其の三 若様の悪い噂
夏の神殿に戻る途中、裏通りで見つけた小さな鞄屋で、ギーの旅鞄を買った。代金は、わたしが払った。
「ねえ、さっき、バダンテール様からお金をもらったよ。それを使えばいいんじゃないの?」
「いずれ、ギーにも旅鞄を買ってあげようと思っていたのです。ですから、わたしが払います。弟子としての給金ということにしましょう。
今日は、バダンテール様と出会い、印象づけるためにああいうことをしましたが、お金をいただくつもりはありません。きっと、近々お城から連絡があることでしょうから、そのときに、お金はお返しするつもりです。もし、連絡がなければ、お金を返すという名目でお城を訪ねましょう」
「そうかあ! そういうことか! やっぱり、姐さんは悪知……じゃない、知恵者だね」
今日も、たまたまうまくいっただけ! まあ、ああいう、ちょっと生意気そうな少年は、フロランタンの周りにもいたから、扱いには慣れている。自分の未熟さに気づいて、学問や武術に真剣に打ち込むようなら、結構見込みはあると思う。
でも、バダンテール様は、生意気で我が儘なだけの少年ではないかもしれない。
あの矢取女の少女たちに、とても人気があった。もちろん、ああいう店には珍しい、若い金持ちの客ということもあるだろう。でも、それだけじゃない。きっと、いつもチップをはずんだり、自分がとった景品を与えたりしているのだ。あの子たちが、どんな境遇の子どもなのかを知った上で――。
もう少し、バダンテール様のことを調べてみる必要がある。王都からゴルチャナへ帰されることになった、詳しいいきさつを知りたい。「良からぬ事件」とはどんなものなのか? 再教育の計画はその後だ。
夏の神殿の受付で、町名主のクレペールのことを尋ねたところ、2階から上が宿屋になっている大きな居酒屋を、いくつも営んでいるゴルチャナ屈指の豪商だという。
居酒屋なら、商売の話をするついでに、バダンテール様のことを聞き出すことができるかもしれない。
わたしは、ギーを連れて、クレペールの居酒屋があるカーニング大通りへ出かけた。
街を貫くカーニング大通りは、カタツムリ横町などは比べものにならない、華やかで賑やかな通りだった。公的な施設がいくつも並んでおり、大きな商会や王都の店の支店と思われる有名店も見られた。ようやく探し当てたクレペールの居酒屋も、広い間口の店だった。
こういう大きな店は、専属の歌手や楽器奏者を抱えていて、わたしのような吟遊詩人を雇ってくれる可能性は低い。とりあえず交渉だけはしてみよう。まだ日は高いが、意外と店は混んでいるようだ。わたしたちは、大きな木製のドアを開け中に入った。
「いらっしゃいまし!」
すぐに若い給仕がやって来た。わたしの横でキョロキョロしているギーに、にっこり笑いかける。
「わたしは、吟遊詩人のレオンと申します。こちらのお店で、商売をさせてもらえませんでしょうか?」
「ああ、吟遊詩人さんか。ちょっと待ってくださいよ」
そう言うと給仕は、店の奥へ入り店主を連れてきた。店主は、口元にひげを蓄えた恰幅のいい男だった。居酒屋の店主にしては小綺麗で、ベストのボタンもきっちり留めていた。町名主が営む店を任されているという自負が感じられた。
「わたしが、店主のクリストフだ。うちの店は専属契約をしている歌い手やキタラ弾きが何人かいてね。申し訳ないんだが、あんたを雇うわけにはいかないんだよ。もう少し小さな店が並んでいる、トビネズミ横町辺りに行ってみるといいよ」
「そうですか……、わかりました。ところで、あの、商家のご婦人方やご領主様の奥方様のサロンなどへは、出入りできないものでしょうか? 王都の吟遊詩人ギルドでは、そういう仕事のお誘いもあったのですが」
「あんた、王都から来たのかい? そうだねぇ、確かにご婦人方の集まりには、女の吟遊詩人さんの方が安心だなあ。アハハハ……。しかし、ご領主様のところはだめだ。サロンを開くようなご婦人はいないよ。いるのは、破廉恥な若様だけだ! 行くもんじゃない! 王都にいらしたときも、女がらみの――、いや、子どもの前で話すことじゃないな。とにかく、お城だけは止めときな!
