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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 蒼波季京
第一部 第四章 第二の試練『地下大迷宮の夜空』

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28.第二の試練・後編 あの日の夜空を

 轟音が響く。


 脆く崩れる天井の、石材の欠片を避けることもなく、テオドアは立っていた。

 途中でぶつかってきた大きな石に、右手の剣が折られる。

 魔力で編んで創り上げたそれは、いとも容易くほどけて消えた。


 天井に薄く魔力を走らせ、圧力を一気に掛けることで、落とせそうな場所は丸ごと崩落させた。

 最下層のここ、失敗作の墓場が壊せれば良かったのだが――音の規模を鑑みるに、連鎖して迷宮全体の床が崩れたらしい。


 ここ以外にも、下層に空間があった部屋も多いのだろう。

 結果的に、大迷宮を半壊させて、ずいぶんと見晴らしが良くなってしまった。


 わずかに後悔しかけたが……まあ、瓦礫(がれき)に潰れて、失敗作のほとんどが消滅したので、よしとしよう。


 落ちてきた瓦礫に当たって、こちらも少なくない怪我を負ったが、すぐに『治癒』した。避ける労力より、いったんすべて受けておいたほうが、効率が良いと判断した。

 治癒のほうが、魔力の消費が少なくて済む。


 視界を遮っていた血を拭い、しぶとく生き残っていた失敗作を、魔力を込めた拳で潰していく。醜い悲鳴にも、だいぶ慣れてきた。


 瓦礫の山を歩き回るうち、壁が一部だけ残っている、部屋の跡を見つけた。


 珍しいなあ、と思いながら、覗き込む。

 すると、見慣れた姿が目に飛び込んできた。


「痛った! なんなんだよもう!」


 悪態を吐きながら、瓦礫の山から這い出してきたのは、セブラシトである。自分の服の土埃を払い、怪我がないか確認をしている。

 その奥では、同じようにデヴァティカが身を起こし、すぐさま剣の状態を見ていた。

 彼らのそばに光源はないが、魔法を使って瞳を強化したテオドアには、暗闇など関係のないことだった。


 足元に視線を転じれば、石や壁材の残骸から、手が一本生えている。まとっている袖を見るに、ネイだろう。


 テオドアを、迷宮のさらに地下へと落としたのは彼だ。


 しかし、そのおかげで、魔法を使うコツを掴むことができた。彼にはなにやら恨まれているようだが、こちらにはまったく恨みがない。


 ゆえに、テオドアは親切心から、瓦礫を取り除いて手を掴み、引きずり上げた。

 ネイは、何度か咳き込んで、ボロボロになった自分の服の裾をつまみ上げた。


「あ、ありがとう。いきなり、床が崩れたから、受け身が取れなくて……」


 それから、彼は視線を上げる。

 暗闇に慣れない目では、こちらが誰かも分かっていなかっただろう。

 しかし、それも一瞬のこと。

 こちらの顔をまじまじと見たネイが、みるみるうちに表情を強張らせていくのが、よく分かった。


「……い、生きてたんだ」


 嘘をつく必要はなさそうなので、首肯する。

 

「うん。危なかったけどね。でも、ネイのおかげだよ。ありがとう」

「はあ……? ……なにが?」

「君が、最下層に落としてくれたおかげで、魔法が使えるようになったんだ。やっぱり、命の危険まで追い込まれないといけなかったみたいで」


 見て、ほら。

 テオドアは、語るうちにわずかな高揚を覚え、手のうちに魔法で松明を創った。赤々と火が灯るそれを、そのまま、ネイに差し出す。

 こんなこともできるようになったよ、と、紹介するつもりだった。

 だが、なぜか、ネイの逆鱗に触れてしまったらしい。


「ふ、ふ、ふざけるな……!」


 彼の顔色が、炎に劣らず真っ赤に染まった。

 跳ねるように立ち上がり、剣を引き抜いて突き掛かってくる。


「うわっ」


 いきなり怒って突撃してきたネイに、テオドアは驚いて身を引き、左手を振り払った。

 魔法で攻撃するなど思いも及ばず、ただ、反射で退いただけだったが。


 軽く叩いただけのつもりが、ネイはものすごい衝撃を受けたかのように、吹っ飛んで宙を舞った。


 そのまま、少し遠くの瓦礫の山に頭から落ちて、何回か転がって動かなくなった。


(死……んではないか。魔力の流れは途切れていないし……)


