其の九 新たな醜聞
「ベルトルード殿、バダンテール様が、デルフィーネ城に戻された直接の原因はご存じですか?」
「はい。王都家令のブレイズ・デュシャン殿から聞いた話でございます。
半年以上前のことですが、バダンテール様は王都の矢場に出入りされるようになりました。そこに雇われていた、バダンテール様と同じような年頃の矢取女の姉妹をたいそう気に入り、贔屓にしていたそうです。まあ、チップを多めにやるといった程度のようですが。
その頃、バダンテール様は、いろいろとお悩みを抱えていたらしく、勉学にも身が入らず、侯爵様と対立されることも少なくなかったと聞きます。少しの気晴らしは必要であろうと、矢場への出入りは黙認されておりました。
バダンテール様についておりました近侍によると、姉妹の家は何やら災難に遭い、金に困っていたようです。父親は、小さな借金を重ねたあげく、とうとう娘たちを娼館に売り渡す事態に陥ってしまいました。姉妹に泣きつかれたバダンテール様は、姉妹を引き取りに来た女衒や金貸しと矢場で大げんかをされまして……。自警団が駆けつける騒ぎになりました。
結局、ブレイズ殿が女衒や金貸しに話をつけ、父親の借金を肩代わりしたそうです。姉妹には知り合いの商家へメイド見習いの口を探しました。矢場の店主にも迷惑をかけたので、見舞金を払ったということでした。
しかし、事件から二日後、奇妙なことが起こりました。矢場の店主も女衒も金貸しも父娘も、みんなどこかへ消えてしまったのです。近所にきいて回っても、行方を知る者はおりませんでした。その上、王都には、バダンテール様が、強引に姉妹を囲い者にしようとして騒ぎを起こしたとか、バダンテール様を恐れてみんな逃げたのだとかいうとんでもない噂が流れました。
旦那様は、バダンテール様のご婚約への影響をお考えになって、噂が収まるまでデルフィーネ城で静養するようにと、バダンテール様を領地へお戻しになったのです」
「あのう、ご婚約とは? いったいどなたと?」
「えっ? 国王陛下の末娘、リディアーヌ様とのご婚約に決まっているではありませんか? そのために、陛下はレオンティーヌ様をおつかわしになったのではないのですか?」
えーっ、聞いてませんてば! そのお話は!
たしか、リディアーヌ様は今年12歳。バダンテール様とは、二つ違いか――。年齢的には、丁度良い組みあわせといえるだろう。リオリワーナ侯爵家の財力なら、王女様はご結婚後も、何不自由なく伸びやかにお暮らしになれるだろう。欲しいと言えば、城の一つや二つ建ててくれそうだ。末娘のリディアーヌ様を溺愛する国王陛下は、この縁談をまとめたいに違いない。
それで、わたしにバダンテール様の再教育を命じたのか! 不敬なことを承知で言おう、親バカめ!
まあ、王女様のご婚約者が、身分も財産もあるとはいえ、親や家臣を困らせる放蕩息子ではこの先が心配だ。誰かに頼んで、何とか更正させたいと思うのは当然のことかもしれない。はいはい。わかりましたよ、国王陛下!
しかし、王都での騒ぎは、つまるところ、バダンテール様の少年らしい優しさにつけ込んだ、計画的な詐欺事件ではないのか? 矢場まで用意し全てをお膳立てして、そこにバダンテール様を誘い込み、罠に嵌めたのだろう。用が済んだら、関係者はさっさと雲隠れ。バダンテール様のご気性をよく知る人物が、仕組んだに違いない。良からぬ噂を流したのも、おそらくその人物だろう。
「そもそも、バダンテール様は、なぜ、よりによってその矢場へ出入りすることになったのですか?」
「それは……、テレーズ様の弟、ナヌーシュ伯爵様がお誘いになったからだと、ブレイズ殿は言っておりました。あの方は、そういう場所に詳しいお方らしいので……」
「ナヌーシュ伯爵!」
あまりいい評判を聞かない人物だ。紳士クラブに現れては、領地からの実入りが悪いことを年中零していると、弟のフロランタンが言っていた。さらに、怪しげな投資話で出資者を募っていたとか、私的に両替商まがいのことをしていたとか、神殿に富くじの販売を持ちかけたとか、お金に関わる胡散臭い話題には事欠かない方なのだ。どれも上手くいったためしはないらしいが――。
身の程を知らないというか、変な野心に取り付かれているというか、大言壮語も目立つらしい。王宮でも、良識ある人々は、極力伯爵と距離をとろうとしている。そんな人間が、リオリワーナ侯爵家に繋がっていたとはね。
