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44話 駆けるバイク


 荒野を切り裂き、バイクは猛スピードで走り続ける。


 「それで? 具体的にどう変わったんだ?」


 防具の隙間から顔を出して風を浴びていたルナが、目が乾いたのか、もぞもぞと動いてミーヴェルの胸元へと顔をうずめた。「ぴぅ……」と小さな寝息を立て始める。


 (こんな状況でも寝れるとは、自由でいいな……)

 

 呆れつつも少しだけ口元を緩めながら、ミーヴェルは頭上の相棒に問いかけた。


 『先程モ言ッタガ、演算処理能力ガ飛躍的ニ向上シタ。……具体的ニ言エバ、コウダ』

 

 アイの声が響いた、次の瞬間だった。

 

 ――ヒュンッ!


 「うわっ!? っとと!?」


 荒野の砂利を蹴り飛ばしていたはずのタイヤが、突如として『虚空』を踏みしめた。

 あり得ない。200キロもの重量があるバイクが、急な上り坂を駆け上がるようにして、何もないはずの空中に向かって斜めに走り出したのだ。


 「おいおいおい!? なんだこれ!? 空走ってんぞ!?」

 『前ハ旧文明時代ノ残存軍事衛星ヤネットワーク越シニ空間ヲ見テイタガ、今ハ大気中ノ【ナノヘイズ】ソノモノヲ使ッテ、直接空間ニ干渉デキルヨウニナッタ』

 

 眼下に荒野が遠ざかっていく中、パニックになるミーヴェルをよそに、アイは平然と続ける。


 『ツマリ、空間ヲ直感的ニ掌握シテ、物理的ニ書キ換エル事スラ可能ダ。今ミーヴェルガ走ッテイルノハ、アイガヘイズヲ強制結合サセテ作ッタ見エナイ道ダ』

 「なるほど、大気中のヘイズそのものをハッキングして足場を作ったってことか……! そりゃすげえけど、お前ッ、やる前に言え! 高いところは心臓に悪いんだよ! 下ろせ下ろせ!」

 

 ミーヴェルが冷や汗をかきながら抗議すると、アイはどこか満足げに翠のレンズを明滅させ、再びバイクの軌道をなだらかに地上へと戻した。

 ズサァァァッ! と、再び荒野の土を踏みしめる。


 「はぁ……はぁ……。寿命が縮むかと思ったぞ。……でも、それだけデタラメな真似ができるなら、前に遭遇したあの……なんだっけ、黒いやつ? あれも今のお前ならあっさり排除できたりするのか?」

 『『論理生命体』ノ事ダナ』

 「そう、それ。……で、結局なにそれ?」

 『……長クナルシ、ミーヴェルニハ理解不能ダロウカラ省ク。ソレヨリモ、喜ブノハ早イゾ。ソイツヲ倒セルカトイウ問イニ対シテハ、深刻ナ問題ガアル』

 「深刻な問題?」

 『ソウダ。今回換装シタノハ、アクマデ脳ミソデアル「基板」ダケダ。アイノボディヤ冷却機能ハ旧式ノママ。ツマリ、圧倒的ナ演算能力ニ対シテ、機体ノ排熱ガ全ク追イツイテイナイ』

 

 アイが自らのレンズをチカチカと点滅させながら、淡々と恐ろしい事実を告げる。


 『サッキノ数秒ノ空間固定ダケデモ、私ノ内部コア温度ハ規定値ヲ超エカケタ。高出力ナ干渉ヲ長時間、アルイハ連続デ行エバ、確実ニ熱オーバーヒートヲ起コシテシステムガ焼キ切レル』

 「マジかよ……。超高性能なエンジンを、ボロい軽自動車に乗っけてるようなもんか」

 『ソノ表現ハ少々腹ガ立ツガ……概ネ間違ッテハナイ。ダカラ、論理生命体ノ完全排除ヲ私単体デ行ウ事ハ、排熱ノ限界ヲ迎エル為不可能ダ』

 「なんだよ、結局倒せねえのか」

 『最後マデ聞ケ。私単体デハ無理ダト言ッタダケダ』

 

