カルナバルの野望、4(完)
イオーサは、操縦桿を握り画面を見つめる。
新兵器は、惑星の裏側で助走距離を稼いでからUターン、あとはひたすら加速を続けて、アスカロンに体当たりする。
それまでの間に、ノーラ艦隊が宇宙ステーションを守り切れるかが問題だ。
ロッセルが大丈夫だと言っていたので、イオーサは、その点はあまり疑っていなかったが、万が一という事はある。
それに、新兵器の性能にしても、完全に信頼しているわけではない。
「このビームラム、本当にシールドを突破できると思う?」
通信で、指令室にいるロッセルに聞いてみる。
「さあな。はっきり言って、貫通力が足りるかは微妙だ……。今、いろいろ仕掛けているが、上手く行くかは微妙だな」
「そっか」
「不安なのか?」
「よく、わかんない……こういうのは初めてだし」
「仮に出力不足が原因で失敗したとしても、それはおまえのせいじゃない。まっすぐ行って、突っ込むことだけを考えるんだ」
「わかってる」
イオーサは深呼吸し、心を落ち着ける。
到達まで残り三十分を切ったが、今の時点では、まだやる事がない。
イオーサはモニターの表示を切り替える。
ノーラ艦隊は、今まで維持していた六方格子陣形から、別の陣形に切り替わるところだった。
「陣形が動いてるけど、これってこっちの突撃に合わせて動いてるの?」
「そうだな」
しばらく見ていると、ノーラ艦隊の陣形が変わる。
アーニック大佐が通信の向こうで何か言っている。
「おかしいだろ。なんでアローファランクスなのに横に突撃できるんだ?」
「スプリット大尉は、そういう人ですので……」
「やはり無理がある。少し崩れかかっていないか。……いや、これは持ち直すか?」
何か常識外れのことをやっているのだと、イオーサにもわかった。
ノーラは、これでなければ勝てないと判断したのだろう。
「私の突撃が失敗した場合に備えているのかな」
「ん? ああ、その可能性はあるな……」
「待った。海賊艦の動きがおかしい……これは……」
アスカロンの周囲に控えていたガウス艦が動き始めた。
アスカロンの左舷側を目指して移動している。
まるで新兵器の進路を塞ぐような位置だ。
「これは旗艦を守る盾のつもりか? 海賊なんてならず者の集まりだと思っていたが、意外だな」
ロッセルが感心している。一方、大佐は冷ややかだった。
「海賊にそんな忠誠心があるものか? 指揮官に騙されているのでは……」
「え? 騙すって……いやいや、指揮官が部下にそんな命令を出すわけないでしょう? 海賊にだって仲間を想う心はありますよ、たぶん」
「まあ、君がそう思いたいなら止めないが……」
指令室では、何かどうでもいい意見の食い違いがあるようだが。
イオーサはそのガウス艦の群れを障害物と捉える。アステロイドレースのハリボテ小惑星と同じだ。
ただ、数が多い。
ハリボテ小惑星は、あくまで突破させる気のある障害物だったが、これは乱雑に並んで、動いている。
「……アスカロンが見えづらくなった」
「落ち着いてよく見ろ。隙間なく船を並べることなんかできない。そんな事したら衝突するからな。必ず隙間はある」
「でも、二重三重に重なってたら?」
「海賊にそんな正確な動きができると思うか?」
「……騙してやらせているなら、正確さ以前の問題だと思うがな」
イオーサは目を凝らして、それぞれの船の動きを見る。
既にかなりの速度になっている。ほぼ一直線に通れるルートでなければ、突破できない。
「見えた。いけそうなルートがある……」
「よし、そのまま突っ込め。おまえならいける!」
敵の対空砲火が火を噴く。
無数のレーザが格子を組むように放たれ、新兵器の行く手を塞ごうとする。
何発かが命中して、新兵器に搭載してあるシールドがバチバチと火花を散らした。
「……くっ」
