Chapter.11 コール・ストーム
遂に最終決戦!CLAWとロス・ビソンテスの決戦が開始される!生き残るのはどちらか──
ロス・ビソンテスに所属する狙撃手であるマヌエラ・パス・エスピノはコロンビアにかつて存在したカルテルを統べる麻薬王の娘だった。
裕福な家庭でごく普通の女の子として育ち、現在のような殺しとは無縁の生活を送り、更には妹まで産まれていた。
しかし、悲しいことに両親がカルテルに関係していることでカルテル同士の抗争の激化や警察との戦争状態が起こると、メンツの為にも引けない父と娘たちに安全な暮らしをさせたい母によって両親の夫婦仲はどんどんと怪しくなっていった。
そしてそんなある時だったコロンビア警察とアニマル市警、そして麻薬取締局によって組織されたタスクフォースによってマヌエラの実家はある時襲撃に遭った。
組織的に訓練されたプロによる作戦により、素人でしかないカルテルの下っ端や警備は一瞬の内に制圧されていき、気が付けば包囲が完了している状態だった。
そしてタスクフォースが突入作戦を開始しようとしたその時、先に襲撃作戦を察知していた母親はまだ生まれたばかりの妹を抱えた状態で屋敷を飛び出した。
その瞬間だった。母親が抱えていた妹を〝銃である〟と勘違いされたことで母親は娘と一緒に射殺されてしまう。
怒り狂ったマヌエラの父は屋敷に残ったカルテルの構成員と共に復讐に出るが、あっという間に制圧され、最期は四五口径の拳銃で最後の抵抗を見せたところに合計二十三発もの弾丸を体に受けると、まるでズタズタに引き裂かれたボロ雑巾のような状態になって死亡した。
そして奥のクローゼットに隠れていたマヌエラの左目に流れ弾が当たると、眼球が破裂してそのまま左目の視力を失ってしまったのである。
作戦の終了後は病院へと運ばれ、そこで治療を受けていたが目の前で家族が殺害されたことによる精神的ショックで呆然自失の状態となっており、タスクフォースの警官らもカルテル内部の情報を聞き出すに聞き出せない状態だった。
そしてその放心状態で五日ほど過ごした後に病院から姿を消した。
しかし、これは彼女の意思ではなかった。
実態はマヌエラの父のカルテルとライバル関係にあったカルテルに彼女の情報が売られ、組織が完全に崩壊したことを意味する見せしめとして凌辱して殺害し、ネット上にスナッフポルノを流すために拉致されたのである。
居場所を特定されない為に船の中で監禁され、水と食料を最低限しか与えられず、極限状態に陥った彼女が遂に殺害されるというその日が来た時だった。
男がマヌエラを凌辱しようとしたときにマヌエラの中にある生存本能が働くと、油断していた男が所持していた拳銃を奪って男を射殺し、そのまま鍵のかかったドアを破壊して逃走。
船が漂っていた当時は酷い大雨の状態であり、落雷と同時に銃を撃つことで銃声が他のカルテルに聞こえないまま危機を乗り越えると、そのまま海へと飛び込んで逃走を図るが、嵐に飲み込まれて溺れそのまま気絶して海へと流された。
一日後、バルベルデ共和国内の海岸沿いで全裸で気絶していたところを地元住民の猟師によって発見されて介抱されると、そのままその猟師が住まう村へと受け入れられた。
バルベルデ共和国はボリビアと同じく公用語がスペイン語であるため、マヌエラは問題なく適応するものの、実はバルベルデ共和国は当時内戦状態にあり、漁師の村は反政府勢力ゲリラという裏の側面があった。
だが、そのゲリラたちは皆一様にマヌエラに対して優しく接し、その境遇に深い悲しみを覚えてくれた上、衣食住の全てを与えてもらっていた。
そんなマヌエラは〝もう既に人は殺してしまっているのだから、この先躊躇することはない〟と思い、その村へと恩を返すためにゲリラとして戦うことを志願した。
その反政府勢力は裏でアメリカ軍及びCIAと協力している状態にあり、最初は拳銃のスライドの引き方すらまともに知らないマヌエラだったが、そこからプロの戦術を学んで整備もままならない銃で戦う術を叩きこまれた。
最初は中国製のAKを渡され各地を転々として戦っていたが、ある時政府軍の凶弾に倒れた仲間の狙撃手の意思を引き継いで、彼が持っていたウィンチェスター・M70を使い始めると、狙撃手としての才能が一気に開花していき、学んだゲリラ戦術を上手く組み合わせ、政府軍の将校を何人も狙撃して反政府軍の勝利へと貢献した。
そんな神出鬼没で隻眼の狙撃手であった彼女をただ一人生き残った反政府軍の兵士は〝エル・シクロペ〟(一つ目の怪物であるサイクロプスの意)と呼び、その名は政府軍の中で大きく轟いていった。
そして数年が経ち、優秀な将校を失った政府軍はドミノ式に崩れて指揮統制を失っていくと、その隙に反政府軍が首都を制圧してバルベルデ内戦は幕を閉じた。
しかし、結局その反政府勢力も力を得たことで権力闘争による内紛が起こった上に、介入していたアメリカが手を引いたことで最終的には旧政府軍が行っていたのと大して変わらない平和な国とは呼べない不安定な統治が続くこととなった…
内戦が終わった後、元反政府軍の仲間の援助を借りてマヌエラは各地を転々として暗殺業を営み、当時並行で忘れていた両親の仇を探すことに奔走した。
