130 ただいま
〝リヴァイアサンさん〟を連発します。
「しつこいわ!」となるかと思いますが、主人公の仕様ですので優しく見守ってください。
あと、例の呪文が、今話でとうとう陽の目を見ます。
砂浜を抉って私たちを襲ったのは、リヴァイアサンさんを覆っていた氷の粒だったようだ。
ただの氷の粒でこの攻撃力って凄い。でもそれを完璧に防いだ、イリアス殿下とファルハドさんも凄い。
イリアス殿下は白虎さんの攻撃を防いだ実績があるけど、ファルハドさんの盾『スヴェル』は魔力量によって強度が変わるから、レジェンドに通用するってやっぱり凄い。
リヴァイアサンさんの宝石を薄く削いだような綺麗なヒレのある長い首をもたげた姿は、鋭い牙が並んだ口からわずかに黒い霧状の瘴気が漏れているのが見えたけど、前に見た〝無慈悲〟の飛竜や、死霊化したファフニールのような禍々しさがそれほど濃くは見えなかった。左目は黒く濁っているけど、右目は金色の綺麗な目をしている。
『まだ、完全には汚染されておらぬようだ』
「そうっぽいな」
王子とお父さんがリヴァイアサンさんを見ながら話している。あの瘴気さえ取り除けば、まだリヴァイアサンさんは助けられるっていうことだね。
「アリサ、〝白き裁き〟をリヴァイアサンに。できるか?」
「やるわよ。でも、範囲は絞れるけど、加減はできないわよ」
有紗ちゃんが王子の指示に、正確に応えた。リヴァイアサンさんを中心に、半径二十メートルくらいの光の円柱が立った。でも、それと同時にその更に内側に大きな氷壁ができるのが見える。
シロさんも氷漬けにしたリヴァイアサンさんの瘴気を取り込んだ氷の力は、有紗ちゃんの浄化最強スキルも防いでしまった。
「やっかいだな。瘴気と防御の両方を同時に無効化しないと駄目か」
「でも、私の〝聖なる炎〟じゃ火力が足りないわ」
有紗ちゃんの攻撃力も備えたスキルは〝聖なる炎〟だけ。多分「無慈悲」くらいなら浄化できるみたいだけど、リヴァイアサンさんクラスの魔獣だと〝白き裁き〟じゃないと通じないっぽい。でも、氷と瘴気を同時に消滅させられないと駄目なようだ。
試したけど、いくら火力があっても、ガルの炎だけでも駄目だった。
確か、前に私のスキルで見た瘴気を祓える方法は、聖属性か異世界の魔術かスキル、お父さんの〝破壊〟が有効なんだった。私がお父さんを見ると、ちょっと得意げに言った。
『私の〝破壊〟だと、リヴァイアサンごと砕くな』
「……却下だ」
ですよね。リヴァイアサンさんから目を離さずに、イリアス殿下が却下する。
お父さんにリヴァイアサンさんを抑えていてもらって、と思ったけど、レジェンドの体まで蝕む瘴気なら、万が一のことだとしても魔獣のみんなには触れてほしくはない。
「じゃあ、後は俺の〝流星〟か〝劫火〟だな」
「王子、ダメだってば!」
私は思わず王子の腕を掴んだ。
確かにその二つは、瘴気を鑑定した時にも出たけど、夕奈さんが作った魔術なら有効みたいだ。だけど、さっきはせっかく魔術を使うのを防げたのに、これじゃ意味がないよ。
「大丈夫だ、ハル。自分の限界は分かってる」
そう言って私の頭をポンポンと撫でる。
セリカの人たちの手前、王子が黒の森に向かったのは、過労による休養のためと言っていたけど、多少の無理なら大丈夫とでも言う雰囲気にしている。その言葉の裏側を知っているのは、私とレアリスさんと玄武のお二人だけだ。
『ハルよ。忘れたのか? お前には、〝例のアレ〟がある』
私と王子の間に、トコトコとやってきて、メイさんが言った。
例のアレ?
