129 氷の竜
いつも更新できるか作者自身ハラハラしてますが、そんなハラハラ感が出たのか、なんかいつにない真面目な感じになりました。
レアリスさんの問いかけに目を逸らした男性陣と、それを冷ややかに見る女性陣に、わずかな距離感と溝ができたけれど、話し合いはそれなりの成果をもって終了した……と思う。
なんかザワザワとしていたけど、せっかく来た黒の森なので、みんなで数日滞在することになった。セリカのみなさんも、知る人ぞ知る閉ざされた神秘の里である黒の森に入れること自体に感動していて、二つ返事で了解していた。
黒の森の季節は、短い夏と長く厳しい冬、その間のほんの少しの春と秋があって、今は命が生い茂る季節だ。王家の狩猟地もあって、深い森と美しい湖沼に囲まれた地で、この季節に滞在できるのは最高の贅沢だということ。
そういえば、国王陛下とリュシーお母さまの馴れ初めは、王家の狩猟地で国王陛下が怪我をなさったことがきっかけだったと聞いた気がする。
閉鎖的な一族なのに、なんで王家の狩猟地があるのか不思議だったけど、現王朝の始祖のユノさんが黒の森の出身だったからだと納得した。
ここへ来るまで、イヴァンさんとの出会いや、セウェルス侯爵や大司教の謀反、勇者である綾人君の召喚とか色んなことがありすぎたけど、元々の目的が王子の療養目的だったから、少しだけでも体を休めてほしかった。
黒の森の日々は、みんなで湖に釣りに行って大きなマスを釣ったり、森で採ったベリー類でパイを作ったり、私はお留守番だったけど食害を起こしそうな鹿狩りに行ったり、毎日が楽しくて飛ぶように時間が過ぎて行った。
アルレット伯母さまに、黒の森の地元ご飯のレシピを教わった。シャケやニシンやマスの魚料理とか、王子も大好物だというムスティッカピーラッカというブルーベリーパイのレシピを教えてもらって作ってみた。
王子は普段から好き嫌いなく何でも食べてくれるけど、子供の頃過ごしたこの地の味がやっぱり忘れられないみたいで、ピーラッカを食べたら、目が子供みたいにキラキラしていた。
今がブルーベリーの最盛期で、アルレット伯母さまが両手で抱えきれないほどに譲ってくれたから、ベースキャンプに帰ってもたくさん作ってあげよう。
レジェンドたちも、自然の魔力に溢れた黒の森は居心地がいいようで、一緒に遊びに付き合ってくれた。
男性陣とスイランさんとリウィアさんは、お父さんとレッドさんの背中に乗ってロデオみたいな耐久勝負をして、バランス感覚がいいレアリスさんが優勝していた。女性陣は、朱雀さんやフレースヴェルグさんやニズさんに空の散歩に連れて行ってもらっていた。私は遠慮したけどね。
そんな中、これから行くヴァレリアンの北海の黒の森側に、アスピドケロンっていう島みたいに大きな魔獣がいると聞いた男性陣が、ワクワクして見に行きたいと言って、お父さんとレッドさんと白虎さんが一緒に付き添ってくれることになった。
その背中に乗せてもらって王子、レアリスさん、綾人君、リヨウさん、ファルハドさんとラハンさんが出かけて行ったけど、さほど時間が経たないうちに帰ってきた。
ヴァレリアンの方に何か変な魔力を感じて、魔力の揺らぎが起こす極光が見えたと言って引き返してきたようだ。
地球でいうオーロラと似ているけど、こちらの極光は、太陽が原因ではなく大きな魔力の放出があると大気中の自然の魔力が揺らいでできるものもあるらしい。自然的に発生するときは、火山の噴火で地中の魔力が大量に噴出されたり、地殻変動の隆起や沈降が起きる時に放出したり、大きな自然の活動の時に見られるって。それ以外だと、最上位種の魔獣が放つ魔力とか。
「極光自体は薄れていたから、恐らくここ一、二週間程度で起こったヤツだと思う」
その間、大規模な自然の活動はなかったと王子が言った。
だったら後は、力がある魔獣が関係しているとしか。
『ユグドラシルに動きはない』
ラタトスクさんがそう言う。
ユグドラシルって、お父さんたちフェンリル一族の故郷やラタトスクさん、フレースヴェルグさんやニーズヘッグさんたちが住んでいる、レジェンドだらけのへんなマンションみたいな世界樹の名前だ。前に、ヴァンウェスタもヴァレリアンもユグドラシルに近いと誰かが言っていた気がする。
