知らずにかけられた魔法
ため息を吐きたいのはこちらの方だと顔を上げたシルヴィはギョッと目を見開いた。息を乱したリュークの顔は赤く、額には汗を滲ませている。
「お、お、俺はっ、お前のことがっ」
喉が苦しげにヒューヒューと音を立て、いかにも苦しそうだ。具合が悪いのかと肩に触れると、反射的に手首を掴まれた。肉の薄い手首に指が食い込む。
「リューク?」
シルヴィの手首を離さず、自身の喉を押さえ口をパクパクと繰り返し動かすとリュークは忌々しそうに舌打ちをした。
「……クソッ、なんで!」
「ん?」
「言葉が、出ない……っ。ずっと前から、おかしいんだよっ。お前にだけ、言いたいことだけが言えない。喉が詰まって、苦しくなる……変、だ」
ゆっくりと一言ずつ切りながら言葉を紡ぐ姿に、漸くおかしいと思った。
言いたいことだけ? 限られた言葉だけ───まさか…。
シルヴィは周囲を見回してから、リュークを建物二階の突き当りの部屋に引っ張り入れた。窓のない部屋は伸ばした手の先も見えないくらい薄暗い。指を弾き、十数個ある蝋燭に明かりを灯す。
物置を片付けただけの狭い角部屋は、二つの椅子と丸いテーブルがあるだけ。乱雑に積み重ねた荷物の上で、蝋燭の炎が弱々しく揺れている。
「便利だな」
「羨ましいでしょ」
「ああ、かなり」
「うわっ、素直。どうしたの? 怖ぁ」
「ガキの頃近所に住んでいたばあ様が魔力持ちで、火種いらずだって言っててさ。よく真似てた。音が鳴るだけで、火花一つ出やしなかったけど」
「結界の亀裂が見えるのだから、訓練次第で伸びた可能性はあったでしょ。練習してみなかったの?」
「やったけど駄目、まるで才能なし。やるだけ無駄だと悟って、さっさと諦めた」
代わりに剣術を磨き、若くして副隊長にまでなった。リュークは態度が大きく口が悪いが、努力家で真っ直ぐだ。
「魔法は誰に教わったんだ?」
「父が先生をつけてくれたの。厳しくて、優しくて。素晴らしい先生だった」
美しいエルフ、素晴らしき師。
いつまでも一緒にいてくれると言ったのに、ある日忽然と姿を消して二度戻っては来なかった。
彼が約束を違え姿を消して半年、誰にも告げずに屋敷を出た。父にだけでなく師にまで捨てられる自分に失望したし、嫌気が差した。
「……すまない」
突然の謝罪の意味がわからず小首を傾げると、リュークは気まずげに顔を逸らして椅子に腰を下ろした。
「家族の話をされるの、嫌い……だったよな」
「嫌いなわけじゃなくて、家族のことはあまり知らないから……聞かれても答えられなくて、困る」
「知らない? 自分の家族だろ」
「事情があって一緒に暮らしていた訳じゃないの」
「そうだったのか……」
椅子を引き、腰を下ろすと木の軋む音がした。
「本題に戻るけど……リュークは、さ」
「うん?」
「答えにくかったら答えなくていいからね。リュークは誰かに呪いをかけられたなんて覚えある?」
「はあ? んなもんあるかよ」
「だよね」
「かけるとしたらお前くらいだ」
「失礼な。わたしがやるなら確実に辱しめる呪いにする」
「嫌な断言はやめろ」
これ以上ないほどはっきりと言うと、リュークは苦々しい顔をした。昔からの友達のようなやりとりがくすぐったくて、つい笑ってしまう。
「……ねぇ、冗談抜きに本当に覚えがない?」
「ないものはない」
「聞いたことがあるかもしれないけど、無数にある呪いの中には人から言葉を奪うものがあるの。単語と言うよりは、そう……感情に繋がるものが。好意だったり嫌悪だったり」
「悪い、意味がわからん」
「えっと……つまり、リュークが人と上手くいかないように言葉を制限するの。好意を伝える……褒めるとか、讃えるとか。そういう他人が聞いていて耳心地のいいものを言えないようにする呪いをかけられているんじゃないかって思うの」
驚愕にリュークは両手でテーブルを叩くと、シルヴィを睨みつけた。
「はあ?! なんだよ、それ! なんで俺が!」
「確証はないけど、さっきのリュークの話からもしかしたらって」
浮かした腰を元の位置に戻し、顎をしゃくって話の先を促す。
「仕事や私生活で魔法使いや魔導士との接点は?」
「……ないことは、ないけど。呪われるようなことをした覚えはないっ」
「