……あ。あった。王子がちょっと悔し気に「調子いい」って言ってたヤツ。
「キノコ大根の〝汁〟!」
「絶対倒れねぇって誓う」
私に被せるように王子が言う。
「いっしょに頑張るって言ったもんね! 任せて!」
「いや、絶対飲まねぇかんな」
「いいこと教えてくださってありがとうございます、メイさん!」
「だから、飲まねぇよ! アレ、汁以外にもなんか浮いてるんだって!」
私はいそいそとそれを亜空間収納から取り出す。
「「「うわ。ホントに何か浮いてる」」」
数人の震える声がして、ファルハドさんとアルジュンさんが蒼白な顔色になった。
大丈夫だよ。とっても体に良いらしいから。
王子がふぅとため息を吐きながら私を見た。
「とにかく、俺の魔術でダメなら、後はお前が頼りだ」
真剣な目で王子が私を見る。私もその雰囲気に飲まれて頷いた。
「分かった。いつでも飲めるように、袋を開けて待ってるね」
「違うわ! 汁から離れろ! お前の〝回帰〟のことだよ!!」
そっちかぁー。
王子が「ふざけんな!」ってキレながら、今度はお父さんに言った。
「フェンリル。俺が〝劫火〟を使ったら、シロをリヴァイアサンから引き離してくれ」
『聖女の魔術は〝流星〟が最強だと聞いていたが、リヴァイアサンの氷に〝劫火〟で通るとでも言うのか?』
「ああ。〝流星〟だと、あんたじゃないが、シロを砕いちまうかもしれねぇからな」
『ほぉ。最上位魔獣を砕くか。面白いことを言う』
どこかお父さんの声は、王子が冗談を言うのを楽しんでいるような感じだ。
周りの人も、王子の言葉が信じられないように目を大きくしている。イリアス殿下とユーシスさんを除いて。その言葉が大げさじゃないって、二人は知っているようだ。
「イリアス。できるだけ威力を絞るが、念のため〝断絶〟を張ってくれ」
「わかった」
そうイリアス殿下に頼むと、王子はリヴァイアサンさんの方を向く。
何かの動きを待つかのように、彫像のようにそびえるリヴァイアサンさんは、王子の動きを感知したのか、それに合わせてまた首をもたげた。
「劫火」
スッと前に手を翳して言った王子の声は、すごく凪いでいた。
でも、次の瞬間に起きたことは、想像を絶していた。
視界全部が炎の海だった。
ゴォォという唸りを上げるほどの炎を生んだその魔術は、空気すら通さないはずのイリアス殿下の〝断絶〟でも、私たちにまで熱を伝えていた。
まさに、終末に世界を焼き尽くす炎のようだった。
あまりのことに、よろける私をレアリスさんがそっと支えてくれる。でも、そのレアリスさんも、その目線はただ目の前の光景を見ていた。
『絞ってこれだと? 最上位魔獣を砕くは、大言ではない、か』
自嘲するようなお父さんの声が聞こえた。
初めて見る王子の攻撃力が凄すぎて、誰も何も言葉を発することができなかった。
「フェンリル」
『おう。分かっておるわ』
炎が収まると、王子がお父さんに呼びかける。それにお父さんが素早く動いた。
まだ、目の前の色彩が赤以外に見えない中、お父さんのキラキラした毛並みが、その赤を切り裂くように駆けて行った。そして、完全に氷の溶けたシロさんの首を咥えると、ほとんど転移のような速さで戻ってくる。
ぐったりはしているけど、その金色の目をこちらにチラリと向けたので、無事なのが分かって、ホッと息を撫でおろした。
それは他の人も一緒で、似たようなため息がいくつも聞こえてきた。
「あの呪文、変えておいて良かった……」
ポツリと有紗ちゃんが言う。
そうだった。もし、夕奈さんの呪文のままだったら、「タイヤキ・アンミツ・オグラマッチャ」で、大惨事だったもんね。
それだけで、私と有紗ちゃんは何か大切なものを守った気持ちになって、二人でサムズアップを贈りあった。
「クソ。やっぱり浅かったか」
王子の悔しそうな声に前を向くと、リヴァイアサンさんがよろめきながらも起き上がり、また瘴気が流れるのが見えた。だけど、すごいダメージですぐには動けなさそう。
「フェンリル頼む。ハル、行くぞ」
『魔獣使いの荒いやつめ』
「わ、えっ!?」