極光を起こせるほどの魔力を持った魔獣はレジェンド級だけだけど、この近くでそんなレジェンドがいるのは、ユグドラシルの住人か、後は……。
『残るは、この辺りではリヴァイアサンの所だな』
白虎さんがみんなの言葉を代表して言った。
少しの間沈黙が流れた。
「俺が確認してくる」
その沈黙を破るように王子が言った。何でもないような軽い口調だった。
「なりません、殿下!それなら私が参ります」
一番にユーシスさんが反対する。
そんなユーシスさんの肩に王子は手を置いて、ポンポンと叩く。
「一人で行く訳ないだろ。フェンリル。あんたも付き合え」
『いいだろう』
お父さんと一緒に行くと言われてしまえば、ユーシスさんも黙らざるをえない。
「ダメ!」
お父さんと話をまとめようとした王子に、思わず私は大きな声を出してしまった。
「行っちゃダメ」
「……ハル。ゾロゾロ人数を揃えて行っても仕方ないんだ。俺なら転移が使えて、上位魔獣の魔物化にも単独で対処できる。この中では俺が適任だ」
多分、ここにいる人間の中で一番強いのは王子だ。レジェンドが魔物化した〝深淵〟でもないかぎり、王子ならやっつけることができると知っている。
でも王子の体は、そんな強力な魔力を使っていたら、いつ命が危なくなるか分からないんだ。
私が、王子が隠したいと思っている限りそのことを言えないのを知っていて、王子は問題を適任かどうかの問題にすり替えている。それがもどかしくて、辛い。
ズルいよ、王子。
いろんな言いたいことを我慢して、でも私が飲み込んだ言葉を王子に知ってほしくて、王子の目をじっと見つめた。王子も同じように私を見つめ返す。
「はーい、二人で盛り上がっているところ悪いんだけどー、見つめあうのは二人きりの時にしてー」
突然、アルレット伯母さまがバサッと私と王子の間を手刀で斬った。ハッと我に返って、伯母さまの言葉に私と王子は、周りがいることにも関わらず見つめあっていたことに気付いた。
え、そういう意味じゃないけど、なんか恥ずかしい。
「で、なんだよ、ばばあ」
王子もちょっと恥ずかしいのか、ほんのり目の周りが赤い。余計恥ずかしい。
そんな私たちを伯母さまはニヤニヤしながら見て、王子の鼻先をピンと指で弾いた。
「あんたたち、ここをどこだと思ってるの? 千年の間、一族以外の干渉を許さなかった『魔女の住まう黒の森』よ。太陽が照らす場所で〝見られない〟場所はないわ」
そういえば、レイセリク王太子殿下の目を治して王家の秘密を教えてもらった時、国内の反乱分子の監視を国王陛下が黒の森に依頼したと言っていた。
「ただし、これはすっごい秘密だから、全員に〝沈黙の誓約〟を受けてもらうわ」
ああ、そうだよね。見れば、王子もイリアス殿下も知らない様子だから、王家でも限られた人しか知らないことなんだ。
みんなを見ると、セリカの人たちも全員同意してくれた。
確か〝沈黙の誓約〟は、掛けた人が「いいよ」と言うまで、秘密にする事項を他人に話せなくなる魔術だ。過去にはファルハドさんとイヴァンさんも受けたことがある。
全員に魔術を施すと、伯母さまが教えてくれた。
外を〝見る〟手段として二つあるそうだ。
一つ目が、使い魔という飼いならした魔獣や動物を使って、その目を通して見たいものを見ること。
二つ目が、指定した座標の光景を見ることができる衛星写真みたいな俯瞰の魔術とのこと。
使い魔は、追跡もできて人間の動向を監視するのに効果があるけど、広角な視野が確保できないので大勢を見るのに適していない。俯瞰の魔術は、広域で大きな動きを知ることができるけど、個々の動きを探るのには適していない。それぞれの適性に応じて使い分ける必要があるけど、この力でこれまで国の危険の芽をたくさん刈り取ってきたとのこと。
もちろん万能じゃないから過信してはいけないし、悪用することも許されないけど、今この状況にあってはとてもありがたい魔術だった。
「この俯瞰の魔術は、勇者くん、君のお姉さんの転移の魔術の座標の概念から派生したものなの。君自身もだけど、お姉さんがもたらしたこの世界への恩恵は計り知れないわ」
アルレット伯母さまが、そう言って綾人君に夕奈さんのことを告げた。
それを聞いた綾人君は、少し哀し気だけど誇らしさに溢れた笑顔を返した。
自慢のお姉さんだね。
ほっこりとしたまま、アルレット伯母さまは術に取り組んだ。
