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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 青波希京
第一部 第四章 第二の試練『地下大迷宮の夜空』

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29.完璧じゃない人間たち

「ねえ、――て」


 ――夢?


 いつもの夢にしては、不自由な状況だった。

 目も開けられず、視界は真っ暗で、どこかに横たわっている感覚がする。

 寝台の上……だろうか。指先ひとつ動かせずに、ただ呼吸を繰り返すことしかできない。

 前世で、このような状況になった記憶は、まったくない。


 いつもの夢ではないのだろうか?


 訝しみながら、感覚を研ぎ澄ませる。

 どうやら、身体の上にシーツが被せられていて、誰かが寝台のそばでそれを覗き込んでいるらしい。

 女性の声、だ。

 聞き覚えがある。


 どこで聞いたかは、どうしてだか、思い出せない。


「もう――年よ。もう少し、――ても良い――しら」


 女性はそう言って、ひんやりとした手で、首筋に触れてきた。

 そのまま、なぞるように胸元まで撫で下ろし、掛かっていたシーツをそっと剥ぐ。


 自分が裸であることに、そのとき、初めて気がついた。


「せめて、一緒に――、――でしょう?」


 衣擦れの音が響く。ぱさぱさと布が床に落ちる音も。

 寝台に乗り上げてきた彼女が、首に腕を回して抱きついてくる。――服ではなく、柔らかい肌とこちらの肌が、静かに触れ合った。


「まだ、夢を見ているのね」


 間近で囁かれた声が、耳の底に残る。

 普段ならば、ここまで異性に近づかれて平然としていられないだろうが、ここではその自由もない。

 心臓は規則正しく脈を打ち、呼吸はわずかたりとも乱れない。

 動くことが、できない。

 

 女性の冷たい手が、頬を撫でる。


「愛してるの。本当に」


 声がより近づく。吐息が触れ合うほど。


「だから、早く」


 唇に、温かな唇が、ほのかに触れて――





「――っ!?」


 飛び起きた。

 慌てて辺りを見渡して、自分の身体を確かめる。

 ここ一ヶ月ほどで見慣れた、屋敷の寝室。服はきちんと着ていて、一糸の乱れもなかった。

 そばには誰もいない。

 当然、身体も自由に動く。


「夢……?」


 それにしては、感覚が現実と近過ぎた。

 女性に触られた箇所に、まだ感触が残っている気がして、思わず首筋に手をやる。


(あの人は、僕に語りかけているみたいだった。でも……)


