其の十八 メイレラーニ湖畔へ
本日も閲覧いただきありがとうございます。
しかし、あたかも、王宮の騎士と姫君がごときやりとりはここまでだ。わたしは、再びオドレイに跨がる。わたしたちには、まだするべきことがある。
「ルジェク、申し訳ありませんが、もうしばらく、わたしをリオーナでいさせてくださいな。
『小さな翡翠亭』に戻り、わかったことをみんなに伝えましょう。そして、ラトゥリたちの潜伏先を明らかにして次の手を打ちましょう。彼らに、洞窟温泉の事故の責任をとらせなければなりません。」
「承知いたしました……じゃないな。わかったよ、リオーナ!」
素早く騎乗し、あっという間に駆け出すルジェクの後を、わたしもついていく。なんとしてもラトゥリたちを捕まえ、この事件に終止符を打つのだ。
「ただいま戻りました!」
「おかえりー!」
わたしが「小さな翡翠亭」の扉を開け、ルジェクと店に入っていくと、ミロシュが店番をしていた。
ミロシュによると、洞窟温泉の事故の片付けは、ほぼ終わったということだった。
川沿いの道や洞窟の入り口には、勝手に立ち入れないように、自警団員たちの手で柵が置かれた。町や温泉街から駆けつけてくれた人々は、あらかた仕事に戻り、『太った穴熊亭』にいた石工たちも、それぞれの宿へ帰っていったそうだ。自警団も、最低限の見張りを残し番所へもどったようだ。
レニタや近くの宿の人たちは、救出活動に参加した人々が入った湯殿を、せっせと掃除したり片づけたりしているらしい。ギーも手伝いをしているという。
「それで、ラトゥリたちは見つかったのかい? 二人で商会へ行ってきたんだろう?」
ミロシュの問いかけに、わたしたちは、商会の様子やラトゥリたちが逃亡の機会を狙って、どこかに潜んでいるらしいことを伝えた。話を聞き終えたミロシュは、これはあくまで自分の想像だが、と前置きして話し始めた。
「ラトゥリは、うちの店をよく商談に利用していたのだけど、一番よく会っていたのは、トゥーレソン伯爵家の領地執事のエイナールという人物だ。
エイナールは、メイレラーニ湖畔にある伯爵家の別邸を取り仕切っているんだ。伯爵様が、別邸にいらっしゃるのは年に数回だから、まあそれ以外の時は、好き勝手やっているんだろうね。商談には、いつも屋敷のメイドを連れてきていたよ。俺が思うに、二人は、懇ろになってだいぶたつって雰囲気だったね。
エイナールは、今さら領都の屋敷に戻るつもりもないようだから、ラトゥリのような人物と組んで、この町で一儲けしようと考えても不思議じゃないな。
ラトゥリたちがこの町で頼るとしたら、エイナールなんじゃないかな?」
メイレラーニ湖畔に別邸を構える貴族は少なくない。温泉を利用するためには、リーシェレーバンの町中に別邸を建てた方が便利だが、温泉街の喧噪を嫌い、別邸はメイレラーニ湖畔に構えるのが流行らしい。わたしも親しい某侯爵夫人から別邸へ誘われたことがあるが、長期滞在が多い夏は、サロンを開いたり、メイレラーニ湖での船遊びを楽しんだりし、湖畔は貴族たちの社交の場となっているそうだ。
「エイナールが、別邸を持つ貴族や豪商たちの名簿を作り、ラトゥリが、商会を通して出資者を募る。手始めに、洞窟温泉に手を加え、出資者専用の施設を作る。それが評判を呼び、さらに出資者が増えたら、今度は本格的に開発を進め、大きな専用施設の建設に取りかかる。そういう流れを考えていたのかもしれませんね」
わたしの言葉に、ルジェクは、黙ってうなずいている。「へえ?」という顔をしたのはミロシュだ。
「おい! リオーナ! 君はいつから、自警団に入ったんだよ? 今の言葉は、どう考えても自警団長あたりのセリフだろう? ルジェクも、何で当たり前のように聞いているんだよ? おかしいだろ?
リオーナ……、救助の指揮をしたり、妙に訳知りだったり、いったい君は何者なんだよ?」
ルジェクが、「バン!」と大きな音を立てて、テーブルを叩いた。そして、怯んだミロシュに、ぐいと顔を寄せて、きっぱりと言った。
「リオーナはリオーナだ! 『小さな翡翠亭』の若女将だ! それ以外の何者でもない!