俯瞰の魔術をアルレット伯母さまが使い、それをみんなが見られるようにロクサーヌ伯母さまが投影の魔術で拡大するようだ。投影の魔術、王子の黒歴史を公開する以外にも活躍した。
伯母さまが何かの呪文を唱えると、虚空にその映像が浮かんだ。
入り江のような場所に、二つの大きな影が見える。
辺りは夏だというのに、草の一本も生えていなくて、代わりに冷たい氷が覆っていた。地面はおろか、先に見える海でさえ凍っているのが見える。
その波打ち際に近い場所にあった大きな影が、徐々に拡大されてその姿が映し出された。
「……シロ。なんで……」
王子の呟く声が聞こえた。
その二つの影は、倒れ伏す大きなアクアマリンのような淡い青の体表の竜と、元の大きさになっているシロさんが、その別の竜を見下ろすように凍り付いた姿だったからだ。
よく見ると、倒れている水色の竜から、黒い瘴気が漏れているように見える。でも、シロさんの方は何もないようだ。
『まさか、リヴァイアサンが瘴気に侵されたのか』
白虎さんが喉を不穏に鳴らしながら言う。
やっぱり他の人の目にも、あれが瘴気に見えるようだ。
「ばばあ。もっと近付けるか?」
「……はぁ、人使いが荒いわね……」
ため息を吐きながら、伯母さまが目に力を込めた。すると、さっきよりも画面がシロさんに近づく。
あ、氷の中で、シロさんが動いた?
『どうやらじじいは無事だな』
お父さんがホッとした声でつぶやいた。
「ごめん、限界」
アルレット伯母さまは、そう言って地面に膝をついた。相当魔力を消耗する魔術のようだ。
私は慌てて伯母さまに駆け寄ると、スキルで中級の魔力ポーションを交換すると、伯母さまにそっと飲ませた。すぐに回復とはいかないけど、伯母さまが大きく息を吐いて私に「ありがとう」と力強く言ったので、おそらく魔力不足になることはなさそうだ。
そうして得た情報に、みんなは重たい空気で意見を出し合った。
「簡単に言えば、リヴァイアサンがなんらかの理由で瘴気に触れ、シロがリヴァイアサンを制したはいいが、一緒にリヴァイアサンの力で氷漬けになった、と」
只ならぬ事態だと思うけど、今のところシロさんが無事なのが不幸中の幸いだ。
「ヴァレリアンに行く編成を決めねば、な」
「そうだな。とりあえず、半数はここに残るようだな」
イリアス殿下と王子が、何故か私を見て言う。その視線にピンときた。
「一緒に行く。絶対に!」
王子が何かを言う前に、私は宣言する。ヴァレリアンで何が起こるか分からないけど、蚊帳の外でただ待つだけなんて絶対嫌だ。
「ハル。分かってるだろ。この前のセウェルス領に行くのとは訳が違うんだ」
イヴァンさんを保護して、怪しい動きをするセウェルス侯爵の懐に入ろうとした時も、王子は最初私を置いていこうとした。あの時は、危険かもしれないけど人間の領域の話で、今回は何が起きるか分からない未知の領域のことで、ましてや瘴気が関わっていて、完全に危険に飛び込んで行くことが分かっている。
だから、王子が私を心配するのも分かる。あの時私を擁護してくれたユーシスさんも、今回は厳しい顔を崩さないのも。
でもね、前とは決定的に違うことがあるんだよ。
「もし、リヴァイアサンさんが瘴気に蝕まれていたらどうするの?多分、王子の魔術じゃ瘴気は祓えないし、有紗ちゃんの〝白き裁き〟でも浄化できない時は?」
誰もそれに答えない。そうだよね。解決する方法が一つだから。
「こんな時に、私の〝回帰〟を使わなくていつ使うの?」
有紗ちゃんと綾人君が、何かを言いたくてお口をムズムズさせているけど、ちょっとお休みしててね。
もう、召喚された時のように、ただ震えて何もできない女の子じゃないよ。
私が見据えると、みんな目を大きくして私を見る。
そんな私の頭に、ポスンと何かが載った。
『いつまでも小さい男だ、オーレリアン。己がハルを守り切れるか不安であることをハルに転嫁するな。いい加減、ハルが弱くないことを認めろ』
お父さんのイケボが聞こえる。私の頭に顎を載せてるんだ。
『私が、ハルの髪一筋とて傷付けさせぬ。そなたがそなた自身の力を信じられぬとも、〝フェンリル〟を信じることはできよう』
そう言って、今度は私のほっぺに自分のほっぺをくっつける。実力に裏付けされたお父さんの清々しいほどの自信に、私は思わず笑ってお父さんのほっぺを撫でた。