そして数人のボリビアやアニマルシティの警官を殺害した後にオッドホーンことカレン・パッカードによって拾われ、ロス・ビソンテスへとリクルートされたのだった。
そしてあの時にマヌエラの家族を射殺した人物…それが当時スワットとしての活動に従事していたエマ・カストロ・マルチネス二等巡査部長(カルテル掃討作戦当時は三等巡査)だったのである。
「本来ならもっと早く伝えるべきだったんだ。あの時にお前の家族を撃ったのはあのエマであると。だが、その復讐を終えて私から離れていくのが嫌だった。私のもとにずっといてほしかった。だから、伝えるのを焦らしていたんだ。そして今がその時だ。マヌエラ、準備はできているな?」
「イエス、マム。」
「これよりタスクフォース・ブレイブによるロス・ビソンテスの掃討作戦を開始する。これからサンディエゴまで移動し、奴らの本拠地を叩くんだ。」
そう警視が言うと全員は畏まって整列を行った。
整列しているシバサンにナギサは不安そうな顔を向けた。
「…ナギサ、まだ話せそうにない?」とシバサンが言うと、ナギサは何か喋ろうと動きはするが、結局声が出ずにこくこくと頷いた。
「ごめんね。この任務が開始されたら遠くに逃げてほしい。もう僕たちは犯罪者だから、ナギサは関わらない方がいいかも。内通者からのリークを受けたとか言って誤魔化せばいいから。」
そんな優しい声をかけられたナギサは悲しそうな顔をして頷くしかなかった。
「よし、それじゃあ出発だ。」
その無慈悲な号令がかかると皆一様に車両へと乗り込み、ブルドッグウェイの旧署を発進していった。その様をナギサはただ手を振るしかなかった。
そして数時間後、サンディエゴのロス・ビソンテスの本拠地。
「…アンジー、聞こえてるか?」
「聞こえてるよ相棒。今ビソンテスの本拠地に少しずつ近づいてるところだ。奴ら厳戒態勢だな。」
アンジーはメキシコの国境近くの砂漠地帯にあるロス・ビソンテスの本拠地へと、ゴールド・ネームライフルを携えて匍匐前進で移動していた。
体前進にはカーキ色の偽装を纏って先にビソンテスの監視を掻い潜る作戦だった。
ビソンテスの本拠地はまるで軍の駐屯地のように大規模できちんと監視網が敷かれている状態だ。
「いいか、今からシバサンがオフロード仕様に弄ったゼットを使って注意を引き付ける。シバサンが動けばひとまずヒトキリをそちらに集中させられる。そしてその隙にアンジーは高台に乗り込んで気を取られている敵の狙撃手を先に排除。我々もベルベットとグルカで突入する。」
「了解。シバサン、行けるか!?」
「任せといて!」
シバサンはブルーインパルス・ゼットをアクセル全開で動かすと、わざと捕捉されるために先行して突撃、それに気づいた見張りがサイレンを鳴らし始める。
「連中が襲撃を仕掛けてきた!青い日産・ゼットが一台見える!」とビソンテスの兵士が無線連絡すると、それを聞きつけたヒトキリはスープラMkⅣを始動させてヒトキリを追いかけ始める。
そしてその隙にアンジーは消音機を付けたゴールド・ネームを使用して見張りの一人を射殺すると、そのまま監視塔にフックをかけて登っていく。
「じゃあ作戦開始だ。ブルー、ボーイさん、運転を頼む。」
「わかった。」
「了解!」
残ったCLAWとアニマル市警20チームはそのまま正門へとアクセル全開で移動すると、ブルーの助手席に座っているタイラーは溶接で後付けされているベルベット・カスタムに仕込まれていたマシンガンのトリガーを引いて、フルオートの七・六二ミリ弾を前方に乱射して門を破壊してそのまま突入する。
そして後部座席で待機しているエマが指示すると、そのままルフィナはベルベット・カスタムの上部ハッチに乗り込んでM2ブローニングをランボーかのごとく、相手の車両に対して撃ち込み始める。
「いいか、なるべく敵の車両のタイヤを撃って逃げる手段を塞げ!」
「わかってますわ!」
ルフィナはやたら滅多に敵が停めているハンヴィーのタイヤに重点的に射撃を撃ち込んで的確に足回りを破壊していく。
そして中央に位置している本社の入り口を破壊し、そこで車を停めて敵をマシンガンで射撃しながら道を塞いでいく。
「いいか、CLAWクルー。我々がお前たちのマシンガンを使ってビソンテスの雑兵をせき止める。その隙に副長官とオッドホーンを捕まえるか射殺するんだ。頼んだぞ!」
「了解!」
タイラー、エマ、ブルー、エヴァ、ルフィナの五人はそのままベルベット・カスタムを降りると、隊列を組んで本拠地へと侵入する。
「敵が来たぞ!」
本社の内部にいたビソンテスたちも一斉に対抗するために現れると、そこで銃撃戦が繰り広げられる。
そしてやがて四方八方を囲まれ始めて銃撃戦が激化していく。辺りは銃声が常に聞こえる無法地帯と化していた。
「ブルー!右方向のカバーを頼む。ルフィナは私とツーマンセルで動いてくれ。タイラーとエヴァはオッドホーンの確保を優先しろ!」
「了解!」
ブルーが射殺した奪ったスモーク・グレネードを使って、敵の視界を塞ぐとその隙に四人は上の階に続く階段を上っていく。
「なあ、ブルー!一応言っておくがこれだけの数を一人で相手にできるか?」
「前にやった。今は遮蔽物があるし大丈夫。やばくなったら20チームの助けを借りる。」
「今度は死のうとするんじゃあないぞ!」
「大丈夫。生きる。」
