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其の二 若様との邂逅

 若様が登場します……。

 カタツムリ横町は、小さな居酒屋や行商人が泊まる宿屋、総菜を売る店などが並ぶ、賑やかな通りだった。矢場やその他の遊技場も何軒かあるが、まだ日も高いので、開いていない店が多い。

 その中で、一軒だけ可愛らしい歓声が漏れてくる店があった。嬌声ではなく、嬉しそうな少女の声である。その店の開かれた窓から、中を覗く。


 一人の少年が、的に向かって矢を放っていた。見ただけで、一流の仕立屋に頼んだことがわかる、高級な衣服を身につけていた。年格好から考えて、彼がバダンテール様に間違いないだろう。

 的の中心を射貫いた矢は、決して多くはないが、的から外すということもないようなので、そこそこの腕前であるといえるだろう。

 少年は、店にいる3人の少女と何か約束をしているらしく、少年の矢が、的の中心に近いところに当たると、少女たちは大はしゃぎする。それを見て少年も笑顔を浮かべ、また、次の矢を射る。


「失礼いたします」


 声をかけ店に入った。店中の視線が、ギーとわたしに向けられた。店主と思われる、柔和な顔の男が困ったようにわたしに言った。


「吟遊詩人さんかい? 悪いね。うちの店は、矢を射るだけの店なんだよ。飲み食いはできない店なんで、吟遊詩人さんは断っているんだ。他の店を当たっておくれ」

「いえ、商売のご相談じゃありません。とても楽しそうだったので、わたしも遊ばせてもらおうかと思いまして。わたしにも矢を射らせてもらえますか?」

「ああ、そういうことか。もちろんかまわねぇよ! 矢は、5本で銅貨3枚だよ」


 わたしは、銅貨6枚を店主に渡し、楊弓と10本の矢を受け取った。

 的までの距離は、12、3mといったところだろう。先ほど、少年が射るところを見ていたのだが、矢は、的まで真っ直ぐに飛び、突き刺さるぐらいの威力はあるようだ。あくまで遊技場なので、的は大きい。これならば――。

 最初の矢を番えて放つ。矢は、一直線に飛び、的の中央の黒い円に突き刺さった。少女たちが、歓声を上げ、手を叩いて喜んだ。少年は、いつの間にか手を止めて、わたしの方をじっと見ている。

 続けて2本放つ。もちろん、どちらも中央の円に吸い込まれるように刺さった。少女たちに加え、ギーまでもが興奮して手を叩いている。店主も矢羽根を整える手を止めて、わたしの動きを見ている。少女の一人が、的に刺さった矢を抜いて片づけてくれた。残り7本だ。わたしは、ギーに声をかけた。


「ギー、何か欲しい物はありますか? 景品として店主殿に頼んでみましょう」

「欲しい物? あ、あの、……ね、姐さんと同じような旅鞄が欲しい!」

「それは、景品としては少し高価ですね。そんなものをねだったら、店主殿が困ってしまいますよ」

「じゃあ……」


 ギーが、迷っていると、横から声がかかった。


「わたしが買ってやろう! もし、残り7本を全て的の中央に当てられたら、わたしが、この小僧に旅鞄を買ってやる! この店では、続けて10本命中させた者はまだおらぬ。そうであったな、店主!」

「はい! 10本のうち8本を命中させたバダンテール様以上の腕前の者を、わたしはまだ知りませぬ」

「射てみよ、女! 残り7本、いや6本でも良い。わたしの前で命中させてみよ!」


 どうやら、バダンテール様は、なかなかの負けず嫌いらしい。面白くなってきた。ギーのためにも、1本も外すわけにはいかないわね。旅鞄、必ず買っていただきますよ!

 わたしは、狙いを定め、次々と的に向かって矢を放っていった。もちろん、どの矢も的を外すことはない。いつの間にか、窓の外から店を覗く者が増えてきていた。そして、いよいよ最後の1本。

 少女たちやギーが、息を詰めて見守る中、わたしは、ゆっくりと矢を番え放った。


 バシッ!


 小気味よい音を立てて、最後の矢が的の中央に刺さり揺れていた。少女たちやギーはもちろん、窓の外から覗いていた人々も、大きな声を上げ、割れんばかりの拍手をしていた。

 バダンテール様は、少し悔しげな顔をしたが、約束を違えるつもりはないようで、ギーを呼び寄せると、旅鞄代として何某かのお金を渡してくれた。店主が、景品のことを聞いてきたので、先ほど払った銅貨6枚を返してもらい、さらに路銀袋から3枚足して、少女たちにチップとして銅貨を3枚ずつ与えた。

 3人とも10歳前後だろうか。店主は、悪い人物ではないようだが、この年齢では、たいした給金はもらえていないだろう。余計な情けをかけたつもりはない。わたしの成功を素直に喜び、拍手をしてくれたことへのお礼だ。バダンテール様は、そんな様子を興味深そうに眺めていた。


 旅鞄を早く買いたいというギーに引っ張られて、慌ただしく矢場を出た。予想通り、バダンテール様が、わたしたちを追いかけて店を出てきた。さあ、何と言ってくるかな?


