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其の一 渡り聖女たち

 本日も閲覧ありがとうございます。

 第4話、スタートします。お楽しみいただければ幸いです。

 朝晩は、風を少し冷たく感じる日が増えてきた。

 わたしには、寒い季節の旅の経験がない。雪やみぞれが降り続く中を馬で移動するというのは、馬にとっても人にとっても辛いものだろう。少し回り道をしても、気候が温暖な地域を通過する道を選んで進むべきかもしれない。ギーにもオドレイにも、あまり負担をかけたくはない。

 次に立ち寄る予定のトゥルワナーネの町は、街道の分岐点にあたる。この先の道程は、季節の移ろいを見ながら、よく考えて決めることにしよう。


「姐さん! なんか天幕みたいなものが見えるよ!」

「天幕? こんな農地の中に、ですか?」

「うん。人もいる……三人かな?」


 オドレイに乗っているギーからは、かなりはっきりと見えるらしい。確かに天幕らしきものは見えるが、わたしには、人がいることまではわからない。

 こんな収穫が終わった農地に天幕を張っているなんて、いったい何者だろう? まだまだ、日は高い。普通に歩いて行けば、トゥルワナーネには日が傾くまでに着ける。旅人ならば、こんな場所でぐずぐずせずに、先を急いだ方が良い。もしかして、旅手形を持っていない連中だろうか? 盗賊? 荘園を逃げ出した小作人? 用心するに越したことはない。わたしは、いつでも剣を抜けるように準備をした。


 しばらく進むと、わたしにも天幕の周りにいる人々の姿がわかるようになった。

 遅い昼餉の準備をしていると覚しき、中年の女性。重そうなだんびらを振り回して、剣舞の練習をしている若い男。肩から大きな太鼓をさげ、男の剣舞に合わせて叩いている10歳ぐらいの少年。大道芸人だろうか? それならば……、いやいや、油断は禁物だ。

 もし、男がだんびらで打ちかかってきたら、わたしがオドレイから離れて男を引きつけよう。だんびらは重いから、素早い動きは無理だろう。その間にギーが、ポケットから小石を投げてくれるはずだ。少年と女性は、どんな武器を持っているのだろうか――。そんな想像を膨らませながら、天幕に近づいていった。

 そして、何事もなく横を通り過ぎようとしたところで、


「吟遊詩人の姐さん! 良かったら、わたしが作った芋入りの麦粥を食べていかないかい? もちろん、連れの坊やも一緒にね」


と、女性から声がかかった。すぐにもオドレイから降りようとするギーを押しとどめ、剣の柄に手を掛けながら女性の方へ向き直る。


「ありがとうございます。しかし、わたしたちは、先を急いでおりますのでご遠慮いたします」


と、少し険しい顔で返答すると、女性はクスクスと笑いながら、


「粥には、毒も眠り薬も入っちゃいないよ。あんたたちの金や命を奪うつもりはないよ。そんなに怖がらないでおくれ。カヴァニス! その物騒なものを、天幕の中に置いてきな!」


と言った。カヴァニスと呼ばれた青年は、黙ってだんびらを天幕の中へ片づけに行った。少年も、太鼓を天幕の中へ置きに行き、代わりに一人の娘を連れて出てきた。娘は、頭にすっぽりフードを被り、顔の半分以上を隠していた。

 背格好から見て、十三、四というところだろうか? 娘は可愛らしい人形を抱えていた。人形遊びを喜ぶ年頃でもないと思うが、誰にも触らせまいとするかのように、両手でしっかり胸に抱きしめていた。

 カヴァニスが戻って来て、全員が芋粥の鍋の周りに揃った。

 こうして、揃った様子を眺めると、危険な連中ではないように思われたので、ギーをオドレイから降ろし、わたしたちも鍋を囲む位置に移動した。ふと見ると、ギーは、芋粥の良い香りに鼻をうごめかし、必死で涎を垂らすまいとこらえている。もう、食いしん坊なんだから!

