カルナバルの野望、3
戦闘開始から三時間が過ぎた。
ノーラは戦艦を三つのグループに分けて、交代させていた。
まず、第一のグループが、盾となって攻撃を受けながら、海賊船の中の一隻を選んで、その動きを正確に計測する。
次に、交代した第二のグループが前に出る。このグループはレーザー艦のみで構成されている。
動きを計測してある海賊船に攻撃を集中して、シールドを破る。
そしてガウス艦のみで構成された三つ目のグループが、装甲を打ち破り、その海賊船を確実に沈める。
終わったら、最初に戻る。
三十分かけて、これを一周する。
その手口で、今、五隻目の海賊船を撃沈した。
こちらの被害は、まだゼロ。
理論上は、永遠にこの動きを続けていればノーラの艦隊が勝つ。理論上は。
「こんな事、いつまで、続けられるかしらね」
十分に一度の陣形変更は、かなり厳しい。
常にどこかが動いている状態だ。
僅かでも集中力が途切れれば事故が起こるだろう。
だからといって自動化はできない。
動きがパターン化すると、敵に弱点を見抜かれるので、毎回少しだけ変更して……
副官のハルニアが、ため息をつく。
「……あと七百時間ぐらい続ければ、巨大戦艦以外は全滅させられるっすね」
「一か月か」
絶対に無理だ。
もし三日も続ければ、睡眠不足で判断力が鈍って、壊滅するだろう。
仮に、一か月続ける事ができるとしても、その前に援軍が来るから、意味がない。
問題は、敵がどう考えるかだ。
こちらが自滅するのを待つか? それなら好きなだけ時間を稼げる。
あるいは付き合いきれないと思って強硬策をかけてくるか? それなら逆にその隙をつく。
「とにかく次の陣形変更を……ん?」
ヴィジャボードの端に表示されたそれを見て、ノーラは、何かの間違いかと思った。
速すぎる速度と小さすぎるサイズを確認し、理解する。
新兵器だ。
それが、到達するタイミングを計算する。
およそ四十分。ということは……。
ノーラは全艦隊に通信を繋ぐ。
「作戦を変更します。表面上は現状のまま、第一グループが防御を担当。第一グループから第二グループへの交代時に、少し複雑な動きになります」
喋りながらヴィジャボードを操作する。
ハルニアはその操作をじっと観察しながら、言葉で概要を伝える。
「第二グループをリング状に展開して……これはアローファランクスっすね。ターゲットは敵グループCかな? この動きはちょっと難度高いから、みんな気合入れて行くっすよ」
「少し違います。この陣形は、アローファランクス改」
「え?」
ハルニアはヴィジャボードとノーラの顔を何度も見返す。
「ちょっと待ってくださいノーラさん。アローファランクスは知ってるけど、改ってなんですか、聞いたことありませんよ」
「当然でしょうね。これは私とロッセルしか知らないから。陣形変更の時に、必要に応じて指示を出します」
ノーラは、指揮官として言うべきことを言っただけのつもりだった。
だが、ハルニアはニヤニヤと変な笑みを浮かべる。
「ノーラさぁん……」
「何? 作戦中は大尉と呼びなさい」
「……そうっすね。あと作戦中なんで、のろけ話は控えて欲しいっす」
〇
アスカロンのCICでは、海賊たちが苛立っていた。
三時間戦っても、敵は交代防御を延々と続け、その合間に海賊船数隻を沈めて見せた。
マートスには胃が痛い状況だ。
全体から見れば大した被害ではない。
だが、上に立つ者がそう言い捨ててしまったら、部下がついてこない。
だから黙って耐えるしかないが、士気は下がっていく。
「これ以上、何の希望がある? あいつらは、ここから巻き返せる自信でもあるのか?」
苛立ったカルナバルが言う。
誰も何も答えない。ただ、早くこの時が終わればいいという空気が、場を満たしていた。
「なんだ、敵の陣形が変わるぞ」
海賊の一人が気づいて指さす。
マートスはその動きを見て、ほっとした。
「あれは、アローファランクスです」
「なんだそれは」
アローファランクス。
それは元艦隊指揮官、アルゴニス少将の考案した一点突撃陣形の一種だ。
艦隊の一部にウロボロス陣を作らせ、その内側で残りの船を一塊にして、目標に突撃する。
一点突撃は、全ての船がタイミングを合わせて動かなければない。
だが、普通のやり方では、敵からの妨害が入って難しい。
そこで一部を突撃から外して防御に専念させる。
突撃できる船は少し減るが、精度が上がるので、効果は高い。
アルゴニス少将は、この陣形でいくつもの戦果を挙げ、前線から退いた後は教授となった。
マートスもアルゴニス教授の生徒だった。
だからこの陣形について、よく知っている。
もちろん弱点も。
最大の弱点は、陣形を見せた時点で、突撃する方向がバレてしまう事だ。
円形のウロボロス陣の内側から射出する都合上、突撃できる方向は円の軸線上に限られる。
「円の軸線上は……これです」
200隻に分けたガウス艦の小艦隊。
レーザー艦隊と混ぜて配置した方。それが狙われている。
シールドはレーザーに弱く、装甲はガウス砲に弱い。
であるなら、敵のガウス艦を減らせば、残ったレーザー艦の価値は低下するし、シールド残量が減っても精神的な余裕ができる。
だから、不利な状況から一発逆転で沈めに行くならガウス艦だ。
だが、それは艦隊戦の定石でもあり、読みやすい。
素直に攻撃を許すわけがない。
カルナバルはニヤリと笑う。
「追い詰められて焦ったか。マートス。こういう時はどうする?」
「まず、ガウス艦は機雷を散きながら後退します。さらに周囲のレーザー艦の攻撃を集中させ、敵の侵攻速度を押さえます。うまくすれば、かなりの被害を与えることができるでしょう」