それを見て、王子が呆れたようなため息と共に、口元を綻ばせた。
「ったく、あんたのその自信はどこから出てくるんだよ」
『そんなの決まっておろう』
王子が言うのに、お父さんは得意げな声で宣った。
『それは私が〝最強〟だからだ』
もう認めるしかないね、王子。
レジェンドたる所以のお父さんに、人間組は苦笑を贈り、レジェンドたちは『また調子に乗って』とあきれ顔をするけど、誰も否定しない。王子も肩をすくめて、諦めたようだ。
『まあ、アホだけどな』
『なにぃ!?』
玄武のメイさんがすかさずツッコんで、あっという間にカッコいいお父さんはいなくなっちゃったけど。
「仕方ない。いっしょに行くぞ、ハル」
「うん!」
本当に仕方ないと言うように、王子が私の頭をポンポンと叩いた。
王子はもう迷わずに、転移陣を準備した。
アルレット伯母さまの魔術で見た映像には、微かだけれど転移のスクロールが映っていたようだ。後は、対になっているこちらのスクロールを魔石で起動すれば転移できる。王子も魔力を温存できて効率的な仕組みだ。
アルレット伯母さまに、ファフニールとキノコ大根たちを預けて準備完了だ。
セリカの人たちも「このために来たようなものですから」とリヨウさんが言って、従者の人たちを除いた全員が付いてきてくれる。
転移のスクロールで移動するのは人間組とフェンリル親子とユーシスさんに抱っこされた玄武さんで、あとのレジェンドたちは自力で向かうそうだ。
すぐに追いつく、と言って、白虎さんが一番に空に翔けあがると、それを追いかけるように朱雀さん、青龍さんと東方レジェンズが続き、最後にレッドさんが飛び立った。それだけで目を奪われるような光景だ。
残った西方レジェンズは、何かあった時のために、黒の森で待機してくれるようだ。
「行ってきます!」
リュシーお母さまやアルレット伯母さま、ニズさんたちに手を振ると、王子が周りに分からないようにそっと手を繋いできた。私が王子を見上げると、うんと頷いて、次の瞬間景色が変わった。
そこは、夏のはずなのに、ひんやりとした空気が流れていた。
今までいた暑い場所から離れて数分なら涼しいと感じるだろうけど、このままでは凍えてしまいそうだった。
その冷気は前方から流れていた。
大きく湾曲した入り江に、背には生き物の侵入を拒む断崖絶壁がそびえたち、広大な砂浜と波打ち際ははるか遠くにあった。そしてその波打ち際にほど近い場所に、伯母さまの魔術で見た光景が広がっていた。
「シロさん」
氷漬けのスッと優美に背筋を伸ばす真っ白な竜が、その瞳の先に捉えているのは、更に大きな淡い色の青い竜だった。両者を中心にして、放射状に砂浜や海まで凍っていた。
そこはただ静かで、生き物の気配も、リヴァイアサンさんを蝕んでいたはずの瘴気も見当たらなかった。
そうしてずっと、物言わぬ彫像のように二人とも氷の中に閉じ込められたまま時を止めていたはずだった。
ん? 何かが、動いた?
『オーレリアン』
お父さんの静かな声がして、王子がハッと顔を上げる。
「全員、瘴気に備えろ!」
王子の声に呼応するように、全員があらかじめ定められた位置につく。私は子供たちに囲まれて、その光景を見つめた。
パリンと微かな音がして、青い彫像にひびが入った。
「イリアス、〝断絶〟。ファルハド、盾だ!」
王子が指示すると、それは速やかに実行された。
ファルハドさんは、私が渡した七星剣と氷の盾スヴェルを持っていて、スヴェルの効果である氷壁を展開した。
硬い何かが〝断絶〟と氷壁に当たる音がして、二人の盾が何かを完全に防いだことがわかった。
しばらくして、砂浜を抉った砂塵が収まると、その光景が飛び込んできた。
それまで横たわっていたはずの青い竜が、完全に氷を脱いだ状態でこちらを見据えていた。
そして、その綺麗な淡い青の体は、その半分が黒い瘴気で覆われていた。
いくつか単語が出てきてお察しの方もいらっしゃると思いますが、王子の領地は北欧のイメージです。
人名は広い国内のため、レンダールはヨーロッパ、セリカはアジアのいろんな地方の名前を参考にしています。ようするにテキトー系です。
まさか本になると思ってなかったので、ちょーてきとーに付けてしまって今更困ってます。
気を取り直して、さぁて、次回のハルさんは~?
きっと真面目にやってます!(テキトー)