タイラーはブルーに握手を求めると、ブルーもそれを強く握り返して契りを交わすと、タイラーとエヴァ、そしてルフィナとエマの二チームは上階へと移動していく。
「…ここは通さんぞCLAW共!」
四人の前に立ちふさがったのはオッドホーンの腹心であるリディアだった。
覚悟を決めた表情で二階から登らせない様に死守する意思を示していた。
リディアはエマへと飛びかかると、そのままダニエルディフェンス・PDWの銃口を突きつけて盾にして三階へ上らせない様に塞いでいく。
「…なあ、私を盾にして本当に安心できると思うか?」
「減らず口を叩くな…貴様がCLAWのリーダーだってことは承知済みだ。家族がいるくせに死ぬのが怖くないのか?」
「いや、死ぬのは怖い。それはもう怖いさ。アレックスとリタに会えなくなるのはハッキリ言って物凄く怖い。だがな、その恐怖心は己の強さにも繋がる。」
「何が…!」
エマは躊躇なくリディアの頭に肘打ちを行って脳を揺らし、リディアも負けじとエマの胸に銃撃を行うが、それらを全てプレートキャリアで受け止めて肋骨が折れる衝撃に耐えながら顔面を殴打していき、ダニエルディフェンス・PDWの銃口を反らすと、腕を蹴って銃を弾き飛ばした。
「ハァ…ハァ…流石に五・五六ミリの弾丸は響くなぁ…!こんな痛みは久しぶりだ…!」
エマは胸部を抑えながら少し痛そうな顔をしている様を見て、リディアは呆然とした表情になった。
何故ならダニエル・ディフェンスPDWの使用弾薬である三〇〇ブラックアウト弾は七・六二ミリの大口径弾薬であるためだ。
「油断しちゃいけませんわ!」
唖然としているリディアに対してルフィナは足元をすくって関節技をかける。
「エマさん、この隙にこいつに手錠を!」
「わかってる!タイラー、エヴァ、急いでオッドホーンと副長官を!」
「舐めるな!」
リディアはそのまま飛び上がって回転して関節技を解くと、ルフィナの顔面に蹴りを入れてダメ押しでエマの胸部に蹴りを入れて胸部のヒビを侵攻させた。
「…マヌエラァ!エマを撃て!」
「…もう捉えてる。」
マヌエラがステアー・HS50の引き金に指を掛けようとした次の瞬間、マヌエラの近くに銃弾が飛び交った。
「指の礼を忘れてもらっちゃ困る。」
数十メートル離れたアンジーがマヌエラの狙撃を妨害すると、二人の狙撃対決が幕開ける。
アンジーは射撃を行った瞬間に身を引いてマヌエラの照準を外れ、一瞬見えたスコープの反射光の位置を頼りにマヌエラはパルクールのごとく高台を移動していく。
マヌエラは他の場所から一瞬見えたスコープの反射に向けて引き金を引くが、それはアンジーの仕込んだ既に射殺されたビソンテスのスナイパーのスコープの反射であった。
明らかにマヌエラは焦っていた。目の前にいる母の仇にあと少しで銃弾を命中させられると思っていたのに、あの時始末できなかったスナイパーがその邪魔をしてくる。
あの時にHS50を持っていけば、バイタルゾーンに命中させられずとも部位破壊にとる失血で絶命させることができたのに、銃が重すぎるという理由で持ちだしていなかったことを後悔した。
そして心に迷いが生じる。このまま死を覚悟でエマを撃つことにだけ集中するか、それともアンジーを撃つことを優先するか。
ここでオッドホーンに言われた〝復讐を終えたら普通の子供として生きてほしい〟という言葉が響き、スナイパーとして一番大切なものである冷静沈着さを完全に失っていたのだ。
そして焦っていたのはアンジーも同様だった。さっきの銃撃は〝わざと外した〟のだ。なぜならばアンジーが考えていた作戦で行える射角ではなかったからだ。
更にはビソンテスの兵士をせき止める為に戦っている20チームの応援まで行わなければならない状態だ。エマが撃たれない様に最大限の気を配りつつ、仲間の支援を行い自分を殺しかけた凄腕の、しかも子供の狙撃手と戦う…
二人の追い詰められた精神はほぼ同様で地獄の追いかけっこを行う羽目になるのだ。
マヌエラはスコープで味方が撃たれているのを視認すると、その射角から撃った狙撃ポイントを割り出すが、またも逃げられてしまう。
アンジーはそんな監視の目を全力疾走していき絶え絶えの状態で躱していく。
そしてマヌエラの集中をリディアからの無線の「撃て」という言葉が焦らせていく。
復讐のチャンスを何十回と逃し続けたマヌエラの苛立ちは頂点に達し始める。
そして一度焦った思考をリセットするために深呼吸をして照準を向けるが、これはアンジーが行った罠だった。
アンジーは数十分の戦闘でマヌエラの狙いが何度も反れていたことに気づき始めていた。狙撃手は基本的に一つのターゲットに集中しなければならないが、狙いが取っ散らかり始めていたのだ。
そして最初に狙っていた標的を考慮するとアンジーは心の中で一つの結論が出た。
「…アイツは、ボスを狙っている!」と。
それが分かった瞬間にアンジーはひらめいた作戦を実行した。それは、あえてエマの近くへと移動してどちらを狙うかをあやふやにさせるというものだった。
相手はまだ子供であることを逆手に取った作戦だった。
マヌエラはこの作戦にまんまと嵌められるとステアー・HS50のスコープには狙える角度のエマとアンジーが映っていた。
そして引き金を引く対象を迷ったその隙がこの勝負の勝敗を分かつことになった。