 敷物を勧められ、二人で腰を下ろすと、女性は笑みを浮かべながら、自分たちの正体を明かした。


「わたしたちはね、渡(わた)り聖女なんだよ。この男は、カヴァニスといって、剣舞で邪を払う役だ。 

 この子は、パチーノ。太鼓を叩いて剣舞のリズムをとる役だよ。

 この娘は、ヨランダだ。人形遣いをしている。ヨランダは、まあ、いろいろと事情があって、自分の口ではしゃべらないのさ。何か話をしたいときは、この人形――コリーというのだけど、コリーの口を通してしゃべるんだ」

「こりート申シマス。よらんだサンガ、アナタガタハキットイイ人、仲良クシタイ、ト言ッテイマス」


 人形が、まばたきをしながら口を動かして、可愛らしい声でしゃべった。フードから少しだけのぞくヨランダの口元は一切動いていない。「腹話術」というものらしいが、ここまで完璧にできる人形遣いは見たことがない。ギーは、ぽかんと口を開け、コリーをじっと見つめている。


「わたしは、ジャーダ。渡り聖女の元締め。そう言えば聞こえはいいが、まあ、雑用係といったところだね。よろしく頼むよ」

「わたしは、王都からリュートの修業のため旅に出た、吟遊詩人のレオンと申します。この子は、弟子のギーです。二人で諸国を巡りながら、スープニー公爵領を目指しております」

「そりゃあ、まだまだ大変だね。袖すり合うも多少の縁だ。芋粥をぜひ食べていっておくれ」

「ありがとうございます。それでは、遠慮なく」


 作りたての芋粥は、冷えかけた体を内からゆっくり温めてくれた。ギーは、遠慮がちではあったが、2回もおかわりをしていた。夕べ泊まった秋の神殿でいただいた木の実入りのパンを、さっき食べたばかりだというのに! 

 わたしは、ルーデンホフで、餞別としておかみさんたちからもらったドライフルーツを少し持ってきて、粥のお礼としてジャーダに渡した。日持ちがする食料はありがたいと言って、ジャーダは喜んだ。

わたしは、四人をもう一度眺め、気になっていたことを質問した。


「ジャーダさん。あなた方が渡り聖女の一行だということはわかりましたが、肝心の聖女様は、どこにいらっしゃるのでしょうか? 天幕でお休み――というわけでもないですよね?」


 ジャーダは、ひどく困った顔をした。カヴァニスもパチーノも、ため息をついてうつむいてしまった。ヨランダの表情はわからないが、コリーが長いまつげをひらひらさせて、しきりに目をしばたたいていた。

 やがてジャーダが、「まったく困っちまうよ」と呟きながら重い口を開いた。


「実はね、わたしたちの聖女様は、逃げ出しちまったんだよ。ナタリアっていうんだけどね、この前立ち寄った村で、村の若い男と恋仲になっちまってさ。二人で駆け落ちしてしまった。もちろん、どこに行ったかなんてわからない。わたしたちは、今は聖女様がいない渡り聖女なのさ」

「このままじゃ、トゥルワナーネで三年に一度開かれる聖女祭りにも参加できない。せっかくここまで来たっていうのに――。もしかしたら、トゥルワナーネの町にすら入れないかもしれない。聖女様のいない渡り聖女なんて怪しすぎるからな」


 カヴァニスが、食べ終わった自分の汁椀を布で挽きながら、呆れたように言った。その汁椀を受け取ったジャーダが、わたしたちの方へ顔を向けた。気がつけば、カヴァニスもパチーノもコリーも、わたしたちの方をじっと見ている。やがて、ジャーダは栗色の瞳をきらりと光らせながら囁いた。


「そこでだ、あんたたちに折り入って頼みがある。

 レオンさん――。あんた、わたしたちの聖女様になってくれないかい?」

「ええーっ!!」


 ギーとわたしは、天幕が揺れて倒れるのではないかと思われるほどの大声で叫んでいた。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 あれ? 密命は? 大丈夫、実はもう受け取っているのですが、次でわかります。

 明日もよろしくお願いいたします。

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