イオーサはその火花を見ながら、軌道を微調整して、レーザーの弾幕が薄い所へと潜り込んで行く。
それでも弾に当たるレーザーが、とうとうシールドを破った。
「シールドが……どうしたらいいの?」
「先端のビームラムが壊れないことを祈るしかないぞ」
レーザーがさらに襲い掛かる。
外側に張り付けていた動力炉の一つがちぎれ飛び、爆発した。
「パーツが脱落した、重量バランスが変わるぞ!」
「無茶な……」
この新兵器に推力変更スラスターはない。
採掘母艦から引っ剥がして、ついさっき取りつけた物だ。そんな詳細なプログラムを組む時間などなかった。
イオーサは、機体のスピンを、方向転換用のスラスターで強引に抑え込む。
「あと10秒」
ビームラムを起動。
イオーサは、改めて操縦桿を握る。
ガウス艦の群れを突破。
画面が暗転した。
〇
「命中だ、よくやった」
俺は、イオーサにそう呼びかける。
大佐が渋い顔をする。
「効果を確認する前から、誉め言葉を発するのはどうかと思うがな……」
「厳しいですね」
「命中したことは評価しよう。観測、急げ」
拡大画像が出る。
アスカロンの全長が半分になっていた。しかもコマのようにグルグル回転している。
半分になっても1500メートルの全長があるはずだが……スケール感を失うほどの高速回転だ。
遠心力で、パーツがはがれてバラバラと飛び散っている。
「これは、撃沈と見ていいのでは?」
「そうだな。中に人がいても無事では済むまい。だが、まだ油断ならん。海賊艦1500隻が残っているぞ」
「それは……まあ、そうですね」
俺は苦笑いする。
ノーラの艦隊が、アスカロンの影に隠れていたガウス艦の群れに突っ込んでいくところだった。
海賊艦隊は、旗艦を失って混乱状態にある。
立ち直る前に、あの200隻のガウス艦はデブリに変わっているだろう。
五秒に一隻ぐらいの割合で沈んでいく海賊船を見て、大佐も意見が変わったらしい。
「ああ、そうだな……。バイスト少佐。今の所、君のここでの仕事はなくなったぞ」
「そのようですね。ではお先に」
俺は指令室を出て隣の部屋に入った。
そこは待合室のような場所だが、今だけは……監禁部屋とも言える使われ方をしている。
マリエアだ。爆弾付きの首輪は延期されたが、今も厳重に見張られていた。
マリエアは、隅の椅子に座ってつまらなそうにしていたが、俺に気づくと、慌てて立ち上がる。
「終わったんですか? どうなりました」
「アスカロンは沈んだ。大勝利だよ。ノーラはこれから残業だけどな……。俺たちの仕事は終わりだ」
「じゃ、イオーサさんの所に行きましょう」
「そうだな」
見張っていた兵士は、既に大佐から指示を受けていたらしく、俺たちを通してくれた。
俺とマリエアは、倉庫へ急ぐ。
倉庫のコクピットの張りぼてのハッチは開いていたが、イオーサの姿がない。
コクピットの中をのぞくと、イオーサは座っていた。
何もない空中を眺めている。
「おい……大丈夫か?」
「あ、うん」
イオーサは、のろのろとコクピットの外に出てくる。
マリエラがイオーサに抱き着く。
「やりましたね。信じてましたよ」
「うん。頑張ったよ。マリエアのためだもんね」
イオーサもマリエアを抱き返した。
「さっき、コクピットの中で何か考えてたのか?」
俺が聞くと、イオーサは、なんだっけ? というような顔になった後、すぐ思い出したのか答える。
「私さ、百年以上もアステロイドレースやってたのに、一発もミサイル撃った事なかったな、と思って」
「そうか? 一発も?」
「最後の最後で撃てないかも、って思ったんだけど、普通に行けたから、なんでかなって……」
「それは、今までは撃つのにふさわしいタイミングじゃなかったってだけだろ」
「……そういうもんかな」
次はエピローグですね
……いつも何を書いたらいいのかよくわからぬ