アンジーはゴールドネーム・ライフルの薬室に弱装弾薬の三〇〇ウェザビー・マグナムを装填して引き金を引いた。
「…私には命を奪わずにお前を止める方法はこれしか思い浮かばなかった…赦してくれ…」
アンジーがゴールドネーム・ライフルの引き金を引いた次の瞬間、飛んでいった弾丸はマヌエラの持っていたステアー・HS50の前方を通過すると、そのままスコープを一直線に貫き、弱装とガラスの抵抗によって威力が弱まった弾丸がマヌエラの右目へと着弾して眼球を破裂させた。
一瞬の油断によってマヌエラは残されていたもう片方の瞳も失い、完全に視界がブラックアウトした。
マヌエラは激痛と共にブラックアウトした視界に混乱すると、脳内で瞳を潰されたことを認知してパニックが起こり始める。
「あああああああああああああああああああああああああ゛!見えない、見えないよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!お母さああああああああああああああん!」
マヌエラは狙撃銃を手放してあたりが見えなくなった状態で落ちない様にじたばた動くしかなかった。子供が玩具を買ってもらえずにだだを捏ねているような時の声を出す他無かった。
そしてその声は無線を通して他のビソンテスの面々にも聞こえていた。
「マヌエラ…マヌエラ!マヌエラーーーーッ!」
オッドホーンの表情は蒼褪めた。愛する娘のエメラルドのように美しい右目を潰されたのだ。
そして何よりも残酷なのが初めて〝お母さん〟と呼ばれたのはこの瞬間だったからだ。
「クソ、クソ、マヌエラ、しっかりしてくれ、マヌエラ…お願いだから!」
「お母さん、見えない、私、目が見えない!何も見えないの!見えない!見えないいいいいいいいいいい!助け、助けてお母さん、助けて助けてよぉ、助けて!お母さん!おかあさあああああああああああああああああん!」
「あぁ…そんな…なんでだ…なんでっ…なんでこんなことっ…」
オッドホーンは膝から崩れると、呆然とする以外に無かった。
しかし、横にいるFBIの副長官はそんなことは関係なく逃がしてくれと言ってくる。
「お前と家族ごっこしてたあんな子供のことはどうだっていいだろう!早く私を逃がしてくれ!」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!」
混乱したオッドホーンはそのまま副長官の顔面を殴りつけると、怒りに駆られた。
そして決意したどうせこの先逃げても性奴隷にされるなら、「刺し違えてでも奴らを殺す」と。
同時刻、シバサンとヒトキリはカーチェイスを繰り返していた。オフロードによるハイウェイとは全く異なるカーチェイスだ。
互いの車でスピードを競いながら、車体をぶつけあって銃撃を行っていた。
他のCLAWのクルーたちが本気の殺し合いをしている間に行われていた二人のカーチェイスはまるで試合のようで何処か牧歌的な雰囲気があった。
ヒトキリはもう既にシバに対してしか興味を持っていなかった。他の仲間のこと等どうでもよく、ただひたすらにスピードを追い求めて最後は殺し合いたいとだけ考えていた。
「何度もスープラぶつけてきやがって!僕のゼットは修理は自費なんだぞ!見ろ、高かったヴェイルサイドのボディキットがこんなになっちゃったじゃないか。新しいの買うのにどんだけ金掛かると思ってるんだ!」
窓を開けながら中指を立てるシバサンに対してヒトキリもまた煽る様に中指を立てた。
だが、そんなカーチェイスも長くは続かなかった。何度も何度も行われた衝突によって内部のパーツが破損してシバのゼットはエンストを起こしたのだ。
「ああ、ダメか。内部パーツが破損しちゃったかも。これじゃあもうゼットは修理しないと動かないや…エンストなんて教習所以来かも…」
そしてそんな様子にも構わずヒトキリは全力でスープラで突っ込んでくる。
もうおしまいか、とシバサンが思った次の瞬間だった。
「ブッキー!」
その声は久方ぶりに聞いたナギサの声だった。ナギサはそのまま社用車のカローラでヒトキリが乗っていたスープラへと激突すると、その勢いでスープラは横転して砂漠の中を漂い、しばらくの間沈黙した。
そしてシバサンがゼットを降りると、ナギサのもとへと向かった。
「ナギサ!?なんでこんなところにいるの!?それに声は!」
「俺も何かできないかと思ってついてきてた…そしたらブッキーのゼットが見えてヤバそうだったから…つい叫んだら声が出たんだ!それに、水臭いじゃないか…俺たち友達なんだし…」
ナギサはなんだか辛そうにしながら腕をぎゅっと掴むと、その意図を汲み取ったシバサンはナギサの頬にキスをした。
「えっ…!?」
「秘密のおまじないだよ。」
そしてシバサンは立ち上がると、背後にはヒトキリが刀を持った状態で立ち尽くしていた。
「…ヒトキリ、これが最後だよ。」
シバサンはそういってグロックの銃口をヒトキリに向けると、ヒトキリもまた刀を構える。
そして銃撃を行った瞬間、ヒトキリは弾丸を真っ二つに切り裂くと、グロックを蹴り飛ばし、ゆっくりと近づいて行って刀を一閃すると、シバは間一髪で避けるが頬に浅い斬撃の傷が入る。
そしてヒトキリがシバサンを刺そうとした瞬間に這いずってグロックを胸に突き付け、一瞬の膠着状態になる。
「いくら刀が速くてもこの距離の銃弾は躱せない!」
