日セラさまに頼んで光の女神さまにお伺いを立てたらね、フィナリラさんの補佐のために受肉させた精霊を一人送り込んでくれるって言」
「話を逸らすな」
「はい……」
自覚はあったので、テオドアはしょんぼりと肩を落とす。
ルチアノは、厳しい顔で腕を組んだ。
「君は、私になにか、言うことがあるのではないか?」
「……ええと」
「『第三の試練』を棄権したそうだな」
ああ、やはり、その話か。
秘密裏にセラに話したつもりだったが、守秘義務はない。どこかで、ルチアノに伝わってしまったのだろう。
……仮に隠し通しても、いずれバレることだった。
テオドアは諦め、肯定する。
「うん、そうだよ。棄権した」
「理由を聞いても良いか」
「……今回の『試練』は、ルチアノがいなければ、解決しなかったから」
地位だけで言えば、なるほど確かに、テオドアも神と同等の権力を持つ。
だが、地界での差は、圧倒的だ。
公爵子息とは言え、『魔力無し』と冷遇され続け、コネもツテも権力もない自分と。
第二王子とは言え、自他ともに認める実力者であり、国民に広く知られているらしいルチアノでは、動かせるものの大きさが違う。
事実、ヴェルタ国王を動かせたのも、ルチアノあってこそだろう。その他にも、外交的な部分は、すべて彼に任せきりにしていた。
それを加味した上で、同じ立場で『試練』に臨めていたのかと問われれば――テオドアとしては、否定したくなる。
国を建て直したのは、ルチアノなのだから。
理由をひと通り伝えても、ルチアノはまだ、難しい顔をしていた。「だが……」と視線を落とし、反論を考えている様子だ。
ここで、テオドアは、わざと明るい声で付け加える。
「それにね! 僕は、この国にいたロムエラの人たちのこと、責められる立場じゃないんだ」
「どういう――」
「セブラシトだよ」
セブラシト。聖ロムエラ公国の大司教であり、〝依代〟候補の一人――だった青年。
先に行われた『第二の試練』で、テオドアは、彼の脳を狂わせてしまった。そのせいで、セブラシトは今も、完全な回復は見込めないでいる。
「『洗脳』と、やり方は違うけど、結果は変わらない。僕は、セブラシトの自由意志を奪った。だから、僕には、ロムエラの人たちを責める資格はない」
「……後悔をしていないのでは、なかったか」
「していないよ。でも、罪があるのは事実だ。僕はそれを、一生をかけて背負って償おうと思う」
もう二度と、あんな暴走は起こさないように。
セブラシトや、未だ目覚めぬデヴァティカ、そして――本人に受け入れる気があるのなら――ネイも。
なんらかの形で治癒を手伝い、元通りにはならずとも、支援を行うつもりでいる。
ここ一ヶ月、ライルインの建て直しを手伝いながら、ずっと考えていたことだ。
いや、この気持ちの萌芽は、呪いを解くために奔走していたときから、あったかもしれない。
だから、むしろ、『第三の試練』を万が一にも突破したくない。――と、テオドアはそう言って締めくくった。
胸を張り、ルチアノの目を堂々と見返す。
「『試練』の前の約束を破ったことは、謝るよ。ごめんなさい」
「……はあ……」
なにを言っても無駄だと分かったのか。それとも、別の呆れた気持ちからか。
ルチアノは、盛大に溜め息をつき、腕を解いた。
「君は、本当に……真摯でありたい人間なんだな」
「ルチアノの見立て通りだよ」
「そうだな……その通りだ。予測できないわけではなかったな……」
それから、気を取り直したらしい。ルチアノは朗らかに笑う。
「ならば、これで、私たちの突破数は並んだことになるな。どちらが選ばれたとしても、『試練』が終わった後も――機会があれば、再戦願いたい」
今度こそ、本当に。なんのしがらみもなく、正々堂々と戦おう。
その意味も込めつつ、「『試練』が終わった後も交流を続けよう」と言っているのだろう。
テオドアも、笑って頷いた。
「うん、分かった。一年後でも、十年後でも。いつか、本当に、正々堂々と戦おう」




