227.化け物退治と今後のこと
『あのー、オレたち、こんなの捕まえたんですけど』
〝怪物退治〟本番。
例のごとく、テオドアたちは王城の貴賓室に詰め、映像の向こうの『境界の森』組から映像を送ってもらっていた。
レネーヴは、『楽園』から戻ってすぐ、「『光の女神』は『楽園』に残るらしい」と教えてくれた。『秩序の女神』の見張りと、消耗した女精霊たちの看病を、ルクサリネが一手に引き受けるつもりらしかった。
だから、映像を鑑賞しているのは、テオドアとレネーヴ、ペレミアナだけである。
向こうにいるのは、『戦と正義の女神』ティアディケとリュカ、そして、本調子ではないが伝令係ぐらいはできると言って付いて行ったセラである。
『最高神』が消滅したと聞いたはずだが、彼らは特になんの感慨も見せていなかった。消滅するべきものが消滅しただけ、という雰囲気だ。
これが長きを生きるということなのだろう。己の恋人や愛する家族であったならまだしも、世界に害悪しかもたらさない存在が消えても、どう思うことはない。
しかも、地界の人間たちに思うところもないから、「世界に仇為す者を退治してやったぞ!」という感慨もない。
……それは、永遠に等しい寿命のせいだろうか。それとも、『神』という種族がそうさせるのだろうか。
テオドアは、映像を目に映しながら、頭の片隅で考えていた。
リュカが映像端から消え、ややあって何か重いものを引きずってくるような音が聞こえてくる。
『知恵と魔法の女神』が魔法を改良したため、映像がリュカの視界に依存しなくなった。ゆえに、彼が何を見ているのかが見えなくなったのだ。
ようやく現れたリュカが抱えていたのは、気絶した成年の男である。ものの見事に伸び切っていた。
テオドアとペレミアナは、その男の衣装に見覚えがあった。
『なんか、こういうのが何人か怪物の周囲をうろちょろしてたんで、普通にとっ捕まえたんですけど。コイツらってアレ、帝国騎士団の人間ですよね』
「うん。鎧はないけど、着ている服が帝国騎士団に似ているよ――剣も下げてるし」
『了解っす。じゃ、利用させてもらいましょう。ノクスハヴン帝国、たぶん異変は察してると思うんすけど、状況が掴めなくてあたふたしてると思うんで』
コイツら捕まえておいて、あとで伝令として使っときます。皇帝ビビらせたら勝ちみたいなとこありますから。
リュカはそう言って、意識のない騎士の体を軽々と放り捨てた。まったく目覚める気配がないため、何か魔術や魔法を施してあるのかもしれない。
『じゃ、留守番と見張りを頼みますよ、セラさん。誰か一人でも起きたらまた気絶させて良いんで』
『わかった。なぐるか蹴るかで落とす』
『怪物は吾らに任せろ、直ぐ終わらせる。倒せぬ迄も、向こう数千年は地上に出て来られぬよう計らおう』
そうして、『戦と正義の女神』の言う通りになった。
怪物から充分に距離を取った場所にセラと捕虜を置き、二人は怪物を捕らえている山の頂上まで一気に駆け上がった。背後から討つ作戦か――と思いきや、怪物の頭が見えた時点で、リュカが飛び出した。
わざとらしく怪物の頭を踏み、軽やかに何度か飛び跳ねたあと、おちょくるように怪物の目の前に降り立つ。
激怒したのか、それとも暴れるきっかけになっただけか。長い腕を振り回し、怪物が咆哮する。既に木が根こそぎ倒された地面に伏し、目の前の小虫を潰そうと躍起になっていた。
その背後を、大槍を持ったティアディケが捉える。
怪物が大きく地面を殴りつけた瞬間の、わずかな隙を縫って、彼女は大きく飛翔した。冷徹な表情のまま、片手で軽々と大槍を掲げる。
槍が自ら光り輝き、魔法陣を描く。その複雑な紋様はティアディケの肉体にまで伸びて刻まれ、神気が流れていく様が光の動きで可視化される。
――狙うは脳天。落下の速度に身を任せ、怪物の頭のど真ん中を、ティアディケの大槍が打ち抜いた。
リュカが〝歪み〟と称した怪物は、魔物とも違う生命体なのだろう。頭を潰されればいくらか鈍くなると思いきや、暴走が落ち着く気配がまったくない。
