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其の十二 若様の胸の内

 森から帰ると、城の裏でグルームと一緒にベルトルードが待っていた。

 ギーを乗せて楽しそうに帰ってきたバダンテール様を見て、ベルトルードが笑顔を浮かべていた。何事にも慎重な領地家令は、二人が手を繋ぎ、昼食が用意された居間へ向かうのを見届けると、わたしの方へ近づいてきた。


「バダンテール様が、あれほど晴れやかに笑っていらっしゃるお姿を見るのは、王都から戻られて初めてのことでございます。きっと、いいことがあったのですな。ありがとうございました。

 先ほど、町へ行かせていた筆頭領地執事のアンジェロと侍女のリーチアが戻って参りました。

 いくつかの店を回り、朝、話し合った通りの注文をさせました。どこの店でも、ご婚約のお相手やお披露目の日程など、かなり細かいことを質問されたそうで、すでに町の人々の関心はかなり高まっているようです。あえてお披露目話を話題にする必要もなかったと申しておりました」

「首尾良くすすんでいるということですね」

「はい。実は、クレペール殿からの書状も届きました。ご婚約のお披露目に関して、手伝えることがあればなんなりと申しつけて欲しいという内容で、他の3人の町名主殿も名前を連ねておりました」

「それは、それは――。考えていたよりも、一気に動き出した感じですね。

 では、次の手を打ちましょうか。城周りの植え込みの手入れをする者を寄越してくれるよう、ゴルチャナの庭師ギルドに頼んでください。もちろん、作業はお城でお雇いの園丁殿に指示をしていただきますが、外の人間が、お城に近づきやすくしておきたいのです。

 ラティエのときと同じように、城の様子を探ろうとして、身分を偽り庭師として入り込んで来る者がいるのではないでしょうか。そういう人間を通して、何かしらの動きがあると思うのです」

「承知いたしました」


 昨晩、わたしの帰りを待って遅くまで起きていたせいか、昼食を終えた途端ギーが居眠りを始めた。

 ゆっくり昼寝をさせようということになり、わたしが負ぶって部屋まで運んだ。ベッドに寝かせ、上掛けを広げているとノックの音がした。


「わたしだ。水を持ってきた」


 ドアを開けると、水入れを盆に載せて、バダンテール様が立っていた。


「まあ! パオラかロレッタに頼めばよろしかったのに。バダンテール様手ずからとはもったいない!」

「よいのだ。あの――、あの城の絵が、久しぶりに見たくなって訪ねてきたのだ」

「ああ――、では、どうぞお入りになって、ゆっくりご覧ください」

「失礼する」


 バダンテール様は、テーブルに盆を置くと、ぐっすり眠るギーの寝顔をちらっと見た後、絵の前に立った。しばらくの間、じっと絵を見つめていたが、やがてゆっくりと目を閉じた。

 細く開けた窓から、風が部屋に吹き込み、モクセイの花の香りを運んできた。風は、バダンテール様の髪を揺らしながら、その整った横顔を優しく撫でるようにかすめていった。わたしはソファに座り、この部屋に満ちた温かく和やかな空気に身を委ねていた。

 いけない! また、人の顔をじっと見つめてしまった! 悪い癖――自分でもよくわかっているわ!

 目を開けたバダンテール様は、わたしの方へ向き直ると、黙って向かい側の椅子に腰を下ろした。やがて、何かを決心したような表情を浮かべると静かに話を始めた。


「レオンは、わたしが王都で起こした騒ぎのことは、もう知っているのであろうな?」

「はい。町の噂で、だいたいのことは。しかし、なぜバダンテール様が、矢場などへ出入りするようになられたのかがわかりません。どなたかのお誘いがあったのでしょうか?」

「誘ってくださったのは、叔父のナヌーシュ伯爵だ。わたしがいろいろと思い悩んでいたときに、市井の者の暮らしを知ることも勉強だとおっしゃり、王都の下町へ連れ出してくださったのだ」

