131 エルセの創世
サブタイトルどおり、真面目な話です。
新オネエキャラが誕生。
ユーシスさんのギューからなかなか解放されない私たちは、ここがどこか分からずにキョロキョロしていると、ガルとその背中に乗った仔犬化したお父さんが、ドアを器用に開けてやって来た。
『目覚めたな。本当にそなたらは、我ら魔獣にも予想できぬことをしでかす』
「無実です」「あんたにだけは言われたくない」
なんかお父さん、私たちが諸悪の根源みたいな言い方するの。
私と王子は、二人で反発した。
ガル君がユーシスさんの服の裾を引っ張って、ユーシスさんがようやく私たちを解放してくれたけど、その目元が赤いことを王子が見つけて、「顔を洗ってこい」と命令した。ユーシスさんも分かっているのか、少し困ったような顔で笑って、一礼してから部屋を出る。
それを見送ったお父さんがいろいろと教えてくれた。
『あの〝黒真珠〟とやらが砕けて、その瘴気らしき気配がお前たちを包んでな、お前たちは半日ほど寝ていた。リウィアの〝解毒〟でも、アリサの〝白き裁き〟でも祓えなかったが、メイが浸食する類の瘴気ではないと言うので、ここに連れてきたのだ』
瘴気にも、漂うだけで生き物を乗っ取ったりしないのもあるんだ。
昨日は、午後遅くに倒れたので、今は朝のようだ。夏でも少し空気はひんやりしている。
どうやらここは、三百年前に夕奈さんとテオドールさんが隠れ住んでいた、リヴァイアサンさんの住処に建てられた小屋のようだった。小屋って言っても、ベースキャンプの大きいログハウスくらいあるけどね。
見たところここは二階で、窓からは、王子が焼き払って氷が溶けた、綺麗な淡いアクアマリン色の遠浅の海が見える。静かで穏やかな景色だ。
セリカでレジェンドたちがここを見繕ってからの短時間で、このお家を用意したリュウキ将軍の気合がうかがい知れる。よっぽど夕奈さんが大切だったんだね。
ちょっとキュンとしていると、盛大に王子のお腹が鳴った。半日食べてないものね。照れたように王子がそっぽを向くと、今度は私のお腹も鳴った。
王子はいいけど、乙女の私としては、好きな人の前で食いしん坊な感じはメンタルにダメージが……。
でも、思わず顔を見合わせちゃったら、何となくおかしくて、お互いに笑ってしまった。
『では、朝食でも食べに行くか。みんなそなたらを待っている』
お父さんが先導するように振り返って言う。私と王子は、簡単に身繕いしてから、外に用意されているという朝食を食べに外に出た。
そこには、私たちが倒れた後に合流した白虎さんたち、それにちょっとぐったりしているけどシロさんもいた。
シロさんは、まったりと温泉に浸かった後にリヴァイアサンさんの所に行って、瘴気に侵されたリヴァイアサンさんを止めようと奮闘していたけど、相討ちになって氷漬けになってしまったとのこと。その相手であるリヴァイアサンさんは、まだ目を覚まさなさそうだ。
そのレジェンドたちも含めたみんなに、私と王子は歓迎されて、お誕生日席みたいな感じで、大きなテーブルの目立つ所へ座らされた。
食事は黒の森から運んだようで、ミートボール入りの温かいクリームスープに、サーモンとオートミールの二種類のピーラッカ(パイ)と、ベリー類と穀類のグラノーラみたいなのがトッピングされたヨーグルトだった。
これ、リヨウさんが作ったヨーグルトみたい。
私も王子も寝起きなのに、全然食欲は落ちてなくて、お腹いっぱい食べたよ。
そして、いつもの食後のまったりタイムで、レアリスさんの美味しいコーヒーを飲みながら、私たちは自分たちが見たものをみんなに伝えた。
それは断片的で説明が難しかったけど、私と王子が見たものをつなぎ合わせて、ゆっくりと確認しながら説明した。
元々、この世界を作ったのは、地球で『神様』と呼ばれる存在だった。
私たち人間が繁栄する前、世界には様々な力を持った存在が数多くいて、ある程度の住み分けができていたようだ。そして、世界には「エーテル」と呼ばれる不可知のエネルギーがあり、名前のない「力を持った存在」がそのエーテルを糧に存在していたと思われる。
概念的なものを私が感じて繋ぎ合わせると、そういうもの、としか説明ができないけど。
それが、徐々に人間が繁栄することによって、その力の一つ一つに名前が付いて、そのバランスが揺らぐことになった。他者からの認識が力になるというイメージに似ていた。