王都での騒ぎの黒幕は、バダンテール様の廃嫡を画策する者――たぶんナヌーシュ伯爵だろう。
バダンテール様の醜聞が王宮にも伝わり、王女様とのご婚約話が白紙に戻されることを期待したのだろう。バダンテール様の評判が落ちれば、周囲は跡継ぎとしての資質を問題視するようになる。伯爵の実の甥であるメルヒオール様を跡継ぎにという声も上がってくる。そうなれば、ナヌーシュ伯爵と侯爵家のつながりもより深まるに違いない。
ギーの話では、バダンテール様自身が、王都の一件で自信をなくし、自分はこの城に引き籠もり、侯爵家と距離をとるべき存在だと思い始めているようだ。
おそらく伯爵は、バダンテール様がゴルチャナでも、何かもめ事を起こして、さらに追い込まれることを期待しているだろう。今度は、いったいどんな方法で――。
「どうやら、バダンテール様は思い込みの強いところがおありのようです。バダンテール様に、改めてご家族の願いをしっかり思い出していただき、跡継ぎとして、もっと自信と自覚を持っていただく必要がありますね。
まずは、王都にいらっしゃるリオリワーナ侯爵様に、すぐにこちらにお越しいただくよう、お手紙を差し上げてください。理由は――、そうですね、バダンテール様が女吟遊詩人を囲うと言いだして、家臣の言葉を聞かないので、直接、話をして欲しいとでもしてください」
「そんな……、そんな理由でよろしいのですか?」
「かまいません。とにかく急いで帰らねばと思っていただけるようにしてください」
「承知いたしました。レオンティーヌ様の仰せの通りにいたします」
「よろしくお願いいたします。少し調べてみたいことがあります。一度町へ行かせてください」
ベルトルードが、一頭立ての小型の馬車を用意してくれた。夏の神殿まで、これで送ってくれるという。その後は、オドレイに乗って、この前聞いたトビネズミ横町の辺りへ行ってみよう。また、別の噂話が聞けるかもしれない。
夏の神殿に着くと、先日と同じ神官が、受付に座っていた。わたしの顔を見ると、彼はひどく驚いた様子で声をかけてきた。
「ぎ、吟遊詩人のレオン殿……ですよね? 大丈夫でしたか? 昨日から、町はあなたの噂で持ちきりです。あなたが、無理矢理侯爵様のお城に連れていかれて、そのう、側女にされてしまったと――」
「だ、誰ですか?! そのような根も葉もない噂を広めているのは?」
「王立研学院の方ですよ。一昨日、ドービニエ先生とお城に行かれて、直接バダンテール様から聞いた話だから、間違いないのだと言って。
昨晩、いくつもの酒場を巡って、何度もその話をしていたようです。昨日も今日も、バダンテール様が町へ出ていらっしゃらないので、やっぱり話の通りなのだろうと言う者もおりましてね。町名主殿にお知らせして、王都のリオリワーナ侯爵様にご相談しようという意見もあるようです」
やられた! バダンテール様の側女発言を、面倒くさいから否定しなかったら、上手いこと醜聞として利用されてしまったってことね! まあ、バダンテール様が王都でしでかしたことは、ゴルチャナでも噂になっているのだから、今回の話も、然もありなんと思われて、すぐに広まるわけだ。
「神官殿、ご覧の通りわたしは無事です。こうして、自由に城を出てくることもできます。
詳しいことは申せませんが、何者かがバダンテール様を陥れようとして、良からぬ噂をばらまいているようです。決してそれに踊らされることがないよう、町の皆様にお伝えください」
わたしは、神官にそれだけ頼み、オドレイを引き取りに馬屋へ行った。
噂をばらまいたのは、二人の弟子のどちらだろう? マロールは、丸顔の人の良さそうな男で、先生の弟子になって5年になると言っていた。先生の意見に心酔しているようで、著書をさかんに薦めてきた。
ラティエは、眼鏡をかけた男で、眼鏡の印象ばかりが強く残り、はっきりとは顔を思い出せない。上手く議論には溶け込んでいたが、今思えばそれほど頻繁に発言をしたわけではなかった。弟子になってまだ間もないようだった。怪しいのはラティエか?
このまま、王立研学院に寄って、噂を広めた者を明らかにしておくべきだろう。もしかすると、その者はナヌーシュ伯爵と関連がある人物なのかもしれない。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第3話もそろそろ中盤です。
明日もよろしくお願いいたします。