リオーナ、湖畔のトゥーレソン伯爵の別邸へ行ってみよう! 俺は、ラトゥリや商会の連中はきっとそこにいると思う。湖畔まで馬で上がって、メイレラーニ湖の入り口にある自警団の分所に繋いでおくことにしよう。
別邸には無断で踏み込めないからな。分所から別邸の様子を伺いながら、連中が動き出すのを待てばいい」
「わかりました。少しだけ時間をください。準備をしてきます」
わたしは、店を出て別棟の自分の部屋へ行った。急いで帯剣し、旅マントを羽織った。店に戻ると、ルジェクは、自警団への連絡など、後のことをミロシュに頼んでいた。
わたしの格好を見たミロシュが、また騒ぎ出した。
「絶対、ただの若女将じゃないよね?! 何だよ、その勇ましさ! もう、俺には何が何だか……」
頭を抱えながらも、ミロシュが扉を開け、わたしたちを送り出そうとしたとき、
「姐さん! おいらも行く!」
騒ぎに気づいたのだろうか、ギーが、そう叫んで、息を切らせながら勝手口から飛び込んできた。レニタと一緒に湯殿の掃除をしていたはずだが、いつもながらよく勘が働く子だ。今日は置いていこうと思っていたのに――。
「どうなっているんだよ! どうして、ヤンまで行こうとするんだ?! 捕り物に子どもが加わわって、何しようっていうんだよ?!」
混乱するミロシュを宥めながら、ルジェクは外に出ると、素早く騎乗した。馬には、自警団の警棒が下げてある。さすがに、自分の身は自分で守れるだろう。ギーを連れて行くが、今日はもう、あまり力を使わせたくない。
洞窟の中では、かなりの重傷者をギーが己の手で癒やしていた。ギーは本来、誰かに力を託し、その人の思いによって力を増幅することで、癒やしの効果を高めるのだ。自分の中に光の御子神様の力を溜めて癒やすのは、体の小さいギーにはかなりの負担だ。まあ、たっぷり食べれば、体力はどうにかなるという回復の早さも持ち合わせてはいるけれど――。
オドレイに跨がり、ギーを馬上に引き上げる。半泣きのミロシュに見送られ、二頭の馬はメイレラーニ湖を目指し走り出した。
湖畔は、静かに夜を迎えようとしていた。冬場なので、別邸を利用している貴族は少ないようだ。多くの屋敷は、使用人がいることを示す灯りをいくつか点しているだけだ。
「トゥーレソン伯爵家の別邸は、鎧戸の隙間から灯りが零れているな。人がいるのは間違いないが、ラトゥリたちが潜んでいるかはわからない。
気になるのは、馬が繋がれた馬車が用意されていることだ。温泉街の酒場にでも行くなら別だが、もう外出する時刻ではないからな」
遠眼鏡でトゥーレソン伯爵家の別邸の様子を伺いながら、ルジェクが言った。
わたしたちは、自警団の分所に潜み、ラトゥリたちを捉える機会を探っていた。
「ラトゥリたちが、屋敷に隠れているとして、馬車を用意したということは、山越えという選択肢は捨てたのでしょうね。リーシェレーバンの町へ出て、検問を突破するつもりでしょう。
街道のどこかで馬車を乗り捨て、駅逓から駅馬車を乗り換えながら進む計画かもしれません。目的地は王都、もしくは一番近い国境の町――」
「どうする? 検問所で待つか?」
「一つ気がかりなことがあります。伯爵家の紋章がある馬車を使った場合、検問所の役人は、馬車を止めて、中を確かめることができるでしょうか?」
「それは、……無理だな! 貴族の紋章は、旅手形と同じだ。検問所だって、紋章付きの馬車は無条件で通すことになっている。それが、特権というものだ」
「それならば、もう、こちらから動くしかありませんね」
わたしは、マントのフードを被り、剣の位置を確認した。ルジェクから借りた呼子を首に下げ、剣とは反対の位置に警棒を差す。わたしの動きに気づいたギーが、腰掛けから立ち上がる。
「お、おい! 何をするつもりだ、リオーナ?! あと少しすれば、ミロシュから連絡を受けた自警団の連中が、ここに来るはずだ。みんなを待とう!」
「ラトゥリたちが、伯爵家の馬車に乗ってしまったら、自警団といえども、もう手が出せないかもしれません。その前に、わたしが何とかします!」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
解決まで、あと一山です。
ブクマを置いてくださった方、感謝いたします。