シバは引き金を引くが、それと同時にヒトキリは体を反らしてバイタルの致命傷を免れ、シバの肩を刀で少し切り裂いた。
互いに出血する中で戦いはまたインファイトへと移行していく。
ヒトキリの投げた手裏剣がシバサンの胸に突き刺さるが、構わず突っ込んで頭を撃とうとするが上手く当たらず、頬を傷つけるだけに止まった。二人は互いに出血した状態で膝をつく。
「ハァ…ハァ…こんなに怪我したのは始めて…かも…」
出血で頭がくらくらしている状態のシバサンを睨みながら、ヒトキリも胸の傷を抑えた。
「次が最後の一撃になるはず…敵同士じゃなきゃ、殺し合わずに仲良くできたかもしれないのにね。」
それを聞いたヒトキリは意外そうな顔をしながら頷くと、そのまま刀を握りしめた。
そして最後の一閃を行った一瞬、シバサンはプレートキャリアを盾にして刀を胸で止めると、そのままヒトキリの胸に三発の銃弾を撃ち込んだ。
ヒトキリの刀の一閃はプレートキャリアをあと数ミリまで食い込んでおり、あと少し銃撃が遅ければ胴体を完全に切断されていたのは明白だった。
口から吐血したヒトキリはそのまま口に付けていたバラクラバを外す。
「た゛…の゛…し゛…か゛…っ゛…た゛…」と潰れた喉のガサガサの声でなんとか発音すると、そのままヒトキリはその場に倒れて絶命した。
シバサンは銃を地面に落とし、傷を抑えながら駆け寄ってくるナギサに抱き締められながら辛勝を嚙み締めた。
「オッドホーン!」
タイラーとエヴァはビソンテス本社の社長室へと乗り込むと、ドアを蹴り開けると、そこには完全武装した戦闘態勢のオッドホーンが佇んでいた。
「貴様ら…絶対に許さん。お前らは私の地位を貶め、仲間を奪い、大切な娘の瞳までをも奪った…!私から全てを奪ったんだ。その落とし前は着けてもらう。」
「何を言っている!貴様らはテロの幇助を行った上に多数の罪のない警察官を殺害し、事件の重要参考人までも暗殺した。そんな奴らが何かを奪われた等と言う権利があると本当に思っているのか!」
「それに貴様と協力していた副長官は自分から家族を奪った。早く身柄を差し出すんだ!」
「ほざくな!」
オッドホーンは二人に向けてガイズリー・スーパーデューティを撃ち込むと、持っていたライフルを的確に破壊する。
そしてエヴァに向かってスーパーデューティで刺突攻撃を行って怯ませ、引き金を引こうとした瞬間にタイラーは足蹴って転ばせると、そのまま銃を奪って外へと投げ捨てるが、一瞬の隙にオッドホーンはバックフリップで立ち上がった。
そしてタイラーに投げ技を食らわせて腹に蹴りを入れるが、負けじとエヴァも飛び蹴りを食らわせて後退させ、蹴りの二連撃を浴びせるが上手くオッドホーンは受け流す。
しかし、そんな攻撃を受け流したオッドホーンの足をタイラーが掴むと、転ばせようとするが頭に二度蹴りを喰らって怯んだ隙に拘束を解除される。
瞬間的にエヴァはリボルバーを抜くとオッドホーンに撃ち込もうとするが、力で押さえつけられて弾丸を排出して無力化させられた。
そして寝転んだタイラーもキンバーを抜こうとするが、足で蹴り上げて空中を舞った後に一瞬でオッドホーンに分解されて地面へとパーツが転がった。
「悪いな。1911は私も使ってるんだ。」
オッドホーンはキンバーを投げ捨てた後に再度ファイティングポーズを取ると、満身創痍の二人は再度立ち上がった。
「エヴァ、確かにオッドホーンは強い。けど、私たち二人ならやれる。そうだろ?」
「…そうッスね。FBI仕込みのクラヴ・マガを舐めないで欲しいッス。」
「…来い。」
二人がオッドホーンにパンチを食らわせようとした次の瞬間、オッドホーンはエヴァの頬に肘を打ち込んで身を屈めるとそのままつま先でみぞおちを蹴り、膝で顔面を蹴り上げると鼻にクリーンヒットする。
だが、その隙を突いてタイラーはオッドホーンの膝を掴んで壁まで押し倒すと、肘打ちで何度も顔面を殴りつけ、腕を掴んで一本背負いで床に衝突させた。
上からスタンピングしようとするエヴァの片足を蹴って転ばせて再度立ち上がりながら、エヴァを持ち上げると腹に三回ほど蹴りを入れるが逆にエヴァに膝蹴りを喰らって顔を殴打させられる。
段々と体力を消耗して二人とも疲れが見え始めたあたりで、その隙を突いてオッドホーンは脛を叩いて怯ませると、腰からウィルソンコンバット製の九ミリコンバージョンの1911を取り出すが、エヴァがそれのスライドを外して武装解除を行った。
「悪いっスけど…自分も過去に学んで1911バラせるように研究したんスよ…」
だが、構わずオッドホーンは1911のロアフレームを刺突武器として用いると、その一撃がエヴァの肘に明確なダメージを与え始める。
地獄突きを行って怯ませると、腹と股間に蹴りを入れて逆方向に飛び上がり、タイラーの足を蹴り腹に膝を食らわせ、回し蹴りで蹴り飛ばした。
そしてエヴァに致命傷を負わせようと飛びかかるが、タイラーが足を掴んで地面へと叩きつけ、そのまま壁際へと引っ張ってもう一回転させて再度地面へと叩きつけた。
さっきまで殴られたお返しとばかりにエヴァは横っ腹を蹴って上から体重を乗せて腰に肘打ちを食らわせると、二人はオッドホーンの足を掴んで硬直状態にさせるが、そのままオッドホーンは筋力でタイラーを投げ飛ばし、エヴァの足を掴んで関節技をかけた。