王子が私の肩に手を回すと、お父さんがもう一度リヴァイアサンさんに向かった。
転移で王子が私ごと跳んで、リヴァイアサンさんの目の前に立った。
「ハル、〝回帰〟だ」
「はい!」
王子の声に、驚くほどスムーズに体が動いた。ファフニール戦と一緒だ。ちゃんとできる。
私が目の前にスキルボードを展開すると、それに合わせてお父さんがリヴァイアサンさんを引き倒してくれる。大きくなったスキルボードがリヴァイアサンさんを飲み込んだ。
ピロリーンとスキルが鳴った。
〝瘴気に汚染されたレジェンドを収納しました。スキル『回帰』を使いますか? YES/NO〟
ファフニールの時と違って、リヴァイアサンさんの無事を願ってYESを押す。
〝瘴気に汚染されたリヴァイアサンを回帰しました。瘴気ポイント百五十Pを取得します。リヴァイアサンが浄化されました。取り出しますか? YES/NO〟
お父さんと目が合って頷かれたので、YESを押した。
すると、また同じようにスキルボードが広がって、中からリヴァイアサンさんが出てくる。今度はどこからも黒い瘴気は漏れていなかった。
『無事、戻ったようだな』
ぐったりとして目を瞑るリヴァイアサンさんをお父さんが覗き込むけど、まだ意識は戻らないようで、しばらくそのまま様子を見ることになった。
また、スキルからピロリーンと音がする。
〝瘴気の黒真珠が発生しました。瘴気の黒真珠を取り出しますか? YES/NO〟
前回はファフニールの卵だったけど、今度は瘴気の黒真珠だって。何だろう。
王子と顔を見合わせると、「とりあえず出してみるか」と言われたので、今度は慎重にYESを押して黒真珠を取り出した。
黒真珠と言っても、私の拳より少し小さいくらいの大きさで、意外とずっしりしていた。
クルクルと回してみても、ほぼ真円に見える球体というだけで、傷一つない。
どうしていいか分からなくて、王子にそれを渡そうとした。
私がそれを王子に差し出して、王子がそれに同時に触れた時、目の前が暗転した。
転移に似た眩暈に襲われ、もしかしたら私は悲鳴を上げかもしれない。
眩暈が無くなって目を開けると、そこはただ黒い空間だった。上も下も左右も前後もない、ただ黒という色の世界。
このままここにいたら、おかしくなりそう。
「ハル」
恐怖を感じ始めた時、不意に隣から声が聞こえた。王子の声だ。
「王子! どこ!?」
その姿を求めて腕を伸ばすと、ぐいと力強く掴んで引き寄せられた。
悲鳴を上げる寸前で声を飲み込めたのは、その手が触れた瞬間、黒の世界が透明になって、目の前に王子が現れたから。
泣きたくなって、私は王子に飛びついた。それを王子は受け止めてくれて、頭を撫でてくれる。
いつまでもこうしていたいけど、落ち着いてきた私はそっと王子の胸から顔を上げた。
「ここって、いったい……」
「ああ。感覚はあるが、多分俺たちの実体はここにない。意識体のようなものか」
なんだか王子が難しいこと言っているけど、なんとなくその感覚は分かった。触れた手の感触も王子の匂いも分かるのに、体を動かす重みがまったくないから、なんとなく現実味がない。
「怖いか?」
「ううん、大丈夫。王子がいるから」
私一人だったら耐えられなかったかもしれない。そう言うと、フッと王子は笑って、かき上げるように髪を撫でてくれた。感覚が残ってて良かった。
「少し歩こう。何か変化があるかもしれない」
「……う、うん」
本当は歩くのが怖い。目の前にあるのは果てがない透明な世界で、今立っている足場さえ見えない。動いた瞬間に途方もない墜落が待っているかもしれないし、また違う場所へ流されてしまうかもしれない。
「大丈夫だ。お前は前だけ見てろ」
そう言って王子は、私の手を握って歩き出した。
未知の世界でも迷いのないその足取りに、どうしたらそんな胆力が身に付くんだろうと思った。元から強かったのか、強くならざるを得なかったのか。その両方かもしれない。
私は、そんな王子の背中を見つめるんじゃなくて、隣を歩きたいと思った。そうしたら、急に元気が出た。
たとえそれが空元気だって、いいよね。