山が削れる。地面が抉れる。
怪物は、長い毛に覆われた身体を精一杯仰け反らせ、腹に開いた口を露わにした。地面にいるリュカを喰おうとしているのだろう。
だが、それよりも先に、リュカが短剣を取り出した。刃は赤黒く、不気味に太陽を照り返している。
彼は再び飛び上がり――怪物の大きく見開かれた一つ目に、短剣を突き刺した。
絶叫が響く。衝撃波として『境界の森』全体を揺らす。
リュカはものすごい力で、怪物を山のほうへ押し込み始めた。もともと、怪物はあの山に封じられていたのだ。ティアディケが槍の柄を持って何かの魔法を発動すると、怪物の力があからさまに弱々しくなり、ぐいぐい後退していった。
そして、山の中に巨体を押し込め切り、二人は速やかに〝山を閉じた〟。開いていた穴が盛り上がるように埋まっていく。草木は復活しなかったものの、山は、ほとんど元通りの形を取り戻した。
時間にして、ほんの十分ほど。しかし、永久にも感じられるほど手に汗握り、刹那に思えるほど鮮やかな封印劇だった。
これが、『戦』を司る神と、最初期から生きる神の実力なのか。
映像を眺めるだけだったテオドアや女神たちは、あまりの素早さと鮮やかさに、思わず顔を見合わせた。
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派手に動けるようになったらこんなもんっすよ、とは、帰還したリュカの言葉である。
リュカとティアディケはそれぞれ数人の帝国騎士を抱え、セラは帯同していたペガサスに二人くらい騎士を括り付けて、ヴェルタ王国の王城にやって来た。捕虜を地下牢に放り込んでから、テオドアたちのいる広い貴賓室に現れる。
未だ家臣や使用人のほとんどが眠りにつく城内で、テオドアたちはようやっと腰を据えて話し合うことができた。
「急いで考えなくてはいけないのは、ヴェルタをどうやって動かすか……ですよね。だって、国王を殺してしまいましたし……でも、今すぐ国王の死を発表すると、それはそれで混乱が大きくなると思います」
まず口火を切ったのはペレミアナだ。彼女は、隣に座るテオドアに気遣うような視線を向けたあと、大きなテーブルを囲む面々を順繰りに見た。
レネーヴが頷く。「怪物が封じられたことで、冥界の扉が開かれたのだから、魂の回収は問題ないと思うけれど」と前置きし、困ったように頬に手を当てた。
「地界は、私たちの……天界の騒動を未だに知らないわ。急に状況が変わって、天の神も大勢死んだと知れ渡れば、恐慌状態に陥るでしょうね」
「ああやって怪物がしゃしゃり出て来られたのも、天界が壊滅してたからっすね。普通、世界の基盤がしっかりしてたら、封印解いてもあそこまで大暴れできないすよ」
喉が渇いていたのか、お茶をガバガバ飲み干しながら、リュカが付け加える。カップを置いて口を拭くと、「王城はしばらく精神支配でなんとかするとして」と続ける。
「やっぱ、天界を復活させるのが急務になりますね。上がぐだぐだだと、地界の復興まで手が回らないんで。『最高神』を早く決めとかないと」
「……ええと、少し良いかな?」
テオドアは申し訳ない気持ちで手を上げた。
「『最高神』を誰か一人に決めると、その瞬間に天界が復興するの? ちょっとごめん、そこの因果関係がいまいち分からなくて……僕が〝依代〟をするんじゃダメなのかな?」
「ああ〜……坊ちゃんがそう思うのも無理ないっすね。地界ではなんとなーくしか教えられてないでしょうし、人間だから実感もないと思いますし」
リュカは複雑そうな顔で頭を掻き、暫し考え込んだ。周囲の女神や半神も、口を挟まずに成り行きを見守っている。
ややあって、リュカは口を開いた。
「坊ちゃんを細切れにしたくないから〝依代〟にしない、っていうのももちろんありますけど……そもそも〝依代〟制度は、天界がほぼ健全に運営されてる前提で機能するものなんですよ」