「おい!女!」

「わたしのことでございますか? わたしは、吟遊詩人のレオンと申します。ついでに、この子は、小僧ではなく、わたしの弟子でギーと申します。先ほどは、この子の願いを叶えてくださり、ありがとうございました」

「吟遊詩人? 確かにその格好は、吟遊詩人だが――。いや、あの楊弓の腕前、吟遊詩人のはずがない!

 おまえ、いったい何者だ?」


 だからー、女吟遊詩人なのだよ! 宮廷を騒がせた悪玉侯爵令嬢とか、国王陛下の密偵とか、まだ名乗るわけにいかないから、もうしばらく、それで納得していてね!

 何となく、睨み合うような感じで、二人とも剣の柄に手をかけ店の前に立っていると、カタツムリ横町の入り口に、豪華な2頭立ての馬車が止まった。ドアが開き、すごい勢いで、馬車から4人の男女が飛び出してきた。4人は口々に、「若様ーっ!」とか「バダンテール様ーっ!」とか叫びながら、こちらに向かって走ってきた。


 バダンテール様は、ほんの一瞬「しまった!」という顔をしたが、諦めたのか一つため息をつき、そのままじっと4人を待っていた。

 4人ともまだ若い。バダンテール様が、侯爵になった後、一番身近でお支えすることになる人たちだから、それは当然かもしれない。一番長身の青年が、額の汗を手巾で抑えながら言った。


「バダンテール様! 町名主のクレペールから知らせがございまして、お迎えに参りました。

 何かお困りのことはございますか? お立ち寄りになった店の支払いはお済みでしょうか?

 お城には、昼餉やご入浴の準備もできております。お帰りになりましたら、すぐに心地よくお過ごしいただけますよう、お着替えも馬車の方にご用意してあります。

 ええと、後は――」

「もういい! リベリオ、城へ帰る! この女と小僧も連れて行く!」

「えっ? はっ? ええっ?! 」


 バダンテール様は、青年をその場に残し、残りの3人を引き連れて、さっさと馬車に乗り込んでしまった。青年――リベリオは、わけがわからないという顔で、ギーとわたしを見つめている。その様子を見て、ギーが、ちょっと頬を膨らませながら言った。


「おいらの名前はギー。こっちの姐さんは、おいらの師匠で吟遊詩人のレオンさん。おいらたち、これから旅鞄を買いに行くから、バダンテール様のお城には行かないよ! そう言っといて!」

「そ、それは、……ああ、鞄屋へはお城に戻る途中でお寄りいたしましょう! ですから、私と一緒に、ぜひとも馬車にお乗りください!」

「立派な馬車だからって、7人も乗るのは無理だよね! おいら、いやだからね! 誰かの膝の上に座らされるのは!」

「大丈夫です! 近侍のシャリエと侍女のロレッタやパオラは、馬車から降ろして歩かせます!」


 なに言ってんだ、この人! 何でもかんでも、あるじから言われた通りにしようと頑張りすぎ! たいした忠臣ぶりだわよ。この際だから、全てが自分の思い通りになるわけではないことを、バダンテール様には知っておいていただこう。少しじらして、さらにわたしたちに興味を持ってもらえれば、こちらの思う壺である。ちょっと、リベリオには気の毒だけどね。


「わたしたちは、お城には行きません。今晩は、夏の神殿の宿泊所に泊まっておりますので、もし、ご用がおありでしたら、そちらをお訪ねください。では、失礼いたします」

「えっ? そ、そんな……」


 呆然とするリベリオに背を向け、わたしたちは、馬車が止まっているのとは反対側にあるカタツムリ横町の出口へ向かった。ギーが、ニヤニヤしながら言った。


「姐さん! 久しぶりに二人で走ろうよ!」

「そうですね。では、……1、2、3!」


 後ろでは、バダンテール様が怒鳴り、リベリオが謝り、他の家臣が悲鳴のような声を上げているようだったが、ギーとわたしは、振り返ることもなくカタツムリ横町を走り抜けた。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 こんな感じです。古典的なツンデレ。

 明日もよろしくお願いいたします。

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