王子が握ってくれている手をギュッと握り返す。王子が私を見て、またちょっと笑った。
そうして歩いていた時間は、多分一分もないくらいだっと思うけど、やけに長く感じた。
でも、あっさりとその終わりが来た。
突然目の前に、紫色の大きな宝石が浮かんでいるのに気付いた。ひし形で私の顔ぐらいある大きさの宝石だ。王子の目の色みたいで綺麗。
「怪しいな」
「怪しいね」
触れってことだよね、絶対。それも二人一緒に。
さっきも私と王子が同時に黒真珠に触ったら、この世界に来たんだもの。
「仕方ない。やるか」
「うん。はい」
王子とは右手を繋いでいるから、左手で躊躇なく触る。見た目どおりツルツルしてる。
「お前、こういうの思い切りがいいよな」
王子は呆れたように言って、自分も右手で触った。
すると、その宝石が辺りを覆いつくすほど光って、私は眩しくて目を瞑った。その私の頭の中を断片的な映像が駆け巡り、激流のように情報が流れる。
あまりの情報量に、私は激しい頭痛に襲われた。見ると王子も同じ様子で、でもどちらも宝石から手を離さなかった。
ふと感じた掌の違和感に宝石を見ると、その大きさが溶けるように縮んでいた。みるみるうちにそれは目の前からなくなり、完全に手から触れている感覚がなくなった途端、情報の流入がストップする。
私と王子は、思わず「はぁぁ」と深いため息を吐いた。
「大丈夫か、ハル?」
「……なんとか」
王子がいち早く立ち直って、私を支えてくれる。あの量をもう処理し終えたのね。
王子のスキルに〝記憶〟があるけど、それは物事を忘れないだけじゃなくて、処理力もキャパも上がるようだ。私も欲しい。
まだ混乱する頭の中をどうにかまとめてもう一度王子を見る。大きく頷いたところを見ると、多分、王子も私と同じものを見たみたいだ。
それは、この世界『エルセ』が生まれた理由だった
黒真珠は、瘴気の中に埋もれた記憶を結晶化したものだった。
誰かが私たちに見せてくれたこの情報を、みんなに伝えなくてはならない。まだ、断片的で分からないこともたくさんあるけれど、これはきっと私たちに与えられたチャンスだから。
後は、どうやってここを出るかということだけど……。
「転移を使ってみるか?」
王子が提案するけど、なんとなく私には分かった。
王子が、今の状態を意識体だと言った。さっきも、王子が見つけてくれたら、真っ黒だった世界が透明になった。だったら、ここは私たちの意思が作用する世界なんじゃないかな。
だから、きっともうすぐ……。
『殿下、ハル!』
遠くで、ユーシスさんの声がする。ほらね。
「行こう、王子」
「ああ」
今度は私が王子の手を取って先を行く。
どうやって行くかなんて分かってる。意識の世界なら、私たちが望む場所がゴールになる。
歩調が速くなった私たちを、まばゆい光が包んだ。
「殿下、ハル!」
近くでユーシスさんの声がする。今度は現実の声だ。
私たちが目を開けると、そこは知らない古びた小屋の中だった。
少し気だるい体を起こして辺りを見ると、すぐ隣に王子がいた。どうやら揃って意識を失った私たちは、並べて寝かされていたようだ。
二人で並んでベッドの端に座ると、目の前にユーシスさんが来て、膝を突いた。そして、そのまま私たち二人をまとめてギュッと抱きしめる。
いくら大きなユーシスさんでも、私と王子でユーシスさんの腕の中はいっぱいになった。
「……よくぞ、ご無事で……」
震えるユーシスさんの声を聴きながら、私はユーシスさんの背中を、王子は髪を撫でた。
ユーシスさんの体温が、現実世界に帰ってきたことを教えてくれた。
「「ただいま」」
それは、私と王子から自然に出た言葉だった。
この作品80万字を超え、とうとう王子の転移以外の魔術のお披露目になりました。
このままどこにもそのスペックを披露せずに終わるのかと思ってました(他人事)
うっかり、ヤツが登場人物紹介の二番目キャラだと忘れかけていましたわ。
そんな訳で、いよいよお話は佳境に入ってまいります。
まあ、どうせ途中で息切れしてどうでもいい話をぶっこむかと思いますが。
またの閲覧をよろしくお願いします。