クレペール様は、侯爵家に恩義を感じていらっしゃるから、あの若様が間違いをしでかさないように、いろいろと手を打っているようだが、何しろあそこまで我が儘だとなあ……」
店主は、ギーに一つウィンクをすると、店の奥へ引っ込んでしまった。さっきの給仕が、薄紙に菓子を包んできて、ギーに渡してくれた。二人で礼を言い、店を後にした。
何だろう、女がらみのって? だってまだ14歳でしょう? フロランタンは17歳だけど、そういう騒ぎを起こしたことはないわよ! まあ、女性問題を起こさないように、紳士教育を徹底してきたのだけどね。もし、妙なことをしでかしたら、我が家の領地の一つ、不毛島ことイキニカーダ島へ流してやるわ! 草も生えない不毛島!
ギーがお菓子を摘まみながら、呆れたように言った。
「バダンテール様って、町の人にかなり嫌われているみたいだね! あの矢場にいた女の子たちぐらいじゃないの? バダンテール様を好きなのは」
「そうですね。王都で余程のことをしたのでしょうね。それにしても、バダンテール様は、家臣の気づかいまで迷惑がり、わざと邪険に扱っているように見えます。とても気になります。あえて、みんなに嫌われようとしているのかもしれません」
「へそ曲がりだね! 可愛くないよ!」
アハハハ……、次に会ったときには、ぜひ目の前で言ってやりなさい!
大きな居酒屋は、どこも同じような様子だったので、今日は商売の方は諦めた。夏の神殿に戻り、ギーと二人で荘園の畑仕事を手伝うことにした。そこで、他の神官や巫女から聞いた話も、バダンテール様への批判ばかりだった。本当に、嫌われちゃっているのね!
次の日は、荘園の農作業を手伝いながら、神殿でバダンテール様からの接触を待ってみることにした。
昼になり、神官や巫女たちと一緒に、食堂でのんびりと昼食を食べていると、とうとうやって来た! リベリオが! 出入り口で中を見回し、わたしたちを見つけると急ぎ足で近づいてきた。
相変わらず手巾を手にしているが、汗をかいているわけではないようだ。左の頬が薄赤くなっている。ああ、そういうことか! 昨日は馬車の中でも怒鳴られていたみたいだし、今日もまた出がけに一発食らったってことね――。わたしたちに向かって丁寧に挨拶すると、リベリオは言った。
「吟遊詩人のレオン殿。どうぞ、わが主の城へお越しください。わが主バダンテール様は、この地の領主であるリオリワーナ侯爵様のご嫡男でございます。
あなた様の楊弓の腕前を間近で拝見し、我が主はたいそう心を打たれたそうでございます。
女性の吟遊詩人であるあなた様が、いかにしてあのような技術を身につけることができたのか、是非ともお話を伺ってみたいとおっしゃっております。
どうぞ、今度こそ、私とともに――、えーっと、そ、そちらのお弟子様もご一緒に、わが主の城へお迎えさせていただきたく……」
やっぱり、結局また汗をかいているわ、この人。ギーが食器を片づけながら、誰にともなく言った。
「膝の上だけは、勘弁して欲しいんだよねー!」
「おお! 大丈夫ですとも! 本日は、私一人でお迎えに伺いましたので、馬車にもゆったりお乗りいただけます! 膝の上などとんでもない!」
「本当? なら、考えてみようかな? ね、姐さん」
ギーが、いいというなら、行くことにしよう。バダンテール様の王都での不始末の詳細は、町の噂話だけ拾っていても明らかにならない。やはり、バダンテール様の身近にいる人間に、直接尋ねる機会が必要だ。
怒られっぱなしのリベリオのことも、だんだん可愛そうになってきたしね。もう一度断ったら、彼がバダンテール様に何をされるか少し心配だ。
それにしても、バダンテール様の目的は何だろう? 本気で、わたしから楊弓の話を聞こう――とは絶対に思っていないだろう。それならば、いったいなぜ?
「楊弓のコツについてお話しするだけでしたら、わざわざお屋敷へ伺うこともないと思うのですが?」
「ああ……、いえ……、その、できれば、屋敷で、直接ご指導いただきたい、ということで……」
「まあ……、そういうことならば、伺わせていただきます」
神殿の入り口に泊めてあったのは、昨日見たのと同じ2頭立ての馬車だった。受付の神官に、事情を伝え、しばらくオドレイを預かってくれるように頼み、喜捨としてお金を渡した。神官からは、やや険しい顔で「どうぞ、お気をつけて!」と言われた。別に、伏魔殿に乗り込むわけじゃないのよ! いや、もしかして伏魔殿なのかしら?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
昨日は、お忙しい中たくさん閲覧いただきまして、心より感謝申し上げます!
明日は、いよいよお城へ! また、よろしくお願いいたします。




