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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 青波希京
第一部 第五章 第三の試練『悪竜のいる小国の再建』

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33.第三の試練・中編(上) 拭いきれない違和感

 どんなに悲惨な様子かと思いきや――

 ライルインの街は、活気に満ちていた。


(あれ……?)


 手続きを済ませ、ライルイン側の検問を抜けた先。

 ライルインの兵士たちは妙ににこやかに、入国を歓迎してくれた。

 ここではルチアノの身分も明かせないため、最悪は何日も待たされることを覚悟していたが、本当にあっさりと通されたのである。


(防衛の概念が薄い……? 聖ロムエラ公国の庇護が強いから、平和でいられる、とか……)


 国防を担う石造りの壁に寄りかかりながら、和やかにお喋りをする兵士たちを見る。

 次いで、建物が建ち並ぶ街のほうへ目をやると、人々が賑やかに行き交っていた。


 談笑する女性たち。家の屋根に登って修復をする男性たち。買い物客を必死で呼び込む店の主人。はしゃぎ回りながら駆けていく子どもたち。

 想像していた光景とは、なにもかもが違った。


「……悪竜に悩まされているにしては、賑やかだな。いや、良いことではあるんだが……」


 隣を歩くルチアノも、釈然としない表情で、周囲を見渡した。

 悪竜。突然死を招く奇病。さぞ沈み切っているだろうと想像していたのが、見事に裏切られた形だ。

 もちろん、ルチアノの言う通り、平和であるに越したことはない。

 しかし、目の前に広がる光景に、テオドアはどこか、引っ掛かりを覚えていた。


「よし、ここからは別行動としよう。国に入れたのだから、お互いに、手の内を晒し過ぎるのは良くないだろう!」


 気を取り直したのか、ルチアノは街の入り口で立ち止まり、こちらに向き直って宣言した。

 テオドアにも、否やはない。同意として頷き、「そうだね」と返す。それから、薄曇りの空を見上げた。

 早朝に山の上を出たが、ここまで来るのに半日ほどかかっている。薄っすらとかかった雲の向こうの太陽は、既に傾きかけていた。


「明日、『試練』が始まってから、伯爵のところに行くんだよね? 今日は宿を取ったほうが良いかな」

「そうだな。日が沈んだら、ここで待ち合わせるとしよう。それまでに、目ぼしい宿屋も見繕っておくぞ!」

「うん。僕も探しておくよ。じゃあ、また」

「ああ! 健闘を祈る!」


 ルチアノは元気に手を振り、街のほうへ走り去っていった。

 今までになく、張り切っている。やはり、馬の合わないセブラシトやデヴァティカとのやり取りは、彼にとっては精神を擦り減らすものだったのだろう。

 彼は、「テオドアを見くびっていた」と言っていたが。

 それを表に出さぬよう、平等に振る舞っていた彼の姿は――テオドアが『試練』に挑み続られる要因のひとつとなっていた。それは確かだ。

 

 建前も、貫き通せば、誰かを救うこともあるのだ。


「……頑張ろう」


 ならば、自分も、全力で挑もう。

 候補者として、〝依代〟の座を求めに行こう。

 決意を新たに、テオドアは、大通りから一本外れた道へと、歩き出した。




-------




 しばらく街を見て回ったところ、驚くほどたくさんの人に声を掛けられた。

 見慣れない、旅姿の人間ということもあって、興味を持たれたのだろうか。街の人々は優しく親切で、談笑がてらの質問にも、快く答えてくれた。


 この国は、神話にもある『湖』を中心として成り立っている。

 文字通り、国の真ん中に大きな湖があり、深い森に囲われている。それをさらに取り囲むように、住宅や商業施設が並んでいるとか。

 『豊穣の女神を奉ずる儀式』は、伯爵家が取り仕切っているため、彼らの屋敷もまた、湖の近くの森に建っているらしい。


「アタシたち、あの湖がなくっちゃ生きていけないのよ」


 と、話をしてくれた女性の一人が、片手を振って言った。


「生活の水は、あの湖から流れる川で(まかな)ってるからね。ほっそーい川だけどさ、アタシたちにとっては命の水ってわけ。飲み水なんかも、毎朝汲んでくるのさ」

「今は、湖に問題があると聞きましたが……」

「うーん? なんかあったかねえ? 来てる水はなんも変わらないよ」


 女性は振り返り、「湖になんかあったって聞いてるかい?」と、お喋り仲間らしい女性陣に問い掛ける。

 彼女たちも、心当たりがなさそうに顔を見合わせ、首を傾げた。


(……一般市民には知らされていない? 伯爵家が隠してる? でも、国境にいたヴェルタの門番が、噂で知っているくらいだ。悪竜のことがまったく知られていないなんて、あるんだろうか?)


