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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 青波希京
後日談

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後日談7.『テオドア』が死んだあと

 テオドアの死の一報は、たちまち全世界を駆け巡った。

 百を超える歳だ。彼よりも後に生まれて天寿を全うした者も数多くいるだろう。このままずっと生き続けるのではないか――と、冗談半分で囁かれていたほどだった。

 しかも、彼の死は重要な意味を持つ。『天界との仲介者』を、再び選定する時が来たのだ。


 〝依代〟とは違い、全世界の少年少女が参加できる。年齢上限が十八歳なのは、より長く勤めを果たすため。魔力が豊富な者を選ぶのは、生身で天界に滞在できるほどの【防護】を施せるようになるためだった。

 貴族の血筋のみならず、生まれつき魔力の高い子どもを持つ平民の親も、我が子に期待を掛けた。これまでは「平民なのに妙な力を持つ」として微妙に除け者にされがちだった子どもたちも、「貴族に上り詰められるかもしれない」という野心を抱くことができた。

 

 しかし、天界に認められた「試験」を終えた後は、選び出されるかは天の意思に任せられる。ほとんど運だ。いや、今回は「試験」の内容すらも分からない。

 前任のテオドアは、初代ではあるが、〝依代〟候補からそのまま移行した人間である。前例のない「試験」がどのように行われるのか、世界中の人々は皆、期待と不安が入り混じっていた。


 さて、とある国に、一人の少年がいた。

 彼は貴族の家の後継者ではあったが、爵位を持つ父親は頼りなく、家は強権を振るう継母に支配されていた。継母は子どもを虐げることに快楽を見出すような人間で、それは己の産んだ子どもさえ例外ではなかった。

 幼い妹と弟……己の異母兄弟を抱えて夜逃げ同然に家を飛び出し、都会の街の片隅でひっそりと暮らし始めた。

 やったことのない労働や子育てに苦労していたが、人の縁に恵まれることで助けを借り、なんとか生き延びることができた。


 しかし、疲労は溜まる。金はいつもギリギリだ。貴族の後継者であるため魔力は多い自覚はあったが、それをどう生かして良いか分からない。

 宮廷で雇ってもらおうにも、実家に連れ戻される恐れがあるため、始めから不可能だった。


 そんな時、「テオドア」が死に、後継を選出するための「試験」を開始すると知った。


 選ばれれば、天の采配で、幼い弟妹を楽にできるかもしれない。その一心で応募したが、この国は小国のため「試験」を開催する金がなく、希望者は隣国アルカノスティア王国での「試験」に混ぜてもらうことになっていた。

 幸い、申請すれば旅費の補助金が出る。戸籍に照らされるとまずいため、適当な偽名を使って申請し、不審点が見つかる前に隣国へ飛び込んだ。

 弟妹は、信頼のできる夫婦に預けたから問題ない。


 だが、会場に着いた途端、あまりの熱気と受験者の多さに、少年は完全に圧倒されてしまった。


 驚きの仕掛けなど何もない、筆記試験と実技試験だった。けれど、いまいち実力を出し切れた気がしない。

 もう絶対ダメだ……でもそうか、ダメでもともとだったもんな……。

 そう思いながら、少年は宿に帰り、夜まで寝た。そうして、夜中に目覚めて眠れなくなり、外へ散歩に出ることにした。

 そういえば、ここの近くに、「テオドア」さまの墓があると聞いたことがある。墓は広大な公園の敷地内に建てられ、誰でも訪れることができるという。


 少年は周囲を警戒しつつ、こっそり外へ出た。さすがに、夜の街は喧騒が落ち着いている。酒場からは陽気な声が聞こえてくるが、人通りはまばらだ。

 迷いながらも、なんとか公園に辿り着く。案内板を信じて進めば、墓に行けるらしかった。


 公園には人影がなかった。だから、墓にも誰もいないと思っていたのだが――先客が二人、立派な墓石の前に佇んでいた。

 ランタンを持っている男と、そのそばに寄り添う銀髪の女。数多の献花を熱心に見ているようだったが、気配を感じたのか、同時にこちらを振り向く。

 女は恐ろしいほど美しい顔をしていた。反対に、男はどこまでも平凡な風貌だ。だが、人好きのする笑顔を浮かべて声を掛けてきた。


「こんばんは。君もテオドアさまのお墓を見に?」

「は、はい。そうです」

「ん? あれ……もしかして、今日、試験会場にいた子かな? 見覚えがあるけど」


 いきなり言及されて、少年は飛び上がるほど驚いた。「どうして知ってるんですか?」と震える声で問えば、男は「簡単だよ」と明るく返してくる。


「僕たちは、試験監督みたいな感じで、選考に関わっているんだ。今日もこっそり会場に潜入しててね。不正をしないかの見回りも兼ねて、どんな人が試験を受けに来たか見ていたんだ」