 先ほどまで、魔力を込めた手で魔物を消していたのを、すっかり忘れていた。

 殺していないことに安堵し、ネイの落とした剣を蹴って退かしていると、遠くから軽い声が届いた。


「あれ? しぶといねえ、きみ。生きてるじゃん」


 誰あろう、セブラシトである。

 彼は、松明を持つテオドアに向かい、小馬鹿にしたように笑った。


「ネイ・デイトーヌがしくじったんだ。ま、あんまり期待してなかったから、良いんだけど」

「……ああ、君たちの差し金だったんだ」

「いまさら気付いたの? 馬鹿って話してて疲れるよ」


 セブラシトは、やれやれと言いたげに首を振った。


「魔法ってさ、魔力が高いだけじゃ使いこなせないの。地頭と瞬発力が試される。きみみたいに、がむしゃらに床を底抜けさせるだけのヤツは、絶対に辿り着けない領域ってわけ」

「そうなんだ」


 いつものような煽りも、特に心に響くことはない。

 テオドアは、ほとんど感情を込めずに相槌を打った。


「……迷宮の『魔力封じ』を壊したのは、褒めてやるけど。そのまぐれも、ここで終わりだよ」


 そう言うが早いか、セブラシトは剣も構えずに踏み込んだ。

 魔術と魔法の併用だろう、空間にいくつもの魔法陣を描き、詠唱とともに巨大な雷撃を撃ち落としてくる。

 テオドアは、雷が落ちる直前に、すべて最小限の動きで避けた。


「うっざ! ちょこまかと!」


 駆け込んできたセブラシトが、今度は己自身の剣を鞘ごと抜き取り、こちらに向かって鋭く投げた。

 頭を狙ったそれを、首を軽く傾けてやり過ごす。

 だが、ほんの刹那、剣の行く先に気を取られた。


 ――次の瞬間、目の前に、セブラシトの姿はなかった。


「!」


 なんらかの魔法で、姿を隠して回り込んだのだろう。

 背後からぶつけられた炎球に、毛先を焦がされながらもしゃがんで躱す。

 そこに、第三者が奇襲を仕掛けてきた。


「未熟者めが!」


 立ち上がりかけたところを、狙ったかのように、鋭い切っ先が首に迫る。

 ――デヴァティカだ。

 テオドアがセブラシトに気を取られている隙に、気配を消して近寄っていたのだろう。

 二重の引っ掛けに、そして息の合った連携に、テオドアは思わず感心した。


 ゆえに、避けなかった。


 立ち上がった途端、首筋に刃が叩き込まれ、深く斬られる。重要な血管が傷ついたのだろう、生暖かい血が一気に噴き出す感覚がする。


 だが、テオドアは、倒れなかった。


 痛覚を一時的に消し、致死にならないよう血管だけを雑に治す。そうして、ふらついたように見せかけて松明を手放した。

 ほんのわずか、相手の闘志が緩んだ。

 それが狙いだった。

 

 空いた右手で、剣の先を掴みとる。


「お返し」


 剣に伝わせて、高威力の電撃を流し込む。

 弾ける電気によって、驚いたように目を見開くデヴァティカの姿が、暗闇にはっきりと浮かび上がった。


「ッがああああああああああ!!」


 魔法や魔術で、防御は固めていただろう。

 が、一瞬でも油断したことが、仇となった。

 デヴァティカは感電により、叫び声を上げて仰け反った。気絶したのだろう。そのまま、力無く倒れ込んだ。


 ……怪鳥(あの子)に雷撃を使ったのは、セブラシトだったっけ。

 正確には、お返しにならなかったけど……まあいいか。


 間髪入れずに、魔力を探知して振り向く。

 鈍く青く輝く剣を手に、セブラシトが斬りかかってくる。

 よく見ると、その剣は、精巧に剣の形に作り上げられた、氷の塊だった。


 やはり、魔法の鍛錬を積み続けた人間には、まだまだ及ばない。発想の力が違う。

 テオドアにとって、力任せでなく、知恵を使った魔法の使い方は、まったく未知の領域だった。


(ただ氷を剣にしただけじゃない。切ったところから凍らせて、確実に殺す気だ)


 しかも、それすらも囮にできるのである。

 テオドアが斬撃を避けると、セブラシトは駆けて距離を取り、氷の剣を地面に突き立てて叫んだ。


「《神よ! 我が偉大なる神よ! 信仰に報いる力を与えたまえ! すべてを凍てつかせ、怨敵(おんてき)を砕かせよ!》」


 途端、膨大な魔力が、セブラシトを中心に湧き上がる。

 それは辺り一帯を支配し、あっという間に気温を下げ、霜が降りるほどの寒さに変えていく。


 また、突き立った剣から、地面を伝って瓦礫を乗り越え、四方八方ものすごい勢いで氷が伝播する。

 ついにテオドアの足元にまで到達した氷は、間近で無数の「氷の槍」に変じ、身体中に穴を開けんと一斉に突き出された。


 テオドアは、炎をつけて対抗しようとしたが、凍てつくほどの寒さと強い風で、それもままならない。


「あっはははは!! 馬鹿でしょ、そんな小さな炎なんかで対抗できるはずがな――」


 ならば、と。

 ()()()()の要領で、セブラシトの目の前に飛び。


「――あ?」


 魔法の発動を辞めさせるため、()()()()()