 女性たちにお礼を言って別れたあとも、親切に話しかけてくれた人々に聞いて回ったが、誰も悪竜のことを知らなかった。


 どころか、湖に問題が発生しているなど、想像してすらいないように見える。


 テオドアが質問した後も、ちらりとも平和を疑わない様子で、ニコニコ笑いながら話を続けるのだ。

 奇病のことを探りたくて、「なにか、最近、困っていることはありませんか」と聞いても、「いいえ、まったく!」と笑顔で返される。


 ――おかしい。

 街を眺めたときにも感じた違和感が、じわじわとテオドアの喉元まで這い上がってくる。


 日々の生活に、まったく不満を抱かない者は――いるかもしれないが、数は少ないだろう。

 だが、彼らは一律に笑っている。一律に同じ反応を示している。平和を疑うことなく、明日を憂うことなく、画一的な幸せを謳歌している。

 まるで――なにか、別の意思が働いているかのように。


(でも、精神を操る魔法、みたいなものを使っているなら、たぶん分かるはずだし……)


 テオドアは、魔力を操れるようになって以来、魔法が使われている気配に気づけるようにもなった。

 

 暴走した『第二の試練』に比べれば、使える魔法は格段に少なくなったが。

 あのときは限界を超えて、大量の魔力で無理やり、想像通りの魔法を実現させていただけだ。基準にしてはいけない、というのが、光の女神のお達しだった。


 教わる魔法も基礎の基礎で、『肉体保護の魔法』や、火を(おこ)したり軽度の傷を治したりと、その程度である。

 理論を組み上げて構築する魔術に至っては、一朝一夕で理解できるものでもなく。未だにひとつも使えていない。

 だが、そんな中でも、成果らしい成果がひとつある。


 それが、魔力の流れを読み取り、魔法を察知できる力である。


(ルクサリネさまは、〝魔眼〟に近い能力だっておっしゃっていたけど……)


 魔眼とは、生まれつき魔力の流れが目に見える、天賦(てんぷ)の才能であるらしい。

 魔力の有無は関係がなく、魔法の才も関係がない。まったく魔法に触れてこなかった庶民でも、魔眼を持っていることがあるそうだ。


 テオドアのそれは、厳密には〝魔眼〟ではない。

 なぜ察知できるかは分からないものの――生まれたときから魔力を封印するために魔法を使い続けていたから、という、一応の理由づけはできる。


(ルチアノが【道しるべ】を使うとき、なんとなく魔力の流れが見えた。あの赤い光が――たぶん、痕跡みたいなものだ)


 だが、街の人々に、痕跡らしきものは見当たらない。

 それゆえに、違和感が拭い去れないという、なんとも矛盾した状況に陥っている。


 聞き込みを続けていると、いつの間にか空が赤く染まり始めていた。

 そのうち、同じような反応を返されることに疲れて、声を掛けられても笑って手を振り返す程度に留めていた。

 考えを巡らせながら、黙々と歩みを進める。

 このまま、街の中心にあるらしい湖まで行こうか――と、思っていると。


 不意に、建物の影から、小さな子どもが飛び出してきた。


「!」


 慌てて立ち止まったが、向こうもまさか、人がいるとは思わなかったらしい。つんのめり、頭から転んでしまった。


「だ、大丈夫?」

「……」


 テオドアの声が届いているか否か。小さな子ども――女の子だろうか――は、のろのろと顔を上げた。

 異様なほど痩せた、みすぼらしい姿だった。

 ぼさぼさの髪に、ボロ切れのような服。突き出た足は棒のようである。頬は痩け、丸い大きな瞳だけが妙に目立っていた。

 

