其の三 身代わり志願
本日も閲覧ありがとうございます。
お楽しみいただければ幸いです。
ネレアを背負って部屋のベッドへ運び、エステラにそばについているように頼んだ。
わたしについてきたギーは、右手を窓の外へ伸ばそうとして、慌てて引っ込めた。ここは、神殿だ。御子神様からお力を借りれば、神官や巫女たちに気づかれ、大騒ぎになってしまうかもしれない。ネレアは、少し眠れば落ち着くだろう。「大丈夫」と口だけ動かし、ギーに伝えた。
ギーと一緒に食堂に戻ると、三人の神官たちは、まだ、黙ってその場に座っていた。
「ジリオラ神官。もう少し詳しいお話をお聞かせください。代官が、お見廻り様をもてなすというのも納得できませんが、その宴席に、村から若い娘を集めるなんて、どういうつもりなのでしょうか?!」
わたしの剣幕に少したじろぎながらも、神官としての威厳を示すべく、ジリオラ神官は、小さな体に力を込め思い切り背を伸ばした。そして、指を組み直し、改めて神への祈りを捧げてから話を始めた。
「この辺りを治めるお代官様は、モントロン男爵様というお方だ。お役目を言い付かって、四年目になる。ようやく、村々の様子もわかり、さて、この先どうやってここから搾り取ろうかと、考え始めたところだろうね。
前のお代官様もひどいお方だったが、当時のお見廻り様に、金やら物やらどっさり貢いで、もっと、うま味のある領地へお移りになったんだよ。大出世だね。つまりね、お代官様とお見廻り様は、同じ穴の狢ってことなのさ。
今回やってくるお見廻り様は、どうやらお金や品物とは、また別のものをお望みになったようだね。助平親父が!」
ジリオラ神官は、とても神官とは思えぬ悪態をつき、慌ててまた指を組んで祈りを捧げた。彼女の隣に、色素の少ない顔をさらに白くして座っているトゥーリオ神官が、小さな声でネレアの事情を話してくれた。
「ネレアには、幼なじみのダニロという恋人がおります。今は大工の修業で村を離れておりますが、間もなく戻ってくるはずです。
ネレアの家は子沢山なので、すこしでも食い扶持が減らせるならと、彼女は、すすんで巫女になったのです。どこかに売られるよりは、余程ましですからね。
ダニロが戻り次第、還俗して結婚するんだと楽しそうに話していましたのに、こんなことに巻き込まれるなんて……」
彼もまた、指を組み、祈りの言葉を繰り返した。神への感謝は、忘れてはいけない。しかし、祈っているだけでは、正直言って何も解決しない。ここは、もう、わたしが一肌脱ぐしかないだろう!
「わかりました。それならば、わたしが、ネレアの代わりに代官所へ参ります」
「ええーっ!!!」
二人の神官とギーが、口を大きく開け、いっせいに叫んだ。
「吟遊詩人さん! おもてなしは、酒を注ぐだけじゃ終わらないんだよ! わかってんのかい?!」
「気に入られれば、どこぞに連れて行かれて、囲い者にされてしまうこともあるそうですよ!」
「姐さん! 修業を忘れて、厄介ごとに首を突っ込み過ぎちゃだめだよ!」
それぞれが言いたいことはわかる。しかし、ネレアが行かなければ、また別の娘を探し、差し出すことになるのではないのか? 結局、誰かが、この理不尽な申し出の犠牲にならねばならないのだ。
それならば、わたしが引き受けよう。わたしが行くことで、うまくすれば、ほかの村から集められた娘も救えるかもしれない。山賊に加わらなくても、代官や王領御見廻り役の不正の証拠を手に入れられる可能性もある。うん! もしそうなれば、それは助かるわね!
「ご心配いただきありがとうございます。こう見えても、多少は武術の心得もありますし、ちょっとした考えもございます。娘さんたちが無事に戻れるように、何とか上手い具合に事を収めてくるつもりでおります。わたしに任せていただけませんか?」
ずっと黙って話を聞いていたヴァスコ神官が、白く長い眉毛を捻りながら、フォッ、フォッ、フォッと笑った。眉毛の端を指先でよってピンと伸ばすと、わたしの顔を面白そうに眺めながら言った。
「何やらあなたには、尊いお方のご加護がありそうじゃ。もしかして、我らの日々の祈りが通じ、窮状より救ってやろうと、老神様がお使者を使わされたのかもしれんのう。旨い食事もつくってくれたしなあ。
お使者殿、あなたにお任せするとしよう。どうぞ、村の人や娘たちを、我らと同じようにお助けくだされ。」
拝殿で祈り続けていた神殿長を、トゥーリオ神官が呼びに行った。
わたしの申し出を聞いた神殿長は、さすがに眉をひそめ、それはあまり褒められない選択であると言った。しかし、わたしを老神様のお使者だと言って譲らないヴァスコ神官に最後は押し切られ、わたしが代役となることを渋々承知した。
「これで、何とかなるんじゃないかね?」
わたしは、宿泊所の部屋で、ジリオラ神官が、神殿の倉庫から出してきた村娘風の服に着替えた。
「少し背格好は違うが、村名主にさえバレなければ、あとはネレアの顔なんか知らない連中ばかりだから大丈夫! そもそも連中は、ここさえ、ご立派なら文句を言わないよ!」
ジリオラ神官が、下卑た笑いを浮かべ、わたしの腰をぐりぐり撫でた。
「うわっ! な、何をなさるのですか?!」
「そうそう、そういう初々しい反応を忘れちゃいけないよ! 助平親父を油断させるためにはね!」
「は、はい……」
わたしは、頭巾を深くかぶりなおし、少しほてった顔を隠した。突然、何をするのやら――。この人が神官だということが、やっぱり信じられない!
やがて、村名主の馬車が迎えに来た。目を伏せ、質問にも首を振るだけで声を出さずに答える。
神官たちに見送られ、馬車に乗ってからも、顔を上げずに黙って座っていたので、同乗する村名主に、「そんなに恥ずかしがらずとも良い」と言われた。
良かった! 都合よく、誤解してもらえたわ。
実は、わたしの隣には、ギーが座っている。村名主が、宴会の下働きをする者を探しているというのを聞いて、トゥーリオ神官の弟を名乗り、雇ってくれるよう願い出たのだ。
ネレアを無理矢理還俗させたという負い目があるためか、村名主はしかたなく承諾した。
ギーは、ずっと車窓を流れる景色を追っている。村までの道順や途中の目印を覚えようとしているようだ。代官所を抜け出した場合のことを考えているのだろう。いつもながら、抜け目がない。
馬車の進みが、ゆっくりになった。どうやら代官所が近いらしい。あちらこちらから馬車が集まってきているようで、道も混み合っている。
代官所のものらしい大きな門を抜け、馬車が止まった。御者が、素早く扉を開けに来た。わたしは、村名主に続いて、御者に手を取られながら馬車から降りた。わたしの後から降りたギーが、「おおっ!」と声を上げた。
目の前には、代官所の立派な石造りの建物がそびえたっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
気がつけば、30万字。100部分目前。
読み続けてくださっている方には、感謝しかありません。
ありがとうございます! そして、どうぞ最終話までお付き合いください。