 アイは力強く断言し、ミーヴェルの頭上で駆動音を響かせた。


 『ヤツノ“論理装甲”ヲ中和シ、一時的ニ物理攻撃ガ通ル状態(実体化)ニ引キズリ降ロスコトハ可能ダ。具体的ニハ、魔法ヲ無効化スル高度ナ【局地ジャミング】ヲ応用スル。……トドメハ、ミーヴェルガ刺セ』

 「なるほどな。お前が相手のズルい能力を丸裸にして、最後は俺の仕事ってわけだ。上等じゃねえか。要するに、お互い無茶はできないから『ここぞ』って時しか使えない。そういうことだな」

 『分カッタカ。ナラバ良イ』


 相棒の頼もしい言葉に、ミーヴェルはニヤリと口角を上げて前を向いた。

 その時だった。


 『……ミーヴェル。前方ノ大気中ヘイズ濃度ガ、異常ナ数値ヲ示シテイル。警戒シロ』

 「ああ、一気に視界が変わったな」

 

 走り続けることしばらく。ミーヴェルの視界にも、明らかな異変が映り始めていた。

 目の前の空間の『淀み』が、先ほどまでとは明らかに変わっていたのだ。

 他種族が魔法を乱発したせいで発生する、極めて高濃度のナノヘイズの霧。それが、道中にあるはずの『ファランの里』の周辺を不気味な紫黒色に染め上げ、分厚いベールのように覆い隠している。

 呼吸をするだけで肺が重くなるような、濃密な死の気配。

 

 ――ズドンッ! ドォンッ……! ドドダンッ!!

 

 突如、濃霧の向こう側から、空気を震わせるような重低音が連続して響いてきた。


 「なんだ? 今の爆発音……。魔法か? ってことは、里を襲ってるのはただの魔物か?」

 『……イヤ、コノ濃霧ト距離デハ詳細ナ解析ハ不可ダ。モウ少シ接近シナイト分カラン』

 「チッ、なら近づくまでだ」

 

 ミーヴェルはさらにアクセルを煽り、分厚いヘイズの霧の中へと突入していく。

 少し進んだところで、再びアイのレンズが明滅した。


 『……解析完了。ミーヴェル、襲撃者ハ魔物デハナイ。里ノ内部ニ「ヘイズ・コレクター」ノ気配ヲ多数検知シタ。……今、周囲ノ巨木ガ魔法デ爆砕サレタ』

 「木を? なんでそんなことを……いや、待てよ」

 

 ミーヴェルは眉をひそめ、すぐに最悪の正解に行き着いた。

 

 「あいつらに魔法を直接ぶち当てたら、逆に餌になるだけだからか?」

 『ソノ通リダ。ダカラ木ヲ切リ倒シ、ソノ巨大ナ「物理的質量」デ圧殺シヨウトシテイルノダロウ。……倒木ニ巻キ込マレテ、里ノ家屋モ多数倒壊シテイル』

 「物理攻撃か。だが、相手はヘイズの塊だぞ? 木で潰したくらいじゃ死なねえだろ」

 『アア。実体ガアルカラ下敷キニハナルガ、核ヲ壊サナイ限リ何度デモ這イ出シテクル。……恐ラクエルフ達モ承知ノ上ダ。自分達ノ家ヲ巻キ込ンデデモ、数秒ノ足止メヲスルシカ逃ゲル手段ガナイノダロウ』

 「……チッ、文字通りの地獄絵図だな」


 アイのレンズが不吉な赤色に明滅する。


 『更ニ悪イ知ラセダ。里ノ中心部ニ展開サレテイル「巨大ナ防御結界」ガ、現在進行形デ外側カラ削リ取ラレテイル』

 

 ミーヴェルは目を細め、分厚いヘイズの霧の先を見つめる。

 アイが言っていたバージョン4.0の性能テスト――そのお膳立てとしては丁度いい。


 「行くぞアイ! その結界が食い破られてる場所に案内しろ!」

 『了解』

 

 ミーヴェルはスロットルを力強く捻り込んだ。

 

 ――ブォォォォォォンッ!!

 

 野蛮な咆哮を上げるバイクが、分厚いヘイズの淀みを物理的に引き裂いて、地獄と化した里の内部へと一気に突っ込んでいく。




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