「それで、勉強にはなりましたか?」

「ああ。一見華やかで平和な王都にも、危険で暗い部分はあった。幼い子どもがゴミを漁り僅かな食料を捜していたり、年端もいかない娘たちが飯盛り女になっていたり、その日の暮らしにも苦労している人々をたくさん見た。叔父上は、この社会ではどんな身分に生まれたかで、一生が決まってしまうのだとおっしゃっていた。身分の低い者は、身分の高い者に逆らうことはできないとも――」


 それはそうだろう。否定はしない。しかし、王族や貴族の身分に生まれた者には厳しい義務と重い責任がある。自らの欲望や野心を抑え、国民や領民に安寧と豊かさを保障するために、日々国家や領地の運営に力を注がねばならない。身分に胡座をかき、勝手放題をしていていいわけではない。

 おのれの領地経営の不味さを省みもせず、胡散臭い投資話に人を誘ったり、豊かな侯爵家の乗っ取りまがいのことを考えていたりする男に、そんなこと言われたくないわよ! 悩める若者に、さらに無力感を植え付けることを狙っていたのでしょうけれどね!


「わたしは、母上の犠牲があって、侯爵家に生まれることができた身だ。たいした知恵も力もない。なのに、これまで何の苦労も知らず生きてきた。わたしばかりが、このように幸せでいいのだろうか?

 矢取女のオレリーとウラニーが、娼館に売られてしまうと泣きついてきたとき、何とかして助けてやりたいと思った。しかし、わたしにできたことは、暴れて騒ぎを大きくすることだけだった。

 王都家令のブレイズと父上が、金を使い各所に頭を下げ、事を収めてくれたが、オレリーもウラニーも父親も姿を消してしまった。もう、わたしと関わりたくなかったのだろう」

「お疑いにならなかったのですか? 何もかもすべて、あなた様の優しさにつけ込んだ、卑怯者の醜い企みに過ぎなかったのだと」

「そう言う者もいた。だが、騒動が解決したとき、わたしに手を合わせ、涙を流して感謝していたあの父娘の姿が忘れられない。自分勝手だとわかっているが、あのときは、父娘をわたしの力で救うことができたと思いたかったのだ……」


 バダンテール様は、苦しげに頭を抱え、膝に顔を埋めてしまった。


 どうしようか? 弟がこんな風になったときは、そっと抱きしめて、「あなたは間違ってないわよ。それでいいのよ」って声をかけてやったものだが――。

 バダンテール様は、弟じゃないのよね! いや、似たようなものかもしれない。打ちひしがれた若者という意味では。そういう若者は、優しく温かくいたわってあげなくては。励まして前を向かせるのが、大人の務めってものだわ。それに、ちゃんとドアは開けてあるし、近くに誰か控えているはずだから。余計な心配はしなくても――。


「それならば、それでいいではないですか。父娘が何者であれ、バダンテール様のお気持ちはきっと伝わっています。そう信じていればいいのです」


 わたしは立ち上がり、バダンテール様の側に行くと、小刻みに震える体を優しく抱きしめた。

 ――だけのはずだったのに、逆に抱きつかれて、バランスを崩して、床に尻餅をついたら、そのまま押し倒されて……、ちょっと! いけません! おーい、リベリオー! どこにいるー!

 すると突然、寝ていたはずのギーが叫んだ。


「姐さーーん!!」


 驚いてバダンテール様とわたしが身を起こすと、ベッドの上でギーが天井に向かって手を振っていた。

 また、寝ぼけている! でもね、今日の寝言はいいタイミングだったわよ! 

 わたしは呆然としているバダンテール様を、そっと押しのけ立ち上がった。大げさに服をはたいていると、バダンテール様も慌てて立ち上がり、


「すまない……」


と言って、部屋を出て行ってしまった。開けたままのドアから外を覗いたら、走り去るバダンテール様の後を、リベリオが必死で追いかけていた。

 え? えっ? ええーっ?! 

 バダンテール様が来たときは、ひとりだったわよね。リベリオは、その後やって来たのだろうけど……。

 いったい、いつから廊下にいたのよ?! なんで声をかけないのよ?! どういうつもりなのよ?!

 疲れた――。わたしは、ソファに沈み込んだ。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました

 もう、「ツン」は終わりですね。

 明日も更新します。また、お目にかかれましたら幸せです。

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