人間が、ありとあらゆる事象に名前を付け、その存在自体の力がより力を増していき、とうとう地球に存在するエーテルだけでは存在が保てなくなった。その名前を得たのが、「神様」であったり「魔獣」であったり「奇跡」や「怪異」であったりした。
これに危機感を持ったその存在たちは、破滅の前に逃げ場を作ることにした。そうして、最も力のある存在たちが、近い異界に地球に似た、けど非なる『エルセ』を作った。
エーテルを満たせない代わりにそこには魔力が満ち、容量は地球を遥かに超えて、様々な存在を受け入れることができたけど、それに伴い、地球とは違う生態系や自然現象が構築された。ただ地球と同じように、自分たちの存在を認知する高等な思考力を持つ生物は必要で、やはり『エルセ』にも人間が作られた。
問題は、その世界に誰が行くか。
ここで、力ある存在同士の争いが起きた。自分たちの存在を最も強く現わせるのが地球であり、物好きでもない限り、『エルセ』ではなく地球に留まりたいのが当然だったから。
そして、その争いに敗れた存在たちが『エルセ』へ移された。
その結果地球に残ったのが、信仰として現代にも残っている「神様」たちで、「伝承」や「伝説」、「神話」と呼ばれる物語に近い記録に存在するものが『エルセ』へ引き継がれた。
地球から排除された「幻想」。
それがエルセを構成する魔獣たち。
ただ、地球に似せて作ったエルセは不安定で、エルセへ渡った魔獣たちが再び地球へ逆流する恐れがあった。その環境を安定させるためには、管理する何かの存在が必要だった。
それが、この世界に存在する二柱の神様の存在だった。
地球に存在した時の名前は消され、一柱は西方を治める女神と呼ばれ、一柱は東方を治める古龍と呼ばれた。
「ハルが、白虎の武器を作った時、鑑定で『創造神』について分かったことがあっただろう。あれは、地球の神々が作った『概念』を創造神と見立てたようだから、女神と古龍はその『概念』を実行する、神々の代理人として存在するんじゃないか」
私の説明に王子が補足していく。
「そして、白虎やシロは、更にその二柱の神の代理人なんだろう」
そう言って、白虎さんとシロさんを見やると、肯定も否定もしないでこっちを見ていた。でも、その薄青と金色の目が細まったので、どうやら間違ってはないよう。
「前にハルが、魔獣たちの血の型を見た時があったが、シロは〝原種型〟、フェンリルやレッドは〝始祖型〟と出てた。多分これは、地球から直接来た魔獣たちが〝原種〟で、代が替わった魔獣が〝始祖〟なんじゃないか?」
王子が言うには、シロさんや白虎さんはオリジナルで原種、名前を継いだようなお父さんやレッドさんやニズさんは原種の力の最も濃い個体だから始祖、ナイトウルフみたいに種族から発生した魔獣は違う分類になるのでは、と。
なるほど! あのなんちゃって血液占いからそんなことを考えつくなんて、王子賢いんだね。
「俺たちが見た記憶はここまでだったが、これまで疑問だったことが大まかに分かった」
私が見たのもほぼ一緒だ。でも、王子は更にその先を見ていた。
「最大の疑問は、同じ成り立ちの二柱の神が、西方の無名の女神信仰はそのままだが、何故か東方は龍神信仰が薄れたものになっているということだ」
確かに、レンダールには女神様を祀った神殿がそこかしこにあるけど、セリカでは霊廟や白虎さんたち四獣を祀る院のようなものが主流で、こちらの神殿の神職のように権力を持った組織がない。
セリカの皇帝陛下やファルハドさんの瞳が神様の加護を示すように、この世界の神様は人間と距離が近い存在だし、東方の人たちの信心が薄いわけでもないから、それを国柄という言葉で片づけるのは少し違う気がする。
「……龍神が、存在しなくなったから、か」
イリアス殿下が王子の問題提起を拾う。それに王子が頷いた。
「俺の憶測だが、アヤトの姉弟の初代聖女が見た、楔に捕らわれた龍。あれが東方の名もなき古龍なんじゃないか」
「だから、古龍が封印された〝果ての迷宮〟は、眷属である四獣が守っているのか」
王子の解釈にイリアス殿下が付け足す。
「多分、この世界を安定させるために来た二柱の一つが繋がれているのは、エルセを封印するための媒介になったんじゃないか? ハルが瘴気を鑑定した時にあっただろう。瘴気とは、封印された古龍が発する穢毒だと。俺は、その封印が原因だと考えている」
そう言って、王子がレジェンドたちをグルッと見回す。すると、白虎さんとシロさんが大きなため息を吐き、お父さんが楽し気に笑った。
『よもや、これほどあっさりと『沈黙の神話』を明かされるとはな』