 甘い響きの中に、ほんの少し、悲しみが入り混じった声だった。

 どうしてあんな行動に出るのか、彼女との関係はなんなのか、一切分からないままだ。


「……考えても仕方がないか」


 そう呟いて、テオドアは寝台から降りる。

 夢のことを考えていても仕方がない。今は、現状の把握に努めないと。

 寝起きで混乱していた頭の中が、徐々に整理されていく。

 『試練』はどうなったのか。どのくらい寝ていたのか。誰かに教えてもらわなくてはならない。


 テオドアは、扉を開き、廊下のほうに頭を出した。


「あっ」


 ちょうど、使用人服に身を包んだロムナが、扉の前に立っていた。

 右手を掲げているのを見るに、今まさに、ノックをしようとしていたところらしい。左手には、タオルや服の入った籠を下げている。

 なんでもそつなくこなす彼女には珍しく、丸く驚いた瞳で、こちらを見下ろしていた。


「ロムナ、おはよう。えっと、僕はいつから……」


 テオドアが問おうとするより早く。

 ロムナは、籠を取り落とし、テオドアを勢いよく抱き締めた。


「……ロムナ?」

「よく、お目覚め、くださいました。……テオドアさま……」


 抱き締められているので、ロムナの顔は見えない。

 ただ、震える肩から、彼女に相当な心配をかけてしまったことは、分かった。




 聞くところによれば、一時、死をも危ぶまれたらしい。

 なんでも、過度に魔力を使い過ぎた弊害として、脳の一部が焼き切れかけていたとか。


 普通なら、子供のころから徐々に魔力を使う練習をして、自身の限界を知ることから始めるそうだ。

 だがテオドアは、コツが掴めずに四苦八苦していた反動で、一度使えるようになった途端、己の限界を無視してしまった。


 いや、そもそも、限界を知らなかったのだ。


 また、机上の空論で終わりそうな魔法を、軽々とやってのけられるほどの魔力を有していたことが、今回の暴走に繋がる要因だという。


「『回復』や『治癒』は、外傷には強いんだが、身体の内の傷や病にはどうにも弱い。魔法も万能じゃないな!」


 と笑ったのは、目覚めた翌日にお見舞いに来てくれた、ルチアノだった。

 テオドアとしては、傷も疲れも違和感もまったくないし、自由に動き回れるつもりなのだが。

 ロムナを筆頭とする使用人たちが、「安静にしていて欲しい」と強く言って心配するので、寝台の上で身を起こすだけに留めていた。


「まあ、それに関しても、君は異次元だ。頭の中の傷さえ自分で治してしまった。一週間で目覚めて、後遺症もなく動けるなど、治癒魔法専門の医術師たちが見たら卒倒するだろうな」

「普通は、動けないんだ?」

「まず治ることがないな。奇跡的に治療が上手くいったとしても、足に違和感が残ったりする。それでも、命が残るだけありがたい」


 ルチアノは、寝台のそばの椅子に座り、難しげな顔で腕を組む。


「だからこそ、セブラシトとデヴァティカの棄権は妥当だ。あれは到底、一日二日で治るようなものではない。集中治療が必要だ」

「……」


 この『第二の試練』では、三人の〝依代〟候補が脱落した。

 

 セブラシトは、テオドアが頭を()()()()()()せいか、別人のようになっている。

 ぼんやりとして反応が鈍く、受け答えも穏やか――と言うより、静かになっているらしい。

 無理を押せば、最後の『試練』にも挑戦できるだろうが――あまりにも無謀であることを理由に、彼付きの精霊判断で棄権が選ばれた。


 デヴァティカは、骨の髄まで雷に焼かれたために、未だ目覚めない。

 外傷は治ったそうだが、ルチアノの言う通り、身体の中身が治らないと、どうにもならないのだろう。


 ネイに関しては――


「ネイは……すべてを放棄しているようだな。なにもかもを暴露して、暴れて、部屋に閉じ込められていると聞く。私は、恋情に関してとやかく言う立場にはないが――」


 と、ルチアノは首を振った。


「ああなっては、誰の気持ちも素直に受け取れないだろう。ありのままのネイを、好いていた者だって、きっといるはず。目が曇ってしまうのは、悲しいことだな」

「でも……僕が、女神さまとこっそり、会っていなければ」


 ネイがすべてを暴露した事実は、当然、テオドアの耳にも入っていた。

 彼が、テオドアと女神の関係に嫉妬を募らせ、凶行に走ったのだということも。

 だからこその呟きだった。しかし、それにもルチアノは首を振る。


「君には〝魔法が使えない〟という不利があった。そもそも、候補者になることすら予想外だったんだろう? 女神さまがお気をかけてくださるのは、不自然なことじゃない」

「でも……」

「だいたい、先に加害してきたのはあちらのほうだ! なにを気に病む必要がある?」

「……魔法が使えるようになったとき。自分が、自分じゃなくなるような感じがした」


 テオドアは、とつとつと語る。

 あの、魔力が一気に自分のものとなった感覚。

 ありとあらゆるものが、自分の思い通りになる万能感。

 高揚しきっていたせいか、自分以外の存在を、どこか俯瞰(ふかん)したように眺めていた。


 あのとき、もし、三人が治癒不可能なまでに損壊し、死んでしまっていたとしても。

 ――治す努力はするだろうが、途中で、「まあいいか」と放り出していたかもしれない。

 そうでなくても、人の脳を狂わせるなど、最低の行いだ。


「でも、僕は、そんなに優しい人間じゃない。侮辱されたら怒るし、恨みもする。傷をつけられたら、やり返したいって思う。だから、彼らにやったことを、()()()()()()()()()()()()()