「では、それでいこう」
戦果が上がらない戦いに苛立っていたカルナバルは、是非もなくこの案を承認した。
だが、マートスは、ヴィジャボードを操作しながらも不安が消えない。
マリリノスから来たノーラも、アルゴニス教授の指導を受けていたはずだ。
アローファランクスの弱点も知っているはず。
何か、何かがおかしい。
「左舷より何かが接近!」
海賊の一人が叫ぶ。
「何かじゃわからん。ちゃんと報告しろ」
「いや、でも、なんだこれ……速度、秒速2000キロ。サイズは、40メートル以上60メートル未満、たぶん人工物です」
「高速艦か? いや、戦闘機? どこから来たんだ?」
その物体が飛んできた方向を見るが、何もない。
海賊の一人が視線をうろうろさせながらつぶやく。
「そう言えば、戦闘が始まった直後に、宇宙ステーションから逃げた何かがなかったか?」
それにマリエアが乗っているかもしれないとは思ったが、無視した。
ワープドライブを詰める大きさではなかったし、そもそも海賊たちにとっては、マリエアなんてどうでもよかった。
配備された船の一つをそんなことに無駄遣いしたなら、むしろ歓迎したいぐらいだった。
その油断が仇となった。
カルナバルはため息をつく。
「まあいい。これは戦闘機か? どうやって攻撃するつもりなんだ? 今から減速しても、一瞬で横を通過するんじゃないか?」
「今、観測中です。これは、前面にレーザー砲が……あれっ?」
「どうした?」
「違う、ビームラムだ! こいつ、シールドに穴を開けて突っ込んでくるつもりです!」
「特攻兵器か? 当たったらどれぐらいの被害が出る? 運動エネルギーは?」
海賊の一人が慌てて計算する。
「大きさから質量5000トンと仮定して……え? 1E19ジュール?」
「俺にわかるように言え」
「ええと、TNT換算で24ギガトンぐらいです」
「俺にわかるように言えっつってんだろ!」
カルナバルが怒鳴る。
海賊たちは、困ったようにお互いに視線を走らせる。
「えっと……岩石惑星に直径100キロのクレータを作れるぐらい、だと思いますけど」
「は? 100キロって、10万メートルだよな?」
「条件にもよっては、50キロ程度で済むかも?」
「何も変わってねぇよ!」
そんな物が直撃したら、全長3000メートルのアスカロンなど、跡形も残らず蒸発する。
「シールドだ、シールドがビームラムに耐えれば……」
「あの……左舷、シールド、残り5%です」
「なんだと? 何でそんなに減ってるんだ?」
「だって、傾斜シールドにしろって、船長が……」
「なら戻せ、今すぐ」
カルナバルが命じるが、その海賊は困惑している。
「待ってください。右舷のシールドも62%です。本当に戻していいんですか?」
「は? なんでそんなに削られてるんだ? 一発も被弾して……いや、戦闘開始時からレーザーを撃たれていたか?」
「なんか、気づいたら、いつの間にかこんなに減ってて……」
「気づいた時にすぐ言えよ! っていうか、三十時間は保つんじゃなかったのか?」
最初は素人だからうまく当てられなかっただけで、三時間も必死にやっていたら、少しは上手になってしまう、とマートスは思った。
言っても怒鳴られるだけなので黙っておく。
「……まあいい、シールドの設定を変えよう。右舷の防御を解いても、左舷のアレを止められるなら……」
カルナバルが方針を決めかけたところで、海賊の一人が報告する。
「敵艦隊、ウロボロス陣が崩れ始めています」
「なんだ? もう諦めたのか?」
「早すぎる。何かがおかしい。全ての観測装置をそっちに向けてくれ!」
マートスは慌てて叫ぶ。
拡大画像が出る。
崩れていくウロボロス陣。その中に囲まれていた戦艦は、全てアスカロンの方に艦首を向けていた。
「あああああああああっ?」
マートスは思わず叫び声をあげる。
陣形は崩れたのではない。突撃のために道を開けたのだ。
軍の戦艦が、アスカロン目掛けて突進してくる。
「おい、なんだ? さっき言ったのと違うじゃないか!」
「知らない。こんな陣形、見た事もない!」
さっき全艦隊に出した指示が全て無駄になった。
今から、対策をやり直しても絶対に間に合わない。
海賊の一人が聞く。
「あの、シールドの設定、変えていいんですか? もしかして、あの艦隊が突撃して来たら、マズくないですか?」
挟み撃ちだ。右舷と左舷、どちらを重視しても、壊滅する。
「うるさい! くそ……、マートス。何とかしろ! おまえ、プロだろ! こういう時のために雇ったんだぞ!」
「そ、そんな事を言われても……」
海賊たちの視線が集まる。
マートスが判断を間違えれば、ここにいる全員が死ぬ。
マートスだって死にたくない。
だが、この状況で何ができるのか。
「あ、アスカロンの直護衛を……」
言いかけて、一瞬、迷った。
アルゴニス教授の「不合格」を言い渡す声が聞こえたような気がした。
だが、他に道はない。
「直護衛に使っている方のガウス艦、200隻を、アスカロンの左舷側に隠れるように指示を出します」
「何だと? そんな事をしたら、特攻兵器が……」
カルナバルは言いかけ、すぐに悪い笑みを浮かべる。
マートスの真意を完全に理解していた。
「なるほど、そういう事か……わかった。それでいい」
海賊は、完璧に統率されているわけではない。
盾になって死ねなどと命じても、絶対に言う事は聞かないだろう。
だから、騙して盾にする。
マートス、おまえってやつは……