白虎さんがぽつりと言う。
『沈黙の神話』って、なんか聞いたことがある。
……あ、セリカで白陵王さんと対峙したとき、白陵王さんが言っていた。「触れてはいけない領域」と皇帝陛下が言って、白陵王さんがそれを肯定する時に使った気がするけど、あれは白虎さんたちに手出しすることは、この世界の根幹を揺るがすから、という意味だったんだ。
『そうだ。只人が触れればこの世界自体の破滅を招きかねないことを『沈黙の神話』と言って、我ら四獣に触れるなとセリカの皇族には代々引き継がれていた』
白虎さんが言うと、綾人君が「あ」と言って白虎さんに尋ねた。
「だから、〝羂索〟とか〝グレイプニル〟とか、魔獣を従える武具は、来るべき時まで封印しろって言ってたのか。あと〝カンタレラ〟も〝ソロモンの指輪〟も〝グリモワール〟も、使えるようになれば魔獣を抑える作用があったから」
魔獣を従える、抑える作用というのは、大きな括りで魔獣とも言える古龍を止めるのに有効かもしれない綾人君の武具でも、人が魔獣を操ることで、この世界のセーフティ機能であるレジェンドたちを損ねる危険があるということ。
その封印を破ってしまった白陵王さんやセウェルス侯爵、大司教の罪責はとても重いものだと今更ながらに思う。
止められて本当に良かった。
「あれ? でも、あの魔道具って、お父さんが壊しちゃったんだ。それなら、神様だったら使っても効果がなかったんじゃない?」
私がお父さんを見て疑問を挟むと、お父さんが清々しいほどの自信で言い切った。
『ハル。何故、神が私より上位の存在だと? 私が〝神殺し〟と呼ばれる所以は、神ですらこの力で砕くことができるからだ』
「いや、神様って普通、上位の存在でしょ」
ドヤ顔のお父さんって、頼もしいのかはた迷惑なのか、たまに迷う。
でも、神様が脅威かもしれない今は、なんだかとっても頼もしい。
つけあがるから、お父さん本人には言わないけどね。
私の言葉に、むぅと不満そうにむくれるお父さんのほっぺを突く。するとお父さんは、ちょっとツンとしようとしたけど、結局なでなでに屈して、私のお腹に頭をグリグリした。
そんな私とお父さんをちょっと冷めた目で見ていた王子が、「おかしいのはフェンリルだけじゃないんだけどな」と言って、私に諭すように言った。
「ついでに言うとな、ハル。お前のスキル、魔力も体力も生命力も消費してないのにバカスカ使えているの、多分それ、エーテルだ」
「え!? だってエーテルって、地球にしかないんでしょ?」
「こちらでも、エーテルを使える存在がいるだろ」
「………………」
「現実逃避はやめろ」
私は聞こえないフリして、お父さんをわしゃわしゃしてみる。それを王子は無情にも無視して、死刑宣告をする。
「お前のスキル、絶対女神が干渉してるぞ」
「わぁぁぁぁ! 聞こえなぁい!!」
王子の言葉に被せて絶叫するけど、全然NO防御で丸聞こえだった。
『『『『まあ、そうだと思ってた』』』』
レジェンドたちも声を揃えて言う。
なんか、たまにすっごい会話に参加してくるし、お父さんに貶されて「アホ」とか悪口言うし、鑑定とか女子っぽいなぁと感じてたし、薄々変だなぁとは思ってたけど、相手が女神様なんて知りたくなかった!
私は「平凡」という言葉を愛する小市民なの!
わぁぁん、と寝そべっているお父さんのお腹のモフモフに突っ伏して嘆く私に、お父さんは私の頭を鼻先で優しくもしゃもしゃしながら、甘いイケボで囁いた。
『泣くな。言ったであろう。そなたは、神々すら想定していなかった変則的な存在だと』
「全然慰めてない!」
私がお父さんに猛烈に抗議すると、お父さんが楽しそうに笑う。他人事だと思って!
ぎゃんぎゃんと言い争って(私だけが怒ってるんだけど)いると、それまで気を失っていたリヴァイアサンさんの方から『うぅん』という唸り声が聞こえた。
『ようやく目覚めたか』
シロさんがため息と一緒に呟いて、その前足の爪でコツンとリヴァイアサンさんの頭を小突いた。あ、怪我人なのに。
『んあ? ヤだ! アタシなんでこんなトコで寝てるの!?』
「「「「「「……ん……?」」」」」」
人間組が、一斉に自分の耳を疑った。綾人君とセシルさんを除いて。
野太い男性のイケボに、オネエさまの言葉使い。
『もう、やぁだ! グウィバー、いるなら優しく、お、こ、し、て♡』
ヒレみたいなしっぽで、びったんびったんとシロさんを叩きながら、ウインクしている。対するシロさんは無の表情だ。
……え?