 だからこそ、恐ろしい。そう思う。


「僕が僕じゃない感覚だったけど。でも、あの非道な一面も、確かに僕なんだ。力を持ったことで――あれが――」

「あの暴走が、普通の……日常のものになってしまわないか。それを恐れているんだな?」


 テオドアは、自分の手を見つめ、深く頷いた。

 

「そもそも、女神さまとこっそり会っていた僕に、まったく非がないわけじゃない。もちろん、逆恨みは心外だけど。もっと徹底的に、隠せば良かったんだ」

「なのに、あの仕打ちは、やり過ぎだったんじゃないか……と?」

「うん、そう」

「うーむ。難しい問題だな」


 ルチアノは首を捻る。そのまま深く考え込んでいたが、やがて姿勢を戻して、テオドアを見た。


「テオドア。完璧な人間はいないぞ」

「……分かってるよ。魔法を上手く使えるようになれば、今回みたいな暴走も減るだろうし……」

「ああ、その通りだ。よし、ここでひとつ、私の恥ずべき欠点も話そう」


 彼はにやりと笑い、大仰な仕草で立ち上がった。

 そして、言う。


「テオドア。私は今まで、君のことを()()()()()()

 

「……え?」

「完全に下のものだと思っていた。はっはっは! あれほどセブラシトたちを糾弾していたというのに、だ! 笑えるだろう?」


 これは、私の欠点だ。

 ルチアノは笑顔のまま、いつも通りの暑苦しい口調で言う。


「どうしても、自分の物差しで相手を測る癖があってな! それで何度も失敗している。しかも、口では綺麗なことを言う厄介なおまけつきだ!」

「……やっぱり、僕、弱く見えた?」

「それはもう! セブラシトの言う通り、すぐに死ぬだろうと思っていたぞ! ……だから、まあ、ヤツに関しては同族嫌悪だな。あちらのほうが、まだマシかもしれん」

「自分の意見を、思うように言っていたから?」


 今度は、ルチアノが深く頷いた。

 座り直してから、再び口を開く。

 こちらを見据える瞳は、真剣そのものだった。


「私の悪癖は、どうしても治らん。だから、治すよう努力するのと並行して、癖との上手い付き合い方を探っていくしかあるまい」

「……そうだね」


 それにだ。と、ルチアノはわずかに身を乗り出す。


「君は、誰彼構わず優しくはしないが、他者に真摯(しんし)でありたいとは思っているだろう? それだけでいいと思うぞ。君の強さも、そこにあると思う」

「そうかな。そうだったら、嬉しいよ」

「単純な強さでも、今だったら私より上かもしれんな! 一応、私も『試練』を合格したんだが……」


 曰く。

 気絶したテオドアたちが、精霊たちの手によって運ばれていったあと。

 かなり遅れて、這々(ほうほう)(てい)で『元・魔女の結晶があった部屋』に辿り着いたルチアノは。

 ちまちまと瓦礫を掘り返して、魔女の結晶を見つけ……天井に、自身の記憶から抜き出した夜空を映し出すことで、なんとか合格をもぎ取ったらしい。


 その様子を、あまりにも臨場感たっぷりに語るものだから、逆に面白い。

 テオドアは、自然と笑みをこぼした。


「じゃあ、最後の『試練』は、二人で戦うことになるんだ」

「そうだな。そこで、正々堂々と勝負をしよう」

「弱い僕と?」

「う、それを言ってくれるな……いや! 君が弱くても強くても、関係ない! 君が勝ったら、潔く謝ろう! 見くびっててごめんなさいと!」

「あ、今、謝ってくれるわけじゃないんだ……?」


 まあ、直接に暴言を吐かれたわけでもなし、それは良いのだけど。

 彼の悪癖、いや、プライドの片鱗を垣間見つつ、テオドアは右手を差し出した。

 一瞬遅れて、ルチアノも、同じく右手を出す。


 硬く握り合った手は、これ以上のない「対等」の証に思えた。



「勝負は、次の……最後の『試練』だね」

「ああ! 私は全力を出す! 君も全力で掛かってきてくれ!」

「うん。――絶対に、負けないよ」


 

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