そしてエヴァの首を絞め始めゆっくりと絞殺しようとするが、意識が朦朧としているタイラーがオッドホーンの頭に回し蹴りを食らわせた後、エヴァが立ち上がって膝を殴り、姿勢が崩れた隙にアッパーカットを食らわせたことで、オッドホーンは派手に地面に倒れるとそのまま昏倒した。
「ハァ…ハァ…自分らを二人も相手にしてこんだけやるなんて…バケモンっスよ…」
「クソ、ああ…骨が折れたかも…なんて奴だ…だが…倒した…」
「やったッスね…先輩…」
「あぁ…まだ死んでないはず。逮捕すればビソンテスは終わりだ…」
しかし、次の瞬間だった。オッドホーンは気絶したフリをして隠し持っていた三五七マグナム弾使用のデリンジャーをタイラーへと撃つと、タイラーは足を貫かれた。
だが、負けじとタイラーはオッドホーンへと飛びかかると、デリンジャーを奪いあいながら窓際まで移動する。
そしてデリンジャーを中折れさせてもう一発のマグナム弾を抜き取ると、オッドホーンの首を絞めながらエヴァのもとに投げた。
「仕方ない、エヴァ!私ごと撃て!」
「そんな!」
「いいか、もう時間が無い。私は出血してる!構うんじゃない!お前のリボルバーでコイツを撃ち抜くんだ!今回はオートじゃないんだ、きっと運が巡ってくる!」
「先輩…!」
エヴァは近くに落ちていた自分のR8リボルバーを拾い上げ、オッドホーンのデリンジャーに入っていたマグナム弾薬を拾って装填すると、そのまま引き金を引いた。
すると、オッドホーンの胸は貫かれ、その勢いで二人はビソンテス本社の三階から落下すると地面に叩きつけられた。
そしてオッドホーンが倒れたと同時に統制が失われたことを察したビソンテスの兵士たちは攻撃を辞めると、一部は残っていた車両を使って一斉に逃走し始め、他の残った兵士はオッドホーンのもとへと駆け寄った。
ナイフファイトの最中であったエマ、ルフィナとリディアも地面に落ちたタイラーとオッドホーンを見て焦ると、そのまま下の階へと走っていった。
そこには胸を撃たれて虫の息となったオッドホーンと、落下の衝撃で心停止した状態のタイラーがあった。
「おい、しっかりしろナイトウッド!タイラー!おい!」
エマはタイラーを揺さぶるが全く起きる気配がない。
「クソ、仕方ない。今度は私がお前を助ける番だ。」
エマはナイフを使ってタイラーのプレートキャリアを切り裂き、ルフィナに気道を確保させるとシャツを切って胸を露出させ、そのまま胸骨圧迫を開始する。
そして補助をするようにエヴァが息を吹き入れた。
「なあ、起きろよタイラー、私はお前に全てを教えてきた。お前がいなくなったら一体誰がCLAWの後を継ぐんだ!死ぬんじゃない、起きろ!お前は強い奴だ。このぐらいじゃ死なない!」
「先輩、まだ死なないでくれ!まだやり残したことがたくさんあるだろ!」
そしてエヴァが息を吹き入れた次の瞬間、タイラーは息を吹き返した。
「はぁっ…!はぁ…ああ…じゅ、巡査部長。今は何時ですか?というか勝てましたか…?ビソンテスに…」
「ああ…勝った…!私たちは勝ったんだ…!良かった…」
タイラーの蘇生劇が繰り広げられている横でリディアは虫の息のオッドホーンを介抱していた。
「死なないでください…オッドホーン…貴方に拾われた時から私はあなたに尽くすことに生きがいを感じていました…なのにあなたが死んでしまったら、一体、一体私はどう生きていけばいいのですか!?」
「……リディ…ア…マヌエラを…連れてきてくれないか…?まだ生きていたらだが…」
リディアは残ったビソンテスに指示をすると盲目になったマヌエラをオッドホーンのもとへと連れて行った。
「お母さん…?お母さん、どこなの…お母さん…」
マヌエラは手探りで必死にオッドホーンの手を探して握ると束の間の安心を得た。
「マヌ…エラ…お前に…言ってなかったことがある…大事なことだ…」
「お母さん、何を…?」
「すぐそこにいるエマ・カストロ・マルチネスは確かにお前の親の仇だ…お前の父親を撃ち殺したそれは事実だ…だが…父親だけだ…お前の母と妹を撃ったのは…」
オッドホーンは涙目になりながら息を呑み込み、辛そうな声で絞る様に語った。
「私なんだ…」
「へ…?」
「あの時…あの合同捜査の時に私は…麻薬取締局から出向していた…そして屋敷を襲撃するあの晩に銃を持っていると勘違いをしてお前の母と妹を撃ってしまった…それから…お前のことがずっと気になってた。だが、お前は五日後に姿を消した。それ以来必死で探して何か償いができないかと思っていたんだ…けど、結局私は荒れた結果、紆余曲折を経てこんな組織の統領になり、そんな先でお前ともう一度巡り合ってしまった…殺ししかできないお前に私ができることは、いい暮らしをさせて殺しをさせることだけだった…そして、段々とお前に親心が湧いてきた…私は子供が産めない。だから、ダメなのに、ダメなのに、お前の両親の仇なのに…私はお前を娘だと勘違いしてしまった…お母さんなんてほんとは呼ばれる義理はないんだ…この贖罪も…ホントはもっと先に言うべきだったんだ…だから…私を撃て。そしてこの闇の世界から抜け出してくれ…」
「…嫌だ…嫌だ!そんな、そんなことあっていいはずがない…そんなことが…」
オッドホーンは目の見えないマヌエラの手に自分の顔を触らせた。
