其の十二 温泉手形
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埋もれてますね……。
「小さな翡翠亭」に戻ってみると、よその宿からやって来たお客が、店の外に集まっていた。みんな、自分が泊まっている宿の湯浴み着を抱えている。
実は、一昨日から、「小さな翡翠亭」に集まっている9人の女将や若女将たちと相談して、「温泉手形」というものを配り始めたのだ。「温泉手形」といっても、小さな木札に焼き印を押しただけのものだが、これを持った客は、別の宿の温泉も利用できるという仕組みだ。
今はまだ、「小さな翡翠亭」を含めた10軒だけだが、加わりたいという宿があれば、どんどん増やしていく予定だ。いずれは、侯爵家にかけあって、リーシェレーバン大浴場も、「温泉手形」を持参すれば、少し安く利用できるようなものにしたいと考えている。わたしはともかく、ボジェナたちは、そこまで夢を広げている。
お客たちに挨拶をして店に入ると、レニタが、待ってましたとばかりにわたしに駆け寄ってきた。
「リオーナ、大変なことになっちゃったよ! 昨日、来てくれた人に湯殿で飲んでくださいって、ポウムの果実酒を出しただろう。あれが大評判で、今日はこの混雑ぶりだ。あまり待たせるのも悪いしね、どうしよう?」
「そうですね……。お隣の『酔った黒鹿亭』へ、ご案内してはどうでしょう。果実酒は、うちから持っていって使ってもらうことにします。お隣の外湯は、眺めも良いですし気に入ってもらえると思います」
わたしは、「酔った黒鹿亭」へ走り、事情を話した。「酔った黒鹿亭」の主人は、わたしたちの集まりに加わっていたわけではないが、「温泉手形」の話をすると大いに興味を持ち、早速お客を引き受けてくれることになった。わたしは、果実酒の瓶を預け、急いで「小さな翡翠亭」に戻り、「酔った黒鹿亭」に行ってみたいと言う客を引き連れて店を出た。
無事にお客たちを「酔った黒鹿亭」に預け、ほっとした気持ちで、誰もいなくなった店に座っていると、開けっ放しの扉からルジェクが入って来た。今夜は夜勤で、ここには来ないはずなのに、何かあったのだろうか?
「ルジェク、夜勤があるのでしょう? どうしたのですか?」
「ああ……、今日、自警団の番所に来てくれたんだって? 焼き栗をもらったってイルジーから聞いて、お礼を言っておいた方がいいかなと思って寄ったんだ。
リオーナ、あの、わざわざ差し入れに来てくれてありがとう。食べた連中は、すごく喜んでいた。俺が戻ったときには、一つも残ってなかったんだけどね」
「気にしなくていいのです。忙しい中、連日ルジェクを借りてしまっているから、自警団に申し訳なくて差し入れに伺いました。とても美味しい焼き栗だったのに、食べられなくて残念でしたね」
「まったく、もう少し気をつかって欲しいよな。いちおう、俺は副団長なんだし……」
ひとしきり、二人で笑い合った。夜勤の時刻が迫ったルジェクを送りだそうと、わたしが立ち上がったとき、ルジェクが突然、わたしの肩をつかんだ。そして、いつになく真剣な顔で、わたしの顔を覗き込みながら言った。
「リオーナ……、その……、ずっと、迷っていたんだ……。細かい事情は、わからないし……。でも、リオーナは、『小さな翡翠亭』だけでなく、温泉街全体のために、いろいろ考えてくれているから……。だから、余計なことは言わないで、このままずっと、ここにいてもらえるように……。そう思ったりもしたんだけれど、でも、……。
リオーナ、俺は、わかってしまったんだ! あなたは、本当は……」
ルジェクがそこまで言ったとき、大きな音をたてて、勝手口の扉が開けられた。
「姉さん! ちょっと手伝ってよ! 飲み過ぎちゃった人が……、えっ、ルジェク?! なんで?」
わたしが動くより先に、ルジェクが駆け出し、勝手口から出て行った。わたしも急いで後に続いた。ぎーは、「どうして?」とか「何してたの?」とかつぶやきながら、わたしたちを追いかけてきた。
湯あたりした酔客は、ルジェクが担いで2階の空いている部屋へ運んだ。ベッドへ寝かせて、レニタが世話をしていると、右手に白い光を掴んだギーが入ってきた。ギーからレニタの背に放たれた白い光は、レニタを通して酔客を包んだ。これで、じきに酔客の具合はよくなるだろう。
ルジェクと一緒に下におり、「胡桃と子栗鼠亭」から来ていた客たちを送り出す。酔客も仲間だというので、具合が良くなったら送っていくから、モニカに伝えておいてくれと頼む。
ルジェクは、話の続きをしたそうに、もぞもぞしていた。何が言いたいのかは、何となくわかっているのだが、今はそのときじゃない。
「ルジェク、夜勤に遅れますよ。今日はもう帰ってください。話の続きは、また今度――。心配いりません、ヤンもわたしも逃げも隠れもしませんから」
「リオーナ……そういうことじゃ……」
ルジェクを自警団に返し、わたしは、夕食の準備を始めた。
今日は、ルジェクが夜勤なので、湯殿でのマッサージはない。石工たちだけが湯殿を使い、湯治客たちは昼間の湯巡りで満足したのか、食事が済むとさっさと部屋へ引き上げてしまった。外から来た客も多かったが、わたしとマイサの二人で何とか店を切り盛りすることができた。
2階で休ませていた酔客は、すっかり酔いが覚め気分も良くなり、ギーとレニタに手を引かれ下りてきた。わたしが、「胡桃と子栗鼠亭」へ酔客を送り戻ってくると、二人は、まだ夕食に手をつけず待っていてくれた。マイサは、迎えが来てもう帰ったという。
ギーが、わたしのカップに発泡水で割った果実酒を注いでくれた。
「姐さん、さっきルジェクが来ていたでしょ? こうやって、姐さんの肩を掴んで、なんか言ってたよね? 何の話をしてたの?」
と言いながら、ルジェクがやっていたように、わたしの肩をギーが掴んだ。けっこうしっかり見ていたのね、この子!
「お義母さん……、ごめんなさい。ルジェクは、わたしたちが本物のリオーナとヤンではないと、気づいてしまったようです。というよりも、最初から気づいていたけれど、お義母さんのために、話を合わせてくれていたということなのかもしれませんが……」
「どういうことだい?」
「今日、飲泉場のサーラから聞いたのですが、ルジェクは前の侯爵様のご用事で、年に2、3度王都に行くことがあるそうですね。もしかしたら、王都でヴァーシルはもちろん、リオーナやヤンにも会っていたのではないでしょうか?」
「ルジェクが、二人の顔を知っていたと?」
「はい。ルジェクは面倒見がいい人です。王都まで行ったら、ヴァーシルの様子を確かめに行かないわけがありません。きっと、行くたびに仕事場や家を訪ねていたはずです。だったら、二人に会っていても不思議はありません」
「でも、わたしには一度もそんなことは言わなかったよ……」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
明日は、都合により更新はありません。すみません。
第5話もあと少しです。お付き合いいただければ幸いです。