『アラ。なぁになぁに? こんなに可愛い人間がいっぱいいる。いらっしゃぁい』
「「「「「「……お邪魔します……?」」」」」」
さっきはあれほど鋭い洞察力を見せた王子でさえ、理解が追い付いてないようだった。
『ヤだヤだ。ちょっと、そこにいるの、もしかしてアヤト?』
「ああ、ひさしぶり。ヒレをもらって以来だな」
『もう、ずっと会いたかったんだからぁ。相変わらず可愛いわぁ。食べちゃいたい♡』
「あんたが言うと、なんかいろんな意味で怖いな。あははは」
妙な鼻息のリヴァイアサンさんもアレだけど、普通に受け答えできてる綾人君が凄い。
『そういえば、なんか生まれ変わったみたいにスッキリしてるんだけど、どゆこと?』
コテンと首を傾げるリヴァイアサンさんにつられて、思わずみんな同じ方向に首を傾けてしまった。
そんなリヴァイアサンさんに、白虎さんが丁寧に状況を説明してくれた。ありがとうございます、白虎さん。ホント助かります。
『どんだけぇ~! おったまげぇ~!』
全部聞き終えたリヴァイアサンさんが叫ぶ。これ、全部夕奈さん仕込みだね。
『ごめんねぇ、そしてありがとねぇ、ハルちゃん。……あ、こっち?』
泣きながら詫びを入れるリヴァイアサンさんだけど、最初ユーシスさんにスリスリしようとして、白虎さんに肉球スタンプされて、『いい男見ると、つい(てへ☆)』と言って私に向き直った。
男性陣は全員ドン引きして、一歩下がっていた。
『ほんと、ありがとう』
そう言って、私のほっぺにそっと上顎をくっつけてくれた。見た目のアクアマリンは冷たそうだったけど、その鱗はほんのり温かかった。
「もうどこも辛くないですか?リヴァイアサンさん」
『ヤだ。そんな堅苦しい変な呼び方しないで。ユウナは私のこと『サンちゃん』って呼んでたから、みんなもそう呼んでね♡』
「「「「「「……そうですね……」」」」」」
今日は本当に、みんなの息がぴったり合う。
とりあえず、リヴァイアサンさんがいい人 (?)で良かった (?)。
その後、私たちは「サンちゃん」呼びに慣れるまで、何度も矯正された。
時々、リヴァイアサンさん……サンちゃんから、レッドさんより太い声が出るので、恐くてみんな従っていたけど、何故かユーシスさんとファルハドさんには甘々な態度で『サンって呼び捨てて!むしろ蔑んで!』と懇願していた。
どうやら、朱雀さんと同じ男性の好みをお持ちらしい。でも特殊な癖もお持ちのようだ。
こうして、目的の一つだったリヴァイアサンさん……サンちゃんとの出会いを果たし、私たちは一度、ここで落ち着くことにした。
ここから先は、少しの踏み外しでも、どう転がるか誰にも分からないから、焦って先を急がないように腰を据えて事に当たらなければならなかった。
とりあえずはみんなで、焼肉パーティをして英気を養う。
王子のお誕生日前から連日のパーティで、ちょっとお尻がキツくなってきたような気がしなくもないような感じなので、私は主に野菜を食べていたけどね。
いろんな課題は山積みだけど、一つの答えが出たことが大きな前進だった。
きっと大丈夫。
そんな思いを強くしたけど、みんなもそう思っていると確信した。
ご飯も食べ終わって、お手洗いに行こうと席を立って一人になった時だった。
ピロリーンとスキルの通知音が鳴った。
さっき王子が言った『女神様の干渉』が気になったけど、これまで重要な情報がもたらされたのも確かで、私は恐る恐る通知を開いた。
〝魔物化したレジェンド二体を回帰しました。〝回帰〟のエキストラスキル〝自己犠牲〟を取得できます。取得しますか? YES/NO〟
私の手が一瞬止まった。文字からは、まったくいい印象を持てなかった。
でも、意を決して〝自己犠牲〟の文字を押す。
〝スキル自己犠牲:〝禁忌〟で亜空間収納に入り、自分の全てを犠牲にし、一つだけ願いを叶えることができる〟
私はギュッと手を握った。
スキルは、わざと私が一人になったタイミングでこれを提示した。
私は、迷わずYESを押した。
「リヴァイアサンさん」を短縮するにあたり、「あっさん」と「サンちゃん」で悩みました。
前半部分は、どうしても「兵長!」と呼びたくなるので封印しました。
そして、雌雄一体の伝承もあると発見し、ついオネエになってしまいました。
イメージは、eテレの花が開いたサボテンの人です。
ふっ、またつまらぬものを書いてしまった。