「ここに…憎きお前の家族の仇がいる…お前の銃で頭を貫いて…終わらせるんだ…」
オッドホーンはリディアの静止を振り切ってマヌエラのホルスターからベルサ・サンダーピストルを取り出すと、マヌエラに持たせて自分の頭に突き付けてハンマーを下ろした。
オッドホーンは瞳を瞑った次の瞬間、マヌエラはサンダーのセーフティをかけると、銃をあたりに投げ捨てた。
「やっぱり無理だよ…だって、確かに私の本当のお母さんと妹を撃ったのはお母さんかもしれない、けど、私はやっぱりお母さんを撃つことなんてできない…私に優しくしてくれてアイスを毎日食べさせてくれて…いい暮らしをさせてくれて…逃げないでよ…最後まで嘘をついてでも私のお母さんでいてよ!」
「そう…か…マヌエラ、やっぱりお前は優しい子だな…それと、リディア…」
「どうしましたか…?」
「私はどのみちもう助からない。感覚でわかる。体の重要な器官が完全に破壊されてる…だから、私に忠を尽くすというなら…マヌエラの…面倒を見てくれ…それから、今まで…本当に…私に尽くしてくれて…ご苦労だった──」
「オッドホーン、オッドホーン!?しっかりしてください、しっかり…」
オッドホーンは完全に瞳孔が開ききって心停止すると、リディアは涙しながらオッドホーンの瞼を閉じた。
そしてその様子をCLAWのメンバーはただ茫然と見ていることしかできなかった。
「…このまま何もしないと誓えるなら、引き渡し条約の無い国にでも逃げろ。」とエマは言った。
「何故だ…情けをかける必要等ない…私を殺せばいいだろう!」
「この作戦は根本的に違法行為だ。お前らは確かに大罪人だが、それは我々もまた同じだ。今ここに築き上げられた死体も全て私たちが作ってしまったものだ。ハッキリ言って私たちとお前たちは本質的には変わらない。それに、お前たちが収監されてもおそらくビソンテスが送り込んだ尖兵に口封じの為に殺されるはずだ。だから私は人の命をたくさん奪ったからこそ、せめて人が死なない選択肢を選びたい。それに、私も一児の子を持つ母親だ。オッドホーンのやったことは確かに歪んでいると思うが、私は本物の愛情を持っていたと思う。だが、お前たちがまたアニマルシティの秩序を乱すというなら、次は容赦しないぞ。」
「……」
リディアはオッドホーンの遺体を抱きかかえると、マヌエラを連れて残ったビソンテスと共に退散していった。
「…そういえば副長官はどうした?」
「おーーーーいみんな!」
CLAWの隊員はシバサンの声が聞こえた方向を向くと、そこには車にロープで引きずられたFBIの副長官がいた。
「コイツおめおめと逃げようとしてたから捕まえてきたよ。こんな砂漠でスーツ着てるなんて明らかに変だし。」
「クソ、お前らこんなことして本当に許されると思うなよ!お前らがやってることは違法行為だ!ムショにぶち込まれる羽目になるんだぞ!」
「副長官、あんたが自分の父を殺したって話、一応聞いときますけど本当ッスか?」
「はぁ?そうだ。あいつは私の邪魔をしようとしたから罠にハメて殺してやったんだ…何か悪いってのか…!」
「…」
エヴァはプレートキャリアについていた無線機を取り外してその音声を副長官に聞かせた。
「私はFBI長官のデイビッド・アンダーソン。報道後にエヴァから話は全て聞かせてもらった。我々としては貴様のしでかしたことにFBIの名誉をなるべく傷つけない形で収拾をつける必要がある。そこで…エイヴァ捜査官。今回の事件は全て君が主導で行った副長官の逮捕作戦だ。君の指名手配も全てはブラフ。お前がビソンテスを倒すために送り込んだ警官も抵抗を受けただけで、全てはFBIに公式に認められたタスクフォースということでどうだろう?全員の昇進も約束しよう。その代わりに今回の作戦の詳細は全て〝口外無用〟とさせていただく。」
「問題ないッスよ。自分はあのファイルの副長官が白日の下に晒されて、法の裁きを受けさせれば十分ッスから。それから、この副長官は?」
「連れて来い。法の裁きを受けさせる。ただし、殺さない程度なら好きにしていいぞ。では副長官、君は解任だ。通信終了。」
全員は元副長官を睨みつけると、満身創痍のタイラーはその辺に落ちていた鉄片を持ってエヴァに投げ渡した。
「ウチにはとある伝統があるんだ。」
「伝統?」
「ああ、〝新入り〟に絶対やってもらいたいことがあるんだ。」
「それは…何っスか?殺しっていうんじゃないでしょうね。」
「いや、違う。私が初めて入った時、こいつと同じく猟奇的な強姦魔が居た。私はこの強姦魔に法の裁きを下す必要性があると考えて殺しはしなかった。だが、とある方法でもう一つの制裁を下したんだ。」
「…その制裁とは?」
「…ナッツ割さ!」
一か月後、CLAWのメンバーはFBI長官との約束通り無罪放免となり、CLAWの組織としての権限も復活したが、あまりにも大規模な戦闘を行ったことで世間に存在が露呈する危険性からほとぼりが冷めるまでの半年間はCLAWではなく、通常のアニマル市警の警官として業務に勤しむことになった。
FBIの元副長官は〝玉無し〟の状態で逮捕され、裁判によって行った悪行の全てを露呈され、合計で四万三千年を超える懲役刑を課された。
エヴァはこの大事件を解決した名捜査官として世間で話題の人物になり、上級捜査官に昇進。
