196.なんでもできる切り札
リュカが無許可で『楽園』へ入ってきたことは、その後、大慌てでやって来たペレミアナとレネーヴの姿から見ても明らかだった。
当然のように警戒されるわけだが、リュカは持ち前の巧みな話術で上手く女神たちを言いくるめ、自分が話し合いの席に参加するところまで持って行った。
警戒をすべて解いたわけではない。そこが彼の上手いところだ。あくまでも自分は「用心されるべき新参者」という立場で、女神たちに値踏みされることを選んだのである。
リュカは、応接間の窓際に立ち、殺気立つ女神たちを宥めるように両手を上げた。
「まあ一旦、オレの話も聞いてください。オレは坊ちゃんに恩がありますから、皆さんに不利益がある形にはしません」
「無理やり押し入って来て、どの口が……」
と、レネーヴが非難の声を上げる。だが、リュカは笑って言った。
「だって、こうでもしないと『テオドア坊ちゃんの身体』を運び込めなかったですし。この世界、敵でも味方でも関係なく拒絶するんすよ。まさか、現世の宿屋に死体っぽいの運び込むわけにもいかないっすよね?」
「そうだとしても、連絡ぐらいは……」
「これがいちばん手っ取り早かったんで。許してください」
時間も限られてることですし、というリュカの言葉に、レネーヴはぐっと押し黙った。
リュカは、自分の無礼の言い訳をしつつ、反論ができないように上手く正論らしいことを織り交ぜて喋っていた。他にやりようがあったはずだが、まるで「突然押しかけるしか方法がなかった」とでも言いたげである。
彼がなにを〝司っている〟か、明確には知らないが……詐欺や恐喝でないことを祈るしかない。
「本題行きます。皆さんが『光の女神』の奪還を最優先にしてるのは知ってます。その上で、可能なら『最高神』と真っ向から戦っていくつもりだってことも」
三女神とテオドアの顔を順繰りに見て、何も反論がないことを確認してから、リュカは話を続ける。
「オレはそれに協力したいんですが――可能なら、別の問題を任せてもらえないかなって思います」
「別の問題?」
ティアディケが壁に寄りかかり、眉をひそめて問う。そばには愛用の槍が立て掛けてあり、何か不審な動きがあればすぐにでも突き殺せるという雰囲気だ。
少年姿のリュカは、彼女の圧にも臆さず頷いた。
「そうです。『光の女神』の他にも、いろいろ問題があるんすよね。冥界が全体的に封じられてるとか、『境界の森』に変な化け物がいるとか、聖ロムエラの最高責任者を引き摺り下ろすとか……」
「あ、そう言えば、君はどうやって冥界から上がって来たの?」
「あーまあ、気合いでなんとか。そういう妨害とかをすり抜けられる性質に生まれたもんで」
だから、現世とほぼ切り離されているはずの『楽園』にも、容易に入り込めたのか。
前からリュカの挙動を知っている身としては、「なるほど」としか思わなかったのだが。三女神は彼とはほぼ初対面のため、「どんな存在なのか」とますます警戒を強めている。
――流れで話し合いを始めてしまったが、やはり、きちんとご説明をしなければ。
そういうわけで、テオドアはリュカに断り、彼について知る限りのことを話した。もちろん、明らかに人外なのに人間だと言い張っていた事実も含めて。
三女神の警戒は困惑に変わり、各々、思案げな顔になっていた。
話を中断されたリュカは、あれほど人外疑惑を否定していたというのに――テオドアの話を「ま、そういうことっす」とあっけらかんと肯定した。
「なんて言うか、こういうこと言うのもどうかって思いますけど。オレ、割と長く生きてるから、こういう状況も初めてじゃないです。さすがに、〝世界を一から作り直す!〟って馬鹿は初めて見ましたけどね」
堂々と『最高神』一行を貶し、彼は頭の後ろで手を組んだ。「最初期に生まれた組なんで、『不和の女神』とかと同期っすね」と付け加えながら。
ずっと黙って長椅子に腰掛け、深く考え込んでいたペレミアナが、ふと、思い当たる節があったのか顔を上げる。
