其の十 トビネズミ横町で
王立研学院に行くと、門前に人だかりができていた。
門番に尋ねると、中で事件があったそうで、自警団の人々が来ているらしい。事件? 自警団? 気になるが、この騒ぎではとても中には入れてもらえそうにない。
困っていると、研学院の建物の出入り口から、自警団の人々と一緒にマロールが出てきた。「マロールさん!」と声をかけると、一瞬、訝しげな顔をしたが、わたしだと思い出してくれたようで、すぐにこちらに走ってきた。
誰だっけ?と怪しまれてもしかたがない。一昨日と違って、今日はドレスを着てないから!
「ああ、レオンさん、ですよね? 一昨日は、ありがとうございました。あんな楽しい晩餐は久しぶりでした。ええっと、今日は……」
「事件があったと聞きました。何があったんですか?」
「ああ、それが、……一緒にお城に伺った、あのラティエが、先生を殴りつけて出て行ってしまったのです」
「ラティエさんが? お弟子さんだったんですよね? どうしてそんなことに?」
「いやいや、信用してはいけない人物だったのですよ。
半月ほど前でしたか、あいつは、王都の王立研学院のルノダ先生の紹介状を携えて先生を訪ねてきました。ざっと見て、紹介状はかなり確かなものと思われましたが、一応王都へ照会してみました。
人手が足りなかったこともあり、とりあえず使ってみようということになりました。下宿を紹介し、授業の手伝いをさせたり、先日のようにお供をさせたりしていたのです。まあ、特に問題はなかったのですが……。
今日、ようやくその返事が届きまして、ルノダ先生はそんな紹介状は書いた覚えがないということでした。ドービニエ先生が、どういうことかとラティエに詰め寄ったところ、このような騒ぎになりました。
こんなことになるなら、返事が来るまで雇うべきではありませんでした!」
ラティエは、偽の紹介状を使って、ドービニエ先生の弟子となり、デルフィーネ城にやってきた。
バダンテール様の傲慢で我が儘な暮らしぶりを確かめ、ギーとわたしが城に滞在していることも知った。それらをもとにして、町に噂話をばらまいたわけだ。
ゴルチャナでは、周囲からの監視もあって、多少は大人しく暮らしていたバダンテール様は、再び評判を落とし、彼を見守ってきた町名主たちを呆れさせることになった。
ルノダ先生からの返事は、自分が受け取って、始末するつもりだったのかもしれない。何か手違いがあって、ドービニエ先生の手に渡ってしまったのだろう。
もし、ラティエが、バダンテール様の廃嫡を目論む者に関わる人物なら、もう一押し、何か決定的な出来事を企むところだ。例えば、バダンテール様が、女吟遊詩人だけでは足りず、もっとたくさんの女たちを城に閉じ込めたという噂を流すとか――。あるいは、誰からも同情されなくなったこの機会に、一気にバダンテール様を片づけてしまうという方法もある。うわっ、怖い!
おそらく、ラティエは、まだゴルチャナ市内に留まっている。自分がばらまいた噂の効果や広まり具合を確認しようとしているはずだ。そして、次に打つべき手を模索している。
それならば、それをひっくり返す新たな噂をばら巻いて、連中を慌てさせてやろう!