 と――言っても、物理的に潰したわけではない。

 額に触れ、自身の魔力を大量に流し込み、ちょっと頭の中をぐちゃぐちゃにしただけである。


 脳と言うのだったか、頭の中には、記憶を司る器官があると聞く。


 そこを()()()()()狂わせた。

 大丈夫、セブラシトほどの魔法の使い手ならば、こんなもの、すぐに治せるだろう。

 今のテオドアは、そう信じ切っていた。


「あ――え? な、? なにがおきぃて?」


 効果はてきめんだった。

 気温の低下はすぐに止まり、風も氷も止んだ。

 セブラシトは呆けたようにテオドアを見上げ、がくんと座り込む。

 なにが起きているのか、理解が追いついていないようだ。


「僕の勝ちだね、セブラシト」

「え、あえ? な、なに、なに? わかんない、え?」


 分からないながらも――テオドアが〝味方ではない〟という認識は、持っているようで。

 セブラシトは、テオドアから逃れようと、座ったままずるずるとずり下がった。

 その顔は、恐怖に染まり切っている。


「だ、だ、だれ、わかんない! ご、ごえんなさ、ごめんなさぃ!」

「……うーん。頭って、あんまり触らないほうが良かったのかも……?」

「ごめんなさあああああ! うあああああ、うがああああああああっ!!」


 テオドアに、なんの恐怖を幻視したのだろう。

 セブラシトは叫び、ぐるりと白目を剥いたかと思うと、手のうちに作った鋭い氷の塊で、己の首を突いた。


「あ」


 血が噴き出す。

 仰向けに倒れ込んだセブラシトに、慌てて駆け寄った。

 まだ命があったので応急処置は施したが、気絶してしまった。だいぶ時間を置かなければ、目覚めないだろう。

 まさか、自殺を図るとは思わなかった。


「まあいいか」


 いつもならば罪悪感を抱くものを、今のテオドアは無敵である。

 あっさりと、興味を次に移した。




 最下層の魔物を殺し、自身もそこから抜け出すことができた。

 さて、次は。


「『〝本当の〟夜空』か……」


 試練の突破である。

 事ここに至っても、テオドアに、〝依代〟の座への執着はないが。

 試練を合格せずに帰るのも、誠実ではないなあと思い始めていた。


 幸いにも、先の戦いのおかげで、周囲に魔力は充満している。

 自分に残る魔力の量も併せて、ぎりぎりでいけるな、と判断した。


「あの日の夜空を」


 想像する。

 もう掠れかけている記憶。前世の、生きた証。

 毎日毎日、飽きるほど眺めた、変わり映えのしない風景。

 ふと虚しさを覚えた夜に、みすぼらしい小屋から出て、静かに見上げたあの星空を。


 自身の想像を、魔力に溶かす。

 周囲の魔力を引き寄せて、自分のものにして還す。


 やはり、足元から、変化は広がった。


 瓦礫は鬱蒼とした草花に。

 乱立する氷の柱は、人の手が及んでいない木々に。


 遠く、迷宮の全体にまで、魔法を行き渡らせる。


 壁は消え、天井も消え、どこまでも広がる森へと変わる。

 すべては幻だ。

 しかし、草の匂いがする風が頬を撫でた気がして、テオドアは思わず空を仰いだ。


 

 空には、満天の星が輝いていた。



 ああ、と、溜め息をつくように、テオドアは笑った。


「ずいぶん、遠くまで来たんだな」


 もう、あの頃には戻れない。

 分かっていたはずだった。しかし、今まではどこかで、あの日の続きを生きているような気がしていた。


 断ち切るときが来たのかもしれない。

 過去を過去にして、「テオドア」を生きるときが、来たのかもしれない。


 魔法が使えるようになったのが、その第一歩であるように、思えてならなかった。


「でも、これで、試練はごうか、く――」


 目の前がぐらりと揺れ、力が抜ける。

 星空を見上げたまま、テオドアは倒れた。


 ここまでの無理が、どっと押し寄せてきたのだろう。魔力もほとんど底をつきかけ、意識が朦朧(もうろう)としてくる。

 力がどんどん抜けていく。


 せめて、自分の足で、地上まで上がりたかったな。


 そう思いながら、テオドアは、重い瞼を閉じた。

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