 少年は、隣の女に目を向けた。男の言葉に反論はないようで、目を伏せて静かに立っている。自分では喋るつもりはないようだ。

 こんなに美しい人が会場にいたら、さぞ目立っただろうに。見かけた記憶がない。長く伸びた銀の髪どころか、全身が薄く発光しているのは、何かの特異体質なのだろうか。

 少年が再び視線を戻した。


「あの……そういうこと、試験を受けた人間に言って良いんですか? 賄賂とか渡すかもしれないでしょう」

「大丈夫。僕たちには脅しも賄賂も通用しないから。今の僕はものすごく弱いけど、元の身体に魂を移し替え――ええと、そう、この隣のお方がものすごくお強いから。大抵のものは吹っ飛ばしてしまうんだ」


 この二人の関係が分からなくなってきたが、少年は疑問を傍に置き、ひとまず色々な疑問を飲み込んだ。

 男が手で指し示した墓を見る。ほんの数ヶ月前に亡くなったという先代『仲介者』が、この下に眠っていて、あらゆる人間に花を供えられているという事実に不思議な気持ちになった。


 死を惜しまれるほど恵まれた彼と、恵まれていない自分。同じ人間であるはずなのに、何が違うのだろう。

 

「……どうだろう。案外、ほんの少しの差なのかもしれないね」


 気付かぬうちに、思っていたことを口に出していたのだろうか。少年の思考に呼応するように、男が答えた。


「生まれた時の環境は変えられなくても、案外、ちょっとしたことで救いがあるかもしれないよ。そう思わないと、理不尽な世界には対抗できない。信じるだけならタダだしね」

「――そもそも、〝テオドアさま〟も、元は『魔力無し』として虐げられていた。そのようなところから成り上がったのだから、『恵まれた』のひと言で片付けることはできないだろう」


 今まで沈黙を貫いていた女が、急に口を開いて言った。その言葉に、少年はハッとする。

 『テオドアさま』の半生は、今やお伽話になっていた。類い稀なる力を持っていたにも関わらず、十代も半ばになるまでは、『魔力無し』として実家の義母や異母兄弟から酷い迫害を受けていた、と。

 確かに、何もせず恵まれていたわけではない。何だか申し訳なくなって、墓に黙礼する。


「……そうですよね。『魔力無し』って言われていじめられた過去があったから、魔力があるって分かったあとでも、『魔力無し』の立場向上に尽力したって……聞いたことがあります」

「ああ。お前が今、不幸であることは変えようがない。大切なのは、この先、どうやってそこらに転がる好機を掴み、素早くのし上がるか……ではないのか?」


 女の涼やかな声が、少年を諭す。不思議な説得力を持つ言葉だった。不貞寝しても晴れなかった胸中のモヤが、少しずつ晴れていく心地がする。

 そうだ。今は不幸でも、大変でも、自分は腐らず行動できている。不幸に甘んじず、好機を掴もうと動いた。それだけは誇れることだ。


「ありがとうございます。ちょっと気持ちが楽になりました」


 少年がそう言うと、女は薄く微笑んだ。そうして、隣の男に顔を向ける。


「私は先に戻っている。テオ……あー……バン。困ったら私を呼ぶと良い」

「はい。でも、もう少ししたら僕も戻ります、ルリネさま」

「そうか。なるべく早く頼むぞ」


 そのまま彼女は、振り返りもせずに去っていった。

 男は懐を探り、何かを掴み出して、少年の手に握らせる。薄く小さく丸い、コイン型の何か。金色の表面には、誰かの横顔が掘り込まれている。


「本当なら、僕が受験者に接触すること自体がダメなんだけどね。わざとじゃないし、ここで会ったのも何かの縁だ。運も実力のうちって言うから……渡しておくよ」

「えっと、これは?」

「世界に一つしかない、記念のコイン。僕の持ち物だっていうのは、神殿にいる人間ならみんな分かる。もし君が試験を突破していたら、これを面接担当の神官さまに見せて。たぶん、君の要望は大抵叶えてくれるよ。君の弟も妹も、きっと安全な場所に避難させてくれる」


 合格してなかったら返しに来てね。ここのお墓に置いておくだけで良いから。

 そう言ってから、男は手を振った。


「じゃあ、また会えることを願ってるよ。ルチアノ」


 よく分からないが、便宜を図ってくれたのは確かだ。ルチアノという名の少年は頭を下げた。そうして、顔を上げるほんの僅かな隙に、男の姿は完全に消えていた。

 走り去った気配もない。去っていく後ろ姿もどこにもない。夢だったかとも思うが、手の内のコインが疑念を否定する。


「……あれ? あの人に、名前とか名乗ったっけ」


 弟と妹のことも知っている口振りだった。知らないうちに喋っていたのだろうか。それか、彼が試験監督の権限で資料を見ていたのかもしれない。

 そもそも、ルチアノなんてありふれた名前だ。百年前に死んだ偉大な王にあやかって、「ルチアノ」と名付ける親は世界中にいる。当てずっぽうをしても、当たる確率は高いだろう。


「変なの……」


 風が吹く。木々が揺れる。草木が揺れる。

 古い時代は終わり、新しい時代が始まろうとしている。

 いずれ新時代を担うことになる少年は――星と月明かりに照らされたまま、しばらくの間、その場に立ち尽くしていたのだった。

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