ドービニエ先生への見舞いの言葉をマロールに託し、わたしはトビネズミ横町を目指した。
居酒屋横町と呼んでもいいくらい、たくさんの店が並んでいた。どの店も客層は悪くなく、吟遊詩人を雇ってくれそうな雰囲気だ。大通りから入ってすぐの比較的大きな店に、声をかけてみることにした。
通りの途中の繋ぎ場にオドレイを預け、目指す店を訪ねた。
「いらっしゃいまし!」
ドアを開けると、元気な女の声が出迎えてくれた。店主は、がっちりとした体つきの中年の女性だった。色つやの良い顔をしていて、このおかみさんの店なら、どんな料理を頼んでも旨いだろうと思われた。
「こんばんは。わたしは、王都から参りました、吟遊詩人のレオンと申します。もし、よろしければ、今晩こちらで商売をさせていただきたいのですが。いかがでしょうか?」
「まあ、女の吟遊詩人さんかい? 花があっていいねえ。場所はただで貸すから、チップの取り分は半々でもいいかい?」
「十分ですよ。任せてください。しっかり稼ぎますから!」
「頼んだよ!」
入り口近くのテーブルに陣取り、早速、景気の良い曲を何曲か演奏する。たちまち、注文が入り、リオリワーナの民謡や労働歌などを披露する。演奏を聞きつけて店に入ってくる客もいて、店内は大盛況となった。おかみさんが、果実酒をカップに注いで、わたしのところに持ってきてくれた。
「お疲れ様! 一休みしなよ。あんたのおかげで今日は大繁盛だ。チップは全部持っていきな!」
「いいんですか?」
「ああ、構わないよ。女の吟遊詩人なんて、苦労が多いだろうからね。
そういや、お城の若様が、女の吟遊詩人を連れ去って、お城に囲っちまったって聞いたけど、あんたが知っている娘かい? みんな、気の毒がっててさ、お城に取り返しに行こうかって話になっているんだよ。酷い若様だよね」
この辺りの店にまで、噂は届いているのか。これは、相当広まっているわね。
「おかみさん、それ、……わたしのことですよ」
「えっ! 攫われたのは、あんたなのかい?!」
「攫われたんじゃありません。招かれたんですよ。
実はね、お城の若様――バダンテール様のご婚約が正式に決まったんです。お相手のお名前はまだ申せませんが、かなり高いご身分のお嬢様のようですよ。近々、ご婚約のお披露目をこちらのお城で行うので、余興としてリュートを弾いてくれないかとお誘いを受けたのです。
お城では、立派なお部屋を用意していただいて、お作法なども教えてもらいながら、お披露目の日のための準備や練習をしているんです。今日は、気晴らしに町に出させていただきました。
お城から十分なお手当もいただいているのですが、貧乏性なもので、ついこうして商売をしに来てしまったというわけです」
「そうなのかい? そりゃあ、めでたいお話だねえ。あの我が儘な若様がねえ……」
「ええ。ですから、この話をぜひ広めてくださいな。お祝いムードで、町の景気も益々良くなると思いますから。お願いしますよ!」
遠慮されたが、おかみさんにチップの半分を渡し、お披露目の話を広めてくれるように再度頼んだ。
おかみさんから、同じような店を2軒紹介してもらい、そこでも、噂の女吟遊詩人であることを明かした上で、ご婚約のお披露目の話を繰り返した。今日は、こんなところだろう。
就寝の鐘が聞こえる。だいぶ遅い時刻になったが、オドレイを急がせ城に戻ることにした。
城の門前に人影が見えた。手燭を持ちじっと立っている。わたしの到着に気づき、手燭をゆっくり振り始めた。リベリオだった。
「お帰りなさいませ、レオン殿。ベルトルード殿から、お仕事で町へ行かれたとききました。あの、あまりにお戻りが遅いので、バダンテール様が、大変心配されまして、先ほどまでこちらでお待ちだったのですが……」
「ウフフフ……、かなり怒っていらっしゃいますか?」
「それはもう……、夕食においでにならないので、烈火のごとくお怒りになり、『なぜあいつを町へ出した?』『戻らなかったらどうする?』と……。ギー殿が、自分がいるから、必ずレオン殿はここに戻られるとお話しくださったのですが……」
リベリオと一緒に馬屋へオドレイを連れて行き、空いている場所を捜して繋いだ。
なあんだ。身の安全については心配してくれないのか! まあ、帯剣して出かけているから、そっちは大丈夫って思われているってことか。それでも、一応心配をかけたことを謝らないといけないわね。
リベリオに案内されて、バダンテール様が待っているという居間へ行く。リベリオのノックにいらえがあり、そっとドアを開けてみると、ギーとバダンテール様が同時にこちらに顔を向けた。
「姐さん! おかえりー!」
子犬のように一目散に走ってきて、ギーがわたしに飛びついた。少し腰を浮かせたものの、唖然として見つめていたバダンテール様は、わたしと目線が合うとぷいっと横を向いてしまった。やがて、ゆっくり立ち上がりドアまで歩いてくると、ギーの頭を撫でながらぼそりと言った。
「ギーが心配する。もっと早く帰ってこい! リベリオ、わたしは寝る!」
「はい!」
わたしは、リベリオを引き連れて自分の寝室へ向かうバダンテール様に呼びかけた。
「バダンテール様! ご心配をおかけし申し訳ありませんでした」
「もう良い! レオンも早く寝ろ!」
ようやく、「女」と「小僧」から、普通に名前を呼ばれる存在になれたようだ。やれやれ。
最後までお読みいただき、ありがとうがざいました。
そろそろ「ツン」パートは、終わります。
明日も午後に投稿します。よろしくお願いいたします。