 何より、彼女には、笑顔がなかった。

 もちろん、食うに困っているのだろうから、当たり前かもしれない。

 しかし、それがなにより、目を引く事実であった。

 

「……」


 少女は黙ったまま、額に手をやった。

 痛いと泣くでもなく、喚くでもなく。感情をどこかに置き忘れたように、額の傷に触れ、手についた血をじっと見下ろした。


「ごめんね。その、手当てを――」

「ドロシィ!」


 テオドアがしゃがみ込んで目線を合わせると、少女の背後から、女性が一人駆け出してきた。

 女性は、ぼうっとしている少女を抱き上げ、しきりと身体に触れて、なにかを確かめるような仕草をした。

 そうして、ほっと肩の力を抜く。テオドアのことなど、そもそも眼中にない様子だった。

 それだけ必死なのだろう。


「あの……」


 テオドアは立ち上がり、なるべく刺激をしないよう、静かに声を掛けた。

 すると、女性は大仰に肩をびくつかせた。恐る恐る、振り向いた彼女の瞳には、怯えだけがある。

 やはり、この街では異様な表情だった。


 女性もまた、ほとんどズタズタになった外套を羽織っていた。手も足も汚れ、痩せている。

 誰かに虐げられて、逃げてきたのだろうか。そう当たりをつけつつ、テオドアは穏やかに続ける。


「すみません、僕のせいで、娘さんが転んでしまって。よろしければ、手当てをさせていただけませんか」

「……」


 女性は、警戒心強く、こちらを見据えたまま少女をぎゅっと抱き締める。少女は、聞いているのだかいないのだか、されるがままだ。

 困った。謝罪の押し売りはしたくないが、放っておくのも忍びない。せめて、なにか、手当ての代わりになるものがあれば――


(そうだ)


 と、思いついて、テオドアは自分の荷物を探った。

 そうして、保存食の入った小さな袋を取り出し、「よろしければ」と差し出す。

 中には干し肉などの、固いものしか入っていないが、食べ物といえばそれくらいしかなかったのだ。


 理由のない施しではなく、あくまでも謝意の印としてなら、受け取ってもらえるかもしれない。

 さもなければ、きっぱりと拒否されるだけだ。


 そう思っていたのだが、女性の反応は、どこかズレていた。

 彼女は、やはり恐る恐る袋を受け取ると、中身を改め、か細く言った。


「……その。貴方は、旅のお方ですか」

「はい」


 テオドアは頷く。

 女性は――食うに困る身分には珍しく、上品な口調で――さらに言葉を重ねる。


「この、食べ物は。()()()()()()()()()()()()()()()()

「いいえ。別のところから持ってきました」

「……ありがとうございます。大切にいただきます」


 そう言って、女性は丁寧に礼をした。

 やはり、ある程度、身分のある女性の振る舞いだった。


「あ、あと、これも」


 この勢いなら、薬くらいは受け取ってくれるか。

 テオドアは急いで、傷に効く塗り薬を差し出した。魔法が使えない場面を想定して持ってきたものだが、こんなところで役立つとは。


 それも受け取ってくれた女性は、幾分か和らいだ表情で、しかし警戒心も露わに周囲を見渡した。


「本当にありがとうございます。なんとお礼を申してよいか」

「い、いや。元はと言えば、僕の不注意ですから」

「湖に行かれるのでしょうか? でしたら、近道をお教えできます。お耳を少し――」


 と、女性は自然な素振りで、テオドアの耳元に近づいた。

 そして、囁く。


「――この国で出される食物に、決して口をつけてはなりません。水などの液体は、特にです」

「え、」

「今の伯爵さまに騙されてはいけません。本当は()()()()()()()です。皆、踊らされているのです」


 そこまで言うと、女性は、なにごともなかったかのように顔を離し、「その道筋なら湖までの近道ですよ」と微笑んだ。


「もうすぐ夜になります。旅のお方、どうぞお気をつけて」

「……ありがとうございます」


 テオドアが礼を返すが早いか。女性はさっと身を翻し、少女とともに、家々の暗い隙間に消えていく。

 

 その姿が見えなくなっても、テオドアはしばし、動くことができずにいた。

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