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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 蒼波季京
第一部 第四章 第二の試練『地下大迷宮の夜空』

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27.第二の試練・中編(裏) ネイの憎悪と帝聖連合の企み

 ネイ・デイトーヌは、幼いころから「空気」のように過ごしていた。


 ジダ=パノミド国の辺境、一年のほとんどを雪に閉ざされる北方に、わずかな領地を持つ男爵・デイトーヌ家。

 十男二女を抱えるこの家は、ごく平凡な〝貴族の家〟だった。


 しきたりがあり、家訓がある。

 しかし、暴力的に従わせたり、人格否定をしたりするわけではない。


 兄弟の間には格差がある。

 しかし、せいぜいが「嫡男とそれ以外」というもので、誰かが特別虐げられるということはない。


 男爵夫妻の仲は可もなく不可もなく。

 家族の中で野望を持っている者もおらず。

 使用人に性格の悪い者がいるわけでもない。


 そんな中で、七男のネイは、ひっそりと息をしていた。


 ネイは、足るを知り、平凡な生活を営む家族の中で、ひときわ目立たない子どもだった。

 誰もが、ネイを「大人しくて無口な子」と思っていた。


 それは間違いである。

 表に出さないからといって、心中も凪いでいるとは限らない。あらゆることを考え、知識を溜め込み、己を培っていった。

 誰にも知られることなく。


 ネイは、ひときわ愛情を欲する子どもだった。

 人一倍繊細で、他者のちょっとした表情の変化や声色の違いを、敏感に感じ取る性質だった。

 加えて、大人しく悶々と考える性格が重なり――


 ネイは、いつしか、デイトーヌ家に不満を抱くようになっていた。

 欲するだけの愛情を向けられない、と。

 実際は、父も母も兄弟姉妹たちも、ネイのことを〝適度に〟構っていた。だが、少しの愛情で充分に救われる者もいれば、たらふくもらってもまだ足りない者もいる。

 その後者が、ネイだっただけのこと。

 誰も悪くない。

 強いて言うならば、巡り合わせが悪かった。



 幼少期に抱いた不満は、解消されることはなかった。

 どころか、経年とともに降り積もった負の感情が、悪い方向に煮詰まり、ネイは――デイトーヌ家を深く恨むようになった。


 デイトーヌ家が、他家とあまり交流をしなかった――あるいは立地的にできなかった――のも、理由のひとつかもしれない。

 不満の発散先がないまま、日々の出来事をひとつひとつ拾って深く考え込み、極端な解釈をし続ける。

 恨みを募らせ、恨みを肯定するための材料を無意識に集め続ける。そのための〝才能〟にも恵まれた。


 それは、ネイが〝依代〟候補に選ばれても、変わらなかった。




-------




 光の女神は、まさに、理想の女性だった。

 儀式でネイを選び出したとき、彼女は慈愛の笑みを向けた。


 それだけで充分だった。

 ネイは、()()()()()のだ。


 彼女のことを、ひと目見て好きになった。

 その瞳が、唇が、髪が、身体が、すべてが。存在まるごと、愛しくてたまらなかった。彼女が視線をくれるだけで舞い上がったし、声を聞くだけでうっとりと聞き惚れた。

 そして、女神もまた、自分を好いてくれている。という、「確信」もあった。

 相思相愛だった。彼女は、他の有象無象に向けるものとはまったく違う微笑みを、自分に向けてくれていた。絶対にそうだ。


 今まで自分が好きになった、「少し年上の女性使用人(思わせぶりの尻軽女)」とも、「憧れだった従姉妹(他へ乗り換えたクズ女)」とも違う。


 清廉で、潔癖で、麗しくて。

 この世に生きるすべてのものより尊くて。

 何より、輝かんばかりの美しさだ。

 彼女は自分を深く愛してくれるし、一途に想ってくれる。こちらの気持ちなど言われずとも察してくれて、すべてを受け入れてくれる。

 〝目移り〟など、するはずがない。


 そう、信じていたのに。


 