「……『魂の女神』から聞いたことがあります。『大戦』の時、どこでもどんなところへも自由に行き来できる神がいたって。戦争の末期に戦闘に巻き込まれて消滅してしまったと……でも、まさか、あなたが?」
「あ、そうっす。懐かしいですねー。いやオレからしたら、『魂』が子持ちになったことのほうが驚きですよ」
リュカは笑みを絶やさず、手を組んだまま窓に顔を向けた。
「まあ、そんな感じのオレなんで、坊ちゃんが『境界の森』で見たっていう怪物のこととか、よーく知ってます。なんなら、二千年くらい前にオレと仲間が頑張って封印したヤツです」
彼の言う「怪物」とは、瀕死のペレミアナを保護したとき、テオドアが『境界の森』で見た巨人のことだろう。
山から這い出て来たとしか思えないおぞましい化け物に、単身で立ち向かえるとも思えずにその場を辞したのだが……仲間がいたとは言え、まさかリュカがあれを封じた本人だとは。
山の中に封じていたものが、『秩序の女神』か誰かにわざと目覚めさせられたのだろう。と、リュカは真剣に分析しながら腕を下ろした。
「あれは、創世のときに生まれた歪み……えーと、なんて言うんですかね。急激に各地でおびただしい数の生命が生まれた反動で、増え過ぎた生命を殺すもの……呪いをばら撒く存在として生まれてしまったヤツなんです」
「じゃあ、それが目覚めて暴れているから、冥界の人々は地上に上がって来れないってこと……?」
「坊ちゃんの言う通りです。で、アイツに人格も理性もありません。あの山から動けもしないでしょうし。食欲だけは旺盛で、家畜とか人とかも食いますけど、それ以外でも好き嫌いなく食います。近寄らなければ、食い殺される心配はありません」
厄介なのは、彼の「呪い」は波及するものであるということ。
出現当初は近付かなければ害のない存在だが、時間が進むに従ってじわじわと「呪い」が広がり、ついには大陸全体を覆い尽くしてしまう。
「呪い」の効果は多岐に渡るため、人々はそれが怪物のせいだとは気付かず、単なる不幸や体調不良として片付けてしまいがちなのもタチが悪かった。
「にしても、冥界のどこからも誰も出られないってなるのが、早過ぎる気はしますね。たぶん、呪いの効果増幅の魔術か魔法を使ってると思いますが……」
「……つまり、その怪物を、私たちが『最高神』に拘っている間に自分が始末すると……そう言いたいのね?」
レネーヴが、ゆっくりとした口調で事実を確認する。
そうです、とリュカは再び頷き、視線をこちらに戻した。
「悪い案ではないはずです。こっちの陣営、やっぱり人手不足だと思うんで。オレのことは信用できないまでも、〝死んでも特に悲しくない存在〟として、変な怪物にぶつけるのは悪くない案でしょう」
ま、死ぬつもりなんかこれっぽっちもありませんけどね。他にもやることいっぱいあるんで。オレ、協力するとしたらとことん頑張る性質なんです。
口の端を吊り上げて笑う彼に、三女神は互いに顔を見合わせた。自分を捨て駒として扱う態度が、あまり彼女たちの価値観の中にはないものだったからだろう。
やがて、ペレミアナが意を決して問い掛けた。
「あ、あなたの主張は……分かりました。おそらく、嘘はついていないと思います。しかし、見返りもなく私たちに協力してくれるなんて、あるのでしょうか?」
リュカは虚空を見上げ、数分ほど何事かを考えていた。
やがて、「はい」と断言して、ペレミアナを見返した。無邪気そうな少年に似つかわしくない、老練な雰囲気だった。
「オレの自己満足なんで、お三方と坊ちゃんに何か要求することは、まー天地がひっくり返っても無いです。でも、強いて言うなら……そうっすね……」
ひと呼吸置いて、続ける。
「せっかくオレが運んできた『テオドア坊ちゃん』の身体ですけど。坊ちゃんの魂を移すのは、『光の女神』を奪還した後、ってことにしてくれませんかね?」




