其の十三 夢の知らせ
まだ、夕食まではたっぷり時間があった。ギーは、あの寝言の後、また寝息を立てて眠りこけてしまった。当分起きそうにない。リュートの手入れをしたり、新しい曲を考えたりしていたが、たちまちすることがなくなってしまった。
ふと思い立ち、昨日、途中までしか見なかったギャラリーへ行ってみることにした。ざっくりした記憶を頼りに、広い城の中を迷いつつ、ようやくギャラリーに辿り着いた。
デルフィーネ様の肖像画の隣には、ご結婚間もない頃の侯爵夫妻の肖像画が掛けられていた。
しかし、現在の侯爵夫人であるテレーズ様やお子様たちの肖像画は、ここには1枚もないのだった。
時が止まった城――。バダンテール様が長くここに留まるのは、本当はあまりいいことではないかもしれない。もっと、今と向き合わなければいけない。そうしないと未来が見えなくなってしまう。
夕食の時刻になった。
昨日の午後から、駅馬車を使って、ナヌーシュ伯爵領に住む友人の結婚祝いに出かけていたマインラート先生が戻って来ていた。先生は、普段は家臣や使用人たちと一緒に食事をしているが、バダンテール様が旅の話を聞きたいと言い出して、居間での夕食に招くことになった。
天空の神殿で行われた結婚式の様子や昼の祝宴での楽しいエピソードなどを、話し上手のマインラート先生は、笑いを交え事細かに語ってくれた。おかげで、少し気まずい雰囲気で始まった夕食は、思っていたより和やかなものになった。しかし、マインラート先生は、最後に気になることを口にした。
「友人夫妻は、近々ゴルチャナに越してくると申しておりました。花嫁がゴルチャナの出身ということもありますが、最近ナヌーシュ領は物騒な事件が多く、治安に不安があるというのです。伯爵家からの各神殿への支援も滞っているようで、養育院や尊老院の運営に行き詰まっているという噂も聞きました。
伯爵様は、侯爵様の義弟にあたられますので、私がこのようなことを申すのは不遜なことかもしれませんが、何かあったときにはこちらにも火の粉が降りかかるかと思われまして」
「叔父上は、領地の状況をご存じなのだろうか?」
バダンテール様が、不安げな顔で質問した。伯爵一家は、ここしばらくは王都で暮らしているはずだ。
「どうでしょうか? ご領地の状況は、家令殿が定期的にお知らせしていると思いますが」
「まあ、そうであろうな。父上とて、全てご存じであろうよ。これまでにも、何度となく叔父上のご相談に乗ってこられたから」
「さようでございますね。いや、いらぬことを申し上げました」
ふうん。ナヌーシュ伯爵家の懐事情は、かなり深刻なことになっているのかもしれない。治安が乱れ、神殿への支援が疎かになるということは、領地経営が問題を抱えている証拠だ。サウミガーレ伯爵領がそうだったではないか。
夕食前に、ベルトルードから聞いた話では、明日から庭師ギルドの職人たちがやって来るという。園丁見習いにでも化けて、庭師たちの様子を探ってみようか。
「バダンテール様! 本日は、森までご案内いただき、ありがとうございました。
そろそろ自室へ下がらせていただきます。お先に失礼いたします、どうぞみなさまごゆっくり」
「ああ。また明日……な」
思い切り明るく、バダンテール様に挨拶をしておく。さっきは、あんなことがありましたけれど、わたしは全く気にしていませんよ、という雰囲気を出しておくことが大切! これで明日は元通りの二人――だと思おう。
そんなことを考えながら部屋に戻り眠りにつくと、不思議な夢が待っていた。
◇ ◇ ◇
姫様は、男装して、ある領主のお屋敷でお子様たちの教育係を務めていた。
姫様は、そのお屋敷で起きている「お家騒動」というものを調べていた。
長男のツルノスケ様は、側室であるオフジの方のお子様で、次男のカメノジョウ様は、奥方であるタカコ様のお子様である。家臣たちは、二派に別れ、激しくいがみ合っていた。
間もなく、どちらかを跡継ぎに決め、届けを出さねばならないのであるが、ご領主様も悩んでいた。
どちらを跡継ぎにしても、恨みを残すことになり、二派の対立はかえって深まることになるだろう。
ある晩のこと、農民のような服に着替え、ひっそりと城を抜け出そうとするオフジの方とツルノスケ様の姿を、姫様は見かけてしまう。二人は、オフジの方の生まれた村へ戻ろうとしていたのだ。
お城でタカコ様のメイドとして働いていて、ご領主様に見初められ、側室となったオフジの方は、ご領主様にもタカコ様にも恩義を感じており、家臣の対立に心を痛めていたのだ。自分たちが行方をくらませば、跡継ぎ問題は解決し、家臣も一つにまとまると考え、二人は城を出ようと決めたのだった。
二人を引き留め、それは本当の意味での解決にはならないと説得する姫様。
そこに、怪しい一団が現れ、三人は捉えられてしまう。姫様の侍女が駆けつけるが、間に合わない。
攫われた三人は、浜辺の漁師小屋に閉じ込められた。姫様を男だと思っている(絶対、女性にしか見えないのに!)怪しい一団の首領は、3人が駆け落ちを企てたが、追い詰められて、小屋に火を放ち、命をたった――、ように見せかけて始末すると宣言する。(ちょっと無理があるんじゃないの?)
小屋の周りに油が撒かれ、いよいよ火が点けられる。絶体絶命だ。
そこに現れたのは、いつもの白い覆面の剣士だ。怪しい一団を次々と倒していく。(早く火を消してよ!)
そして、姫様の侍女に連れられて、城の人たちがも駆けつけてくる。一番先頭に立っているのは、カメノジョウ様だ。そして、奥方様が続いている。人々は小屋に水をかけ、扉を壊し……。
◇ ◇ ◇
今回は、どうやら姫様が、窮地を脱したようなところで終わった。悪い夢ではない気がする。あの後、姫様が懐剣を出して、怪しい一団の首領を成敗する。そして、オフジの方とタカコ様は、思いを伝え合う。やがて、ツルノスケ様は隣の領地の養子となって――とかいう結末だったと思う。たぶんね。
「……姐さん、……良かった……ね……」
ギーの寝言も穏やかだわね。幸せそうな顔で眠っている。どんな夢で、何が良かったのか、ギーが起きたら聞いてみたい気もするが、きっと忘れているだろう。
夢は何かを示唆している。カメノジョウ様に跡継ぎの座を譲るため、オフジの方とツルノスケ様は姿を隠そうとした。そして、ツルノスケ様の身を最も案じていたのは、誰あろう、カメノジョウ様だった。大人たちの思惑はどうであれ、二人はお互いを思いやっていたのだ。
オフジの方とタカコ様も、もともと仲の良い主従だったのだ。競い合うような立場に置かれたが、二人は互いの幸せを願っていた。悪いのは、優柔不断なご領主様よ!
侯爵様の前で、バダンテール様を貶めようとした者を断罪し、親子兄弟が互いの気持ちをきちんと伝え合う場を作ろう。
わたしの剣と任命状が、夢が知らせる前世で見た物語のように、誰もが幸せになる結末をもたらすことを信じて行動するしかない!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
夢を見たことで、お話も動き出します。
明日も投稿します。よろしくお願いいたします。