「はあ?」


 自分が隠れていることを忘れて、思わず声を上げた。

 咄嗟に口元を覆ったが、目線は釘付けだった。

 それだけ、目の前の光景が信じられなかったのだ。


 ネイは、常人より魔力が豊富だったが、ほとんどの魔法や魔術は、普通に使う以上のことはできなかった。


 ただ一つ、『隠蔽の魔法』を除いては。


 ほとんどその場しのぎにしか使えない『隠蔽』を、ネイは極めきっていた。

 あらゆる生物が気配をまったく悟れないどころか、魔法でも存在を看過されないようになっていた。

 それは、今までの「努力」――自分に良くしてくれている人間の裏を探るため、何千回も使い続けていたおかげだ。


 例に漏れず、今回も、女神の動向を探るために使っていた。


 やってみて分かったが、精霊はおろか、女神ですら、ネイの『隠蔽』を見破ることはできないらしい。

 調子に乗ったネイは、日に一度は、女神の屋敷を外から覗き込んだ。さすがに、建物内に入る勇気はなかった。

 けれど、それで充分だ。

 無防備に過ごす女神の姿は、その日の()となっていたのだから。


 思わぬ大怪我によって、十日ほど女神のもとへ伺えなかったときは、女神が代わりにこちらを見舞ってくれた。

 まさか、毎日こっそり眺められていたとは、知らないようだが。彼女は毎日、律儀にネイのもとを訪れた。

 こんなところでも心が通じ合っていたのかと、感動すら覚えた。


 なのに。

 それなのに。



 結局、女神も――人間の女と変わらなかった。



 ネイの庭園で歓談したあと、その足で、別の男と逢っていた。いや、連れ込んでいた。

 立派な浮気である。これ以上の裏切りがあろうか。


 明るい応接間で二人きり、自分以外の候補者と親密になっている。

 テオドア――テオドア・ヴィンテリオ。

 人畜無害そうな顔をしておきながら、人の女を奪うだけの強かさは持ち合わせていたらしい。

 あいつに(たぶら)かされたんだ。そうに違いない。


 煮えたぎるような怒りが、腹の底から湧き上がってくる。

 自分を()()()()()()家族にだって、こんな憎しみを抱いたことはなかった。

 なんだったら、彼らへは復讐のアテがある。〝依代〟候補として消極的なネイを見かねて、ジダ=パノミドの王が約束してくれたのだ。

 もしも、〝依代〟になれたのなら。ネイの家族をどんなふうに扱っても良い、罪には問わない、と。

 

 ――今しも、テオドアが具合の悪そうな()()で、女神の歓心(かんしん)を買っている。

 愚かな女は、それにころりと騙されて、甲斐甲斐しく世話をしている。


 ネイは、そこで耐え難くなって、目を逸らした。

 


「ひっどいねえ。あの落ちこぼれ、ああやって女神さまに取り入ったんだ」

「!!」

「おっと、叫ばないでよ。きみはよくても、僕はそんなに『隠蔽』の精度が高くないんだ。僕がバレたら、きみも道連れだからね」


 間近に、セブラシト・フラメリネスが立っていた。

 思わず悲鳴を上げそうになるのを、事前に(いさ)められる。

 どうしてこんなところに。いや、どうして、自分の『隠蔽』がバレているのだろう。


 驚きのあまり、次の言葉が見つからずにいると、セブラシトはネイの手を掴んで、屋敷から少し離れた場所へ連れて行った。

 そうして、振り返って言う。


「なんで『隠蔽』が効かないんだろうって思った? 普段はめんどくさくて使わないけど、僕は少し目が良いんだ。魔眼――ってやつ。だから、祭り上げられて、大司祭なんかになっちゃったんだけど」