世間ではまるで映画のように事件を解決した伝説のFBIエージェントとして祭り上げられ、彼女の活躍を描いたワーナーブラザーズ制作の実話映画の制作すら発表される始末だった。
しかし、本件を表沙汰にしないためにFBIによってCLAWのクルーとは接近禁止の処分がなされ、ある程度の監視下に置かれながらも現在もFBIのエージェントとして活動している。
CLAWの存在は徹底的に秘匿され、実録本等でも単なる協力していた警官として扱われ、名前は全て偽名でCLAWのCの字も出ないレベルで検閲された。
「クロスボーン、車ってなんの話?」
CLAWのメンバーはシバサンを通してクロスボーンによって呼び出されていた。
「よぉ、シバサン。コイツをエヴァってやつから預かってたんだ。お前らに返せばいいだろ?」
クロスボーンが指をスナップすると、タンジェリンがズィー・カーを徐行させながら出てきた。
「…あれ?この車、私がぶつけたせいでボロボロだったはずじゃ…」
「いやそれがよお、ホントはそのまま返す気だったんだが、俺もメカ好きなもんだからボロボロのこの車が段々可哀そうになってきちまってよ。知り合いを呼んで皆で治してやったんだよ。パーツの調達が難儀だったが板金から何から全部やってこんだけ綺麗になったぜ。」
「パーツ代はどうしたの?」
「匿名で支払われたんだ。俺の口座に。多分あのエヴァってやつが送ったんだろうな。ニュース見たときはびっくりしたぜ。部下の何人かがFBIにパクられちまったが、後日バイクと一緒にちゃんと戻ってきた。いい奴だぜあいつは。それで…この車は誰のモノなんだ?」
「これは…クロウさんのだから…うーん、誰が受け取ればいい?」
「ナイトウッドだ。」
「相棒だ。」
「ボスだ。」
「ボスでしょ。」
「タイラーさん以外ありえませんわ。」
するとタイラーはクロスボーンに鍵を投げ渡された。
「ほんとにいいのか…?ぶつけちゃったけど、大事な車じゃないのか?それこそアンジーかブルーに…」
「いいんだ。相棒はクロウのモノを色々受け継いだし、車も受け継ぐのが筋ってもんだろ?それにせっかくマニュアルに乗れるようになったんだしさ。」
「そう。私はタイラーに乗ってほしい。」
「…みんな。」
タイラーはズィー・カーの運転席に座ると、アンジーから教えられた方法でエンジンをかけると、あたりを転がし始めた。
今の時代からすれば非力な日産製のL20型エンジンが息吹を上げていた。
「…そういえばよ、シバサン。実は直してたら俺も四輪に興味わいちまってよ。貯金で一台買ってみたんだ。」
「へぇ、どんなの?」
「ジャジャーン、あれを見ろ!」
クロスボーンが指差した先にはポンティアック・ファイアーバードトランザムの1977年型があった。
「見ろ、V8のマッスルカーだぜ!せっかく買うならV8エンジンがいいと思ってよ!見てみろ、イーグルフェイスがイカすだろ!」
「ぷぷ…」
「?」
「あははははは!確かにかっこいいけど、1977年型はマレーズ・イラの真っ最中に作られたモデルで出力が下がってるから見た目は凄いけど結構非力なんだよ!」
「え!?そうなのか!?」
「いやでも…カッコいいからいいと思うよ!デザインがカッコいいのは事実だしね!そういうイメージ戦略で売ってた車だから!」
「そうだよな!かっこよければ全て良し!実際めっちゃ気に入ってる!良ければ一緒に乗らないか?」
「…もう、ブッキーとクロスボーンしかわかんない話ばっかされても困るよ!」
話を聞いていたナギサが嫉妬深そうな顔でシバサンに近づく。
「…あれ、あんときの記者じゃないか。あれ、まさかお前ら付き合ってんのか!?」
「せいかーい!この子が僕の可愛い彼氏ちゃんです!」
「ははは!マジかよ!おめでとうな!結婚式をやるなら呼んでくれよ!」
「クロスボーンはイカつ過ぎて結婚式で悪目立ちしちゃうって!」
「それもそうだな!がははははははははは!」
ある時、エヴァに一台の車が届いた。
「…これ、送り先間違ってるんじゃないか?」
「いや、エヴァさん宛てですよ。えーと、送り主はドギー・デッカード警視正っていう人みたいです。とりあえずこっちも仕事なんで置いていきますから。」
「はぁ…」
カーキャリアに乗っていた職員が車のベールを取ると、中には新品同様のパーソナル・ラグジュアリー・カーであるリンカーン・コンチネンタルマークⅣがそこにはあった。そしてエヴァにはこの車に見覚えがあった。
「おじいちゃんの車だ…!でも、なんでこんなところに…?」
エヴァはギラギラの装飾が施された古めかしい運転席へと乗り込むと、そこには一冊の封筒が入っていた。
中身を開けると「この車は私がお前の祖父から譲り受けた車だ。状態は完璧に仕上げてある。大事に乗れ。」との一文が書かれていた。
エヴァがエンジンをかけると、搭載されたV8エンジンのドロドロとした音が辺りへと響いた。
如何にも環境を汚している音がするこの車が小さい頃大好きだったのだ。
エヴァはシフトを入れるとそのまま車にゆっくりと家の周りを走らせた。
そして、段々と悲しい気持ちになってきた。せっかく新しい車を手に入れたけれど、大好きだった皆に共有することができない。
ただ一人で悶々としながらエヴァは「皆に会いたいなあ。」と小さく声を漏らした。