 魔眼。噂くらいは聞いたことがある。

 魔力とはまったく別の、生まれつきの才能。あらゆる魔力の流れを読み、所有者に技量があれば、一度見た魔法の構造を読み解いて再現できるとか。

 それで、ネイが『隠蔽』を使っているのを知り、精度が低いながらも再現した、ということらしい。


「ここじゃなんだから、歩きながら話そうよ」

「……なんで? ぼくが、信用できると思う?」


 この場を去るのは同意するが、ネイは刺々しく言い放った。

 普段ならば考えられない。女神の不貞現場を目撃して、気が立っていたのだ。


 セブラシトは、「『第一の試練』のときは悪かったって」と、悪びれもせず笑った。


「ホラ、僕らも必死だったんだよ。絶対に勝たなくちゃって思って。我が祖国たちのため、〝使命〟のために」

「使命……? 〝依代〟になるってこと?」

()()。それは、目的のための手段に過ぎない。……まあ、それが近道には違いないから、ああやって必死になったんだけど」


 彼の笑顔は、不気味なほどいつも通りだった。

 ただ、声だけが、いやに寒々しい。声から感情だけを抜き取ったら、こうなるだろう、という響きだった。


「冷静に考えてよ、ネイ・デイトーヌ。あの色ボケたちに目にもの見せてやりたいでしょ? 僕たちはきみを利用するし、きみも僕たちを利用する。それだけの話だよ」

「き……君たちは、なにがしたいの?」


 心は揺らいでいたが、それを悟られぬように、強く問いかけた。

 セブラシトは、動揺ひとつ見せなかった。


「言ったでしょ。〝使命〟だよ。僕たちは――聖公国と帝国は、世界を救おうとしてるんだ」




-------




 魔女の結晶がある部屋へは、容易に辿り着けた。


 セブラシトたちに協力し、テオドアを殺してルチアノを排除すれば、ネイはこの『第二の試練』を突破できることになっている。

 これは「ズル」ではないのか。条件を提示されたとき、そう思って躊躇(ためら)った。しかし、セブラシトは言った。


「でもさあ、アルカノスティアの候補者だって、女神に取り入ってたよね。アレ、絶対に『第一の試練』の仕掛けを教えてもらってたでしょ。じゃなきゃ、唯一の突破なんてできないよ。鈍臭くて頭悪そうだし」

「……ふ、二人は、良いの? ぼくが『魔女の結晶』を使って、試練を突破したら……」

「ああ、良いよ別に。だって、『魔女の結晶』が、一回魔法を使ったくらいで、魔力枯渇するわけないじゃん。二人ぐらい余裕だよ、ねえ?」

「貴様ごときが『試練』を通ったところで、俺たちにはなんの支障もない」


 そういうわけで、ネイは二人に協力することとなった。


 未だに、彼らの〝使命〟とやらの詳細は知らないが……知らなくても良いなら聞かない、と割り切った。

 ネイの目的は、テオドアを殺すことだ。そうすれば、騙された哀れな女神(クソ女)も、目を覚ます。ネイのもとへ戻ってくるはず。

 ネイは、度量の広い男だ。傷物の女でも愛してやれる。


 実家からの資料で大迷宮の構造を把握し、テオドアを、失敗作の魔物がいる場所まで落とした。実力のない男だから、惨めに瞬殺されていることだろう。

 ついでに、ルチアノも、大迷宮の端に飛ばした。普段の彼ならいざ知らず、魔法の使えない彼なら、『魔女の結晶』まで辿り着けないはずである。



 結晶は、ごく普通の形をしていた。

 地面から氷柱(つらら)がいくつも生えているような、巨大な塊だ。

 人間が変じたにしては、人間の名残がない。

 ただ、暗い迷宮にあって、結晶は血のように赤く、不気味に松明の光を照り返していた。

 

 三人でそれを取り囲むように立つと、セブラシトが、明るく声を上げた。


「さ、ネイ。早く結晶に触ってよ」

「う、うん」


 〝本当の〟夜空を作れ、と言われても、地下に空が作れるはずもない。

 だから、自分の頭にある〝本当の夜空の記憶〟を抜き出して、大迷宮の天井に映し出す。【投影】の魔術を大規模に行えば、それも可能だろう。

 ぎりぎりだが、それで『第二の試練』は合格できる……はずだ。


 ネイは、結晶に手を触れた。

 今まで封じられてきた自分の魔力が、結晶の魔力に呼応して『魔力封じ』を破り、するすると解放されていくのを感じる。

 結晶の魔力も、だんだん引き出されていく。


「わー。とんでもない魔力」


 と、セブラシトは他人事のように、軽く拍手をする。


「こんなに魔力があっても、魔女は大迷宮を抜け出せなかったんだね」

「千年の時を経て、『魔力封じ』が弱まっただけだ」


 デヴァティカはいつものように、素っ気なく言い放った。


「貴様も、あんなに自慢していた魔力が、『魔力封じ』ごときに封じられるとはな。弱った封印さえ破れんとは、大司祭の名も堕ちたものだ」

「はああ!? お互いさまだろーが! きみだって使えないくせに!」

「ほざけ。俺は使える」

「そーんなちょっとの炎しか出せないとか、使えるうちに入んないっての!!」


 やっぱり、『試練』が始まる前からの冷え切った雰囲気は、演技ではなかったらしい。

 ネイは、足元に魔力で魔法陣を刻みつつ、横目で彼らの喧嘩を見やった。

 正直に言って、気が散るのである。

 魔術の構築に集中しなくてはならない、というのに。


「だいたいさあっ、きみって実力があるとかほざいてるけど、ほん」


 そこで、怒鳴り声は途切れた。

 ようやっと集中できる、とネイが思った、その刹那。

 がくん、と身体が落ちる。



 ――迷宮の床が、()()()()()()()

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